第三九話 Dランク昇級試験
適当な時間に訓練を切り上げ、飲食スペースで昼食を済ませた。その際、同じくお昼を食べに来たソフィアさんも当たり前のような顔で同席し、お昼からの昇級試験についてざっくりとした説明を貰った。
事前の予告通り、試験は訓練場での模擬戦形式行われるようだ。そして気になる対戦相手だが、以前私が冒険者資格を取る際相手をしてもらった、バームおじさんにお願いしたのだと言う。
男性の名前が出たため、警戒を顕にするオルカとココロちゃん。
しかし私は、今更になって少し不思議に思った。そう言えばあの人だけは、何故か私の顔を見てもそこまで過剰な反応を示さなかったな、と。
すると疑問の答えはソフィアさんの口からあっさり飛び出した。
「ああ、心配はいりませんよ。何せあの人、男色家ですから。彼氏もいますし」
「「「えっ」」」
思わず三人して声が揃ってしまった。サラリと意表を突かれては、それも仕方ないだろう。
いやしかし驚いてはみたものの、実のところたまにあるのだ。何せ冒険者は命がけのお仕事なので、PTを組むのに異性を混ぜないというのは、恋愛がらみのトラブルを避ける上で結構重要なこととされているらしい。
するとどうだ。例えば生死を分けるようなギリギリの場面を、頼れる同性の相棒と力を合わせて乗り越えて行くわけだ。そうしたら次第に、相手へ友情や仲間意識や頼り甲斐……とは異なる別の感情が芽生えることもあるらしく。
そんな感じで、いつの間にか同性にしか興味がなくなっちゃった冒険者、というのは実際たまに出てくるそうで。私も何人か出会っているし。
ともあれそういうわけなので、バームおじさんは異性を恋愛対象とはしていないらしい。
まぁ人づての情報を鵜呑みにして、完全に信頼するつもりもないのだけれど。それでも私をはじめ、オルカもココロちゃんも一応の納得を見せたのだった。
それから私達は再び訓練場へ舞い戻り、試験開始までの空いた時間を訓練の続きに充てて過ごした。
そうするとやがて、ソフィアさんがおじさんを伴って訓練場にやって来たのである。
「よぉ、嬢ちゃん久しいな。活躍は聞いてるぜ」
「どうも、ご無沙汰してます」
前と変わらぬ気さくな調子でバームおじさんが挨拶してくる。この自然な感じは、何処かオレ姉を想起させるな。異性に興味がないという話に真実味が湧いてきた。
それから軽い世間話をした後、いよいよ試験の説明が始まった。
「それじゃ、試験についてだが。嬢ちゃんにはこれから俺と模擬戦を行ってもらう。以前のそれと異なるのは、純粋な戦闘能力を測るって点だな。EランクとDランクの大きな違いって言うと、対峙するモンスターの強さが変わるくらいだからな。それに伴う戦力を持っているか、って点をここで測らせてもらう」
「なるほど、了解です」
「俺に一本入れられたなら、即合格だと思ってくれていい。そうでなくとも十分に善戦できたなら、昇級の資格ありと見なす場合があるから、精々頑張ってくれ」
「ふむふむ」
「あーそれとな」
バームおじさんはにやりと笑みを作り、威圧感を滲ませてこう告げた。
「今回は、手加減なしだ」
「…………」
おじさんそれ、女の子に向けていい迫力じゃないっす。チビっちゃうよ。チビらないけど。
説明を終えたおじさんは軽く下がり、軽いストレッチを始めた。私もまた間合いを十分に確保して、深呼吸する。
オルカやココロちゃんは既に、訓練場の端っこで応援の姿勢を取っている。
訓練場は時折、こういう試験なんかにも使われるため、その際は使用制限がかかったりする。私達も、スキル訓練に来たのに訓練場が使用できなかった、なんてことがたまにあった。
そんなわけで、他にギャラリーがいるというわけでもない。いつになくガランとして静かな訓練場は、馴染みのそれとは異なり、どこか張り詰めた空気が漂っているように感じられた。
やがて私とおじさんのちょうど中間辺りに立っていたソフィアさんが、準備はいいかと双方に問を飛ばしてくる。
私はそれに肯定を返し、おじさんもまたいつでもいいぞと頷いてみせた。
それを確認したソフィアさんは、それではと一旦溜めを作り、そして改めて声を張った。
「これより、Eランク冒険者ミコトの、昇級試験を開始します。模擬戦、始めてください」
開始の合図とともに、私はゆっくりと距離を詰め始めた。飛び出すことはしない。
バームおじさんの本気モードとやらが、一体どれ程かを私は知らないのだ。まずは情報を集めなければならない。
対するおじさんは、少し意外そうにこちらを見ている。が、油断はない。
何が飛んできても迎え打てるような、隙のない構えで悠然と立っている。どうやら仕掛けてくるのを待っているらしい。まぁ試験官なのだから、相手の実力を見るという意味ではそういうスタイルにもなるか。
ならば是非もない。私から仕掛けねば埒が明かないのなら、小手調べで情報収集だ。
こういう時飛び道具があれば便利なのに、とは思う。今度投擲用のアイテムでもストレージにストックしておこう。
などと心に留め置きつつ、私はカウンターを警戒した軽い一撃を放り込んだ。余力を残した踏み込みから繰り出す、そこそこの威力の斬撃。
ちなみに今回は、実戦を想定しての模擬戦ということもあり、互いに自らの得物を用いている。
私はお馴染みの舞姫を振るっているが、バームおじさんはそのガッシリとした体格によく似合う、大剣を構えている。
そいつで器用に私の一撃を跳ね除けてみせた。向こうもこちらの力量を推し測っているのだろう。
それにしても、私はあまり武器と武器がぶつかるのは好かない。刃こぼれしたら大変だもの。私の場合、それでもし武器の性能が落ちたなら、ステータスごと下がってしまうのだ。できるだけ武器に負担をかけるような運用は避けなくてはならない。
が、勿論そういう事を言っていられない場面も想定するべきなんだけどね。例えば今も、そんな余裕はないわけで。
一定以上の実力者というのは、なかなかどうして取り付く島を見せてくれない。それはゲームをしていても感じたことだった。
こういう小手調べを繰り返していても、千日手の様相を呈してしまうだけなのだ。
であれば、どちらかが多少のリスクを背負ってでも突っ込まなくてはならない。
私が好きなのは、小さな手を打って、綻びを作ってからの突き崩しなのだが、ガードの固い相手には大胆な手も必要になることを理解している。
だから、突っ込む。
「――ふっ!」
「!」
カウンターを貰わないためには、受けるなり避けるなりが必要になる一手を打つことが重要だ。
私は躊躇わず、バームおじさんの首元へ鋭い斬撃を放った。
狙い違わずおじさんは、大剣の腹で舞姫を弾く。その動きは小さく、私の次の挙動からも意識を逸らすことはない。こやつ、できる! ってお約束の文言が脳内再生されるが、それどころじゃない。
小さな動きだろうと、動作が生じれば攻めやすい場所が出来るのは道理。私は舞姫を手放し、最短距離で反対の脇腹へ拳を放った。手放した舞姫はストレージの中へ消える。
「くっ?!」
「なんの!」
残念ながら拳は空を切ったが、懐には入った。そして大剣に対するボクサースタイルのインファイト。私の優勢は火を見るより明らかだろう。
私は拳による鋭い連打を叩き込む。が、ガインガインとことごとく盾のように構えられた大剣に阻まれ、一撃を見舞うことが出来ないでいた。
私の拳は篭手により守られているため痛みはしないが、鋼を殴っているようで気持は良くない。
このままでは決め手に欠けると考え、私は手札を一枚切ることにした。つまりは、覚えたてのあれだ。
「スモールファイア!」
「なにぃ!?」
ボディめがけて拳を連打しながら、顔面へ向けた小さな火の玉の射出。今回は指先からではなく、思いつきで目から放ってみた。面白そうだったから。
小さな火は、私の眼球から数センチ先の虚空より発生し、勢いよくおじさんの顔面めがけて飛んでいく。
慌てて首を傾け回避するおじさんは、しかしまんまと脇腹を露出させてしまった。狙い通り、これで詰みだ。
私の篭手は、オレ姉特製の品だ。当然のようにギミックが仕込まれている。
手の甲からニョッキリ伸びた鋭い隠し刃が、私の抉るようなフックと同時に飛び出し、脇腹の中へ潜り込む気満々といった勢いで迫る。
が、勿論寸止めで済ませた。ぴたりと止まった切っ先は、このまま突き進めば間違いなくおじさんの横っ腹を食い破り、最悪致命傷を与えていたことだろう。
「勝負あり。ミコトさんの勝利です!」
「ふぅ……ありがとうござい」
「ということで今の魔法は何なのか、直ちに説明してください!」
「ました……」
私が武器を下ろすのもろくに待たず、勝敗の判定を下したソフィアさんは間髪入れずに詰め寄ってきた。
これには、一瞬前まで身を強張らせていたバームおじさんも苦笑いを浮かべるばかりである。
「やぁ、まいったぜ。お嬢ちゃん、やっぱただもんじゃねぇな」
「いつですか! そんな魔法をいつ覚えたんですか!?」
「えと、あー……」
「……いやすまん。おじさんのことは気にしないでくれ……」
なんだかやけに寂しそうに、おじさんは背を向けて離れていった。そんなバームおじさんを、私はソフィアさんにガクガクと揺さぶられながら眺めるのだった。
★
試験は無事に終わり、ソフィアさんに魔法習得までのあらましを説明して唖然とさせた後、彼女が立ち直るのを待ってようやく現在。
私達は冒険者ロビーにおり、若干上の空といったソフィアさんにギルドカードを返してもらっているところだ。
戻ってきたギルドカードには、確かに私がDランク冒険者に昇級したという証が記されていた。なんでも、専用の魔道具で加工するらしく、おいそれと偽造できないようになっているらしい。
ともあれ、これで私もDランクだ。
Dランクになったのだから、そろそろ本格的に例のダンジョンへ向けて準備を進めていいだろう。
スキルも順調に増えたり育ったりしているし、実力も着実についてきていると思う。
本当なら一刻も早くダンジョンで、ココロちゃんの鬼の問題に対する何らかの手がかりを求めたかったし、私自身の謎に対するヒントも探しに行きたかったところを、私の力不足のせいで足踏みさせてしまっていたからね。
しかしその問題も、ようやっとクリアできつつある。
欲を言うなら、準備なんて幾らでもやることがある。鍛錬も軌道に乗ってきたし、伸び代は相当にあるのだから、やろうと思えば幾らだって時間を費やせてしまう。
けれど、準備に時間を費やせば、それだけ長くココロちゃんに窮屈な思いをさせることになる。
私にしたって、このまま転生の謎を放ったらかしにしておいたら、なんだか段々それに対する興味も薄れていく気がして、気持ちが悪いのだ。
時間が過ぎて、転生した事実さえいつかどうでも良くなって、そんな事もあったね……だなんて。それは如何にも、巻き込まれた不条理に屈したみたいで業腹じゃないか。
出来ればちゃんと、私の身に何が起こったのか。それを知りたいんだ。
なのでそのためにも、近々『鏡のダンジョン』とやらの下見をしに行きたいなと思っていたりする。
実際ダンジョンの脅威を体験することで、どれくらい力をつけるべきか、もう十分か、それともまだまだ足りないのか。そういった目安を得ることが出来ると思うから。
ギルドカードを眺めながら、そんな風にこれからのことへ思いを馳せていると、オルカとココロちゃんが嬉しそうに声をかけてきた。
「おめでとうミコト。無事に昇級できたね」
「さすがミコト様です。改めて、見事な戦いぶりでした! ココロにはまだ、あのような拳は撃てません……!」
「ありがとう、二人とも。お陰様で何とかなったよ」
ひとしきり感想なんかを言い合った後、午後の半端な時間を持て余した私達は結局、再び訓練場を借りて魔法訓練の続きを行うのだった。
逸る気持ちはあるけれど、同時に力の蓄えはあればあるだけ良いとも思う。
私はひたすら、精々優れた冒険者である彼女たちの足手まといにならぬようにと、スキル磨きに全力を費やすのだった。




