第三八三話 ホントぱわ!
仮面の化け物より引き継いだ力を自らに馴染ませるべく、サラステラさんと行う午後の模擬戦。
全一〇〇戦を予定しているということで気が遠くなりそうだけれど、一戦目は何とか説得により私が勝ちを得た。得たと言うか譲られたと言うか。
そしてさしたる間も置かずして、早速始まった二戦目である。
合図は、適当に拾った小石を上に放り投げ、それが地面を叩いた瞬間に試合開始となる。
重力に引かれ、石と地面がほんの微かに触れた、その瞬間だった。
サラステラさんが、もう目の前に居た。彼我の距離はたっぷり三〇メートルほども確保していたのに、〇秒で詰められた。
手加減するって言ったのに! 手加減するって言ったのに!
だが、私の自動回避は見事に反応を返し。
次の瞬間には彼女の背後に居た私。状況を理解するのに一瞬の間を要してしまった。
しかしあろうことか、私より先に状況を掌握したのはサラステラさんの方で。続け様に繰り出された回し蹴りは、私の首を刈る気満々のえげつないやつ。
反応の遅れた私に成す術はないのだけれど、さりとて自動回避はまたも自己判断で私の体を動かした。
紙一重。頭上すれすれにてそれをくぐり抜け、私はサラステラさんへ斬りかかっていく。
用いる武器は舞姫で、その一振りを鋭く彼女の懐へ叩き込んだ。
が。
ぬるりとした感触。
刃の腹に添えられた手は、あまりにも自然な加力を行い、巧みに軌道を逸らしてみせたのである。
「っ!?」
意図せず軌道を逸らされたのでは、隙の生じを免れ得ない。
崩れた姿勢を直すための運動と時間のロス。
如何にとっさの機転でそれを利用した連撃を繋ごうと、どうしたってタイムラグは生じるもので。
サラステラさんが、あのサラステラさんが、そんな美味しい部分を食い逃すはずなんて無かった。
だが、そんな状況下でなお心に余裕を保てているのは、それこそ自動回避のおかげであろう。
しくじったところで、自動回避ならなんとかしてくれる。
それが一種の保険となり、私の心に焦りが生じるのを阻むのだ。
もしかするとそれこそが、自動回避の最も有用な利点と言えるのかも知れない。
だが自動回避に頼り切っては、それこそ私の訓練にならない。余裕を得たというのなら、それを利用してこそだろう。
完璧な受け流しにより拵えられた隙。ならばサラステラさんが何かする前に、私自身がそれを埋めてしまえば良い。
体勢は崩れ、本来ならここからアクションを起こすことなど叶わないだろう。
さりとて私が得意とするのは、寧ろ魔法なのだ。
瞬間、私へ向けて拳を突き刺そうとしていたサラステラさんの動きが、ガチッと何かに固定されたように停まった。
いや、正に固定したのである。
空間魔法が一つ、【キューブ】は空間を固定するマジックアーツスキルだ。
それでサラステラさんの拳を固定したことで、今度は彼女の方にこそ一瞬の隙が生じた。
チャンスが手のひらを返した瞬間である。
私は軌道のそれた舞姫が一振りをそのまま手放すと、無手にて姿勢を修正。別の舞姫をすかさず手元に呼び出せば、そこから鋭く彼女めがけて斬り上げに掛かったのだ。
が、サラステラさんも無論それを黙って受けるはずがない。
拳が動かないと知るなり、脚での迎撃を試みた。
予想済みである。
振った刃に勢いが乗ったその瞬間、私の視界はぱっと切り替わり、彼女のつむじを捉えていた。
完全に意表を突いた。死角を取った。
舞姫の刃は間違いなく彼女の肩口に吸い込まれ、常人が相手ならば致命級の一撃を免れないはず。
だがしかし。
「ぱ!」
刃が彼女に届くその刹那。気合の一音が大気をグヲンと揺さぶり、衝撃波となってあらゆる脅威を払い除ける。
それも、予想済みだった。
だから、彼女が音を発したその直後、彼女の下顎にミコトパンチがめり込んでいた。
テレポートだ。彼女の頭上に転移したのもそうだが、自動回避に依るものではない。
このまま素直にサラステラさんが刃を受けてくれるなどとは全く考えていなかった私は、彼女の肩口に刃が触れるか触れないかというタイミングで再度短距離転移を発動したのである。
そうして衝撃波をやり過ごしながら、スペースゲートを開通。
拳を突き出して、横合いよりサラステラさんの右下顎を強かに打ち付けたのである。勿論、重力魔法やバフを乗せた重たくて強烈なやつだ。
だが、だというのに何という手応えだろうか。
まるでブ◯リーでも殴ったような気分だ。殴ったこっちが恐くて仕方ないし、効いてる気が全くしない。
寧ろ、突き出した腕をすぐにでも掴まれるような気がして、私は再びテレポートにて距離を取ったのだけれど。
しかし予想に反して、これと言った反撃はなく。転移先でメチャクチャ警戒していた私は、まんまと小首をかしげることになったのである。
すると、視線の先でサラステラさんが何やら手招きしている。
すわヤバい技でも来るのかと、再びテレポートしかけた私だったけれど、心眼はどうにも彼女から攻めの意図を読み取らない。
腰を落としたまま私が頭上にハテナを浮かべていると、手招きだけでは伝わらないと察したのか、サラステラさんが声を張った。
「ちょっと集合ぱわー」
「え、ええ……?」
思いがけない言葉に戸惑い、私が小走りで彼女のもとへ近づくと。
流石にだまし討ちが飛んでくる、なんてこともなく。
難しい顔をしたサラステラさんが、腕組みをして私を迎えてくれた。
何事だろうかと「なになに、どうかした?」と訊いてみれば、彼女は如何にも渋い顔を作って言うのだ。
「ぱわぁ……ミコトちゃんさぁ」
「な、なに?」
「いや、うーん……」
「なんなの?!」
何か言いたげで、しかし言葉にするのを躊躇ってか、眉根にシワを寄せ唸り始めるサラステラさん。
心眼で見るに、どうやら私に対して困っているらしい。
だが、それを率直に伝えるのは筋が通らない、みたいな。
結局の所何が言いたいのかは、イマイチ判然とせず、私は暫し彼女の言葉を待ち続けた。
数秒掛けてむーむーと唸ったサラステラさんは、いよいよ言うべき言葉がまとまったのか、徐に口を開いたのである。
「ズルいぱわ」
「え」
「や、分かってるぱわ。スキルは好きに使っていいって言ったのは私だから、ホントはズルくないんだぱわ。だけどやっぱりズルいぱわ!」
「ぇえ??」
口ぶりから察するに、多分『思ってた近接戦闘じゃない』ってことなんだろうけれど、それを抗議するのは大人げないと言うか、自分で言いだしたルールなのだから文句が正当性を得ないとか、そういう感じだろうか。
いや、そうじゃないか。
「もしかして、私訓練の趣旨から外れてた?」
「! そう、それぱわ!」
私の言葉に、喉のつっかえが取れたような顔で肯定してくるサラステラさん。
途端にぐるぐるしていた頭の中がスッキリしたのか、するすると正論を吐き出し始める。
「いいぱわ? 私が鍛えてあげたいのは、もっと選択肢の限られた中で行う駆け引きぱわ。なのにミコトちゃんは、駆けたら駆けっぱなし、引いたら引きっぱなしっていうマイペースを貫いちゃうから、どんどん変な方向に行っちゃうんぱわ」
「お、おぉぅ。ずっと私のターンってことか……」
「確かに実戦で有効な、ミコトちゃんなりの戦法だってことも、それが強いことも認めるぱわ。だけど今大事なのは、例の力をミコトちゃんに馴染ませることぱわ。そのために必要なのは、そんな変則的な近接戦闘じゃなくて、もっとガチのやつなのぱわ!」
「な、なるほど……」
サラステラさんの言いたいことは、よく分かった。
私はこの世界で冒険者を始めて以来、常にリスクを抑え、流れを掴んだら意地でも放さないというスタイルを貫いて来たわけだけれど。
しかしそんな事が出来るのはここがリアルだからであって、それこそゲームではこうも一方的な展開になんてなかなかならない。特に対人戦では尚更だ。
制限された選択肢の中で、対等にやり合うのだからそれは当然のことで。デジタルのゲームに限った話でもなく、例えばスポーツなんかでもそれは同じだ。
凄まじい点差の開くゲームなんていうのは、余程の実力差か幸運が味方をしでもしない限り、先ず起こり得ないことである。
ところがそれが命を懸けた戦いともなれば、罠の一つ、急所の一つであっさり方がついたりするのだ。
それはルール……というか、勝利条件が極めてシンプルであり、しかも選べる選択肢が無限とも思えるほど存在するからこそなのだが。
どんな卑怯な手を使っても、生き残ったほうが勝ち。
ルールなんてものがあるとするなら、究極的にはたったその一つだけが存在する。それが冒険者の挑む実戦ってもので。
私は出来る限り安全に、安定した勝利を得るべく、サラステラさんの言うような『マイペース』を作り上げてきた。
実戦ならそれで良かったんだ。
だけれど、今求められているのはどうやらそれとは違うものであるらしく。
私にとっては縛りプレイも同然の、『ちゃんとした近接戦闘』を行わなくちゃ意味が無いのだという。
何故ならば仮面の化け物は、私みたいな戦い方をしなかった。確かにテレポートは使ったけれど、魔法を含めても私ほど変則的な動きはしなかったのだ。
であれば、化け物の戦い方に近い方法で模擬戦を行ったほうが、化け物の力を馴染ませるという目的に沿うのは当たり前というか、理に適った話である。
「つまり、魔法とかスキルの使用を制限するってこと……?」
「まぁ、そうぱわね……とは言え完全に何でもかんでも禁止したら、それはそれで為にならんぱわ。際立って厄介なものだけ使用を控えてもらうぱわ」
「厄介なもの……?」
「ち、違うぱわ! 別にズルいから使わせないとか、そんな意地悪のつもりはないぱわ! ホントぱわ!」
「わ、わかってるよ!」
言い繕えば言い繕うだけ、不思議と怪しく思える魔法の言葉、『ホントだよ!』。
うっかりドツボにはまりそうなサラステラさんを宥めつつ、私たちはそれから何戦も模擬戦を繰り返しながら、徐々に使って良いスキルとダメなスキルの仕分けを行っていった。
しかしまぁ、戦う毎に「あ、それはダメぱわ」「あ、それはズルいぱわ」「あ、それは卑怯ぱわ!」だなんてイチャモンをつけられるものだから、なかなかにストレスは溜まった。
ともあれ、三〇戦を迎える頃にはようやっとルールも整い、縛りの内容も安定したのである。
そうして私は、サラステラさんと自身との間にある途方も無い実力差に、うっかり現実逃避しそうになったのだった。
今日のノルマ、残り七〇戦。
既に空はオレンジ色の気配を見せ。鼻をかすめる夕の匂いに、私は小さくため息をこぼすのだった。
「体力が持つ気がしない……」




