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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第三八四話 一〇〇戦目

 時刻は既に午後六時をとうに過ぎ。

 すっかり日も気温も落ちて、辺りも随分と夜めいてきた頃。

 イクシス邸裏の訓練場に於いては、未だサラステラとミコトによる近接戦闘訓練であるところの、一〇〇試合耐久模擬戦が続いていた。


 予め仕込んでおいた、イクシスさんたちをダンジョンまで迎えに行かないと……という休憩の言い訳も、「そんなの通話で一言連絡を入れておけば、ストレージを使って勝手に帰ってくるぱわ」という、脳筋にあるまじき正論で一蹴され。

 結局ちゃんとした休憩を挟むでもなく、三時間以上もほぼぶっ通しで戦い続けている二人である。

 サラステラの方はまだまだ体力に余裕があり、ともすれば追加で一〇〇戦だって何ら問題なくこなせてしまいそうですらあった。底なしのスタミナが、ミコトにとってはもはや暴力的に見えるほどである。

 対するミコトはと言えば、既に立っているのもしんどいような状態で。

 すっかり口数も減り、テンションも低い。


 さりとて、これで最後だ。

 次の一戦で、ようやく一〇〇戦目なのだ。

 その事が分かっているのかいないのか、もはや幽鬼の如くゆらりと、広い訓練場の中に佇むミコトの姿は、サラステラから見ても何だか不気味にすら思えた。


 今日のスケジュールをこなした面々は、今ギャラリーとなって訓練場の端っこにチラホラと集っていた。光魔法で照明を担ってくれてすらいる。

 鏡花水月の仲間たちは昨日同様にフラフラしているミコトを案じるも、さりとて止めに入るような野暮は冒さず見守る構えのようで。


「ミコト、頑張って……!」

「あと一戦! あと一戦ですよミコト様!」

「おばさまは相変わらず、無茶なメニューを組むな……」

「ですが、その効果は間違いなくあるようです。何せ今の試合……」


 ソフィアをはじめ、観戦に来ている面々の誰もが、その内心に少なからず驚きを抱えていた。

 ミコトは既にバテバテであり、見るからに手足には重りでも付いているのかと思えるほどに、鈍い動きしかしない。

 だというのに。未だ彼女はちゃんと『試合』足り得るものを展開し続けているのだ。

 ましてそれはサラステラが手を抜いて、辛うじてそう見えるようなものに仕立てているとか、そういうわけでもなく。

 寧ろ、風前の灯が如きミコトの体力と反比例するように、彼女の調子は上がっているようにすら見えたのである。

 そして今の九九戦目。

 ミコトの技は、あのサラステラを一瞬怯ませるほどの冴えを見せたのだ。

 結果としてはミコトの敗北だったが、何かを予感させるには十分な、そんな動きだった。


 そしてこれより始まるは、ミコトにとって待望たる一〇〇戦目である。

 サラステラが観戦組に手を振り、「それじゃ開始の合図頼むパワー」とまるで疲れを感じさせない声音で言う。

 それに応えるように、同じく観戦に来ていたレラおばあちゃんが、ポっと静かに手の平に浮かべた火の玉を、勢いよく空へ打ち上げたのである。


「さぁミコトちゃん、今日の締めくくりパワ! 最後の力を振り絞ってかかって来るパワ!」

「…………」


 ミコトに返事はなく。顔色は仮面で見えないが、多分相当に悪い。

 果たして今の彼女に、サラステラの声や、皆の心配が届いているのかどうか。

 何れにしたところでお構いなしと、空高く舞い上がった火の玉は、今日一番派手な爆発を見せ。景気よく一〇〇戦目開始の時を告げたのである。


 さりとて、煌めく花火の華やかさとは裏腹に、二人に動きは無く。

 サラステラは構えを取ったまま、真剣な表情でミコトを睨んでいる。

 対するミコトは、構えすら取るのも億劫と言わんばかりの脱力姿勢。

 にもかかわらず、である。

 その立ち姿より感じられるのは、得体の知れない迫力、或いは不気味さであった。

 彼我の距離は、いつもどおりの三〇メートルほど。サラステラからすれば、瞬く間に詰められるような間である。言ってしまえばこの距離は既に、彼女の間合いの内であるとすら言えるのではないだろうか。

 試合開始前から間合いの中に相手を捉えているなんて、フェアじゃないと。何も知らない人からしたら、そう感じるかも知れない。

 だが、それは大きな間違いだ。

 何故なら。


「ぱ……っ」


 それは、警戒たっぷりにサラステラが僅かに挙動を見せた、その瞬間だった。

 ミコトの姿は既に懐の内にあり、舞姫は何ら躊躇いなくサラステラの首元へ迫っていたのである。

 そう。テレポート持ちのミコトにとって、間合いなどという概念はもはや意味を成すものではなく。

 極端なことを言うなら、どこにあってももれなくミコトの間合いの内なのである。

 ズルいと言うのであれば、それは寧ろミコトの方にこそ相応しい言葉なのではないだろうか。だが、それはもはや言っても詮無いこと。他でもないサラステラが、ミコトのテレポートを禁じていないのだから、この模擬戦においてそれは何らルールに抵触するようなものではないのだ。


 フッ! と小さく力み、首と刃の間にピンポイントで障壁を生み出したサラステラは、既にカウンターの拳を繰り出している。常人では到底目で捉えることも不可能な、超速の返し。

 けれどミコトはそれを、ほんの身じろぎ一つでヌラリとやり過ごしてみせた。どころか、次の一太刀を既に振るっているのである。

 もはやそれは、達人を思わせる身のこなしであった。

 彼女には【心眼】があり、サラステラの動きは先読みすることが出来る。が、出来たとて対応の叶わぬ速さというものはある。サラステラのカウンターは正にそれだったはずだ。

 ところが、ミコトは完璧に。そう、非の打ち所がないほど完璧にそれを最小の動きで躱し、あまつさえ同時にさらなる攻撃まで繰り出してきたのである。


 他の者ら同様、観戦に来ていたイクシスはこの時点で既に目を丸くしていた。

 初撃。ミコトの見せた一撃は、想像を絶する恐ろしいものだった。

 彼女はサラステラの、『まばたき』を狙ったのだ。

 如何な達人とて、まばたきくらいはする。或いはそれを嫌い、目を自ら閉じたままにする者もあるが。

 頑強さにも、反射速度にも強い自信を持つサラステラは、ミコトを前にまばたきを晒し。そしてそこを突かれたのである。

 確かに防御は間に合った。繰り出したカウンターも見事だった。さりとてミコトは、それすら見切っていたのだ。

 そのことが、イクシスには信じられなかった。

 ミコトといえば普段、ほとんど前衛に出ることはないのだ。それでも十分すぎるほどの戦力を持っており、故にこそ近接戦闘術をあれほど鍛え上げるだけの機会もなかったはず。

 にもかかわらず、彼女はあの疲労状態にあって当たり前のように、常人離れした技術を成してみせた。

 いつ、そんな事が出来るようになったのだろうか? ミコトが前衛を頑張っているだなんて話は、少なくともイクシスは聞いたことがなかった。

 だから、こう考える。

 この一〇〇戦の間に、それが出来るようになったのだと。

 ゆえにこそ瞠目したのである。成長が速いだとか、もはやそういう次元の話ではない。

 だが、だからこそ納得する。そうかこれが、仮面の化け物より受け継いだ、その力を馴染ませるということか、と。

 どうやらイクシスの想定していたよりも遥かに、ミコトが化け物より受け継いだ経験と力は、とてつもないものだったらしい。

 そのように改めて確信を覚えたイクシスである。


 そんなイクシスらの見守る先、息をもつかせぬ攻防は続いていた。

 返すミコトの刃を、さりとてこれまた見事にいなしてみせるサラステラ。

 そうして更に反撃を繰り出せば、しかしそこにミコトの姿はもう無く。

 すわテレポートかと辺りの気配を探れば、しかしその間隙を縫うようにまたも懐の内より迫る舞姫。悍ましい程に意識の隙間を自在に泳ぐミコト。

 反撃は尽く躱され、しかも既に彼女は自動回避に頼りすらしない。アレは確かに安全な回避をしてはみせるが、低燃費というわけではない。バテている今のミコトには、いっそ毒ですらあると言えるだろう。

 ゆえにこそミコトは自力で、最良の回避を突き詰めるのだ。

 回避どころか、それは反撃にすら活かせる攻撃的ないなし。

 たった一〇〇回戦う間に、何がどうしてこんな事になったのかと。

 混乱を覚えたっていいような場面ではある。


 だが、サラステラに動揺の色は微塵もない。

 寧ろ、強敵と戦える喜びに、彼女の口角は上がりっぱなしだった。

(すごいパワ! すごいパワミコトちゃん! もっと! もっと見せてくれパワ!!)

 彼女の駆使する技のキレは、この模擬戦が開始された当初であれば、ミコトにより「はいそれ大人げない! 反則!!」と、抗議を受けていたものに相違ない。

 だが、今のミコト相手であれば決して反則などということはなく。

 サラステラは、目の前の少女が一体どこまで自分に食らいついてくるのか。それが楽しみで仕方がなかった。

 まして前の試合よりなお冴えるその動き。疲労の度合い故に、どれもこれも小さな動作でこそあるが、芸術的なまでに無駄がない。それは、サラステラの感性をもってしても、いやサラステラの感性であればこそ美しいと感じられるほどに見事なもので。


 そのように興奮したのが、正しく敗因となったのである。

 警戒を怠ったわけでも、隙を晒したわけでもない。

 と言うより、サラステラ自身理解が及ばなかった。

 ただ事実として、舞姫が自らの横っ腹に添えられており。そこからズルリと、容赦なく体内に冷たい刃が潜り込んでくるのだなと。

 気づいた時にはそのような確信があった。

 今日はじめて、動揺し、混乱した。いや、一対一の戦闘に於いてここまで理解が追いつかないことが起こったことなどいつぶりだろうか。

 さながら走馬灯のごとく、加速した思考の世界でそのように現実を俯瞰する。

 そして。


 ばたりと。

 片方が地に伏せ、決着はなったのだった。

 そう。

 ミコトがとうとう体力切れを起こし、目を回したのである。


 訪れたのは、時が止まったような静寂。

 一拍を置き、サラステラの背筋には大量の冷や汗が吹き出した。

 そっと右手で横腹を撫でる。無傷である。

 だが、確信が消えない。ミコトにもう少し体力が残っていたなら。もし彼女がその気だったなら。

 今頃自身の体は、バッサリ切り裂かれていただろうという確信が。


「ち、ちびるかと思ったパワ……」


 誰にも聞こえぬつぶやきを口の中で転がすと、向こうからは血相を変えて観戦者たちが駆け寄ってくる。ミコトを案じてのことだろう。

 ちょっとだけ、自分のことも心配してほしいと心の中だけでいじけるサラステラ。

 ともあれ、これにて一〇〇戦終了である。


「ぎゃー! しっかりしてくださいミコト様ーっ!!」

「衛生兵! 衛生兵!!」

「どどどどうしたら、ええとええと……」

「こんな時はストレージです。時間を止めておけば一安心です! というかオートプレイを目覚めさせないうちに急がねば!」


 などと、ワタワタする鏡花水月の手であっという間にミコトは回収され、屋敷の方へ帰っていく彼女ら。

 半ば呆然とそれを見送ったサラステラの肩を、ぽんと誰かが叩いた。


「! 先輩……」

「最後、危なかったな」

「そうぱわ……引き継いだ力っていうのを、ちょっと侮ってたみたいぱわ」


 そのように背中を丸めるサラステラへ、次いで朗らかに声を掛けたのはレラおばあちゃんである。

「あらあらら、サラちゃんが一日に何回も負けちゃうなんて、本当にびっくりだわ。ミコトちゃんってすごいのねぇ」

 と、感心したように言う彼女へ、苦笑する他無いサラステラ。

 すると、午前中にも模擬戦で敗北を喫していることがイクシスにも知られてしまい、茶化されてしまう。

 珍しく顔を赤くして、「や、やめて欲しいぱわ! 油断しただけぱわ!」と負け惜しみを言う彼女に、一頻り皆で笑い合った。

 そうして誰からともなく屋敷へ向けて歩き出せば、サラステラは静かに黒い空を見上げ、つぶやいた。


「ミコトちゃん……やっぱり面白い娘ぱわ。明日からも頑張って鍛えるぱわ!」


 斯くして、ミコトの修業の日々は続くのである。

 骸戦への準備は、着実に進んでいった。

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