第四三六話 厄介なお手伝い
フロージアさんが、何者かに連れ去られた。
朝一番にそんなとんでも情報を聞かされた私は、盛大に驚き、そして困惑したのである。
そりゃ相手は公爵家の娘さんだもの。良からぬことを考える人は居るだろうし、それを実行しちゃうような過激派も居るのだろう。
特にこの世界、前世のそれより基本的に治安が良くない。
個人の持つ力というものが非常に大きく、それゆえ使い方を誤って、犯罪に手を染める人間も一定数出てくるらしいのだ。
フロージアさんも、そういう人に攫われちゃったのか。
はたまた、貴族間のなんやかんやに巻き込まれた結果だろうか。
ぶっちゃけその辺の事情には一ミリも興味はないのだけれど、さりとて彼女のことはどうにも放っておく気になれない。
オルカにとって大事な人だから、というのも勿論あるのだけれど、なぜだか彼女を見ていると妙に懐かしい気持ちになるのだ。
まるで初めて会った気がしないと言うか……。
まぁともかく、そういうわけなので救出しようというのなら是非もないわけなのだけれど。
ところが、である。
「実はな、ミコト。ネルジュ殿が我々の元へやって来たのだ」
「! フロージアさんの付き人で、護衛もやってるネルジュさん?」
「ですです。ココロたちのことを、随分と疑り深い様子で観察され、あれこれ質問されました。まるでアリバイ確認ですっ」
「私たちと出会ったその日の夜にフロージア様が連れ去られた。このことから、犯人グループと我々の関係を疑うのは仕方ありませんが、まぁ露骨でしたね」
確かにネルジュさんは、昨日初対面の時点から私たちのことを随分と訝しんでいた。
そこにこの事件だ。彼女にしてみたら、ほら見たことか! ってなところだろう。無実なんですけどね。
「それじゃぁ、事件のことはネルジュさんが教えてくれたの?」
「……まぁ、そう。昨日より随分荒れてた」
「ついさっきこの部屋を訪れて、今はこの宿の食堂に居られます」
「え。フロージアさんの捜索に戻ったとかじゃなくて、食堂?」
私の疑問に対し、何とも言えない表情を浮かべた彼女たち。
返答をくれたのはクラウだった。
「実は、ネルジュ殿は犯人グループの一人と交戦したそうなのだ。その結果、力及ばず敗北を喫したらしい」
「! それって、ネルジュさんは無事だったの?!」
「それが……ここを訪れた時にはすっかり満身創痍の状態でした。重症を負っているにも拘らず、手当もろくにしないまま夜を徹して捜索に当たったようですね。先ほどココロが治療を施しましたので、大事には至らないと思いますけど」
「うへぇ、なんて無茶を……。それはそうと、でかしたココロちゃん。流石は鏡花水月自慢のヒーラーだね!」
「でへへ」
褒め言葉を浴びせると、表情筋を緩めてだらしない顔をするココロちゃん。今日もかわいい。
が、和んでいるような場合でもない。
「それでですね。私たちをさんざん疑った後は、えらく不服そうな様子で協力を要請してきました。ココロさんの治癒パフォーマンスが効いたのか、はたまたスキルオーブの入手から我々の暫定的な実力を割り出したのかは知りませんが」
「当然、断るわけには行かない……!」
「まぁ、それはそうだよね……じゃぁ食堂に居るっていうのは、私たちを待ってるってこと?」
「ああ。我々も準備をしてから行くと言い含め、先に下に降りてもらったんだ」
「なるほど。それでその間に私を呼んだと」
「この部屋にミコトさんが居ないことも、盛大に訝しんでいましたからね。朝の散歩が趣味ということでどうにか誤魔化しておきましたよ」
「散歩て……まぁいいけどさぁ」
つまるところ、私たちはどうやらネルジュさんに協力し、フロージアさんを救出しに動かねばならないらしい。
よりによって公爵家の厄介事に巻き込まれるとは……一体何の因果なのか。
まぁでも。
「で。フロージアさんの安全は確保したんだよね?」
私が皆へそう問えば、返答代わりに先ず笑みが返ってきた。
そしてオルカが言う。
「昨夜の時点で、姉さまのマーカーがおかしな動きをしていることには気づいてた。だから分身を使って陰ながら護ってる。けど、そろそろ休まないとMPが切れそう……ミコト、出来れば替わって」
「! 了解了解。それじゃぁコミコト発進だ!」
小さな私の姿をした、超高性能人型ロボット。師匠たち渾身の作である、私のもう一つの体だ。
美少女フィギュアさながらのサイズ感だし、ぶっちゃけ物理的なパワーの程は然程でもないのだけれど、しかし魔法であれば私と同等のものを操ることが出来るヤバいロボだ。
このコミコトを、スキルを駆使して動かしていく。
エイヤとへんてこスキルを掛けてやれば、棒立ち状態だったコミコトが起動。
と同時、私の中にもう一個の五感が発生する。慣れないと凄まじい違和感を覚えるが、私にとっては既に克服済みのそれである。
そんなコミコトを手の上に乗せ、一言告げる。
「それじゃ、フロージアさんの護衛をお願い。勿論秘密裏に」
「がってんがってん!」
サムズアップしてみせたコミコトは、早速自らワープを使って、マークしておいたフロージアさんの元へ転移。私たち以外の誰にも気取られることなく、その護衛についたのだった。
入れ替わりにオルカが分身を解除し、疲れたように息をつく。
他方で囚われているフロージアさんだが、縛られ目隠しをされ、猿ぐつわまで噛まされ、大変にしんどそうな姿となっていた。
心眼を通し、彼女が如何に不安かが伝わってくる。
普段は我が道を行く彼女でも、流石にこんな状況にあっては怯えを禁じえないのだろう。
何としても早く解放してやらねば。
と、密かに決意を固めていると。
「姉さまを助けること自体は、正直難しいことじゃない」
そのようにオルカが言い出したのである。
「そう。フロージア殿の居場所は既に突き止めており、何なら今から一瞬でそこに踏み込むことも、彼女をこっそりここへ運ぶことすら、ミコトの力を持ってすれば容易いことだろう」
「ですがそれでは、ミコトさんの力をみすみす公爵家の人間に知らせてしまうようなもの。これはどうしたって避けなくてはなりません……フロージア様とオルカさんには心苦しいですが」
「ううん、それは仕方のないこと」
「つまりです、ミコト様。ココロたちはこれから、真っ当な調査や推理を駆使してフロージア様の居場所を突き止めた上で、ネルジュ様を負かしたという相手と戦い勝たねばならないのです! そしてフロージア様を一秒でも早くお救いしなくてはなりません!」
「ぅぉ……それはまた何とも」
そっか。そういう事になっちゃうのか……。
私の力や、みんなのぶっ飛んだ能力が公爵家なんかに知られようものなら、どんな面倒事に派生するとも分からない。無視したら無視したで厄介なことになるだろうし。
なので、極力目立たず、地味にネルジュさんの補佐を行うことが肝要なのである。
勿論、最後に待っているだろう戦闘に関してもそう。
私たちは、へんてこスキルに頼らない理詰めを行い、フロージアさんを攫った奴らのアジトを突き止めた上で、手札を隠しながら戦闘に参加しなくちゃならないわけだ。
ぶっちゃけそれって、そこらの高難度依頼なんかより断然難しくて大変そうである。早くも頭を抱えたくなってきた……。
「ともかく、現状はそんな感じだ。把握できたな?」
「まぁね……」
「ミコト、姉さまをお願い」
「それは大丈夫。誰にも指一本触れさせないから!」
「ではそろそろ行きましょうか。いい加減ネルジュさんが痺れを切らしてしまいます」
「ココロあの方、ちょっと苦手です……はぁ。長い一日になりそうですね」
ココロちゃんのそんな一言を最後に、私たちはぞろぞろと部屋を後にしたのだった。
★
食堂はご多分に漏れず一階部分に存在しており、宿の利用者や食事目当ての客で存外席は埋まっていた。
さりとてネルジュさんはそんな中にあって、妙な悪目立ちをしており、直ぐに見つけることが出来たのである。
不機嫌そうに殺気を撒き散らしながら、朝からバカ食いしている彼女。
ココロちゃん曰く、重症を癒やした際失った体力を、食事で補おうとしているのだろう、とのことだった。
まぁ分からない話ではないのだけれど、遠目からそれを眺める私たちの心は一つである。
あれに話しかけるの、やだなぁ。
とは言え、事態は一刻を争う。こうしている今も、フロージアさんは恐ろしい思いをしているのだ。
それを一秒でも早く解放してやるためには、私たちがここで躊躇っている時間も惜しい。
ということで皆で一つ頷き合うと、ネルジュさんの座るテーブルへ近づいていったのだった。
すると、こちらの接近に気づいた彼女は、だんとテーブルを叩いて勢いよく席を立ち。
「遅い!!」
と、異様に迫力のある声で一言吠えたのである。
その威圧感たるや、まったく関係のない第三者さえ萎縮させてしまうほどであった。
因みに私は、無闇に大声で怒鳴られると条件反射的にカチンと来るタイプである。そういうのはモンスターだけで間に合っているので。
でも今回に関しては、ネルジュさんの気持ちを考えると仕方のないことだし、私たちが彼女を待たせてしまったのも事実。なので普通に心苦しく感じた。
テーブルの上を見る。ネルジュさんの前には、既に何枚もの皿が積み上げられていた。
が、それ以外にも五人分の食事が用意されているではないか。とどのつまり、私たちの分である。
「突っ立ってないで、あなた達も早く朝食を済ませてください」
と急かされ、しずしずと皆で席につくと、早速料理に手をつけた。
空気がピリピリしてて重たいうえ、料理はどれも微妙に冷めていて、酷い朝食である。
まぁ文句など言えようはずもないし、冒険者は誰より食事の有り難みを知っている生き物だ。間違っても無駄にしようだなんて発想は出てこない。
皆黙々と皿に乗ったものを咀嚼し、胃に収めていく。
そんな気まずいテーブルの上を、不意にネルジュさんの言葉が横切った。
「申し訳ありませんが、最初にこれだけは言っておきます」
そう前置きし、出てきた内容は。
「私はまだ、貴女方を信用したわけではありません。それでも協力をお願いしたのは、半ば監視が目的であることをご了承ください。あとは、ギルドなり憲兵なりに人員を回してもらう手間や、そこから得られる戦力が疑わしかったからですね。この私が遅れを取った相手です。生半可な人員では足手まといにしかならない。もぐもぐ」
随分とはっきり物を言うじゃないか。
皆の些か不快気な視線を浴びながらも、硬い態度を一切崩さないネルジュさんは、もぐもぐしながらも言いたいことを言い終えると、それからさっさと調査プランを発表し始めたのだった。
これに関しても既に彼女の中で決まっていたらしく、相談というより確定事項を提示されただけ。
ここまでぞんざいな扱いを受ける経験というのも、なかなかあるものではない。
私たちは若干気分を悪くしながらも一先ず予定を頭に入れ、さっさと食事を終えると、ごちそうさまをして席を立ったのだった。
そうしたなら早速、ネルジュさんの補佐開始である。




