第三七七話 ミコトにおまかせ
サラステラさんにまんまと敗北を喫した二戦目。
連敗の蒼穹の地平はもとより、バフ要員として参加した私もまた、目立った活躍も出来ぬままに敗北の苦さを味わってしまい、堪らずゲーマーの血が騒いでしまった。
どうにかしてサラステラさんを攻略したいという思いが燃え上がり、居ても立ってもいられず私は、二戦目決着直後に蒼穹の面々を呼び集めていた。
こころなしか元気のない様子で集合する彼女たち。
この模擬戦を取り仕切るレラおばあちゃんではなく、今回ただのバフ要員でしかなかった私が集合を掛けたことに対し、幾らかの訝しさを滲ませている四人へ、私は早速用件を述べた。
「ごめん。今の一戦、私は殆ど役に立たなかった」
そう言ってヘコっと頭を下げれば、彼女たちは面食らったように言葉を詰まらせた。
最初に口を開いたのはアグネムちゃんだ。
「そ、そんなことありませんよ! ミコト様のバフは強力でした! それを使いこなせなかった私たちにこそ問題があったんだと思います……」
と、眉尻を下げて口惜しそうに俯く彼女。
他の皆も、声にこそ出さないが似たようなことを思っているらしい。
しかし、対する私の感想は異なる。
こう言うと負け惜しみ臭いのだが、敢えて言うなら。
「違うんだ……私には、遠慮があった。実戦経験もみんなよりずっと劣るし、気後れもあった。だから本来出来ることをやらず、皆の行動を阻害しないよう努めるに留めたんだ」
私の言葉に、首を傾げて問い返すのはリリだ。
「分かんないわね……あんたに出来るのはステータスのポイントを動かすことだけでしょう? なら、今の試合でやったことが全てなんじゃないの? その点あんたは十分に活躍したはずよ。なのに、他に何が出来るっていうのよ?」
「む。うーん……もっと流動的なポイント回し、とか」
「??」
問われてみたところで、イマイチ説明が難しいことに思い至って、私はどう語ったものかと顎に指を添える。
するとそこへ、レラおばあちゃんが歩み寄ってきたのである。
「みんな、二戦目もお疲れ様ね。何を話し合っているのかしら?」
労いの言葉を掛けつつも、話の内容が気になったのかそのように質問してくるおばあちゃん。
すると他の皆も、そも私が何のために皆を集めたのか、その趣旨が未だ不鮮明だとして、視線を私へと向けてきた。
なので私は、リリへの説明を一旦切って端的に答えたのである。
「次の一戦は、私が主導したいっていう相談をね、みんなに持ち掛けようとしてたところなんだ」
それを受け、ほうと興味深そうに口元を緩めたレラおばあちゃん。
しかし対象的に、それはどういう意味かとますます困惑を示したのは蒼穹の四人であった。
「あんた主導ってどういう意味よ。あんたに許されてるのは今回バフだけのはずでしょう? まして動きの早いサラステラさん相手じゃ、呑気に指示を聞いてる暇なんて無いのに、どうするつもり?」
「今の試合も、結局開始からあっという間に終わっちゃったしね……」
そのように不審がるリリとクオさん。
対する私はと言うと、勿論彼女たちの言うことは織り込み済みで。
「作戦の提案をさせて欲しい。あと、次は自由にポイントを操作する許可も」
「作戦、ですか?」
「ポイントは、先程も操作なさっていましたが、それとはどう違うのでしょう?」
私の要望に、すかさず問を返してくるのはアグネムちゃんと聖女さんだ。
「作戦の内容は追って説明するとして。ステータスポイントの操作に関しては、みんなの要望を聞く受動的な構えじゃなくって、私の自己判断で操作させて欲しいって意味なんだけど……どうかな?」
「ふむ……確かに実戦で同じ提案をされたら、頭をひっぱたいてるわね。ステータスを委ねるだなんて、余程の信頼がなくちゃ出来ないことだもの。まして命がけの実戦なら尚の事ね」
「でも、まぁ模擬戦だしね。ミコトのお手並み、ちょっと気になるかな」
「そもそもこれは、天使様のバフ訓練こそが主目的なのです。であれば当然、私に否やはありませんよ」
「私は勿論、ミコト様の御意のままに、です!」
「ふん……まぁいいわ。いきなりそんなことを言いだしたんだし、なにか勝算はあるんでしょうね?」
そうして彼女らの許可を得た私は、そのまま一通りの作戦を彼女らへ伝えた。
レラおばあちゃんもその場に残り、面白そうに黙ってその内容を聞いている。
そして勿論、対戦相手であるサラステラさんは離れた場所で筋トレ中だ。でも基本スペックが高すぎる彼女には、うっかりこちらの作戦が筒抜けになりかねないので、一応遮音の魔法で声が届かぬよう配慮もしておいた。
作戦を聞き終えた彼女らは、期待と不安の綯い交ぜになった心持ちで、けれど作戦自体は受け入れてくれるつもりらしく。
幾つか細かな点を話し合いで詰め、手早く三戦目の打ち合わせを行ったのだった。
そうしたら少しばかりの休憩を挟み、蒼穹の消耗が概ね回復したところで皆得物を手に取り、三戦目を始めるべく位置についたのである。
レラおばあちゃんも、また離れた位置で全体を見渡すつもりなのだろう。踵を返して遠ざかっていくのだが、その前に。
「三戦目はおばあちゃんがお手本を披露しようかと思っていたのだけれど、それはお預けのようね。ミコトちゃんがどんなバフ回しをするのか、おばあちゃん楽しみだわ」
と、口元を綻ばせ、そのように述べて離れていった。プレッシャーである。
だがまぁ、同時に少し楽しみでもあった。
作戦を立て、実行し、それがハマるのか否か確かめようというのは、何だかワクワクするものだ。実験結果を確かめる時や、料理の出来栄えを確認する時のそれに近いものがある。
私の提案した作戦は、果たしてサラステラさんに通用するのか。
それに私が理想として掲げた『流動的なポイント回し』は、果たして実戦に耐えうるものなのか。
ぶっつけ本番(模擬戦だけど)にはなるが、まぁ練習試合の醍醐味ってことで。精々無遠慮にやらせてもらうつもりだ。
そうして皆のスタンバイが整えば、レラおばあちゃんが手の平に火球を浮かべるのが見えた。
三戦目の開始を告げる、合図の火球である。
ここまで一方的な試合内容で連敗している蒼穹の地平には、嫌でも緊張が走り。
対するサラステラさんは、筋トレをしたことで良い具合に体も温まったのか、目を爛々とさせている。その悠々としながらも獰猛たる様は、挑戦者を待ち受ける王者の風格すら漂って見えた。
私からしたら、負けイベを吹っ掛けてくるボスのようですらある。
それを今から攻略しようというのだ。緊張とは裏腹に、自然と仮面の下では口角も上がろうというもの。
そしてついに、おばあちゃんの手より放たれ天高く飛び上がった火球は、音もなく上昇を続け。
パカンと、天空にて綺麗な花の火を咲かせたのである。
三戦目の開始だ。
★
ひゅるりと一陣の風が、雪原に積もる粉雪を撫で散らし、遠くの方で純白のベールを気まぐれにこしらえている。
差し込んだ日に照らされたそれは、さながら宝石の欠片でも散りばめたようにキラキラと煌めいており、如何にも美しい見事な光景を披露していた。
さりとてそんな風光明媚に目もくれず、ミコトたちは三戦目開始の合図を皮切りに、すかさず行動を開始する。
先ずはバフである。なにはなくとも、圧倒的な対戦相手であるサラステラとの戦力差を埋めるためには欠かせない、能力の底上げ。
聖女クリスティアによる物理、魔法への耐性強化。
アグネムによる負荷軽減魔法。
そしてクオによる、無理矢理に潜在能力を引き出す、ポジティブ効果の状態異常。ただし、反動として多くの疲労が蓄積するというデメリットも抱える、ちょっとした切り札である。
それに加え、今回はリリエリリエラまでもが手札を切った。
彼女の用いたそれは、自己強化である。これもまた反動のあるタイプのブースト系魔法であり、使い所を選ぶ類のそれだが、相手が相手ゆえいよいよ使用を決めたらしい。
これらに加え、ミコトの用いる【リモデリング】の魔法が彼女らのステータスを適宜調整する。
バフの中には『ステータスに一定値を加算する』という効果のものや、『ステータスを◯◯%上昇させる』というもの、更には『ダメージを◯割引き上げる』ものや『ダメージを一定値軽減する』ものなどがあり、ミコトのリモデリングはそれらとの相性も加味して操作する必要がある。
特に%上昇系は、ミコトがステータス値をいじることで、その効果を一層引き立てることが出来るのだから尚の事だ。
リモデリングが操る対象のステータス値とは、対象の持つ基礎的な能力値を指している。バフなどの補正効果で上がり下がりした後の数値ではないのだ。
それ故、リモデリングの効果を最大限に活かすのであれば、他のバフとの兼ね合いもまた重要なファクターとなってくるわけである。
それを脳裏で反芻しながら、戦闘要員である蒼穹の地平へと魔法を施せば、いよいよクリスティアを除く三人がそれぞれ三方向へ駆け出した。
アグネムは真っ直ぐサラステラへ。
リリは向かって右側へと回り込むように駆け、クオはその逆、左側へと弧を描くように走った。
しかし彼女らのその表情には、初動の時点から驚きが張り付いていた。
「な、なによこれ!?」
と動揺をたまらず口に出したのは、リリエラである。それというのも、自己強化を掛けている彼女のステータス値というのは、現状他の誰よりも図抜けており。故にこそ、その変化を誰よりも実感したためである。
しかし、驚いてはみたものの、具体的に何がどうすごいのかもよく分からないという、正しく筆舌に尽くしがたい感覚を味わっている彼女。
ただ事実としてそこにあるのは、リリエラの想定していたスピードを遥かに上回る速度で自身が駆け、しかも不思議と感覚が混乱するでもなくスペックに順応しているということだった。
自分の、いや、自分たちの身に何が起きたのか。
その疑問は、取り沙汰して悩むまでもないことである。誰の仕業かなんて分かりきっているのだから当たり前だ。
そう、ステータスを自分に委ねろと。そのように豪語したミコト以外にはあり得ないのだから。
そしてそのミコトが一体何をしているかと言えば、それは傍目より観察していたレラハトラすら唸らせるような、常人離れしたステータス操作であった。
「…………むずい」
などとぼやきながら、彼女が行っている術の正体。
それは、蒼穹の動きに合わせて逐一ステータスを調整するという、正に彼女自身の述べた『流動的なポイント回し』に他ならなかった。
例えばリリが一歩足を踏み出し地を蹴れば、その瞬間にだけAGIではなくSTRへステータスの比重を傾けてやり、より強かに推進力を得られるよう彼女の能力値を操ってみせたのだ。
無論、走るだけの行為に特化した操作ではない。心眼で常にその動きを把握、先読みし、必要なタイミングに必要なポイント調整を持っていくのである。
厄災戦の折、他でもないサラステラに『今更凡人ぶったってダメパワ』と言わしめたその能力は、間違いなく常人の域を逸脱したものなのだろう。
しかし真に恐るべきは、そんな離れ業を四人分同時に並行して行っているという点である。
ミコトの持つ【並列思考】があればこそ可能な無茶苦茶ではあるが、それがあったとて他の者に同じことが出来るかどうか。
その答えは、祝福の魔女レラハトラの驚いた表情が示すとおりである。
想定を大きく超える挙動でもって自らに迫る、蒼穹の三人。
サラステラはしかし、確かに一瞬驚きこそすれ、次の瞬間にはさながらサプライズプレゼントでも貰った子供のように目を輝かせ、口元を歪めてみせた。
その迫力たるや、ご馳走を前にした獣のようですらあり、真っ直ぐ直進するアグネムよりも尚先に接近してきたリリエラと、早くも技を交え始めたのである。
超速で放つサラステラの牽制攻撃。
さりとて先程より尚、何なら些かの余裕すら感じさせる動きと表情で、見事それを凌ぐリリエラに、サラステラはますます喜色を浮かべ。
しかし次の瞬間、ほんの一瞬ずんと重くなる体躯。覚えのある感覚に背筋の冷たさを感じた彼女は、遠くからおばあちゃんが睨んでおり、警告のデバフを掛けられたのだと即座に理解した。
頭の冷えたサラステラと、バフてんこ盛りのリリエラの視線が、バチバチと交差する。
そこへアグネムも突っ込み、クオは弾丸を、クリスティアは魔法を浴びせかけ、今日一番苛烈な戦闘が幕を開けたのだった。




