第四三三話 ちゃっかりオルカ
フロージアさんらと共に喫茶店を出た私たちは、はたと気づいた。
この後はどうするのだろうかと。
私たちとしては、フロージアさんとの出会いなんて完全なる突発イベントであり、あまつさえ公爵家のご令嬢であると知ったからには、深く関わらぬ内に別れてしまうべきところなのだけれど。
さりとて、彼女を慕っているオルカの気持ちを汲むなら、それも躊躇われると言うか……。
他方でネルジュさんは、何とも複雑な感情を隠しきれておらず、これで私たちと別れられると思ったのだろう。今はホッとしたような気持ちさえ見え隠れしていた。
だが一番の問題はやはり、マイペースなフロージアさんである。
彼女がまだオルカと別れたくないと駄々をこねたなら、私たちはどうしたら良いのか……。
なんて懸念を抱いていると。
「ところで、皆さんは何処のお宿をご利用なさっていますの?」
という、何とも遠慮のない質問が飛んできたのである。
思わず再び念話による短い相談が交わされた。が、フロージアさんに虚偽を言うわけにもいかないだろう。
代表してオルカが宿の名前を出せば、にっこり笑って「そうなんですのね」である。
恐い恐い、なにか企んでそうで恐い!
皆(ネルジュさん含む)が一様に顔を引き攣らせる中、空気を読んだオルカが徐に口を開いた。
だが飛び出した言葉はというと、私たちにとってはちょっと意外なもので。
「それじゃ、姉さま。私たちはもう行くから」
と、少し寂しそうではあったけれど、彼女は思いがけずすんなりと別れを切り出したのだ。
するとそれを受けたフロージアさんは、案の定一瞬泣きそうな顔をしたけれど、どうにか取り繕って。
「え、ええ。分かりましたわ。久しぶりにオルカに会えて、本当に、本当に嬉しかったんですの……!」
と言って、ぎこちない笑みを作ってみせた。
「姉さま、元気で」
「ええ、オルカも……」
そう言って最後に抱擁を交わすと、二人は静かに踵を返し。
「行きますわよ、ネルジュ」
と歩き去っていくフロージアさん。そしてオルカも、「みんな、行こ」と私たちを促し反対の方へと歩き出したのだった。
正直、最後までフロージアさんとオルカの確かな関係性ってものは分からなかったのだけれど、やっぱり聞くべきじゃないのかな。
なんてこっそり気になりつつも、それとはまったく関係のない疑問をポロリと零してみる私。
「……それで、これ私たちって何処に向かって歩いてるの?」
「「「「…………」」」」
「ギャゥ」
誰も特に考えがなかったらしい。
★
魔道具である街灯の明かりがポツポツと街路を照らし始める、夕空の終わりがけ。
彼方に煌めく星をぼんやり眺めながら、私たちはのんびりと歩き、宿まで戻ってきていた。
気分転換という目的は、順調に果たせている気がする。
受付にて部屋の鍵を受け取った私たちは、早速自室へと引き上げたのである。
何かこう、見知らぬ街中を歩き回った末、見知らぬ部屋にて腰を下ろすっていうのは如何にも旅行って感じがして、なんだかドキドキしてしまうな。
と同時、私には帰るべき故郷っていうのもなく、実家もなく。
ふと妙な不安に苛まれたりもするんだ。根無し草っていうのかな、こういうの。
まぁそうは思えど、その代わりにおもちゃ屋さんやイクシス邸が、実質帰るべき場所として存在しているのだから、安心感も感じているのだけれどね。そういう意味じゃ、根無し草とは言わないのかも知れない。
フロージアさんと別れたあと私たちは、念の為再度骨董品店を訪れた。趣深い方のやつ。
けれど残念なことに、どうやら閉店時間を回っていたらしく。私たちがお店の前にたどり着いた頃には既に閉まっていたのである。
そうでなくとも店先で騒いでしまい、店主さんには怒鳴られちゃったからね。気まずさもあって、残念さと一緒にちょっとだけ安堵も感じたものだ。
流石にそこから他の骨董品店を探す、というのも大変だったので、それはまた明日にでもということで。
適当に街をブラブラしながら、のんびりと宿へ戻ってきたわけである。
ああ因みに、宿に戻ったらフロージアさんが待ち構えていた! なんてことはなく。
念の為彼女らの位置はマップスキルで確認できるよう、マーカーをこっそりくっつけておいた。
これでフロージアさんの突発的な行動も、ある程度事前に察知することが出来るはずだ。
あと、もし今後オルカが彼女に会いたくなった時とかも、これですぐに居場所を特定できる。何時でも会いに行けるのだ。
そんなこんなで、結構広々とした四人部屋へ戻ってきた私たちは、思い思いに腰を下ろしてくつろいだ。私は備え付けの椅子に腰掛けている。
一日中歩き回っていれば、如何な冒険者でもそれなりに疲労は溜まるもので、誰からともなく「ふぅ」と小さなため息が漏れた。
まぁ、肉体疲労と言うより精神疲労が原因な気もするけど。
「なかなか見つからないものだな、オーパーツ」
と、不意にクラウがつぶやく。
アーティファクトですら非常に希少価値の高い品なのに、その中でも一層の珍品であるところのオーパーツともなれば、当然そうそうお目に掛かれるようなものではない。
それは誰もが理解していたことであり、故に残念という思いよりは、やっぱり難しいかぁ、という感想をこそ強く懐いたものである。
「骨董品屋さんも結局閉まっていましたしね」
「しかしまさか、あのような場所でオルカさん縁の人物に出会うなど、流石に予想外の事態でしたね」
「…………」
直接言葉にこそ出さないが、やはりみんなも気になっているようだ。オルカとフロージアさんの関係が。
オルカはフロージアさんのことを『姉さま』と呼んだけれど、さりとてそれは必ずしも、実姉であることを示すとは限らないのである。
もしかしたら近所のお姉ちゃん説とか、親戚説とか色々あるのだし。
とは言え、事は如何にもデリケートな話のようだし、訊いてみるべきなのかも、そもそも訊いていい話なのかすらも分からないのである。
オルカ自身にも何やら迷いがあるようだし、少し様子見をしておいたほうが良いだろう。
いや、でもなぁ。もしオルカが厄介なことに巻き込まれたりするのなら、後から『知らなかった、聞いてなかった!』だなんてことは言いたくないし。
一蓮托生のPTメンバーであり、親友としてはやっぱり多少強引にでも訊いておいたほうが……でもなぁ。うーん……。
「ミコト、これ見て」
「あひゃい?!」
考えに耽っていると、いつの間にかオルカが傍らに立っていた。
流石オルカ、私に気取らせず接近するとは、やりおる。じゃなくて。
椅子と同じく、セットで備え付けられていたテーブル。
気づけばその上に並べられていた、骨董品の数々。
フロージアさんが、スキルオーブや卵のお礼にと譲ってくれた品々だ。
喫茶店でなんやかんやこれ等に関する魅力を語ってくれた彼女には申し訳ないのだけれど、殆ど何も聞いてなかった。馬の耳に念仏である。
しかしそうか。考えてみたらこれも骨董品か。
もしかしたら奇跡的に、ここにオーパーツが紛れている可能性も……って、流石にそんなことはないだろう。どんな確率だって話である。
けれどオルカの様子は、私のように投げやりではなく。
むしろ確かに可能性を信じてすら見えた。
私のリアクションも当然のようにスルーした彼女は、静かにこう語る。
「姉さまは、【審美眼】のスキルを持ってる」
ガタッ。
ソフィアさんがいつもどおり良いリアクションを見せた。
丁度いいのでオウム返しに訊いてみる。
「審美眼……価値あるものを見極めるスキル……みたいな?」
「流石ですねミコトさん、大体合ってます!」
お、ソフィアさんから褒められた。
からの、補足が入る。
「一般的に審美眼と言えば、ミコトさんが今仰られたような、『価値を見抜く優れた眼』を示す言葉ですね。さりとてそれがスキルとなると、少しばかり異なりまして」
「ふむふむ」
「基本的には、価値のあるものとそうでないものを見分けられるパッシブスキルではありますが、それに加えて『価値あるものを引き寄せる力』を宿すとも言われています。要は幸運を呼ぶスキルというわけですね……眉唾だという声もありますが」
更に続いたソフィアさんの説明によると、審美眼のスキルを持つ人は富に恵まれ、生涯お金に困るようなことはないらしい。
その反面、厄介な相手に目をつけられることも多いとかで、結構難儀なものでもあるとか。
それ故か、フロージアさんが審美眼持ちであるということは、どうやらスキル大好きソフィアさんですら知らなかった、結構貴重な情報だったらしい。
それを何でオルカが知っているのか、というのは気になるところではあるのだけれど、今は一旦横に置いておくとして。
「そんな姉さまが選んだ品。だからもしかすると、もしかするかも……」
「あ……ひょっとして、それで骨董品を譲ってもらったってこと?」
「うん。もしあの骨董品店にオーパーツが埋もれていたとしたら、間違いなく姉さまが手にとってた筈だから」
流石オルカ、抜け目ないと言うか、ちゃっかりしていると言うか……。
何にせよ、そういうことであれば期待値はグッと跳ね上がる。
話を聞いていたココロちゃんやクラウも、関心を持ったのだろう。瞳に興味の色を宿してテーブルの上を注視している。
「なるほどね……分かった。早速見てみるよ」
オルカが頷くのを確認し、私は骨董品を一つ一つ改め始めた。
って言うか、審美眼か。それを駆使して選んだ品だっていうんなら此れ等の品って、たとえオーパーツじゃないとしても普通に掘り出し物の可能性が高いってことなのでは……?
うっかり落っことして傷を付けたり、あまつさえ破損させようものなら大事である。
私は慎重に一つ一つそれ等を手に取ると、そこにコマンドの類などが書き込まれてやしないかと、よく観察していったのである。
そして。
「あ……」
明らかに普通じゃない品を、見つけてしまったのだった。




