第三五五話 かまくらと腕輪
イクシス邸訓練場。時刻は午前一〇時をとうに回り、やがて一一時に差し掛かろうという頃。
すっかり様変わりしたそこは、綺麗な雪化粧を纏った銀世界である。
刺すような寒さに鼻の頭を赤くしながら、ぎゅっぎゅっと雪を踏みしめ向かう私たち。
その目的はと言えば、各人が手にした戦利品を実際試すことと、私が受け取ることになった『綻びの腕輪』が如何なる力を秘めているのか確認することにある。
その道すがら、自分の左手に装着された腕輪へ視線を落としつつ、改めてイクシスさんへ問うた。
「一応受け取りはしたけどさ、本当に私が持ってて大丈夫なのかな? こう……個人が持つには危険過ぎる力だー! みたいなイチャモンとかつけられない? 指名手配とかされない? 能力如何によっては、やっぱりイクシスさんに管理してもらうべきなんじゃ……っていうかもしこんな物持ってるって知られたら、恐くて面倒そうな人たちに目をつけられるどころの話じゃ済まないと思うんだけど」
「ミコトちゃんは心配性だな……そんなこと言い始めたら、世の中にはとんでもない力を持ったやつが思いの外ゴロゴロ居るものだぞ? 斯くいう私だって指名手配犯にされちゃうじゃないか」
「む。それは……」
「それにその腕輪、少なくとも誰にでも扱える代物ではないようだし、傍から見たらただのアクセサリーだ。おおっぴらに使って見せさえしなければ、そうそうバレるもんじゃないさ。バレなきゃ平気平気」
「それが勇者の言うこと!?」
イクシスさんはそんなふうに呑気な有様ではあるけれど、実際のところ表向きには彼女が管理するということで話を通すらしい。
それというのも、実際厄災級アルラウネとバチバチにやり合っていたのはイクシスさんだし、とどめを刺したのは彼女とレラおばあちゃんによる合体技でのこと。
なればこそ、イクシスさんがドロップアイテムの所有権を主張したところでどこから文句が飛んでくるわけもなく。
仮にイチャモンをつけようものなら、それは大英雄である勇者へ喧嘩を売るようなものであり、イクシスさんを支持する世界中の人々から反感を買う様な愚行とすら言えるだろう。
よって、イクシスさんがちゃんと管理してる、ということにしておけば問題ないのだと。
その様に当人はあっけらかんと語った。
でもそれって、私がうっかりこの腕輪の正体を他人に知られでもすれば、大問題に発展するってことでもあるし、イクシスさんの立場も悪くしてしまう。
責任重大案件ってことだ。そう思うと、途端に左腕がずっしり重く感じられ、同時に胃がキリキリしてくるようだった。
「因みに、ダミーの品も考えてあるぞ」
「ダミー?」
「例えばどこかのお偉いさんが訪ねて来て、件の品を見せてはいただけませんかな? なんて言ってアルラウネのドロップを披露しなくちゃならない機会があったら面倒だろう? だから、そんなときに誤魔化すためのダミーだよ」
「なるほど……でも生半可な品じゃ誤魔化せないんじゃないの?」
「ふっふっふ、その点は心配無用だ。秘蔵のコレクションからそれらしいのを見繕っておくからな!」
なんて、悪巧みをするイクシスさん。
その後ろで、盛大に娘のクラウがため息をついているが、ともかくそれならば一応私がこの腕輪を所持していたとて、滅多なことでは怪しまれないだろう。
一安心……していいのかなぁ? まぁ、あまり人目に触れさせないほうが良いのは確かだよね。
そのような話をしているうちに、訓練場へ到着。寒い。
しかし皆は震えるような寒風を物ともせず、まるでスキー場を訪れた子供が如く意気揚々と散らばっていったのである。
各々、その手には先程分配の済んだ新しいアイテムを握りしめ、それを早速試そうと目を輝かせている。
一斉に駆け出していく彼女らの背を、苦笑しながら見送ったのは私とレラおばあちゃんだ。
おばあちゃんは出遅れた私に、「ミコトちゃんは行かないの?」と小首をかしげながら問うてくるけれど、今回私が得たのは綻びの腕輪と、ワガマママウントフラワー(略してWMF、或いはマママ)。あとは何故か当たり前のように回ってきた数枚の仮面。
仮面と言ったらアグネムちゃんも着けていたりするのだけれど、彼女の場合は顔を覆うと言うより、縁日で買ったヒーローや魔法少女のお面のように、ずらして頭に着けている感じである。
実用性よりファッションの意味合いが強いとかで、そも私を真似て着け始めただけだとも。
そういう理由から、結局仮面の類は全て私のストレージに集中してしまったわけだけれど。
しかしそれらは、皆のように燥いで性能テストをする、というような物でもない。
まぁ中には興味深い物もあるため、気にならないわけでもないのだけど、それは追々でも構わないのだ。
なので。
「私はそんなに急いでないからね。腕輪に関しては後で、みんなにも手伝ってもらいながら調べたいし」
「あらあら、ミコトちゃんは意外と落ち着いているのねぇ。そう言えば〇歳って本当なのかしら?」
「ま、まぁ一応ね……おばあちゃんは私のことどこまで知ってるの?」
「ミコトちゃんには異世界の記憶があるとか、不思議なジョブやスキルを持っている……くらいは聞いたわね。おばあちゃんもそれなりに長く生きてきたけれど、ミコトちゃんみたいな子には流石に初めて出会ったわ」
「あはは……」
人伝に聞いたのでは、胡散臭いことこの上ない情報の羅列である。そりゃゴルドウさんに怪しい奴認定を受けるわけだ。
しかしだと言うのに、おばあちゃんからは別段怪訝さや疑心の気配も感じられず。
逆に私としてはそれこそが不思議に思え、訊ねてみた。
「嘘だとか、変だとか、怪しいとか思わないの? 私のこと」
「ヒヒッ。それはまぁ、お話だけ聞いたのではそう思ったかも知れないわね。だけど、実際戦場でミコトちゃんの活躍を目の当たりにしちゃったんだもの」
「ああ、『百聞は一見にしかず』ってやつだね」
「? それは、前世の……異世界の言葉?」
「うん。百回聞くより一回見たほうが確実だ、っていう意味のコトワザだよ」
「あらあら、面白いわ。おばあちゃんこの世界は色々見て回ったけれど、流石に違う世界のことは知らないもの。よかったらもっと色々聞かせてほしいわ!」
そう言って食いつきを見せるおばあちゃん。
思いがけず返ってきた良い反応に気を良くした私は、質問されるがままにあれこれと、久しぶりに前世のことを思い出しながらおばあちゃんへ語って聞かせたのだった。
おばあちゃんと立ち話というのも何だったため、ストレージからくつろぎセットを取り出し、熱魔法で断熱の結界をドーム状に張り、暖房を利かせ、温かいお茶とお菓子をいただきながら前世話に花を咲かせた。
断熱魔法の周りは、氷雪魔法でかまくら仕立てにしてあるこだわりっぷりである。まぁかまくらと呼ぶには些か大きすぎる気もするけれど。
そうしてぬくぬくしながら暫く話し込んでいると、いつの間にやらそこそこ時間が経ったらしく。
一頻り自分たちの新たな装備の具合を確かめた彼女らが、ホクホク顔でチラホラと戻って来たのである。
ようやっとかまくらの存在に気づいたのか、興味深げにまずそれを覗き込んだのはココロちゃんだった。
「ミコト様はこの中ですか?!」
「あ、ココロちゃん。お疲れー」
「あらあら寒かったでしょう。ほらお掛けなさいな」
「わ、暖かいです!」
彼女は驚いた様子でおずおずとやってくると、私の隣にちょんと腰掛け、早速おばあちゃんの淹れてくれたお茶をすすり始めた。
すると、続いてオルカがひょっこり顔を見せ、その後も続々と皆がかまくらに詰めかけるものだから、あっという間に定員オーバーである。せっかくの風情が台無しだ。
仕方がないので同様のかまくらを幾つかこしらえ、そこで暫しの休憩を挟むことになった。
休憩はおおよそ二〇分くらいだろうか。
皆十分に冷えた体を温め直すことが出来たようなので、いよいよお待ちかねの『綻びの腕輪』に関する調査を始めることに。
未だチラチラと小雪の舞い続けるさなか、身を縮こませながらかまくらを出て、一つ所に集合する私たち。
寒いのでここでも断熱結界と風除けの結界を駆使して防寒対策を施しつつ、私を中心に扇状に並び見つめてくる皆を一瞥する。
皆の注目は勿論、私の左腕。そこにしかと着けられた厳つい腕輪に集中していた。
そんな彼女らの期待を受け、一先ず私は問うた。
「さて、何から調べようか?」
すると早速、皆がわっと意見を言うものだから、私は一度それらを落ち着かせて挙手制を提案。
それはすんなり受け入れられ、ならばと皆の手が一斉に上がった。
中でも一際熱心に手を上げているのは、武器コレクターのイクシスさんである。
綻びの腕輪は武器ではないはずなのだけれど、それでも興味は強いらしい。
その気迫に押し負けるように彼女の発言を許すと、飛び出したのは存外まともな意見で。
「先ずはステータス補正値を調べてみるべきだろう! これも私の鑑定では見えなかったが、ミコトちゃんのステータスウィンドウなら判るんじゃないだろうか?」
「なるほど。早速調べてみよう」
私は二つ返事でステータスウィンドウを確認。
装備次第で変動する私の能力値は、こういう時非常に便利だ。
早速腕輪を着けたり外したりしてその変動値を確認してみたところ……。
「こ、これは……っ」
「! ど、どうだったんだ? やっぱり破格なのか?!」
「勿体ぶってないで早く教えなさいよ!」
「ミコト様がさらなる高みへ……!!」
期待に目を輝かせる皆へ。しかし、私は仮面の下で眉尻を下げながら、告げた。
「何も……何も変化しない。能力補正値、全項目に渡って0……」
私の発表に、皆は一瞬静まり返った。ことさら雪の降る中であるためか、その沈黙は耐え難い静寂と同義である。
私がそれに耐えかね、「えっと……」と声を漏らせば、クオさんがポロッと訝しげに言った。
「それって、本当に装備できてるの?」
「わ、わかんない」
その様に言われては私もいまいち自信がなくなってくる。
念の為長袖をまくって、素肌に直接腕輪をはめてみる。金属の冷たさに、ヒィと情けない声が喉の奥から飛び出た。
しかし金属のくせにこの腕輪、信じられないほど軽いのだ。いや、身に着けた瞬間重さが消えると言うべきだろうか。とても不思議な感覚である。
そういう意味では、ちゃんと装備できていると思うのだけれど。
しかし改めてステータスを眺めてみたところで、やっぱり変動はなく。
それらのことを皆に伝えると、皆一様に首を傾げるのだった。
「厄災級から出た装備に、能力補正がない……?」
「そのような事は、過去にも例を見ないな」
「どんなガラクタだって、何かしら1くらい補正はつくはずなのに」
「実は装備アイテムではないっていう説はどうでしょう?」
「だとすると魔道具?」
「何れにしても、使い道がわからないね」
みんなしてむんむんと難しい顔をする中、レラおばあちゃんがポンと手を叩いて注目を引いた。
そうして朗らかに言うのだ。
「分からないことに悩んでいても始まらないわ。それよりも特殊能力について調べてみない?」
そう。むしろそれこそが本題。
であれば皆に異存があろうはずもなく。
全員の同意の元、補正値に関しては保留とし、いよいよ綻びの腕輪が秘めし特殊能力の調査が開始されたのである。




