第三八話 マジックアーツ
時刻はまだ十時前後だろうか。思いがけずアイテムストレージと換装の調査が早く済んだため、私とオルカはココロちゃんから魔法の手ほどきを受けることにした。
地べたに体育座りをする私達に向け、ココロちゃんがコホンと一つ空咳をうって、説明を始めた。
「えー、ミコト様もオルカ様も魔法を会得したいとのことですが、それならばまず魔法についての説明から行っていきたいと思います」
「よろしくお願いします」
「ます」
「それでは大前提として、魔法とは何か。それは、『マジックアーツ』を駆使することを言います」
「うん。基本」
「ごめん、初めて聞いた言葉なんですけど……」
私が小さく挙手をしてカミングアウトすると、ココロちゃんとオルカは一瞬顔を見合わせ、なるほどそこからですかと一つ頷き解説してくれた。
曰く、マジックアーツとはアーツスキルの一種で、簡単に言ってしまえば魔法専用のアーツなのだと。
そしてこの世界の魔法は自在になんでも出来る、というようなものではなく、マジックアーツを介して特定の事象を起こすものであるとも。
「それなら、新しいマジックアーツはどうやって覚えていくの?」
「それについては、『沢山使っていればいつの間にか覚えている』 『スキルレベルが上がれば会得できる』などが通説となっていますね」
「スキルレベルって言うと、そのマジックアーツとやらのレベルってことかな?」
「それもなのですが、マジックアーツスキルを覚えるということは、併せてその大本となる【属性魔法スキル】というのを覚えるということでもあるのですよ」
そう言えば、ココロちゃんのスキルには【聖魔法】と【治癒魔法】っていうのがあったなぁ。それが要するに属性魔法スキルってことか。
「その属性魔法のスキルレベルを上げることで、使用できる魔法が増えていく、というのが一般的な認識ですね」
「なるほどなー」
「それなら、マジックアーツも属性魔法も持たない私達は、どうしたらいいの……?」
「はい。そこは、試行錯誤なのです」
「あ、つまりはいつものやつか」
「ですね」
結局一番肝心なところは、努力と工夫と根性が物を言うらしい。
というか、正しいスキルの覚え方、というのは確立されているわけではないらしく。以前ソフィアさんに聞いた話によると、スキル習得条件は十人十色。例えるならひらめきのようなものなので、何を切っ掛けに新たなアイデアをひらめくかは人それぞれ。それと似たようなものなのだそうだ。
「とは言えココロも、はじめから聖魔法や治癒魔法が使えたわけではありません。聖魔法は神を信仰する過程で、ある日気づいたら使えるようになっていました。治癒に関しては、ココロの再生力を何とかして……シスターに分けられないかと強く願った結果起こった奇跡です」
「ああ、ココロちゃんがお世話になったっていう」
「はい。ココロがグレずに済んだのは、私もシスターのような人になりたいと思ったからなのです」
「そっか。ココロちゃんは偉いなぁ……」
私がもしココロちゃんと同じ境遇だったなら、絶対グレてる。自信がある。
だからそれくらいシスターというのは、ココロちゃんにとって強い憧れを抱いた人だったのだろう。
「ともかく、何かの切っ掛けで魔法は覚えられるかも知れないってことだね」
「はい、仰るとおりです。ミコト様とオルカ様ならきっと、望んだ通りの魔法を習得できると、ココロは信じています」
なるほどなぁ。とりあえずココロちゃんの説明で、魔法の大まかなところは分かった。
そうして講義はいよいよ、魔法の具体的な仕組みについて触れていくようである。
「肝心な魔法の仕組みに関してですが、ココロも専門家と言えるほど詳しいわけではないので、聞きかじっただけの知識で心苦しいのですけれど。ステータスの項目にあります『MP』。これを消費することで魔法は形を成すとされています」
「MPって、魔力っていう認識でいいのかな?」
「そうですね、魔力と呼ばれることもあれば、マナポイントやマジックポイント、変わったところですと『まじぱねぇ』の略だなんて言う人もいます」
「ああ、そこは世界が変わっても同じなんだね……」
MPが実際何を略したものか、はたまた略ですらないのか。それはこの際置いておくとして、要はMPを使用することで魔法は発動するのだと言う。が、詳しいメカニズムまでは解明されていない。ココロちゃんが知らないだけで、実は既に研究が進んでいるのかも知れないが、今の私達に知る由はないわけで。
それはともかく、魔法の源はMPであるということが重要だ。
また、一部の強力なスキルを使用する際にもMPは消費される。つまりは、何かしらの特別な事象を発生させたり、強力な補正効果なんかを得る際にMPは消費される、ということなのだろう。
「MPっていう不思議な力を、特別な事象に変換している……みたいなイメージかな」
「はい、それで合っていると思います」
「MPを上手く使いこなせれば、魔法の習得に役立つ?」
「そうかも知れませんね。ココロもそこはあまり、意識したことがないのですけれど」
既に魔法を使える人は、MPを意識的に使う必要はなく、マジックアーツを発動することだけ考えていればいいのだから、ココロちゃんがMP運用云々にあまり頓着していない、というのもおかしな話じゃないということか。
しかし逆を言えば、MPを意識的に消費し、何かの魔法的な事象を引き起こすことが出来たなら、それは結果としてマジックアーツという体を成すのではないだろうか?
少なくとも、やってみる価値はあると思う。
「ちなみに確認だけど、マジックアーツを覚えれば属性魔法スキルっていうのもセットで付いてくる、って考えていいのかな?」
「はい。少なくともココロが最初のマジックアーツを覚えた時には、属性魔法スキルもいつの間にか存在していました」
「そして属性魔法スキルがあれば、マジックアーツの種類も増えていく」
「ふむふむ。それなら私達が最初に目指すのは、MPを使ってとにかく不思議な現象を起こしてみること、かな」
逆説的な考えにはなるのだけれど、魔法の発動にはマジックアーツが必要とされている。なら、マジックアーツを駆使すること無く魔法のような現象を起こすことが出来たのなら、それは新たなマジックアーツとしてスキルに登録されるんじゃないか、という話。
結果として、マジックアーツ、ならびに属性魔法スキルを獲得できるんじゃないかという目算が立つというわけだ。
「可能かどうかはやってみれば分かる。なので、とりあえずチャレンジしてみよう!」
「おー」
「頑張ってください! もし分からないことがあれば、何なりとココロに訊いてくださいね!」
ココロちゃんの声援を受け、私とオルカは思い思いにアーツに頼らないMP消費の方法を考え、実践してみた。
しかしなかなかどうして上手く行かない。そもそも目にも見えず、形のあるものでもないのだから、運用しようというのは土台難しい話ではあるわけで。
とは言え私には生前の知識がある。オタク知識から科学知識までそれなりに取り揃えてあるわけで。
「魔力制御の基本は、大抵が自らの中に魔力の存在を感じ取るところから始まるものさ。そして魔力は時に、血液に例えられることもある。だから、体の中に、血潮が如く循環するエネルギーを思い浮かべ、探り当てるわけだよ……」
「ミコトがなんだか、それっぽいことを言ってる……私も。むむむ」
目を閉じ、意識を体の奥へ向ける。体中に流れる血液を意識する。……うん。わからん。
血液を意識するって何だ。感じようとして感じられるものじゃないじゃないか。まして魔力だなんて、さっぱりわからん!
「ダメだ。次行ってみよう」
「私も、ちょっとよく分からなかった」
「次はどうされるのです?」
「魔力をなにかに変換するイメージで運用してみる!」
アーツスキルも、マジックアーツも、要はスキルっていうプログラムに引っ張られて引き出されているのだと思う。
なら、そのプログラムってのは何処でどうやって働いているものなんだろう?
ぱっと思い浮かぶのは、やっぱり脳みそだ。頭の中にスキルシステム、みたいなものが組み込まれているとか。
あるいは魂とかかも知れないけど、まぁ似たようなもんさ。
そうであるならば、大事なのはそれが意識によって引き起こされているのだろう、ということ。
スキルは発動を念じれば、テンプレートのように自動で動いてくれるけれど、つまりはそれをマニュアルでやれないだろうか、という話に近いかな。
既存のテンプレートがあるのなら、テンプレート外のことも出来て然るべきだろう。知らんけど。そこはやってみて判断するべきところだ。
「というわけで、私はこの指先からガスが出ているっていうイメージをします。私の魔力よ、指先から可燃性のガスとして飛び出せーってね」
「はぁ……」
「そうしたら、ココロちゃんは火打ち石とかでそこに点火してほしいんだ。上手く行けば、指先チャッカマンの完成だよ」
「ちゃっかまん……というのが何なのかは存じませんけど、危険なのではないですか?」
「う。そう言われると怖気づいちゃうな……。でも、実験にリスクはつきものさ。もし危険があるとするなら、それは同時に成功も意味するのだから、まぁ良しとしよう」
私は渋るココロちゃんをどうにか説き伏せ、早速右手……は利き手だから万が一が恐いので、念の為左手の人差し指を立てて、その指先……というより爪先だね。爪先に可燃性のガスが立ち上るよう強く念じた。
MPが何なのかは知らないが、それは私が自身で運用できるエネルギーだと仮定し、それをどうにかこうにかしてつぎ込み、ガスへと変換、あるいは生成するイメージを練り上げていく。
想像はより具体的な方がいいって、色んな作品でよく言われてたから、私はガスコンロを思い浮かべた。つまみを撚ると、シューって音がして、そこに火種をぶつけるとボッって点火するアレよ。
「しゅー……はい、しゅーって出てこーい……しゅー……」
「……とりあえず様子見、かな」
「ミコト様の思い切りの良い行動は、今に始まったことではありませんからね……」
「ちょっと、恥ずかしいものを見るような目でこっちを見ないでもらえませんかね!?」
人が真剣にやっていると言うのに、まったく失礼なことだ。
ともあれ私は、ステータスウィンドウを一応展開し、MP欄とにらめっこしながらひたすらガスの生成に集中した。
スキル習得の時はいつだってそうなんだけど、果たして効果があるのか無いのか、それすら定かじゃないことを本気で、真剣に行わなければならない。なにより、出来ると信じることが必要であり、重要なのだもの。
だから私は疑いを捨てる。必ず私の爪先からは、可燃性のガスが出てくる……いや、出ているに違いないと。
MPには未だ変動こそ無いが、何せたかがガスだもの。そんな微量な変化になら1MPの消費にも満たないと思えばさもありなん。私はココロちゃんに言って、火種を用意してもらう。
「それじゃぁ、行きますよ。火傷に気をつけてくださいね」
「火傷したらココロちゃんに治してもらうから大丈夫」
「はい、そこはお任せを。それでは……着火!」
ボッ。
「わ……本当についた」
「す、すごいですミコト様!」
「出来ると信じていたからね。出来ても驚きはしないけど……やっぱり熱い熱い! そして消し方がわからない!」
目論見通り、私の指先からは正しくチャッカマンのように火が出ている。つまりガスが噴出しているということだ。
MPってもしかして、万物に変換可能な万能エネルギーとか、そういうヤバいやつなんじゃないの!? まぁ今はそんなことどうでもよくて、指先が熱くて仕方ない。
私は慌ててバタバタと手を振り、火をかき消したわけだけれど、どうにも未だにガスが出続けているような気がして仕方ない。止め方が分からないのだ。
試しにもう一度着火してもらったら、案の定火がついてしまった。
「なにこれ、どうやったらガス止まるの!?」
「こ、このままじゃミコトが、ガスを出しすぎて死んでしまうかも」
「ミコト様、死んじゃダメですぅ‼」
「そんな死因は嫌だ! っていうか、死にはしないと思うけど、え、無いよね……?」
一時ちょっとしたパニックに陥ってしまったけれど、それからしばらくしたら無事に止まった。
気分を落ち着けて、全く違うことを考えるようにしたのが良かったらしい。
よく言うよね、「考えないようにしているってことは、逆にその事を意識している証拠だ」って。まさしくそれだった。
つまりは、意識し続けている間中、ガス……要は魔力によるガスの生成は止まらなかったというわけだ。
MPのマニュアル運用には、もしかしてそういうリスクが付随するのかも知れない。
が、一応対処方法も分かったことだし何とかなるだろう。大掛かりなことをやろうというのでなければ、だが。
「それでミコト様、スキルの方はどうなりましたか?」
「おっと、そうだったね。ええと、無事習得できてると良いんだけど……」
ココロちゃんに言われ、私は急ぎ展開済みのステータスウィンドウからスキル欄に視線をやる。
するとそこには、確かに【火魔法】というスキル名が追加されていたのだった。
火魔法の文字をタッチしてみると、展開された別窓で習得したマジックアーツを確認することが出来た。
「よし、無事に火魔法を覚えることが出来たみたい。そして今の指先発火現象は、【スモールファイア】ってマジックアーツとして登録されたようだね」
「ま、まさか本当に、この短時間でマジックアーツを獲得されてしまうとは……おみそれしましたミコト様!」
「わ、私も負けてられない!」
そんなわけで、オルカも触発されたように魔法訓練を繰り返し、瞬く間に午前の時は過ぎ去っていったのだった。




