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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第三七六話 一枚上手

 如何にサラステラさんが無茶苦茶な戦闘力を有しているにせよ、結局は人の身である。

 故に、肌に鋭いトゲや刃物が触れようものなら、容易く表皮を傷つけ出血を起こすのが道理というもの。

 そんな彼女の背後には、今正に上等な刃物を両手にそれぞれ携えたクオさんが、さながら暗殺業を生業としている人の様な見事な身のこなしでもって迫り、その鋭利な刃でサラステラさんに襲いかかったのである。

 状態異常のスペシャリストである彼女のことだ。きっと、一戦目に放った攻撃で下調べを行っていたに違いない。

 そうして今、彼女の構える二振りの短剣にはおそらく、一戦目で取得したデータに基づき手を加えられた毒か何かが仕込まれているのだろう。

 魔法やスキルを駆使した状態異常というのであれば、サラステラさんは圧倒的なMNDで簡単にレジストしてしまうだろうけれど。しかし毒であれば直接体に作用するものだ。恐らくMNDの適用外となるはず。

 なのでもし彼女の肌にその刃で傷を与えられたなら、何らかの状態異常を付与できる可能性は確かにあった。


 死角となる背後に位置取り、完璧なタイミングで襲いかかるクオさん。

 固唾を呑んで状況の推移を見守る私の視線の先。

 いよいよクオさんの振るう刃は、音もなくするりとサラステラさんを捉え、そして。


「!?」

「パゥワ……っとと、決着を急いだらまた叱られちゃうぱわ」


 クオさんは確かに、鋭く刃を振るった。何なら叡視はそこにスキルによる威力の上乗せが成されていることまで見抜いている。

 だというのに。直後、クオさんは全力でバックステップを踏み、その場から大きく飛び退いたのだ。

 どうやら彼女の振るった刃は、サラステラさんに傷を負わせることが叶わなかったらしい。私からは角度的に見えなかったが、避けたのか、或いは本当に肌が硬かったのか。

 しかもそればかりか、もしサラステラさんが思いとどまらなかったなら、今の一瞬でクオさんは戦闘不能にされていたことだろう。


 しかし二戦目が始まって、時間にすればまだまだものの二〇秒足らず。

 レラおばあちゃんのお説教が効いているのか、サラステラさんは攻撃を躊躇いクオさんの退避を見送ったのである。

 そんな短いやり取りの間にも、他のメンバーは当然動いていた。

 体勢を立て直したアグネムちゃんは、再度踏み込んでサラステラさんとの距離を詰めに掛かった。

 リリは先程同様クロスファイアが可能な位置取りをキープしつつ、中距離を維持。聖女さんと息を合わせながら、サラステラさんに圧を掛けていく。

 他方で飛び退いたクオさんはと言えば、サラステラさんの迫力に肝を冷やしながらもこれ幸いと、自身に注意を集めるべく魔道銃を抜き、パスパスンと彼女へ弾丸をけしかけたのである。


 危うくはあるが、その連携は見事であり、崩れかけても凄まじいリカバリーで劣勢から持ち直すその様は、つい『うちのメンバーだって負けてないし!』とへんな対抗意識を刺激されてしまう。

 しかし問題なのは、他でもない私だ。

 今回私に許されているのはバフによる支援だけであり、しかしそれ故にたった一秒が重たい意味を持つ彼女らのやり取りに対し、どう介入して良いのかが分からずにいたのである。


 下手に彼女らのステータスを操作したのでは、懸念している通りきっと余計な混乱を招いてしまい、流動する戦況の中組まれた即興のプランに、亀裂を入れる結果になりかねないのだ。

 所詮私はゲスト参戦のような立場にあり、彼女たちとの連携には限界がある。

 ならばと考えたのが、心眼にて彼女らの要望を最速で察し、そのとおりにステータスを操作すれば混乱も起きにくいのではないか、という作戦。

 だが、サラステラさんという一瞬の油断も許されないような相手を前にして、普段は考えもしない『ステータスの変化を強く望む』、だなんていうのはきっと想像以上に難しいことで、現に彼女らにはそんなことを考えている余裕がないように見えた。


 よって私は、これと言って手出しすることも出来ないまま、焦る気持ちとは裏腹に、ただただ戦闘の成り行きを眺めていたのである。

 そのように歯噛みしている間にも当然のように状況は動き。


 アグネムちゃんの突撃を皆でサポートしつつ、同時にサラステラさんがその場を離脱せぬよう牽制を放ちながら、忽ちのうちに彼女を囲っての陣形を整える蒼穹の四人。

 特にクオさんの魔道銃は、器用にサラステラさんのヘイトを上手く散らし、アグネムちゃんが彼女へ肉薄する暇を稼ぐのに見事役立ってみせた。

 そうしてアグネムちゃんがいよいよインファイトに持ち込んだなら、彼女らの連携は一層濃密さを増した。

 負荷魔法を操るアグネムちゃんは、謂うなれば近接打撃戦に於いて無敵に近いアドバンテージを有していると言っていいだろう。

 さりとて、規格の合わないサラステラさんの打撃をも無力化出来るかと言えば、それはきっと無理な話で。

 故にこそ、彼女がアグネムちゃんへ打撃を打ち込む暇を与えぬよう、皆は巧みにサラステラさんの動きに合わせ、いやらしい攻撃を次々に放り込んだのである。

 その対処で隙を晒せば、そこにアグネムちゃんの攻撃が刺さるという、極限の集中からなる凄まじい連携攻撃であった。


 そんな彼女らからは、意図してか否か、強い思念が届いてくる。

 サラステラさんの動きについていかねばならない。寧ろ先読みを行い、最適な妨害行動を繰り返し成功させなくてはならない。

 だから、もっと速さが欲しい。反応速度が欲しい。サラステラさんを完封できるような反射速度が欲しい。

 そのように、四人の誰もが望んだのである。


 無論、応えることは可能だ。今の私にはそれが出来るし、それが役割でもある。

 だが、現状ステータスにポイントを振るだけの余剰分がないのだ。

 速さを欲している彼女らに必要なのは、AGIとDEXだ。

 AGIが司るのは敏捷性であり、思考からアクションへのタイムロスを軽減してくれる他、純粋に素早い移動が可能になる。

 一方でDEXは器用さを司るステータス値なのだが、色々検証してみた結果、DEXにはどうやら動体視力や思考速度など、一秒を争う場面でこそ輝くような能力が含まれているらしい。

 今の皆に必要なのは、これらを高い値で両立させることである。

 しかし余剰ポイントの残っていない現状、それを成すためには他の能力値を下げてポイントを確保する必要があった。

 それがまた問題と言うか、リスキーで。

 例えばこの局面で火力を司るSTRやINTを下げることは出来ない。

 なぜなら、火力が下がったのでは牽制の意味を成さないから。サラステラさん相手に、生半可な攻撃なんて意味がないのだ。

 彼女が嫌がるだけの火力を出すためには、相当なステータス値が必要であり、故にこの局面でそれらの値を下げるわけには行かなかった。

 ただ、物理攻撃しか扱わない者からINTを引いたり、逆に魔法ばかり使う者からSTRを引くというのはありだろう。

 がしかし、魔法剣士のリリや、負荷魔法を扱うアグネムちゃんにはSTRとINTのどちらも必要だし、クオさんは攻め手がトリッキーで勝手にいじることが躊躇われる。

 その点、魔法主体の聖女さんならSTRを下げてもいいだろう。


 一先ず操作できるところから手を付けていこうと思い、私は早速聖女さんのSTRを下げてAGIとDEXへと振り分けた。比重としてはDEXに重きを置いて。

 後衛である聖女さんに必要なのは、素早く動くことよりサラステラさんの動きをしかと捉え、的確な判断を行い行動することだ。

 私の采配は間違っていないはず。そうは思えどしかし、相談もせず勝手な判断で他者のステータスを触るっていうのは、やはりかなり躊躇いの伴う行為である。

 それにもし判断を誤っていたとしたら、サポートのつもりが彼女らに不利を強いてしまうのだから、慎重にならざるを得ない。が、手をこまねいている暇もない。

 何にせよ、聖女さんに関しては一旦良しと割り切って。

 私は他の三人のステータスにも、おっかなびっくりフルに頭を動かしながら、最適だと思うステータスポイントの振り分けを施していったのだった。


 すると案の定、効果は劇的で。

 突如としてAGIやDEXの上昇した彼女らは、内心に戸惑いの色を滲ませながらも、上手くその変化を使いこなしサラステラさんを追い込んでいった。

 だがそれは、劇的が故にこそ分かりやすく。

 皆の動きに変化が起こったことは、傍目からも容易く見て取れるほどで。当然対戦相手であるサラステラさんが気づかないわけもなかった。

 果たして彼女らは如何な変化を遂げたのか。それをほんの刹那のうちに看破したサラステラさんは、柔軟な判断力でもって蒼穹の動きへ対応してみせたのである。


 サラステラさんの打った対応策とは、至極シンプルなもので。

 彼女は攻撃の意思を一旦引っ込めると、突然回避行動に専念し始めたのだ。

 攻めのことを考えず、ただ回避と防御だけに専念するというのは、想像以上に行動の制限を取っ払ってくれたりする。

 やってやられてが戦いの基本だが、その際攻撃方法を模索するべく割かれる思考のリソースっていうのは、思いがけず重たいものなんだ。

 その重たいリソースを回避に全振りすれば、それこそ劇的なほどに体の動かし方、判断の基準、リスク管理などなど、様々な要素がガラリと切り替わる。

 そしてサラステラさんほどの人が一度回避にのみリソースを割いたなら、それはもう反則級の動きを見せるわけで。


 まるで踊るようにステップを踏み、おちょくるように体を仰け反らせ、戯れるように回転する。

 誰の攻撃も、彼女に掠りすらしない。ばかりか、苦労して作った包囲陣すら、今のサラステラさんは容易く抜け出してしまうに違いない。それだけの余裕が彼女からは感じられた。

 そして残念なことに、それを阻止する手立てが蒼穹の地平には存在していなかったのである。


 ここに来て、皆の意識が明確に告げている。

 今は防御などいらない。サラステラさんを捉えるだけの目が欲しいと。


 要望に応え、私はすぐさま再び彼女らのステータスを操作。

 防御のポイントを引っこ抜き、DEXへと一気に振った。

 途端、その効果は顕著に現れ。

 つい一瞬前までは、サラステラさんの見せるトリッキーな動きに翻弄され、まるで攻撃が掠りもしなかった彼女たち。しかしそんな皆の視線が、唐突にサラステラさんをギョロリと捉えたのである。


 だが、その時だった。


「まずっ──」


 サラステラさんは、待っていたのだ。その瞬間を。

 強化した彼女たちの動体視力ですらきっと捉えられなかっただろう。異様な速度で彼女が右腕を一つ、ブンと薙ぎ払えば。

 そこには忽ち信じられない威力の衝撃波が巻き起こり、虚空へ向けて解き放たれたのである。

 するとどうしたことか、それは蒼穹の地平の頭上を大きく飛び越え、彼方の雲を吹き散らし、空の向こうまで飛び去ってしまった。


 敢えて、狙いを外したのだ。

 今の衝撃波が直撃していれば、防御を下げた彼女らのステータスでは一溜まりもなかったことだろう。

 完全にしてやられた。皆の要望へバカ正直に応えた、私の采配ミスである。


 当然、今の空振りが何を意味していたか、蒼穹の地平が分からぬはずもなく。

 彼女らは自発的に武器を下げ、そして敗北を認めたのだった。

 口の中に苦い味が広がる感覚。

 敗北の味ってやつだ。しかも、脳筋サラステラさんに読み負けたとか、メチャクチャ悔しい。

 彼女は私がステータスを操作することを知っていて、敢えて皆が防御を捨てる状況を生み出したのである。

 そして私はまんまと、その誘いに乗ってしまった。

 蒼穹の面々も悔しげにしているけれど、私の中に湧き上がってきたそれは、きっと皆よりなお激しいものだろう。


 言い訳なら幾つも思い浮かぶ。

 この【リモデリング】に不慣れだったこととか、蒼穹への遠慮があったこととか、そもそもの戦力差がおかしいこととか、緊張していたこととか。

 だけどそんなのは、実戦において何の免罪符にもなりはしない。それに言い訳として論った不利は、全て承知の上で臨んだのだ。であればフェアな勝負も同義である。

 とどのつまり、単純に私は負けたのだと。そう感じていた。

 ただの訓練ってつもりだったのが、今はそうじゃなくなってる。

 並べられた不利な条件。圧倒的な難易度。そのように設けられた高く険しい壁の前に、私は屈し、膝を折ってしまったのだ。


「……なるほど」


 口元が、ニヤける。

 思えばこの世界に来て、ちゃんとした敗北感を味わう機会というのは稀有だ。

 もしかしたら初めてかも知れない。

 何時だってなんやかんやで、難しい状況も困難な事態も結局は乗り越えてきたのだから。

 だけれど今、私は難易度の前に敗北を喫した。


 そう言えばそうだ。

 私はゲームが好きだ。

 だけど。

 負けるのは嫌いなんだった。


「よし、もう一回だ! 勝つまでやろう!」


 サラステラさん相手に、ゲーマーの血が騒ぎだした。

 模擬戦という、敗北と死が直結しない状況だからこそなのかも知れない。

 ならば今は、敢えてそう割り切って、精々目一杯満喫させてもらおうじゃないか。

 サラステラさん攻略の始まりである。

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