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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第三八〇話 クラウの選択

 午前中一杯を費やし、皆で鍛錬の方針を話し合ったミコトを除く鏡花水月の面々。

 イクシスの助言もあり、概ね自身をどの様な『キャラクター』として育て上げるかを固めた彼女たちは、午前の鍛錬を終えて戻ってきたミコトたちとともに昼食を摂ると、早々と出発の支度を整えるなりミコトにワープを要請した。

 向かう先は既に彼女たちにとってお馴染みとなりつつある、百王の塔というダンジョンであり、向かうメンバーは鏡花水月にイクシスを加えた顔ぶれである。

 尤も、ミコトは午後からフィールドに出ての腕輪育成なので、一人折返しイクシス邸に戻ってくるわけだが。


 そのようにして滞りなく移動時間を消し飛ばし目的地へと到着したオルカたちは、ミコトに一言お礼を言い、「必要な時はまた連絡をちょうだい」との言葉を寄越してからパッと消えるミコトを見送った後、ぞろぞろと塔の中へ足を踏み入れていったのである。

 歩きながらイクシスが反芻がてら、それぞれの方針を確認していく。


「実戦に勝る経験はない。ということでダンジョンへやって来たわけだが、オルカちゃんは『隠形』に特化するのだったな。ココロちゃんは『フィジカル』で、ソフィア殿は『魔法』と」

「誰にも見えず、捉えられないことが目標」

「ココロはサラステラ様をお手本にします!」

「私はひたすら魔法特訓ですね。というか、私のことも『ソフィアちゃん』と呼んでくださっていいんですよ?」

「いやいや、流石にハイエルフ相手にそれは恐れ多いさ。私の友人にはエルフもいるのだからな」


 エルフにとって、ハイエルフという存在は特別だ。

 人で例えるなら王族……いや、偉大なご先祖様のような存在だろうか。

 何せハイエルフの寿命は長命なエルフと比較しても尚ずっと長く、故にご先祖様と呼べるような存在が当たり前のように健在なのである。

 そしてさらに言うなら、ご先祖様どころか『種の起源』とすら言える存在でもある。

 ハイエルフとは、元はここと幾らか異なる世界よりやって来たものであり、それがこの世界と馴染む過程で生まれたのがエルフとされている。

 そのためエルフにとってのハイエルフというのは、人の感覚ではいまいち理解は出来ても共感はしづらい、特別で不思議な存在なのだ。

 その様な話を友人とやらに聞かされているイクシスにとっては、自身よりもずっと年上でもあるソフィアをよもやちゃん付けでなどと、とても呼ぶ気になれるはずもなく。

「ココロさんも私と殆ど同い年ですけど」

 なんてぼやかれてみたところで、ついっと苦笑しつつ目を逸らすくらいしか出来なかった。


 脱線した話を戻すように、イクシスは続ける。

「クラウは結局、どうするか決まったのか?」

「う。うぅん……すまない、まだ考え中だ」


 水を向けられたクラウは、難しい表情でそのように返事をした。

 午前中、自身の歩む道として『オールラウンダー』路線を考えていた彼女ではあったが、しかし少し思いを巡らせてみれば、それでは結局成長速度の壁に阻まれ、ともすればミコトどころか皆にすら遅れを取りかねないことに気づいてしまった。

 ならば鏡花水月の壁役を担っているわけだし、防御特化かとも考えたわけだが、それにはなんだか抵抗があった。

 確かに皆を護りたいという気持ちは強く、仲間たちの盾になり、敵の脅威を阻む働きには誇りを感じてもいる。

 だが、同時にやはり彼女は未だ、憧れを抱いているのだ。母の姿に。勇者という存在に。

 ミコトたちと一緒にいることで、そこに近づいていけるのではないか。『特別』になれるのではないか。

 クラウはそんな期待を胸に、鏡花水月の一員として戦い続けている。

 だと言うのに、盾に徹してしまえば自らその道を断ってしまうような、そんな気がして。

 だからこそクラウは躊躇いを覚えていた。決めあぐねていた。

 自身はどうなるべきかと。鏡花水月の為に、どう進むのが正解なのかと。


 そんな愛娘の迷いを察してか、静かにその浮かない表情を見やるイクシス。

 彼女の胸にも今、小さからぬ迷い、或いは葛藤があった。

 だが、まだそれを口に出すことはしない。

 娘の決断を聞いてからでも遅くはないと、そう結論したのである。


「モンスター、全然いませんね」

 と、不意にココロのつぶやきが耳に入り、皆は視界の端に浮かんでいるミニマップを拡大して、彼女の言葉が真実であることを認めた。

 確かにマップを見渡しても、フロア内にいるモンスターの影というのは、ほんの僅かばかりが見られる程度であり、エンカウントは如何にも困難な様子であった。


「この前腕輪の検証で、ミコトが吸いまくったから」

「やはり吸われたモンスターはリポップしないのですね。驚くべきことですよ、これは」

「流石ミコト様です! でも、エンカウントできないのでは訓練もできませんね……」

「そうだな。ならばさっさと次の階層へ進んでしまおう。フロアボスすら居ないのだから、実質この階層はウォーミングアップがてらのランニングくらいしか、やれることはないだろう」


 ミコトの持つ『綻びの腕輪』は、モンスターを分解、吸収することで成長する特殊な腕輪だ。

 前回このフロアを訪れた際は、その腕輪の検証がてら、モンスターをバカスカと吸いまくったミコト。

 結果、フロア内にモンスターは殆ど居なくなってしまった。あまつさえフロアボスすら吸収したものだから、実質この階は殆ど無害とすら言えるだろう。

 しかし、実践訓練を目的としてやって来た彼女たちにしてみれば、都合のいい話ではなく。

 リポップ状況の確認がてら、普通に塔の入り口から入ってはみたものの、こんなことならミコトにもっと上の階まで送ってもらうべきだったかと少しばかりの後悔を覚えつつ、揃ってマップを見ながらフロアを駆ける五人。

 これ幸いと、今のうちに決めあぐねている考え事に耽るのは、クラウとイクシスの母娘であった。


 そうして暫し走れば、フロアボス不在のボス部屋に着き、これを素通りして次の階層へ。

 しかしこの階層もまた検証の折にモンスターが目減りしているため、適当に流しながら更に上の階層を目指す。

 そのように三階層ほど駆け抜けた一行は、ようやっとモンスターが十分に闊歩している通常階層へと至った。

 なんだかんだで時刻は午後二時も近く、変に時間を食ってしまったと早速行動を開始する面々。


 トレーニングメニューに関しては午前中のうちに皆で相談し合って、各々やるべきことを決めてある。

 それゆえ早速モンスター相手に実践し、自らに磨きをかけるべく駆け出していったオルカ、ココロ、ソフィアの三人。

 さりとてクラウはその背を見送り、未だ定まらぬ自らの在り方を模索することに。

 そしてイクシスは、そんな浮かない顔の愛娘と行動をともにするのだった。


「すまないな母上、私がハッキリしないばかりに気を使わせてしまって」

「いや、寧ろ迷える娘の悩みに寄り添えるのならば、これほど嬉しいことはないさ。いい機会だ、何でも相談してくれ!」


 そう言って本当に嬉しそうにドンと胸をたたいてみせるイクシスに、クラウは少しだけ温かい気持ちを覚え、自身の迷いを吐露した。

 壁役に徹することへの迷い。理想の自分の在り方と、PTでの役割が乖離するかも知れないという不安感。

 それらを言葉に載せ、吐き出していく。


「私は、鏡花水月の盾役に誇りを持っている。だが、盾一本に特化していくだけの覚悟はないんだ……。ゆくゆくは母上のように、自らの力でどんな危機でも払いのけられるような、そんな勇ましき者になりたいと。それが私の思い描く理想なんだ……! だが、それではPTの中で私だけ『色』を持てない気がして。どうしたら良いのか……」

「クラウ……」

「オルカも以前は、自らを器用貧乏だとして悩んでいたらしい。火力がないと落ち込んでいたのも知っている。それで言えば私は恵まれているだろう。火力もあるし、魔法もそこそこ使える。剣や盾の扱いにもそれなりに自信がある。聖剣という強い味方だって……だが、それでも。何かに特化しているかと言えば、そんなことはなく。これでは私こそが器用貧乏ではないかと、そう思うんだ。……なぁ母上、私はどうしたら良いのだろう? どうすれば、自身の理想とPTの役割を両立できるのだろう?」

「ふむ……」


 クラウの、何時になく切実な問い掛けに、逡巡し顎に手をやるイクシス。

 彼女の中には一つ、考えがあった。

 けれど、それをクラウへ提案するのには抵抗もある。

 イクシスはあくまで、クラウにのびのびと育ってほしいと。彼女が思い描く理想の自分を、真っ直ぐに目指してほしいと。そのように思っていた。

 それで言えば今、クラウは岐路に立たされているのだろう。理想を追うべきか、それとも仲間のために役割を全うするべきか。

 それらの両立がどうにかして叶わないだろうかと、必死に考えを巡らせているのである。

 そんな娘に対し、イクシスは提案よりも先に、先ずはともに悩んでやりたいと。そう思った。

 だから問うのである。


「クラウの憧れは、今も『勇者』にあるのか? 具体的にはどんな姿を思い描いているんだ?」

「具体的に、か。そうだな……やはり、最強のオールラウンダー……だろうか。剣技、魔法、護りにも秀で、心も強くありたい。我ながら欲張りなことだとは思うが、理想を語るのならば、正にそれだ。叶うのなら、私はそんなふうになりたい」

「そうか……クラウには、それを叶えられるだけの才能があると。親の贔屓目抜きに、私はそう思うぞ」

「! 母上……!」

「だが、如何せん巡り合った仲間たちが何れもとんでもないからなぁ。本来ならぶつかるはずのない壁に引っかかっているように思う。お前は本当なら、何をしたって良いんだ。何をしたって上手くいくだろう」

「……それはまさか、鏡花水月と私の相性が悪いと。そう言いたいのか……?」

「む……」


 眉を歪ませ、そのように訝しがるクラウに、イクシスは考える。

 端的に言ってしまえば、確かにそうなのかも知れない。

 もしもクラウが鏡花水月ではなく、もっと平凡なPTの一員だったなら、彼女は間違いなくそれを率いる存在になっていたことだろう。

 仲間に頼られ、急かされるでもなくのびのびとその才能を開花させていったはずだ。

 それが、ミコトというある種の怪物に出会ってしまったがゆえ、彼女は焦りを覚えるようになった。

 他の仲間達は何れも尖った能力を有しており、それを一層鋭利に研ぎ澄ますという決断をしたことで、今後劇的な飛躍を遂げることが予想される。

 だけれどクラウは、何でも出来るが故に、尖れない。何でもしたいという思いが、尖ることを許さない。

 そういう意味に於いて、確かにクラウと鏡花水月の相性は良くないのかも知れない。

 だが。


「クラウ。もしもお前が鏡花水月に所属していなければ、きっとそんな悩みを抱えることなんて無かっただろう。お前は仲間の誰より常に先を走り、牽引する立場にあったはずだ」

「…………」

「だからこそ、彼女たちとの出会いはこの上ない僥倖だったと思うぞ」

「? ……それは、どういう意味だ?」

「鏡花水月だからこそ、お前はきっと理想の自分を突き抜けた、その先へ至れる。私はそう確信している」

「!!」


 イクシスはしかと娘の瞳を真正面に捉え、語った。


「もしもお前が望むのならば、私は私の戦い方をお前に叩き込むことも出来る。お前が憧憬を抱く『勇者』の戦い方だ」

「母上……!!」

「だが私は、お前に自身で見つけてほしいんだ。私とは異なる、お前だけの戦い方を。二代目勇者ではなく、『勇者クラウ』を!」

「っ────!!」


 そう。イクシスの懸念は、娘の憧憬が自身の猿真似を良しとするのではないかと、その点にあった。

 それでは、それこそクラウがクラウである意味がなくなってしまう。クラウの個性を、他ならない自分という存在が殺してしまうのではないか。そのように恐れたのだ。

 だからイクシスは、娘に敢えて自らの戦い方を教え込むようなことはしなかった。

 彼女が、彼女であるために。自分とは異なる、自分よりも優れた戦士になることを信じるがゆえに。


 そんな母の想いを受けたクラウは、震えた。

 拳を強く握り、瞳を閉じる。

 胸中には、せめぎ合う思考や感情のうねりがあった。さながら大しけの海原が如きままならなさに揉みくちゃにされ、しかしその只中にあって一つ、確かな輝きを放つ強い想いを見つけた気がして。

 次に彼女が瞳を開けた時、そこには確かな決意が宿って見えたのである。

 クラウはそうして見つけた想いを紡ぎ、しかと言葉を編んだ。


「……決めたぞ、母上」


 母へ向かう彼女の双眸には、確かな強さが灯っており。

 イクシスは静かに愛娘の、クラウの決意を聞き届けたのである。


「私はやはり、盾で行く。ミコトが仲間を護りたいと願った時、何より頼れる『キャラクター』に、私は成ってみせる……!!」


 そのように自らの向かう先を定めたクラウは、どこか清々しく見え。

 イクシスはそんな娘が、誇らしく思えてならなかった。油断すると涙腺が緩みそうだったため、彼女は一つ鼻をスンとすすってから、「そうか」と笑ってみせた。

 クラウもそんな母の様子を前に、少しだけ気恥ずかしくなったのか、表情を綻ばせた。


 だが、そんなクラウへ向けて、全く思いがけなかった一言が飛んでくるのである。

 それは他でもない、母の口から紡がれた、驚くべき言葉だった。


「よし。ならば今こそ教えてやろう。アイツの……お前の父の技を!」

「…………へ?」


 斯くしてクラウは期せずして、勇者PTが一人、『最強の盾』と謳われた彼の英雄の技を受け継ぐ運びとなったのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかここでクラウの父の技が登場するとは。まさに「…へ?」ですね。
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