第三五三話 託される理由
一瞬、耳がイカれてしまったのかと本気で心配になり、私は首を傾げながらイクシスさんへ聞き返す。
「えっと……今なんて?」
「だから、ミコトちゃんにはアルラウネからドロップしたアイテムの割当が確定しているんだ。辞退は認められないぞ」
「…………」
思わず、スゥッと魔法で自らの姿を透明にする私。
掴まれる首根っこ。
振り返るとサラステラさんが、ドヤ顔をしていた。観念して透明化を解除する。
そんな私に、イクシスさんは追い打ちをかけるかの如く恐いことを言う。
「言っておくが、厄災級のドロップアイテムなんて出回ろうものなら、それはもう大変なことになるからな? 国家規模の騒ぎというのは何ら冗談でも大袈裟でもない。下手をしたら、それを巡って戦争が起こるほどだ」
「ッス────……」
心眼が、これみよがしにその信憑性を伝えてくる。
イクシスさんには、何ら誇張している気配の一切が見当たらなかった。
ゾゾッと背筋が寒くなる。と同時に、大きな疑問がむくむくと湧いてくる。私はそれを押し止めるでもなく、率直に問うた。
「そんなヤバいものを、何でよりによって私に持たせようとするのさ?! それこそそういう物の管理はイクシスさんが行うべきじゃん!」
みんなもそう思うよねと周りを見れば、これには尤もであるという同意の意思もちらほら見て取れた。が、誰も口にまでは出してくれない。
ばかりか、それでもやはり私に持たせようという意志のほうが強いらしいのだ。全く解せない話である。
すると、混乱している私に向かいイクシスさんの回答が述べられた。
「だって私が管理してても、持ち腐れるだけだしな」
「そ、それを武器コレクターのイクシスさんが言うの……?」
「そんな私だからこそ言えるんだ!」
彼女は憮然とした表情で徐に腕組みをすると、はぁと小さくため息を付いた。
そして言葉を続ける。
「聞いてくれよ、私の悩みを。武器とは飾って楽しむ芸術品ではない。振るってこそその真価は発揮されるものなんだ」
「う、うん」
「だというのに! 魔王討伐後の私ときたら、満足に武器を振るう機会にも恵まれず! あまつさえあれほど大切にしていた聖剣は娘と一緒に家出したんだぞ!?」
「そ、そう言えばそうだったね」
そう、聖剣には意志が宿っているらしいのだ。
そんな聖剣は、魔王討伐以降振るわれる機会もめっきり減り、それこそ絵画や彫像の如く飾られ愛でられる日々を長らく過ごした。
結果、当時はまだ幼く、勇者に純粋で強い憧れを抱いていたクラウと意思を通わせ、ともに冒険の旅に出るという暴挙に及んだのである。
「クラウの家出騒動を機に、私はコレクションたちとの向き合い方を反省した。それはもう、深く深く反省したんだ」
「お、おぅ」
「大事に保管するだけでなく、機会があればマジックバッグに入れて持ち歩くようにした。モンスターを見かけるなり積極的に襲いかかった。機会がなければ作るよう努力した」
「が、頑張ったんだね」
「いいや、武器たちを愛でる気持ちがあれば努力と言うほどのこともない。寧ろコレクションの真価を我が手で確認できることは喜び以外の何ものでもなかったさ」
「まぁ、それはそうか」
「だが、皮肉なことに! 強力な武器であればあるだけ、それらをおいそれと持ち出し振るうことは憚られるんだよ。お気に入りの武器ほど、厳重に閉じ込め保管しておかなければならないという! ミコトちゃん、分かるかこのジレンマが! 私の哀しみが!」
「言わんとしてることだけは、一応……」
「そうだろう、そうだろう! ミコトちゃんなら分かってくれると思ったぞ!」
皆がぽかんと成り行きを見守る中、ヒートアップするイクシスさんの独白。
しかしそれも、ようやっと着地の体制に入ったようで。
彼女はガシッと私の肩を掴んで言うのだ。
「そして私もミコトちゃんの気持ち、よく分かるぞ。もっと上手く立ち回れたはずだという、その遣る瀬無い思いはきっと、私こそが誰より経験してきたものだ」
「! イクシスさん……」
「だから、戦利品を受け入れがたいというその気持も、確かに理解できる」
「そう言えばそうだったわねぇ。イクシスちゃんも昔は頑固で……あら? でも戦利品が武器だった時は喜んで受け取っていたような……」
「ゲフンゴホン!!」
レラおばあちゃんの天然妨害を受け、イクシスさんがわかりやすく誤魔化しを入れる。
話の腰にドロップキックを受けながらも、しかし彼女は挫けることなく続けた。さすが勇者である。
「ミコトちゃんの気持ちは、痛いほど分かる。そんな私を含めた全員が、アルラウネのドロップをミコトちゃんに持っていてほしいと、そう言っているんだ。その意味をよく考えてみてほしい」
「…………」
私の悩みは、私のヘンテコスキルが戦況に大きな影響力を持っていればこそ感じる、特殊な類のものだ。
だが、確かにこれはイクシスさんもまた感じたであろう、共通の悩みとも言えた。
イクシスさんほどの力を持っていれば、その立ち回り一つが戦況に多大な影響を及ぼす。ばかりか、公の場で発した一言が多くの人の士気に関わったりもするだろう。延いてはそれが、全体の戦力を上下させたりするかも。何故なら彼女は大英雄、『勇者』なのだから。
そう考えたら、私なんかより余程『もっと上手くやれたかも』と、己の立ち回りに悩んできたはずだ。
そんな彼女を含めたみんなが、私に今回の戦いで最大の戦利品足り得る、厄災級のドロップアイテムを託そうとしている。
何故なんだろう?
単に私のスキル類がそれだけ便利だったから?
それとも、拙いなりに頑張った私の立ち回りを評価してのこと?
はたまた、それを私に預けることに意味を見出して?
それか、私が自覚していない部分を評価してくれてる、とか。
うーん……わからん。
暫し考えを巡らせてはみたものの、結局ピンとくるような何かは見つからず。私は徐に首を横に振ることで降参を示した。
「ごめん、やっぱりどう考えても、私が受け取るようなものじゃない様に思えて仕方がないよ。国を揺るがすような重大なものであるなら尚更」
「えぇ、本当にわかんないのか? まじ?」
「まじ。そんなに重大な品なら、持ち腐らせておいたほうが寧ろ世のため人のためなんじゃないかって思うよ」
「はぁ……」
イクシスさんは呆れたように溜息をつくと、不意に皆の方へ視線を向けた。
するとみんなも同じく、やれやれと首を振る有様だ。非常に釈然としないんですけど。私の言い分は、そんなに間違っているだろうか?
仮面の下で眉をハの字にしてみせれば、それならとイクシスさんが言うのだ。
「例えば、そうだな。クラウ、もしお前にミコトちゃんと同じ能力があったとしたらどうしていた?」
「ん? そうだな……もし私にミコトと同じ力があったなら、きっと未だにソロで冒険者を続けていただろうな。今回も単独で参戦していたはずだ」
「!」
「じゃぁ、クリスティアちゃんならどうだ?」
「わ、私ですか?! そうですね……私だったら、きっと教会に囲われて身動きがとれないでしょうね。様々なしがらみに囚われていたに違いありません」
「ではサラ、お前だったらどうだ?」
「そうぱわねー、少なくともミコトちゃんのような器用な使い方はできないぱわー。テレポートして殴って、テレポートして殴るぱわ」
そうして、イクシスさんは各人に同じ質問を投げては、その返答を私に聞かせた。
答えは様々なれど、共通して言えたことは一つ。
「分かっただろう? 少なくとも、この中の誰がミコトちゃんと同じ能力を持っていたとて、ミコトちゃん以上の結果を出すことは出来なかった。それに、このメンバーを動かせたのもミコトちゃんだからこそなんだぞ?」
「あ……」
「それに裏技。私じゃあれは思いつかない」
「それを言うなら、モンスターのスキルを真似て本当に再現するっていうのもそうね。まともじゃないわ」
「私が夢にまで見た技術ですからね……うらやまけしからんです」
「っていうか単純に、魔法の精度が人間離れしてるってそろそろ自覚したほうが良いよ?」
「そうですよ! 『無限落下』の話、お聞きしてびっくりしました! 私も一応空間魔法が使えるのでよく分かります。私じゃ、一生かかっても真似できない技術です……!!」
「え、遠隔魔法も凄まじかったです! 映像で見てれば、それがよく分かりました!」
「どれ一つとっても、他じゃ真似できないことやってるんだよ、ミコトは」
レッカがさっぱりとした顔でそのように締めくくる。
それでようやっと、得心がいった気がした。
確かに私は、最良最善を演じるには至らなかっただろう。
それでも、そのための努力はしたし、だからこそ被害を小さく抑えることには成功した。誰が私の代わりをしても、得ることの出来なかった結果である。
遣る瀬無い思いは簡単に拭えるようなものじゃないし、私の判断ミスや決断の遅れなんかで増えてしまった被害もきっとあるだろう。
けれどさりとて、それは私の頑張りを帳消しにするようなものではないのだと。
「ミコトちゃんが居たから、救われた命がたくさんあるの。自責の念に押しつぶされて、自分の頑張りを、その功績を否定しちゃいけないわ」
「レラおばあちゃん……!」
他人の命が、私の手の上で消えたような。そんな途方も無い罪悪感を感じていたんだ。
直接、故意に誰かを手に掛けたとか、そういうわけではない。しかし間接的だからこそ、私は一体どれだけ取り返しのつかない事をしでかしたのかと、それが何処までも怖くて。
そう考えると、私が成したことなんてちっぽけなことだと。そのように思えてならなかった。
けれどそれは私の主観的なものであって、私の抱く自責の念は、それを客観視する彼女たちからしてみれば大げさな独り相撲のようにすら見えていたらしい。
「分かっただろう? ミコトちゃんの働きこそが、間違いなく今回の戦いに於いて最も重大なものだった。私を含め、皆がそれを認めているんだ。それこそ、キミこそが厄災級のドロップアイテムを受け取るべきだと思えるほどにね」
そう言ってイクシスさんはPTストレージからとあるアイテムを取り出し、私へと差し出してきたのである。
それは、不思議な宝石の嵌った厳つい腕輪だった。
高度な鑑定スキルを持つイクシスさんは、その腕輪の名をこう呼んだのだ。
『綻びの腕輪』……と。




