第四二話 ダンジョン初探索
ギルドの受付にて、ソフィアさんに提示された二つのダンジョン情報。
片や見つかって程ない、無難でそれなりに美味しいダンジョン。
片や存在確認すらされていない、危険度も未知数な手つかずのダンジョン。
さて、どちらへ向かおうかという話なのだが。
「それじゃ、安全っぽいAのダンジョンが良いと思う人」
「「はい」」
「ちなみに私もAが良い。って満場一致じゃん!」
緊急ミニミニ会議は、所要時間もミニミニだった。
ただでさえ過保護気味なオルカとココロちゃんが、無難なダンジョンを推すのはまぁ、当然といえば当然か。
私としても、人生初ダンジョンでいきなり理由もなく危険を冒したくはない。
「ってことで、Aのダンジョンに向かおうと思います」
「分かりました。それでは現状判明している情報をお渡ししておきますね。ちなみに本来は、こういった下調べは冒険者当人も別途行うものなので、担当の言うことだけを鵜呑みにしていてはダメですよ?」
「なるほど……勉強になります」
今回は見つかったばかりのダンジョンということで、まだ出回っている情報も少ないらしく、ギルド側のほうが詳しくダンジョンの内容を把握しているという状況だった。
しかし攻略の進んだ大規模ダンジョンともなると、出回る情報も比例して膨らんでいくため、ギルドでは把握しきれないことも多くなってしまう。そこで重要になるのが、同じ冒険者から情報を集めたり、情報を商品として取り扱っている、所謂情報屋から攻略法や注意事項を仕入れるなどして、独自に対策を打つことだ。
今回はいいとしても、挑むダンジョンによってはそういう事前準備が生死を分けるかも知れない。冒険者の基本として心に留めおかねばならないだろう。
「それで、一応冒険に望む準備は調えてありますけど、なにか用意していったほうが良い物とかありますか?」
「そうですね……入り口が縦穴だそうなので、梯子などあると良いかも知れませんね。実用性で言うとロープがベターですが、ミコトさんならどちらでも持ち運ぶ労力は変わらないでしょう」
「わかりました。行きがけに購入しておきます」
そんなこんなで、早速今日様子見も兼ねて挑んでみることになった。
鏡のダンジョンが想像以上の脅威だったと判明したこともあり、初見の場所に挑むというのには正直恐さを感じているのだけれど、今回は事前情報が大丈夫だと告げている。それなら怯えてたって仕方がないだろう。
気負うこともないオルカやココロちゃんとは異なり、私だけは些かドギマギしつつギルドを後にしたのだった。
★
アルカルドの街を南に出れば、延々と平野が続いている。なかなかに壮観だ。流石に地平線までは見えないが、遠くに見える山々は米粒より小さい。
遮るものもなく吹き付ける風は心做しか圧が強く、吹き付けるたびに目を細めてしまうほどだ。が、運んでくる緑の匂いは高揚感を掻き立てる。
天気もいいし、冒険日和。しかもこれからダンジョンに挑むのだと思えば、恐さもあれど滾るものもあるわけで。足取りは自然と軽くなっていった。
「さて、地図に依るとこの辺のはずなんだけど」
「んー……見当たらない」
「ミコト様のマップには、何か見えていませんか?」
「そうだねぇ……ええと……お?」
スキル由来の、私にしか見えないマップは半径二百メートルを円形にサーチする。
これまで通った場所はマップに記録され、再確認が可能であるため、とりあえず歩き回っていれば探索も随分楽に進むわけなのだが、どうやらその手間も必要がないようだ。
マップの端っこに、何やら紫色の表示が見切れている。いかにもという感じじゃないか。
「それらしいのがチラッと見えてるね。確認しに行ってみようか」
「了解」
二人を伴い、まっすぐ紫マーカーの示す方へ歩んでいく。距離にして約二百メートルのはず。遮るものはない。なのに、なにもそれらしいものが見えてこない不思議。
私達は警戒しながら、ゆっくり歩みを進めた。そして間近まで近づいてみて得心が行った。
情報通り、そこには何の前触れもなくポッカリと、地面に空いた垂直の縦穴が姿を見せたのだ。そりゃ遠くからじゃ確認しづらいわけだ。
縁も穴の内壁も石レンガで組まれており、何かの遺跡のようにしか見えない。
この穴が、ある日赤い雷が落ちて突然生じた、なんて言われても私には現実味が湧かない話だ。それこそファンタジーのようである。
穴の底は不思議と明るく、どうやら光源まで完備されているらしい。妙に都合がいいと言うか、そういうところも含めてやっぱりゲームっぽいと言うか。
もう気にしたら負けなのかも知れない。この世界はそういうものとして、私も大分慣れてきたものだ。
早速ストレージから縄梯子を取り出して、端の鉤爪をしっかりと穴の縁に引っ掛ける。
ロープでも、普通の梯子でもなく縄梯子を購入したのは、縦穴の深さが分からなかったからだ。半端な梯子を用意して来て、いざ立て掛けてみたら長さが足りない! なんてことになったら目も当てられないからね。かと言ってロープは、何処に結びつけるんだという問題がある。
そこで、鉤爪付きの縄梯子というわけだ。これなら穴の深さに融通が利くし、引っ掛ける場所さえあれば設置も簡単だ。まぁ、引っ掛ける場所がなければただのロープと大差ないんだけどね……。
ともあれ設置は上手く行ったので、私達は周囲を警戒しつつ順番に穴の底へ降りるのだった。
「お。マップがダンジョンマップに変化した!」
「それは、どういうもの?」
「んーとね……」
周囲警戒のためにもマップウィンドウは開きっぱなしにしていたのだが、それが通常のフィールドマップからダンジョン内の専用表示に突然切り替わり、少し驚いてしまった。
マップにはダンジョン内の構造が、フィールドの時と同様に半径約二百メートル圏内を映しており、天井をすり抜けて上から俯瞰した様子が見て取れる。
階層に関する情報や、隠し部屋なんかはどう表示されるのか等、現時点じゃ分からないこともあるけれど、とりあえずこれがあればマッピングの必要は無さそうだ。
ということを、ざっと二人に伝える。
「マッピングも索敵も簡単に出来るなんて、ミコトは私の上位互換?」
「ちょ、やめてよ。地味に気にしてるんだから! 私のは単なるスキル任せだし、オルカのほうがよっぽど頼りになるよ!」
「いずれココロも、ミコト様に役割を持っていかれそうな気がします……」
「ごめんて! 役割かぶってごめんってば! ココロちゃんも考えすぎだから!」
若干拗ねたオルカと、恐々としてるココロちゃんを何とか宥め賺し、気を取り直して慎重に周囲を観察する。
床も壁も天井も、古めかしい石レンガ造りになっており、やっぱりどこぞの古代遺跡を彷彿とさせる趣だ。
マップからも分かる通り、ここは縦横八メートルほどの小広い部屋になっており、頭上には今降りてきた穴がぽっかり口を開けている。
奥には通路の入口があり、私はマップと実物の縮尺を見比べて、大まかな距離感などを把握した。
「それじゃ、進んでいこうか。オルカは確か罠探知が出来たよね?」
「うん。スキルを持ってる」
「流石オルカ様ですね!」
「マップじゃ罠は分からないからね。そこはオルカが頼りなんだ」
「大丈夫。任せて!」
目に見えてやる気を出したオルカを微笑ましく思いつつ、私達は慎重に歩みを進めたのである。
やはりダンジョン内は明るく、かと言って眩しくもなく。不思議に思って光源を捜してみても、これと言ったものは見つからない。足元の影もぼやけており、強いて言えばダンジョンそのものが程よく灯をともしている感じがする。こんな古びた遺跡然としているのに。
いかんいかん、考えたら負けなんだった。っていうか多分、調べれば納得の行く理由もあるのだろうけれどさ。今はさして重要ではないし。
メタチックなことにはなるべく目をつぶりつつ、私はマップを注視しながらダンジョン内の散策に努めた。
歩けば歩くだけマップの全容が見えてくるというのは、実に気分が良い。しかも半径二百メートルをカバーしながらというアドバンテージは、尋常の沙汰じゃないわけで。あっさり壁の向こうがどうなっているのかまで分かってしまう。
とは言え、隠し部屋なんかがあるとしたら、もしかすると表示されない可能性もある。そこはオルカの活躍に期待する他ないだろう。
そうして少し歩いていると、早速最初のモンスターが近づいてきた。勿論マップに赤いマーカーで表示されているため、そこの曲がり角で鉢合うのは分かっていることだ。オルカも既に感づいており、私はココロちゃんに戦闘準備を促した。
通路は戦闘を行うのには些か手狭で、幅が三メートルほど。天井には結構余裕があるため、壁を蹴っての立体機動なんて出来たら強そうだな。オルカならきっと出来ちゃうのだろうけれど。
なんて考えていると、いよいよ角の向こうからそいつが姿を現した。
ジャイアントバットと呼ばれる、でかいコウモリだ。まんまである。
ゲームではありがちなモンスターだけど、実物はまぁ気持ちが悪い。妙な迫力があって、しかも動きが速いわけで。あんなのに飛びかかられて吸血されるとか、ちょっと勘弁して欲しい。
なんて感想を口にする暇もなく、そいつは予めオルカが構えていた弓であっさりコアを射抜かれ、塵に還ってしまった。
「え、あっけないな……」
「ミコト様、それはオルカ様の一撃必殺があればこそですよ。ココロはああ言うチョロチョロしたのは苦手なので、それなりに手間取ったと思います」
「な、なるほど。さすがオルカ! 頼りになるなぁ!」
「えへへ、それほどでも……」
く、かわええ……流石私の嫁二号。
とは言え、オルカにおんぶにだっこというのも格好が付かない。私も彼女に習い、ストレージからあるものを取り出した。
スリングショット。オルカが愛用しているものに比べるといくらか質が落ちるが、先日のバームおじさん戦で飛び道具の有用性を思い知ったため、急遽オレ姉のところで調達した品だ。
弾に関しては、くず鉄をオレ姉に売って貰って、ストレージにどっさりスタックしてある。
そこら辺の小石でいいやと最初は考えていたのだけれど、小石はアイテムではないため収納できなかったのだ。
なので、辛うじてアイテム扱いされるくず鉄を、弾として大量に確保したというわけである。
「このダンジョンで確認されているモンスターは、ジャイアントバットとスケルトン。ジャイアントバットに関しては私とオルカが当たるとして、スケルトンはココロちゃんが得意そうだね」
「はい、お任せください! 聖魔法で浄化も出来ますし、コアごと殴り砕いてもいいですし。ばっちこいです!」
「た、頼もしいなぁ」
一先ずジャイアントバットのドロップを回収し、私達は探索を続けた。
ココロちゃんとオルカがいれば、とりあえず最悪の事態というのは避けられそうな気がする。ということで、私は二人に頼んで優先的に戦わせてもらうことにした。
流石ダンジョンなだけあり、少し歩けばモンスターに当たる。マップ内にも赤いマーカーが絶えず徘徊しており、壁を隔てた向こう側には幾らでもその存在を見つけることが出来た。
モンスターとの戦闘は、オルカと違って私に弱点看破のスキルは無いため、一撃必殺というわけには行かないものの、マスタリーとゲーマーの勘によって着実に倒すことが出来た。
毎回単体のモンスターと遭遇するわけでもないため、複数相手になれば勿論オルカやココロちゃんの力を借りる。
三人での戦闘は、やはり安心感が違った。突っ込んでスケルトンを粉砕するココロちゃんに、そこへ近づけさせぬようジャイアントバットを牽制する私。オルカは確実に一体一体を弓で射抜いていき、瞬く間にモンスターを制圧してしまう。
二人の決定力が高すぎて、つい楽勝ムードが漂ってしまうけれど、それは私の実力ではない。そこを勘違いすると痛い目を見るので、自惚れることだけはしないよう気をつけなくてはならない。
戦闘をこなしつつ、マップを頼りに迷うこともなくダンジョンを進む。
そうすると、とある小部屋でそれを見つけてしまった。
「あ。これってもしかして……」
「空の宝箱、だね」
「先にここに来た冒険者が開けたのでしょう。こればかりは早いもの勝ちですからね」
「うーん。どっかに未開封の宝箱は無いものか」
「もっと奥に行けば、きっとある」
というわけで、とりあえず今日の目標は宝箱を一つ開けることとした。
勿論危険を感じればすぐさま引き上げるのは、事前の決め事として示し合わせてある。
モンスターとはきちんとやり合えることが分かったけれど、かと言って油断するような真似はしない。
私達は気を引き締め、更にダンジョンの探索を進めるのだった。