第三六話 寝ても覚めても
魔道具の光が明るく照らすのは、私達の滞在しているいつもの部屋。二日ぶりのベッドで、オルカとココロちゃんはすっかりくつろいでいる。
他方で私はと言えば、冒険者装備、パジャマ、普段着、全裸というローテーションを目まぐるしい速度でループし続けていた。
何ならストレージ訓練のために、傍目にはわからないだろうけれど、バッグの内容物を収納しては取り出しを繰り返してもいる。常時フル稼働だ。
それでいて平静を取り繕っているのだから、我ながらなかなかのマルチタスクっぷりではないだろうか。
「ミコト、もう少し落ち着いてもいいと思う……」
「そうですよミコト様、スキル訓練の成果も確認できたことですし、焦らずじっくりやっていけばよいのでは?」
「いやいや、そうは言うけれどね。私自身楽しみなんだよ、スキルレベルが上がるのがさ。だからこれは、半ば趣味みたいなものだよ。それに早着替えは、人前だと流石に問題があるしね。スキルバレしちゃうだろうし」
「違う。ミコトには羞恥心が足りない」
「そうかなー?」
二人の言葉を苦笑で流し、私は作業を繰り返す。目指すはより早く装備を切り替え、アイテムを出し入れすること!
なかなか一秒間に七回の壁が超えられないのだ。現在の稼働状況は、秒間着替え六回、アイテム出し入れ三往復の同時進行がマックスである。
片方に集中すれば、それは倍速も可能だけれど、どっちも鍛えたいためどっちも頑張っているわけで。油断の許される暇を見つけては、こうやってマックス稼働を維持しているわけだ。
「ココロは、チラチラとミコト様のその……すっぽんぽんが目に入ってしまい、目のやり場に困ってしまうのです」
「同じく」
「えー、お風呂では普通に裸なのに」
「それとこれとは話が違います!」
赤面してぷりぷりと抗議してくるココロちゃん。うーん、それなら空のスロットに別の服を登録するしか無いか。
「あと、部屋の中で冒険者装備はやめて欲しい」
「む。まぁ、確かに私もお風呂に入ったあとこの服はどうかと思うけどね」
オルカからもダメ出しされてしまった。っていうかもしかして、スロット全部を回さず、普段着とパジャマを交互に換え続ければそれで解決する問題なのかな? いやいや、それだとレベルアップ条件だとか、派生スキルの習得条件だとかを取り逃す可能性が出てきてしまうもの。
やっぱり面倒でも、スロットの登録内容をいじったほうが良いか。
「あ。ひょっとするとアイテムストレージも、応用次第で換装に似たようなことが出来たりするのかな? 試してみるか」
私は一旦普段着を身につけると、身につけていた服をストレージに収納してみた。案の定下着姿を晒すことになるけど、今更だよね。
次に素早く服を取り出してみる。が。
「う、うーん。ダメか」
「? ミコト、何してるの?」
「いやね、ストレージでも換装と同じようなことが出来るんじゃないかって思ったんだけど、どうやらストレージから直接アイテムを装備することは出来ないみたい」
「それって武器も?」
「あ、どうだろう」
言われて、早速試してみる。
冒険者装備を呼び出し、舞姫を一本抜き放つと、それを収納。
そして取り出してみる。すると、問題無く手の中に舞姫は収まっていた。
「出来るね……ってことは、衣類がダメなのかな。あるいは防具? というかそもそも、どうしてダメなのか……」
「着るものは、体に沿う形状に変化するから、とか」
「ああ、なるほど。収納した状態がそのまま保管されているとしたら、そりゃ私のポーズの変化に形が合わないもんね。ってことは、物体の重なる空間にはストレージ内のアイテムを取り出すことが出来ない、ということでもあるわけだ」
「それに関しては、以前も検証していましたよね」
「だねー」
ストレージ内のアイテムは、私を中心に五メートル以内の範囲で出し入れが可能だ。
レベルアップ前は、私の手が届く範囲でしか物の出し入れができなかったのだけれど、レベルが上って拡張されたらしい。そういえばこれもレベルアップに伴う変化だったね。報告会で言い忘れてたかも……ソフィアさんが知ったら怒るんだろうなぁ。仕方ない、黙っておこう。
それで、ストレージ内のアイテムは、取り出そうとした空間が既に物体で埋められている場合、確認ウィンドウが表示されるのだ。指定の場所に取り出すことが出来ません、って。
それでも強行しようとすると、自動で位置をずらしてくれるわけなんだけど。
現に今、取り出した服は床に落ちている。
「ストレージを駆使したら、着替えが楽になるかなーなんて期待したけど、そううまくは行かないね」
「ミコト様、レベルが上がればそれも可能になるかもしれませんよ!」
「あるいは換装のレベルアップでも、期待できるかも」
「確かに。そうだね、それじゃぁ引き続きレベルアップに励まないとね!」
そんなわけで、私は再び高速早着替えを始めたのである。
オルカとココロちゃんは軽く顔を見合わせると、やれやれと苦笑を浮かべるのだった。
「それはそれとして、明日なんだけど。オレ姉のお店に行こうと思ってるんだ」
「試験の準備?」
「それとも、換装装備の計画始動ですか?」
「どっちもだね」
実は今日、街へ戻る道すがら、ソフィアさんから昇級試験の打診を受けたのだ。
実力は見た限り十分。何ならCクラスでも通用するレベルだから、試験を受けませんか、と。
私としては、この前Eランクへ昇級したばかりなので、早すぎるのではないかと考えたのだけれど、どうやらもともと実力のある者が冒険者になった場合、私よりも速いペースで昇級したり、何なら飛び級することもあるらしい。
なので、別段悪目立ちする心配もないだろう、とのこと。
そして試験の内容に関しても、試験官との模擬戦が課題らしく、オルカやココロちゃんの立ち会いも認められるため、以前のようなことにはならないはずだ。
であるならば、受けない理由はない。その準備も兼ね、明日は武器屋であるオレ姉のお店を訪ねてみようと思ったわけだ。
ついでに換装や完全装着のことも説明して、全面的に相談に乗ってもらうつもりである。
ということを、オルカとココロちゃんに話して聞かせた。
「なるほど、良いと思う」
「オレネさんは、ココロも信用に足る方だと思うので賛成です」
「今日依頼を終えたばかりだから、明日は各自自由行動のお休みってことにしたいんだけど、二人はどうするの」
「ミコト、それは愚問」
「勿論お供します」
「あ、はい」
そんなこんなで夜は更け、私は寝る前のお勉強を済ませてベッドに入ったのだった。
意識が途切れるその瞬間まで、私は訓練の手を止めない。生前、寝る直前までスマホをいじっていたのと、何処か似た感覚を覚えるのだった。
★
翌朝、オルカに呆れた目を向けられた。
なんでも、私は眠ったままでも訓練を続行していたようで。それだけならばよかったのだけれど、どうやらストレージの訓練が勢い余って、オルカの毛布まで出し入れしてしまったらしく。それで夜中に目を覚ましてしまったのだと、流石に不満げであった。平謝る私。
いつもはこんなこと無いんだけど、やっぱり換装の訓練と同時進行をしていたせいで、ちょっと感覚がとっちらかっているのかも知れない。オルカにヘコヘコ頭を下げつつも、相変わらず七変化ならぬ四変化を、目にも留まらぬ速度で繰り返す。
オルカはハァとため息をつき、程々にしてねと許してくれた。同じ失敗をせぬよう、もっと練習しないとな。
っていうか、寝ててもスキルって発動できるんだね。そしてこれまた生前、眠ったままゲームを操作していたことが何度もあったなと思い出し、バカは死んでも治らないのかと笑けてしまった。
身支度を整え、朝食をゆっくり頂いてから私達はオレ姉の店を訪れた。
流石に外では、ストレージ訓練しか出来ない。というのも、一番大きな問題は仮面にある。
裸になるのはいいとしても、仮面がなくなるのはマズい。オルカに貰った仮面は一枚しか無く、代用品はまだ持っていない。うっかりしていたな。
そのせいで、冒険者装備以外のスロットには、顔を隠せるような何かが存在しないのだ。顔丸出しはマズい。本当に裸体を晒すより拙い事態になるのだから、ここまで来ると可笑しくさえ感じてしまう。
当人的には笑えないけどね。
そんなわけで、おとなしくバッグ内の品々をこっそり、一秒間に六回ストレージに入れては出して、と繰り返す。
ちなみにバッグ内のアイテムを一気に出し入れしているわけではなく、一個一個出し入れしているので、バッグ内にはその都度十分な空間が出来るわけだ。だから、取り出し位置がずれるというようなこともない。
訓練方法も、地味に試行錯誤したんだよ。まぁ楽しかったからいいんだけどさ。
なんて考え事をしつつ、私はオルカとココロちゃんを伴い三人揃って店の入口をくぐった。
「こんにちはー」
「おお、ミコトかい。今日はどうした?」
店内に入ると、丁度商品棚の整理をしていたオレ姉を見つけることが出来た。
私達は他にお客さんがいないのを見計らってから、今日の目的を彼女に告げる。
口外は控えてくれるようにと了承を得た上で、スキルの説明を行う。
私の【換装】と【完全装着】の効果を知ったオレ姉は、目を輝かせて喜んだ。
「なんだいなんだいそりゃ、私の武器を使いこなせるってだけでもびっくりなのに、とんでもないスキルを持ってたんだねぇあんた!」
「そんなわけなんで、換装用の装備について相談に乗ってもらいたくってさ。オレ姉が適任だって思ったんだ」
「はっはっは、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。いいよ、私にドンと任せな!」
といった具合に、それからオレ姉を交えた私達四人で、いろんな戦況を想定しての話し合いを行った。
どんな戦い方がいいとか、こういう装備は必要だとか、こういうステータス振りが理想だとか。
いつしかトークテーマは『私の思い描く最強!』という様相を呈し、各々が熱弁を振るい、意見をぶつけ合った。
オレ姉には申し訳ないのだけれど、結局その日は店をほっぽりだしての討論会が長時間続き、やたらと楽しくもあっという間な時間を過ごしてしまった。
「はぁ……それで結論だけど。まずはどんな状況にも無難に立ち回れるようなバランス型を基本として」
「ミコトには疾さが似合う。私には分かる」
「ってことで、機動型と」
「力こそパワー! パワーこそ正義ですよミコト様! ……ただ、ココロはミコト様にお怪我をしてほしくないので、防御力特化を推します!」
「防御型ね。そして」
「聞けばミコトは司令塔の素質があるらしいじゃないか。それなら遠距離での支援ができると強いだろう。ってことで、大砲を装備しよう。それがいい!」
「遠距離火力型、と」
というような構成で行くことになった。
「それで、それに伴う装備だけど。まず機動型には、私の趣味もあって忍者刀が欲しいな」
「ニンジャトー? なんだいそりゃ?」
「後で概要とか、製法とか知ってる限り教えるよ」
ネットや図書館でかじった知識だけどね。オレ姉ならなんとかしてくれると信じたい。
「次に防御型は……」
「ああ、それなら新しい試作品があるんだ。棘の飛び出す大盾なんだが、丁度いいと思わないか?」
「お、いいね。じゃぁそれで」
後で試させてもらおう。
「そして遠距離火力型は……大砲って。本気?」
「当たり前さね! ココロも言ってたろ、パワーこそ正義だってね!」
「そうですよミコト様!」
「ミコトなら使いこなせる」
「ひ、他人事だと思って……!」
そんなこんなで話し合いは終わり、私はオレ姉に忍者刀と言うか、日本刀の製法について知りうる限りの知識を伝えた。案の定目をキラッキラさせて食いついてきたオレ姉。これは期待できそうだ。
予算に関しては、ここしばらくで稼いだ蓄えの殆どが吹っ飛びそうだ。が、これも一種の投資と考えるべきだろう。
やたらとお金を溜め込んでおいたところで、別に使いみちがあるわけでもなし。私は快くゴーサインを出したのだった。
話は少し脱線し、私がスキル強化のために日夜鍛錬を繰り返しているという話題になった。
換装の練習は、外だと出来ないと私が愚痴ると、それならばとオレ姉がアイデアを出してくれる。
全身を覆えるような外套かローブと、それから安物でいいから仮面。それをスロット分だけ購入して、それぞれに装着して登録しておけば、高速で換装を繰り返したところで外見的には変化がないんじゃないか、と。た、確かに!
良いアイデアを貰ったので、早速帰りがけにでも購入することを決めた。
そうして折角だからと、昼食なんかを一緒に食べたあと、恒例のオリジナル武器試用会を行い、ひとしきり楽しんだ。
珍しくスキルの鍛錬に追われるわけでもない、楽しい休暇を過ごして羽根を伸ばすことが出来た私達。
オレ姉にお礼を言って店を出、帰りに予定通り深いフード付きのロングローブと安い仮面を四つずつ買い揃えて、私達は宿に戻ったのだった。
尚、武器の制作にはそこそこ時間がかかりそうだからと、代わりになりそうな安い品を見繕ってもらった。当面はこれでスタイル切り替えに馴染むことにしよう。
 




