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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第三六一話 物思いに上の空

 会議から三日が経過した。

 美しくも寒々しい雪も今は止み、空は快晴。時刻は昼下がりの眠くなる時間帯だ。そこかしこでポタポタと雪解け水の滴る音が鳴り重なっている。

 厄災戦に際して集まった殆どのメンバーは、無事ワープにてそれぞれの元居た場所ないし、希望する場所へ送り届け終わっており。彼女らが帰った後のイクシス邸は一時、祭りの後のようなもの寂しさに包まれていた。

 しかし今はそれも落ち着き、緊迫した厄災戦から続く慌ただしさより、ようやっと穏やかな日常への帰還を果たしたかのような、緩やかな空気が漂っていた。


 そんなしばらくぶりの平穏の中、私はといえばイクシス邸の訓練場にてせっせとスキルや魔法の修練に勤しんでいるところだった。

 それというのも、例の特殊アイコンの監視や、私が病み上がりであることも加味され、冒険者としての活動はもう少し休みを挟んでから再開しようという話が、鏡花水月のPT会議にて決定したためである。

 要は、休養を取りながらアイコンの観察を続けましょうという期間を設けたわけだ。

 とは言え、眠っていようとトレーニングに勤しむこの私が、よもやただじっとしていられるはずもなく。

 いい機会なので、レラおばあちゃんにバフのスキルや魔法でも習おうかと思い立って、今に至るというわけだ。

 そう。ほとんどのメンバーが元居た場所に帰った中、レラおばあちゃんは引き続きイクシス邸に滞在しているのである。

 なのでこれみよがしに、バフの扱いを教えてほしいと頼み込んだところ、思いがけずあっさりと快い返事を貰うことが出来た。

 他方で仲間たちも私に触発されたのか、それとも体が鈍ることを危惧したのか、各々熱心に鍛錬へ励んでいる様子。


 気温こそ低いものの、何とも気持ちのいい空気漂う空のもと。

 さりとて私は先日頭を過ぎったとある考えが、未だに引っかかって時折集中の妨げとなっていた。

 今も魔力調律を誤って、あわや魔法を暴発させるところだったほどだ。

 そんな私を気遣って、いつの間にか寄ってきていたオルカとココロちゃんが心配げに声を掛けてくる。


「ミコト、最近なんだかぼんやりしてるけど大丈夫?」

「もしや腕輪の影響ですか!? それとも【吸収】の副作用でしょうか!?」

「そ、そんな大げさなものじゃないよ。心配掛けてごめんね、大丈夫だから」


 私は努めて明るい声音を吐き、二人に問題ないことを告げた。

 そう。ちょっともの思いに耽っているだけなので、二人が心配するほどのことではない。

 それに考え事の内容にしても、これと言った確証のある話でもなし。しかも荒唐無稽な話であるため、真面目な顔で相談する気にもなれず。

 もし話すにしても、それはもう少しちゃんとした根拠を見つけてからでいいかなと、そう考えていた。


 そんなことより今はバフである。

 私はうっかり集中を切らしてしまったことをおばあちゃんに侘びて、授業の続きをお願いした。

 すると。

「ミコトちゃんったら、おばあちゃんが何十年も掛かって習得した技を簡単に覚えちゃうんだもの、流石にちょっと複雑な気分だわ……」

 と頬に手を当て、困り顔を作ってみせた。

 それに関しては少なからず心苦しい思いがあるため、返す言葉に困ってしまう所だ。


「ごめんね、私の能力がへんてこなばかりに、無神経なことしちゃって……でも、バフはきっと仲間のために役立つって思ったから、どうしても覚えておきたいんだ」

「……ミコトちゃんは、バフなんて無くても十分にすごい力を持っていると思うのだけれど。それなのにバフを覚えたいの?」

「勿論だよ! 厄災戦の終盤、戦線を支えたのも、アルラウネを押し切ることが出来たのも、レラおばあちゃんの参戦があったからこそだもん! 今の鏡花水月には足りない力だって思った。だから、もし私がそれを担えるようになれたら、きっともっとPTに貢献できるようになるって確信したんだ!」

「ヒヒッ! あらあら、ミコトちゃんはおだて上手さんねぇ」

「おだててるんじゃないよ、本心だよ!」


 そう。鏡花水月には、バッファーが居ないのだ。

 自己強化のスキルや魔法等を持つ娘なら確かに居るけれど、私の思い描く理想はまたそれとは異なっている。

 例えばゲームの中ならば、ステータス上昇系の効果を如何に上手く組み合わせられるか、というのは非常に重要で、バカみたいな火力を叩き出すのにも、敵の攻撃をスイスイ避けるのにも、堅牢な守りで相手を完封するのにも、そうした上昇効果の掛け合わせが基本となっていたほどだ。

 そしてゲームのようなこの世界ならば、同じ理屈がまかり通るのもまた道理である。

 が、思い返すとこの世界に『攻撃力〇〇%上昇』みたいな効果というのは殆ど無く、私もこれまでほぼ見かけたことがないほどだった。イクシスさんのコレクションにだって、数えるほどしか存在していないというのだから、その希少性は折り紙付きである。


 ところが、だ。

 レラおばあちゃんの扱うバフの中には、正しくそうした希少な効果を齎してくれる、とてつもなく強力なものが幾つもあったのだ。

 当然いちゲーマー、いちプレイヤーとして喉から手が出るほど欲しいと感じるのは、当たり前のことだろう。

 それに、PTにもっと貢献したいという気持ちにだって何ら偽りはない。

 私はこれでもPTリーダーなんてやっているものだから、常々PTの力をもっと上手に引き出して、危なげない立ち回りを成立させたいと考えている。

 のだけれど、どうにも最近「ミコトは何でも出来るから、単体で完結しちゃってる」という扱いを受けがちで、仲間と連携を取るまでもなく、個人のコンボ技で戦闘が片付いてしまう場面もよく見られるようになってきた。

 殊更複数のモンスターを相手取った際などは、「私はこいつをやるから、みんなはそっちをお願い!」なんてこともよくあり。それは連携というのとは違うのだ。分担なのだ。

 私は、連携がしたいのに!

 こんなのはPTの力を十全に引き出せているとは、とても言えないのではないかと。密かにそんな悩みを抱えている昨今。

 そんな私にとって、レラおばあちゃんのバフは正しく希望の星が如く思えたのである。


「やれやれ、ミコトちゃんがそこまで言うのなら仕方ないわねぇ。だけど魔法やスキルを覚えても、おばあちゃんと同程度の能力上昇率を引き出すのには、きっと骨が折れるわよ?」

「勿論、心得てるよ。そこはいっぱい練習する! 寝る間も惜しんで!」

「あらあらら、無理は良くないのだけれど……ヒヒ。その意気込みは買っちゃうわ」


 そう言って、おばあちゃんは授業の続きをしてくれた。

 が、流石に何でもかんでもというわけには行かず、このスキルをこのレベルで扱えるようになったら、更に上級の術を教えてあげる、といった具合で課題をもらってしまった。

 だが、十分である。むしろやる気が出るってものだ。


 斯くして私はレラおばあちゃんから自身や仲間たちを強化するための、新たなスキルや魔法を幾つか習い、習得することが叶ったのだった。

 後はひたすら反復練習あるのみだ。



 ★



 西の空は既に暗く、星明りの瞬く午後六時も半ば。

 訓練場での鍛錬を終えた鏡花水月の面々は現在、揃ってイクシス邸大浴場にて一日の疲労を流している最中であった。

 広々と設けられた浴場は白を基調とした石造りで、魔道具にて豊富なお湯の張られた大きな湯船には、肩まで浸かってぼんやりとしているミコトの姿も見られた。勿論、仮面はしていない。


 普段ならその天上の美が如き見目麗しさに、目も心も奪われてやまず。ともすれば彼女に見惚れるあまり、同性であろうとものぼせ上がる者まで出るほどだ。ゆえにそれを一種の危険物とすら捉え、皆は努めて視線を向けぬよう心がけるのだけれど。

 しかし今日ばかりは事情が異なった。

 いや、正しくは今日に限ったことではない。ここ数日を通してのことである。

 ミコトの仲間である彼女らは、今もぼんやりしているミコトから距離を置き、湯船の端の方でコソコソと何やら相談事をしていた。


「やっぱり今日も、ミコトの様子がおかしかった」

「というか、今も心ここにあらずと言った様子ですね」

「何か考え事をしているらしいが、それとなく訊ねても教えてくれないのだよな」

「ぐぎぎ、私というものがありながら、よもや恋煩いではありませんよね!?」


 そう。それは三日前の会議からこっち、ミコトが時折上の空を晒すようになったことに皆は気づいており、そして当人が思うよりずっとその様子を心配してもいたのである。

 今もこうしてチラチラと様子を窺っては、やっぱりぼんやりしている彼女を慮っている。


「あの有様では、おちおち冒険にも出られないな」

「誰ですか! 誰のことを考えてるんですか!」

「ソフィアさんうるさいです。っていうか邪です」

「……こうなったらやっぱり、直接問いただすべき」


 ミコトを除いた鏡花水月の面々は、結局そのように頷き合うと、ジャバジャバとお湯をかき分けミコトに迫っていったのだった。

 漂う湯気の向こうから、美女の裸体が四つも迫ってくる。普段のミコトであれば何かしらの反応を示したところだろうに、やはり相変わらずぼんやりと高い天井を見るともなしに眺めるばかり。

 そんなミコトの肩を、ガッと掴んだのはソフィアだ。


「私というものがありながら! 浮気は許しませんからね!」

「ひぃ、なになに、何の話!?」


 唐突に彼女をガックンガックンと揺らすソフィアの様子に、とうとうココロの手刀が飛ぶ。

 ゴッスと鈍い音とともに脳天へ突き刺さったそれは、容易く乱心のハイエルフを湯船へと沈めたのだった。

 ぷかーっと力なく浮かび上がってくる彼女を放置し、ココロ、オルカ、クラウの三人は真面目な表情でミコトへ向き直った。しかし視線は彼女の顔面を直視しないよう逸し、その背景を見つめながら、思い切って問いかける。


「ミコト、いい加減に教えて。何に思い悩んでるの?」

「ココロたちではお力になれませんか? それでも、差し支えなければ聞かせてほしいのです!」

「話すだけでもスッキリするかも知れないぞ。な?」


 そのように迫ってくる三人に、いよいよミコトも自らの態度を鑑みたようで。

「私、そんなに露骨にボーッとしてたかな?」

 などと問うものだから、勿論だと皆がしかと肯定で返す。復活したソフィアも、皆に負けじと首を縦に振ってみせた。

 するとミコトは苦笑を浮かべ、ため息を一つこぼす。


「ごめんね、まさかそんなに心配をかけちゃってただなんて……でも、本当に相談するほどの内容でもないと思ったから、言わずにおいたんだけど」

「水臭いぞミコト。どんな些細なことでも、何かあるのならどんどん話してくれ!」


 クラウにそう促されたミコトは、観念したように一つ笑むと、「どう説明したものかな……」と小さくつぶやきながら、顎に手を当て少しだけ考え込むように黙った。

 その所作がまた画になり、四人はうっかり見惚れそうになるのをどうにか堪えながら、彼女の言葉を待つ。

 そうして少しの間が過ぎると、ミコトの口からぽつりぽつりとそれは語られたのである。


「前世にはさ、ゲームってものがたくさんあったんだ。それについてはこれまで、色々説明したと思うんだけど……覚えてるかな?」

「はい! 『でじたるげーむ』っていうんですよね?」

「格ゲー音ゲースニークゲー。色々聞いた」

「私は『あーるぴーじー』というやつにひどく興味を惹かれたものだ」

「ミコトさんが前世で最も情熱を注いだコンテンツ、でしたか。それで、そのゲームがどうかなさったのですか?」


 ソフィアの問い返しに、ミコトは少しばかり水面を見つめ、そして意を決したかのように言った。


「私から見たこの世界には、そのゲームに通じる仕組みがたくさんあるんだ。ジョブやステータス、スキルに魔法、モンスターにダンジョン。それこそクラウが興味を持ったRPGでは定番とすら言える要素ばかりなんだよ」


 そういったミコトの言葉に、皆は思わず息を呑んだ。

 そしてその意味を咀嚼し、慎重にオルカが問う。


「つまりミコトは……この世界がゲームの中なんじゃないか、って考えてるの?」


 果たして、対するミコトは。

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