第三五九話 伝え忘れ
時刻は午後七時。
腕輪に関する検証をガッツリやり込んだ私たちは、ようやっとイクシス邸へワープにて帰還を果たし、昼食を食べ逃したことから早々に食堂へ集まっていた。
誰もが空腹を感じながら、漂ってくる料理の美味しそうな匂いに悶えそうなところだが、しかし皆の表情は一様に真面目なものであり。
普段なら談笑に賑わっているところが、随分と異様な空気に包まれていた。
そんな中、私は改めて言うのだ。
「やっぱり、腕輪は封印しておいたほうが良いと思うんだよね」
そのように主張を述べれば、皆難しい顔をして意見を言い合った。
ざっくりと賛成派、反対派、様子見派の三つに分かれて、なかなか決着を見ない話し合いを続けている。
先ず賛成派の意見としては。
「今の所はこれと言った副作用も確認出来ませんが、しかしこの先何があるとも分かりません。腕輪の効果が強力であればこそ、もし何かデメリットが存在しているとしたら、取り返しのつかないものである可能性もあります。それを思えば、ミコト様の仰るとおり封印しておくべきかと……」
「単純に個人が持つには過ぎた力だ、っていうのもあるよね。もしそんな腕輪の存在が厄介な人に知られたなら、この先きっと生きづらいよ? たとえ転移スキルを持っていたとしてもね」
という感じ。
今回の厄災戦で私は、力に責任が伴うことを痛感した。
この上更に重たい責任を背負うことになるというのは、正直不安が勝ちすぎているのだ。
少なくとも、この世界にやってきて一年にも満たない、未熟な精神の私が持つには不相応な力だと。そう感じている。
だから私は腕輪の封印を是とするし、賛成してくれる意見は有り難く思った。
他方で反対派の意見はというと。
「私は、ミコトちゃんが持っていて問題ない力だと思うぞ。今回の厄災戦を通じてそれを確信したよ。自らが負った責任を自覚し、後悔に嘆いたミコトちゃんならばきっと、腕輪の力を善き行いに役立ててくれると。そのように私は思う」
「綻びの腕輪は成長する能力を宿しています。であれば、封印しておいて有事の際に使う、という運用は単純に適しませんよ。むしろ普段使いを積極的に行って、育てておかねば本領を発揮させることは難しいでしょう。それこそ有事の際に、後悔することになるかも知れません」
という、これまた一理あるもの。
確かに悪用するつもりなんて一ミクロンもないし、腕輪は育ててこそ意味があるというのも分かる話だった。
であれば、封印は悪手のようにも思える。
そして様子見派の意見は。
「今日の検証だけでは分からなかったこともあるだろう。賛成反対、何れの意見も尤もなものなのだから、ここは合中を取ってしばらく使用し、ある程度してから封印を検討すれば良いのではないか?」
「白黒つけるばかりが人生ではないわよ。ヒヒッ」
無難で大人な意見だ。が、落とし所としては妥当でもある。
そして料理が運ばれてくる頃、私たちの話し合いは結局様子見派の主張を採用するものとして収束を見たのだった。
つまるところ、私は綻びの腕輪をおっかなびっくり使い続けることが決まったのである。
私の能力バレも含めると、もはや私の存在そのものがとんでもない極秘情報みたいになってやしないだろうかコレ。
胃の痛い日々を送ることになるのではないかと、正直今から億劫である。
★
夕食と入浴を終えた後。
さりとて私たちは再びイクシス邸会議室へと集合し、各々席についていた。
時刻は夜も九時を回っており、私なんかはてっきり話し合うことなんてもう無いものだと勝手に思い込んでいたため、正直面食らっているところである。
たまらず、隣に座るオルカに対し「まだ何か話し合うの?」と問い掛けていた。
少し驚いたような、困ったような反応を見せたオルカが、徐に口を開こうとしたそのタイミングで、司会を務めるイクシスさんが入室。
静かな足取りでマジックボードの前に立つと、早速話を始めたのである。
「では、『新たに出現した特殊アイコン』に関して話し合っていこうと思う。先ずは今わかっている限りの情報だが……」
「え、ちょ、えっ」
思わず、イクシスさんの言葉に声が漏れてしまった。
これから詳細が説明されようというのだから、黙って聞いていれば良いのだと分かってはいるのだが、驚きの感情が口をついて溢れてしまったのだ。
そんな私の反応に、皆一斉に不思議そうな表情を向けてくる。
それは一様に、私の戸惑いが解せないといった、怪訝なものであった。
そして次に彼女らの視線は、自ずとソフィアさんの方へ向いた。
すると彼女はこともなげに、悪びれるでもなく言うのだ。
「あ。そう言えばミコトさんにアイコン出現の件、話しそびれてましたね」
皆に白い目を向けられるソフィアさん。
どうやら私の様子を見におもちゃ屋さんを訪れていた彼女が、とっくにアイコンの件は伝えたものと誰もが思い込み、ここまでその話題に触れぬままいたらしい。
ところが蓋を開けてみれば、肝心の情報が私に届いていないとあり、全員が全員やれやれと呆れを顔に出していた。
が、どうせスキルの話にでも火がついてうっかりしたのだろうと納得するのだから、この一〇日でソフィアさんの個性はこの場の皆にしかと知れ渡っているようだ。
そんな空気を切り替えるように、一つ咳払いをしたイクシスさんから改めて新たな特殊アイコンに関する、現在判明している限りの情報が語られた。
曰く、厄災戦から明けた翌日には既に、それの発見が成されたのだと言う。
第一発見者はソフィアさん。夜寝る前にマップウィンドウをくまなく調べるのを日課としている彼女は、その際に見覚えのない特殊なアイコンの存在を見つけたそうだ。そして翌日、皆にそれを伝えたと。
アイコンの形は何かの顔をデフォルメしたようで、色は黒を基調とした赤い模様のそれ。
一見禍々しい印象を覚えるそれに、私は見覚えがあった。
早速マップウィンドウで件のアイコンを確認した私は、表情を引き攣らせる。
「そっか……リリにキャラクター操作を使ったから……!」
「図らずも、このアイコン出現の条件予想の裏付けになった」
「まぁ……そうかもね」
そう。今回出現の確認されたこのアイコンは、以前も一度現れたそれによく似た、さりとて異なるデザインの独特なものであった。
かつてこのアイコンが示す場所を調査した私たちは、そこで私とソフィアさんにしか見えない仮面の化け物に遭遇したのである。
奴が何者か、という話し合いは結局これといった確信もないままに『こことは異なる世界線の私』に由来するものではないかという、何ともオカルトチックな結論を暫定的に据えたまま放置していた。
そんな謎多き仮面の化け物と、恐らくは同じような存在が出現したのだと。
このアイコンはきっとそれを伝えているのだろう。
そうした一連の情報はこの場の全員に供与が成され、そしていよいよこれにどう当たるのか、という話し合いが幕を開けたのである。
だが本格的に議論の始まるその前に一言、私から皆へ言わなくてはならないだろう。
「ごめんね。言ってしまえばこのアイコンに関しては、私の個人的な問題って可能性が高いのに、迷惑かけちゃって」
立ち上がりそのように謝罪をすれば、しかし皆からの反応は思ったより軽いもので。
なんでも無いことのように受け流す者もあれば、水臭いと小さく憤る者、呆れを示す者もあった。
そしてリリの「そんなのはいいから、話を進めるわよ」という一言でざっくりと流されてしまう。
何とも器の大きなことだ。これでは頭が上がらないではないか。
私がおずおずと着席したのを見て、先ず意見を述べたのはソフィアさんだ。
「一先ずミコトさんには、アルバムの確認をお願いしたいのですが。必要なら共有化していただけるとお手伝いしますよ」
「確か以前は、アイコンの出現と同時期に『身に覚えのない写真』がアルバムの中に紛れたのだったな。先ずはそれを見つけ出すことが化け物と対峙するための鍵になるだろう」
「写真に写っているメンバーが、化け物に干渉できる可能性を持っているんですもんね。以前のソフィアさんがそうだったように」
「出来れば今回はフルメンバーを揃えたい」
鏡花水月の面々がそう述べたように、以前私のアルバムに現れた写真には、身に覚えのない格好をした私とソフィアさん、それにレッカともう一人青い髪の吟遊詩人さんが写っていた。
前回対峙した仮面の化け物へ、触れることは疎か、捉えることが叶ったのは私とソフィアさんだけだった。レッカとは仮面戦の後で出会ったため、彼女にも仮面の化け物が見えたかどうかは裏付けの取れていない憶測にはなってしまうのだが。
それでも私たちは、こう考えている。写真に写っていたメンバーなら、仮面の化け物が見えたのではないか、と。
故に今回は、先ず身に覚えのない写真を探すところから始め、次に写真に写っているであろうメンバーを確認。
アイコンの現地調査を行うのは、そのメンバーを揃え、助力を請い、戦力を整えてからというのが理想的であると。そのように考えられていたわけだ。
しかしアルバムへは、日夜様々な記録が写真や動画として勝手に追加されていく。
私の見聞きした、私視点のものや、何故か第三者視点だったり、どうやって撮影したのかも分からない謎視点の記録なんかもちらほら混ざっている。
そう考えると、改めて不気味なスキルであるように思えてならないのだが。
ともかく、収録されている内容は膨大で、私一人でチクチクチェックしていくには流石に骨が折れる作業になるだろう。なので。
「悪いけど、お願いするよ。手分けをしたらすぐだろうしね」
というわけで、お言葉に甘える形でアルバムを皆にも共有化。
一頻り「おお、これがアルバムかー」というくだりを経た後、黙々と総出で私たちの過去の歩みを漁っていったのである。ちょっと気恥ずかしい。
すると、不意に蒼穹の地平の面々が首を傾げて問うてきた。
その内容とは、「この写真、あんた一体こんな何もない場所で何してるのよ?」とか、「この映像、ミコト様がおしゃべりなさっているのですが、肝心の相手がいらっしゃらないようなのです……?」というもので。
しかしそれらの反応は織り込み済みと言うか、予想の範疇と言うか。
それらはとどのつまり、私がおもちゃ屋さんに居る間の記録であった。
アルバムのそれであっても、この中ではソフィアさんと、それからエルダードワーフの血を引くチーナさんくらいにしか正しい形で記録の内容を認識できないらしい。
というか、ここで初めて妖精の姿形を目の当たりにしたチーナさんは、驚きに目を見開いていた。
そんな彼女へは、そっとアイコンタクトで内緒にしておくようにと伝えておく。伝わったかな? 一応頷きは返ってきたが。
そして蒼穹の面々には、下手くそながら適当な誤魔化しとフォローを入れておいた。酷く胡乱げな目では見られたけれど、まぁ何とか話を流すことには成功したので良しとしよう。
そんなこんなで約一時間ほど、皆で怪しい写真を探し続けた結果。
不意にクオさんが「あ、これ」と声を上げたことで、一斉に皆の注目を集める。
そうして提示された写真は、正にという感じの一枚であった。
私と思しき人物が、身に覚えのない装備を身に着けて、蒼穹の地平の面々と楽しそうに談笑している。そんな写真だった。
瞬間、鏡花水月の面々はなんだか苦い顔をするも、同時に私は、どうやらメンバー捜しに赴く手間が省けそうだと、一応の安堵も感じたのであった。




