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第四三話 お食事中の方、ごめんなさい

 初めてのダンジョン探索を始めてから、体感で三時間は経っただろうか。

 正直ずっと同じような景色が続くので、時間の感覚なんてとっくに曖昧だ。

 しかし緊張しっぱなしだったこともあり、そろそろ幾らかの疲れを感じ始めてきた。

 するとそれを察したオルカが心配そうに顔を覗き込んできた。仮面をしてるから表情なんて見えないだろうに。


「ミコト、平気?」

「うん……ちょっとだけバテてきたかな」

「はっ! それはいけません。一旦休憩にしましょうミコト様! 近くに手頃な部屋はありますか?」

「ん、えーと……そこの分かれ道を右に行くと、良さそうな部屋があるね」

「ではそこへ急ぎましょう!」


 私がマップを見て確認した情報を伝えると、ココロちゃんは先頭を切って歩き始めた。オルカは背後をガードするらしい。

 これまでは索敵能力と罠探知を得意とするオルカが先頭だったが、気が急いているのかココロちゃんが勇んで先を往く。


「ココロちゃん、敵影」

「お任せあれ!」


 マップを見ると、曲がり角の向こうにはモンスターを示す赤い赤い印。

 それを伝えるや、ココロちゃんはとんと自分の平たい胸をたたくと、腕まくりをして突っ込んでいった。

 ドゴーンと物騒な音とともに、マップ上の赤は消滅する。


「さぁミコト様、もう少しの辛抱です。お気を確かに!」

「大げさだなぁ。少し疲れを感じただけだから、そんなに心配しないで」

「ミコト、おぶろうか?」

「過保護!」


 それからすぐに、目的の部屋は見えてきた。

 一応オルカにトラップのチェックをお願いしたけれど、幸いなことに杞憂で済んだようだ。

 こういう部屋って、急に入り口が塞がれてモンスターハウスになったり、毒ガスが噴出したり、とかいうえげつないトラップがお約束だからね。警戒はしすぎるくらいが丁度いい。


 罠の類も無かったので、私達はしばらくここで休憩していくことを決めた。

 その際ココロちゃんが、何やら徐に魔法の準備を始めた。休憩をする際にはとても重宝する魔法で、モンスターを遠ざける効果と、効果範囲内でのモンスターポップを防止する効果がある、一種の結界魔法なのだそうだ。

 ちなみに同様の効果がある魔道具も出回っているそうなんだが、それなりにお高い上、使い捨てなのだ。それが不要というのだから、ココロちゃんの有り難みを感じちゃうね。


「いきます。サンクチュアリ!」

「おお!」


 ココロちゃんが呪文を唱えると、足元になんだかかっこいい模様がふわりと浮き出て、地面に沿うよう円形に広がっていった。曰く、この模様の内側は安全なのだと。さながら魔法陣だね。

 魔法陣らしきそれは部屋全体を覆っており、この部屋にいる限りはモンスターに襲われることも無いようだ。さながらセーフルームと言ったところか。

 体感的にも、こころなしか部屋中の空気が清らかになったような、そうでもないような……うーん、プラシーボプラシーボ!

 こういうタイプの魔法は、見た目には綺麗だけど多分実感しにくいやつなんじゃないかと思う。空気清浄機みたいなものかな。或いは加湿器とか。

 でもココロちゃんが安全だというのなら、きっと安全なんだろう。安心して休憩するとしよう。


「ふぅ、緊張しっぱなしだったからいつもより無駄に疲労したなぁ」

「ミコトは、もう少し肩の力を抜いていいと思う。体が強張っていると、いざという時動きが鈍るから」

「そっかぁ。為になるアドバイスだなぁ……でも、ちょっとしたミスが大怪我に繋がると思うと、どうしてもね」

「そこは慣れですよ、ミコト様。緊張とリラックスのバランスは、冒険者を続けていれば段々見えてくるものです」

「それもそうか。焦らずやるしか無いってことだね……ともかく、心がけるようにはしてみるよ。ありがとうね二人とも」


 それから小一時間ほど、感想を言い合ったり、たわいない話をしたりして過ごした。マップを見ていても、確かにモンスターが近づいてくる様子はなく、勿論部屋の中でポップするということもない。誰だ、効果を実感しづらいなんて言ってたやつはー! 私だよー

 そうして疲労感も随分楽になってきて、そろそろ出発しようかという空気が流れた頃、不意にオルカが立ち上がり、言った。


「ごめん、ちょっと用を足す」

「あ、はい。それではココロも今のうちに」

「え? え?」


 オルカに続いて立ち上がったココロちゃん。そうして二人は、それぞれ部屋の隅っこへ移動し、ごそごそと……。

 って、えええ!? お、屋内でですか!?

 じょじょじょとやけに生々しい音が聞こえてくるので、私は努めて意識を逸らす。視線も明後日の方へ。

 そ、それは勿論人間だもの。そういう生理現象はあって当然さ。普段だって、茂みで用を足す場面もどうしたってある。

 その、恥ずかしながら私だってそうだ。公衆トイレなんて、狩場にあるはずもないのだから当然だ。

 でも、ダンジョン内だと、そうか、そうなるのか……。


「ふぅ……すっきり。ミコト、水をもらっていい?」

「あ、ココロもよければ」

「あ、うん。どうぞ」


 用を済ませて戻ってきた二人に、ストレージに仕舞っておいた水瓶を取り出してやる。杓子もだ。

 二人がそれぞれ手を洗うが、なんだか顔が見れない。くっ、こんなメンタルで冒険者なんて……でもっ!

 などと、やり場のない気持ちに悶々としていると、そこへ悪魔の囁きが届く。


「ミコトは、しておかなくて平気?」

「今のうちに済ませておいたほうが、後が楽ですよミコト様」

「ぬおぉぉぉ……」


 二人の言うことはもっともだ。実際私も、多少催してはいる。が、流石にキツい!

 何の隔たりもない空間で、仲間がすぐそこにいる中、しかも屋内でそういうことをしろというのは……。

 元日本人として、とんでもない抵抗を感じるわけだ。でも、やらねば我慢しながら戦闘したりする羽目になる。それはともすれば、最悪の場合命の危険にさえ繋がるわけで。

 私はたっぷり躊躇した。それはもう、ガッツリ悩んだ。実際オルカもココロちゃんも、平気と言うか、当たり前の顔をして済ませたことなんだ。郷に入らば郷に従えとも言う。寧ろ、それに対して変な考えを持ってる私こそが異常者なんじゃないか。変態なんじゃないか。段々そんな気さえしてきた。


 そしてある瞬間、ぷつん――と、吹っ切れた。


「ちょ、ミコト!?」

「なんでまた脱ぐんですか!?」

「日本にはね、毒を食らわば皿までという言葉があるんだ……」


 私は換装で、ウエストバッグしか身に着けてないスッポンポンになり、力強い足取りで部屋の角っこに進み、しゃがみこんだ。

 敢えて、オルカたちの方を向く。こうなったらもう、徹底的にやってやらぁ!

 凄まじい背徳感を押し殺し、バクバクする心臓を押し留め、私は思い切りやってやった。それはもう、堂々と。

 思わずオルカたちの方が恥ずかしくなっちゃうくらいに、だ。


 ヤバい。イケナイ何かに目覚めそう。ダンジョンの恐ろしさを垣間見た気がした。



 ★



 休憩を終えた私達は、それからしばらくダンジョンの散策を続けた。

 単純にマップの未踏エリアを虱潰しに埋めていく作業ではなく、マップがあるからこそ分かる、不自然に壁の分厚い部分や、妙な空白なんかを見つけては調べていく。狙いは隠し部屋だ。

 そうして今もまた、いかにも怪しい壁を調べている。


「どうかな、オルカ?」

「うん……何かある。ココロ、ここを殴ってみて」

「お任せください!」


 オルカの要請に応え、張り切って腕をブンブン振り回しながら、一見何の変哲もない石煉瓦の壁へ近づいていくココロちゃん。

 そうして、いきますよーと軽い掛け声とは裏腹に、繰り出された拳はマスタリーの補正を受けて迫力十分。

 そうはならんやろ! とツッコミたくなるような爆発とともに、目論見通りその壁は瓦解した。


「わっ、ミコト様! やりましたよ隠し部屋です!」

「流石ミコトの見立て。普通狙って見つけられるものじゃない」

「これもゲーマーの勘ってやつだね」


 ダンジョン探索型のゲームだと、結構よくある仕掛けだったりするしね。

 私はマップに再度目を落とす。すると、すぐそこに先程は無かった部屋の存在が記されており、部屋の中には白いマーカーが灯っていた。

 コレは、何らかのアイテムを記す印であり、ドロップ品なんかが落ちると表示される。が、今回は多分違う。


「部屋の中に、何かアイテムがあるみたい。罠に警戒しながら調べてみよう」

「了解」


 罠に強いオルカが先に立ち、順に部屋へ足を踏み入れた。すると、念願のそれが鎮座していたのである。


「ミコト様、宝箱ですよ!」

「今度は未開封みたいだね。オルカ、トラップとか仕掛けられてたりしないかな?」

「少し待って」


 オルカは慎重に宝箱へ近づくと、注意深くあれこれ調べ始めた。

 ややあって、どうやら安全らしいことを認めたオルカは、ようやくこちらへ頷きを送ってくれる。

 ココロちゃんと二人、ほっと安堵の息を漏らし、破壊された壁の残骸を避けつつ宝箱のもとへ向かった。


「さて、それじゃぁ開封しますか」

「念のため、私が開けようか?」

「ん、そうだね。じゃぁオルカにお願いするよ」

「この瞬間は、やっぱりワクワクしますね!」


 オルカの手が、木と鉄でできた宝箱の蓋に掛けられ、ゆっくりと押し上げられる。

 キィと小さく蝶番が鳴き、私達は揃ってその中身を覗き込んだ。


「これは……」

「うん」

「革鎧……ですね。ミコト様、ストレージで鑑定できますか?」

「あ、はいはい」


 言われて、私は早速革鎧らしきそれをストレージにしまい、調べてみた。

 結果、ちょっぴり質が良いだけの、ありふれた革鎧であることが確認できたわけで。


「……まぁ、このレベルのダンジョンなら、妥当ですよ」

「私もそう思う」

「はぁ、そういうものかぁ」


 ともあれ、買ったら安くはない革鎧。有り難く使わせてもらおう。

 二人に了解を取り、私は早速スロットの一つにちょっぴり上質な革鎧を登録するのだった。

 食事をしながら読むものではありませんよ! お行儀が悪い!

 でも読んでくれてありがとうございます!


 お食事中でなくとも、うえーって思われた方には……平謝りです。この通り!

 でも、何時間もダンジョンに篭ってたらそりゃそうなるよって思ったので。何卒ご理解いただきたく存じます。

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