第四一話 ソフィアさんのオススメ
ギルドの資料室にて、鏡のダンジョンが思いがけず高難度であることを知った私達は、気を取り直して今後のことを話し合おうとしていた。
するとそこに、何やらソフィアさんから提案があるらしい。
彼女はじっくりと私達を見回し、ようやく口を開いた。
「それではまず質問ですが。ミコトさん、スロットの方は埋まりましたか?」
「いえ、恥ずかしながら予算不足で……」
現在のスロット数は五つ。単純にこれを埋め切るには、一スロット当たり最大一六個の装備品が登録できるため、計八〇個もの装備が必要になってしまう。それに加えてのアクティブな装備一式なので、更に一六追加で九六個の装備アイテムを要するわけだ。
装備品なんて高価なものを、そうホイホイ買えるわけもなく。現状は換装というスキル自体、実戦投入するにはあまりに不足分が多く、使い物にならない状態である。
今後もしスキルレベルの上昇に伴って、一つの装備を複数スロットで登録出来て、使い回せるようになる、なんて素敵機能が追加されない限り、正直当面は実戦運用を先送りする他無い。
「そんなミコトさんにお勧めしたいのが、ずばり『ダンジョンアタック』です。ああ、鏡のダンジョンではありませんよ? もっと近場にある、難度の低いものですね」
「! そう言えば、この本にも沢山ダンジョン情報が取り上げられてますよね。ダンジョンってそんなに存在するものなんですか?」
「ええ、沢山ありますよ。こうしている今も、世界の何処かでは新たなダンジョンが誕生しているかも知れませんし」
「言われてみると私、ダンジョンについてはよく知りませんね」
ココロちゃんに出会うまでは、別段急いで強くなろうとも思わなかったし、わざわざそんな危険な場所に自ら足を踏み入れる理由もなかったのだ。
だから知識を求める機会もなかったのだけれど、考えてみたら冒険者としてそれじゃダメだよな。なにより、今は鏡のダンジョンへ挑むっていう大きな目標があるのだし。
これを機に勉強するべきだろう。
「では簡単にではありますが、ダンジョンについてのレクチャーから始めましょうか」
「よろしくお願いします。オルカたちには退屈かもしれないけど」
「大丈夫。おさらいは大事だから」
「ですです」
そうしてソフィアさんは、大まかなダンジョンの概要を語ってくれた。
私は姿勢を正し、いつになく真面目に話を聞く。
「それではまず、ダンジョンの定義ですが。ダンジョンとは、最奥にボスモンスターと呼ばれる個体を有する、限定的なエリアを指します」
「ふむふむ……ボスモンスターは、何か特別な種類だったりするんですか? 変異種とか、特異種とか」
「いえ、そういった事はありません。稀にそういう事例もありますけれどね。しかし種類こそ通常種がほとんどですが、ボスモンスターの役を担うモンスターは、同種のそれらよりも強力な個体となっています」
「なるほど。それじゃぁ、体が大きかったり変なオーラが出てたりとかは?」
「それはありますね。強力なボスほど顕著に」
「あるんだ……」
「他にも、通常個体では持ち得ないスキルをボスが有している、という例は多いようです」
初手からなかなか興味深い話だ。ダンジョンには必ずボスがいる、か。相も変わらずゲームっぽい世界だなぁ。
色々とツッコんで訊いてみたいところだけれど、そこら辺はゲーム知識をベースに類推できるので、今はよしとしておこう。
「それで、そのダンジョンへの挑戦を私達に勧める理由って何なんです?」
「ミコトさん。ダンジョンには、宝箱というものがあるのです」
「! そう言えば、オルカから聞いたことがありましたね。装備品は宝箱から出ることもあるって……つまりはそういうことですか!」
「なるほど。確かにそれなら、装備アイテムを狙いつつ素材集めも出来る」
「ココロはこの辺りの地理にはまだ詳しくないのですが、適したダンジョンがあるんですか?」
「ふふ、そこは担当受付の腕の見せ所、というやつですよ」
ソフィアさんは自信満々だ。しかし彼女の指し示したダンジョンアタックという選択肢は、確かに今の私にはドンピシャの攻略目標と言える。
上手くやれば、換装スロットを効率よく埋めていけるだろうし、宝箱でハズレしか引けなかったとしても、モンスターの巣窟であるダンジョンで狩りを続ければ素材もたくさん集まる。
ストレージがあれば、幾らだって持ち帰ることが出来るのだ。乗るっきゃ無い、このビッグウェーブ!
「ありがとうございますソフィアさん、それでお勧めのダンジョンって何処なんですか?」
私は勇んでソフィアさんに、開いていたダンジョン分布図を差し出すけれど、しかし彼女は不敵に微笑んで首を横に振った。
「残念ながら、その本には乗っていないダンジョンなんですよ。つい最近発見されたところが、今回お勧めするダンジョンになります」
「! 未発見のダンジョンなんてものもあるんですか?」
「はい。というより、ダンジョンはそれなりの頻度で生成されるんですよ。一説によりますと、モンスターのポップと同じような原理で生成されているとか」
「ダンジョンが、ポップ……ってことは、もしかしてダンジョンをクリア、つまりボスモンスターを倒すとダンジョンは――」
「ええ、消滅します。ただ、一部例外もありますけれど」
曰く、ダンジョンは前触れもなく突如現れて、ボスが討伐されるまで消えることはないらしい。
しかし中には、ボスを討たれても消えることがなく、一定の周期でボスも、内包する宝さえ復活するタイプのダンジョンや、鏡のダンジョンのように試練を備えた特殊なダンジョンなどがあるのだとか。試練のダンジョンもまた、消えることはないとのこと。
「一口にダンジョンって言っても、色々あるんだなぁ」
「本に記されているようなメジャーなものは、特殊なものを除くと、とっくに攻略されて消えているか、宝箱が取り尽くされているか、或いはそこらの冒険者の手に負えないような難関かのいずれかでしょうね」
「そう、なんですね……」
「そこで、独自の情報網を持っている冒険者ギルドが役に立つのですよ」
「な、なるほど」
ここぞとばかりのドヤ顔。しかし今ばかりは憎めない! うまいダンジョンの情報は、ギルドに集まりやすい。それは真理だろう。
例えば力を持たない一般人が、偶然ダンジョンを発見したなら、それは当然ギルドへ報告するだろうし。もしかするとそういう決まりなんかがあるのかも知れない。
そうなると、ギルドと冒険者をつなぐ担当受付嬢というのは、ダンジョンに挑むのであればとても重要な存在になるというわけだ。
「どうですかミコトさん。私、ミコトさんの足元見放題なんですよ」
「なぜそこでそんな意地悪を言うんですか!」
「勿論、スキルのためです。私はミコトさんのスキルにとても興味があるのです。そしてミコトさんはダンジョンに興味がある。ほら、私達もっと仲良くなれる気がしてきませんか?」
「職権乱用って言葉知ってます!?」
あまりに素直過ぎるソフィアさんを忌々しく思いながらも、しかし別に情報を悪用されるというわけでもなし。
スキルについて分かったことを教えるだけで、美味しいダンジョン情報が手に入るのなら悪くない取引、という気がしてきてしまう。
が、これが罠なんだよなぁ。そもそも取引とか言ってる時点で、きっとカタギじゃないもの。
「はぁ……まぁ、スキルについて教えるのはいいですよ。でも、それで依怙贔屓してくださいだなんてことは言いません。普通に担当らしく仕事してください。万が一悪い噂が広まったら、困るのは私達なので」
「なるほど、それはごもっともですね。わかりました、私にも勿論異存はありません。ですがご安心ください、ソフィアさんが担当受付で良かった! と思えるような情報を提供してみせますので」
「一応、期待してますよ」
ソフィアさんは意気揚々と席を立つと、本を片付けて部屋を出ていった。その際に、「最適なダンジョンの情報を出来るだけ精査しておきます。明日またお会いしましょう」と、そう言い残して。
私達は三人で顔を見合わせ、ふむと今一度話し合う。
「ということになったけど、どう思う?」
「私は、特に問題ないと思う。鏡のダンジョンに挑む前に、普通のダンジョンを経験しておくことは良いこと」
「ココロも賛成です。スキルの鍛錬も並行できれば、ミコト様は今よりもっとずっとすごくなれるはずですから!」
「わかった。それじゃ折角だから、今日はここでダンジョンについての勉強をしてから帰ろうか」
そんなわけで、それからは資料を参考にダンジョンのことをあれこれ調べ、ついでに文字の勉強なんかも行い、更には例によってスキルの訓練もこっそり繰り返した。
当初の予定はあっさり頓挫してしまったけれど、結果として有意義な一日になったと思う。
ギルドを出たのは夕方になってからだった。久しぶりに机に向かっての勉強漬けだったため、なんだか女子高生に戻ったような心持ちを味わうことが出来た。
こんな日も悪くないと思う。
★
翌日。朝食のテーブルを囲って今日の予定を話し合う。
ソフィアさんが、自信満々に「明日またお会いしましょう」だなんて言っていたから、当然ギルドには向かうのだけれど。
問題は今日早速ダンジョンに挑むのか、ということだ。
話し合いの結果、とりあえずソフィアさんの寄越してくれる情報というのを確認してみないことには、なんとも言えないってことになった。
ということで今日もやってきた冒険者ギルド。時刻はちょっと遅め。多分九時過ぎくらい。
いい加減、時計を何処かで手に入れられないだろうか、などと思いつつギルド内を見渡せば、混雑もピークを過ぎており、出遅れた冒険者が受付で依頼を受けている程度のゆるい人口密度。
私達はソフィアさんの姿を見つけて、カウンターへと向かった。
「おはようございます。待っていましたよ、皆さん」
「おはようございますソフィアさん。それで、私達に最適なダンジョンの情報とやらは見つかったんですか?」
「それは愚問というものですよ、ミコトさん。敏腕受付嬢の実力を侮ってもらっては困りますね」
カウンターに近づくや、早速不敵に微笑むソフィアさん。これは期待していいということだろうか。
早速彼女はカウンターの上に、一枚の簡単な地図を差し出してきた。
地図にはこの世界で言うアルファベットのA・Bに当たる文字が記されており、それを指して彼女はこう語った。
「二つ、ダンジョンの情報を用意しました」
「この印の位置にそれらがある、ということですか?」
「はい。ご説明しますと、Aは近頃発見された比較的新しいダンジョンですね。まだ挑んだ冒険者も少なく、ダンジョン内の宝箱もそれなりに残っていると目されます。危険度としても、西の森で危なげなく戦える皆さんなら問題ないでしょう」
Aのダンジョンは街の南にある、平野部にぽつんと穴があるらしい。それがダンジョンなのだと。
入り口がただの穴ということもあり目立ちにくく、そのため未だそれほど情報が出回っていないとのこと。
確かにチャレンジするにはうってつけのダンジョンではある。距離もそれほど離れておらず、日帰りでのアタックも可能だろう。
「それじゃぁ、Bの方はどんなダンジョンなんですか?」
「はい。こちらは、実のところ未確認情報なんです」
「? それは、どういうこと?」
オルカが首を傾げ、先を促す。ココロちゃんも同じく頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
ソフィアさんは些か真剣味のある声音で、説明を続けた。
「実はこの印の地点に、赤い雷が落ちたという目撃情報が寄せられておりまして。しかし未だ、確認が取れていない状況なのです」
「赤い雷……確か、ダンジョンが発生する際に見られる落雷現象ですよね」
「ええ。赤い雷が落ちた場所に、新たなダンジョンは発生します。ですから目撃情報が確かであるなら、Bの場所には未だ手つかずのダンジョンが存在している、ということになるわけです」
「でも待ってください。それは、危険度も不明だということですよね?」
ココロちゃんの指摘に、ソフィアさんは頷きを返してみせた。
「ええ。ココロさんの仰るとおり、危険度は未知数です。とても攻略が簡単で、実入りの少ないハズレダンジョンがあるかも知れませんし、実力に見合った前人未到のダンジョンが待っているのかも知れません。或いは、手のつけられないような恐ろしいモンスターがひしめいている可能性も、決して無いわけではない」
「ギャンブルになる、というわけですか」
「はい。AとBどちらにも利点はありますし、Bを選ばれる場合はギルドからの調査依頼を受けていただくことも可能です」
「調査依頼と言うと、ダンジョンの有無や位置情報、モンスターの脅威度なんかを調べてくださいっていう内容ですか?」
「その認識で間違いありません。無論、調査に際してダンジョンへの進入、宝箱等の取得は自己責任の範囲で自由に行っていただいて構いません」
なかなか難しい二択を出してきたものだ。
片や既に漁られてはいるけれど、まだまだ旨味のあるAダンジョン。
片や危険度はおろか、その存在も未確認、未知数だけど、手つかずのBダンジョン。
さて、どちらに挑むべきか。私達は急遽その場で頭を突き合わせて、小声で話し合いを始めたのだった。




