第三五一話 一〇日の間
グランリィスは、イクシス邸のある街だ。
そして現在、おもちゃ屋さんが店を構えている街でもある。
妖精師匠たちや、今は私も暮らしているこのおもちゃ屋さんは、気まぐれに様々な市町村等に転移し移転を繰り返しているのだけれど、最近は私の活動先に応じて場所を移す傾向にある。
多分そのほうが、私から現地の情報をあれこれ聞けるから、という目論見あってのことなのだろうけれど。
ともあれ、そういうわけで現在このおもちゃ屋さんは、イクシス邸より徒歩圏内に位置しているわけだ。
更に一点、おもちゃ屋さんの特徴として、基本的に子供の目にしか映らず、大人では全く干渉できないというものがある。
それはおもちゃ屋さんばかりか妖精らそのものにも同様のことが言え、ある程度成長した人に妖精の姿は見えもせず、触ることも出来ず、一切交流を持つことが出来ないのである。
因みに私は未だ、この世界に於いては一歳未満のベイビーであるため、どうやら子供として数えられているらしく。それゆえ問題なく師匠たちと交流を持てているわけだ。
けれど正直、いつかそれが当たり前ではなくなる日が来るのかと思うと、漠然とした不安や寂しさが心の底の方に苦味として淀んでいるのを感じる。
そんな特殊な存在である妖精やおもちゃ屋さんなのだが、しかしこれに干渉できる例外足り得る存在もあった。
それが、そのルーツを妖精らと同じくしている特殊な種族。即ち、ハイエルフやエルダードワーフ等である。
ソフィアさんは正しくそのハイエルフ族が一人であり、そして師匠たちとも既に面識がある。
結果、この一〇日間のうちに足繁くここへ通っては、私の様子を確かめていたのだと。
おもちゃ屋さんの応接室にて、彼女がここを訪れた経緯をざっくりと聞かされた私。同席している師匠らの補足もあり、現在はおおよその話を飲み込んでいるところである。
「心配したんですよ! ミコトさんがフラフラで帰っていってから、一日経っても二日経っても一向に姿を見せないどころか、通話にすら応答がないので。たまらず妖精の見える私が直接ここを訪ねたというわけです」
「し、心配をかけたみたいでごめんなさい……」
「本当ですよ! しかもずっと【オートプレイ】が発動したままじゃないですか。それってつまりずっと意識が無いということです。一体何をすればそこまでの消耗を強いられるというのですか!? 新スキルなんでしょう? 新しいスキルを使って、その反動が出たとかなのでしょう!?」
「ひぇ、勝手にヒートアップしないでってば!」
相変わらずスキルの話となると歯止めの利かないソフィアさん。鼻息も荒く詰め寄ってきたので、宥めるのに暫しの時間と大きな苦労を強いられた。
ともかく、師匠たちは疎かソフィアさんや他の仲間達にも随分迷惑や心配をかけてしまったことは、素直に申し訳なく思う。
それからは、かいつまんでこの一〇日の間の大まかな出来事を聞かせて貰った。
厄災級との戦いから一〇日だ。
現地では既に撤収作業が終わっており、今は閑散としたものらしい。
なお、例の花巨人らも当然モンスターであれば、魔石などのドロップアイテムも落とした。故に戦場となったあの場所にはそれらも相当の数が散らばったらしいのだけれど、これを目当てに今もチラホラと戦場跡を徘徊する人影があるとか。
それが被害者や関係者への補償にでも当てられるというのならまだしも、もしただのお溢れ狙いだとしたら、正直気分のいい話ではない。
また、私達の回収した戦利品に関しては皆で話し合った結果、特に目ぼしいものを除いた余りのアイテムは、ノドカーノへの寄付を検討しているとのこと。勿論私にも異論はない。
厄災級の生成したと思しき四つのダンジョン。その難度は、生まれたてのダンジョンにも拘らず非常に高度で、故にこそ得られたアイテムの質も相当良いものばかりだったらしい。
正直、私はアイテム回収時ほぼ意識が無かったので、詳しいことはさっぱり覚えていないのだけれど。
ともあれ、それだけ良いアイテムならノドカーノへの支援として十分な役を果たしてくれるだろう。
何せ厄災級の齎した被害は決して小さなものではなく。
結局山々が幾つも奴の餌食となり、当該地域の動植物は死に絶えたと言う。
彼の場所が元の様を取り戻すまでには、果たしてどれだけの時間を要するかも分からないとのこと。
また、戦いに倒れた戦士たちの遺族も多くあり。
私達からの寄付が、僅かでも慰めになるなら躊躇う理由はないと。そう思った。
「ミコトたちはそんな戦いをしてきたんだ……」
「きっと、沢山の子供が悲しい思いをしているわよね……」
「ならー、私たちの出番じゃないー?」
モチャコらがそう言い出せば、同席していた師匠たちは一斉に賛同を示した。
どうやらおもちゃ屋さんの次の移転先に目処が立ったらしい。
そんな姿を見て、もしかすると彼女らはこうやって、世界をこっそり影から支えてきたのかも知れないなと。そんなふうに思った。
それが誇らしくも感じられ、強張った気持ちが少しだけほぐれた気がする。
それからも暫しソフィアさんに話を聞いた後、仲間たちとの通話を緊張を伴いつつ実行。
結局今朝はろくな修行も出来ず終いとなったのである。
★
イクシス邸へ飛んだのは、時計の針が午前八時を指す頃だった。
取り敢えずソフィアさんとともに転移室へ、ワープにてやってきた私たち。
すると切り替わった視界の中に、つい今しがたまで通話で話していたメンバーの顔が並んでおり。
私はたちまち彼女らに揉みくちゃにされながら、一頻り心配をかけてしまったことを詫びたのである。
場所を移して、おなじみの食堂。
そこには錚々たる面々が一同に会していた。
先ず私のPTメンバーである四人、私を含めるなら五人か。それと蒼穹の地平の面々に、レッカやチーナさん。更にサラステラさんやレラおばあちゃん。そしてイクシスさんだ。
そう、厄災戦にて大活躍したメンバー勢揃いである。
というか私が彼女らを元の場所に帰すことなく、一〇日も眠りこけていたものだから、否応なくこの場に足止めを食らっていたというのが実際のところらしい。申し訳ないことをしてしまった。
そんな彼女らは、すっかり打ち解けた様子でガヤガヤと談笑をしながら、既に朝食を食べ進めている。
私も同じくパンをもそもそしながら、左隣の席を陣取ったソフィアさんにしつこく問をぶつけられ続けていた。
「で? 実際のところ新スキルはどうなってるんですか? 最後の方、ミコトさんがどうやってか厄災級を圧倒していたという話は、既にイクシス様から聞いているんですからね!」
「そう言われてもなぁ」
取り敢えずジトッとイクシスさんの方へ視線で抗議を投げてみたけれど、返ってくるのは苦笑ばかり。
まぁ、私だって誤魔化すようなつもりもないのだけれど。
しかし如何せん、説明しづらい話でもあり。
「ええと、イクシスさんからは何処まで聞いたのさ?」
「ミコトさんが突然、アルラウネの【吸収】を真似てみると言い始めて、そこから状況が一変したと」
「……それだけ?」
「他になにかあるんですか?!」
「いや、方法とかそういう具体的なことは聞いてないのかなと」
「勿論訊ねましたけど!」
「何分私たちも、技の準備に集中していたからな。細かくミコトちゃんの動きは追えていなかったんだ」
どうやらあの時、イクシスさんやレラおばあちゃんは私が吸収を再現するべく何を行っていたのか、具体的にはあまり把握できていなかったとのこと。
だからこそ、突如アルラウネの胸に大穴が空いたり、腕が肩の付け根から吹っ飛んだり、最終的には体が真っ二つになったりという光景に唖然としたそうだ。
そんな話をしていたものだから、ソフィアさんのみならず、いつの間にか皆が興味深げに耳を傾けてくる。
そんな彼女らに私が説明できることは、酷く曖昧な内容でしかなく。
「一体何をどうやったんですか!」
「吸収を頑張って真似てみた」
「ど、どうやって!?」
「魔力調律でアルラウネのスキルを再現してみたんだよ」
「成功したってことですか!?」
「成功……って言って良いのかなぁ? まぁ、結果としては上手くいったんだと思う」
「モンスターの力を吸収したってことですよね? 体に異常はないんですか!?」
「う。……もしかすると、そのせいで意識が戻らなかった可能性は否定できないかな……」
「天使様、今すぐ診させてください!!」
「ココロもお手伝いします!!」
「そんな大げさな」
気づけばココロちゃんに抱えられ、あれよあれよと食堂から医務室へ輸送された私。
っていうか医務室まであるんだねイクシス邸。
そうして、治癒のスペシャリストである聖女さんと、うちのヒーラーであるココロちゃんによる診断を問答無用で受けさせられてしまった。
おおよそ半刻ほど掛けてしっかり調べた上で、どうやら問題がないことが分かり、食堂に戻ると皆が安堵のため息をついた。
私自身、ちょっぴり怖かったので一安心である。
「とは言え、検査の結果天使様には極端に衰弱した形跡が見られました。今は問題ありませんが、向こう一週間ほどは激しい運動や魔力の酷使等は控えてください」
「えぇ……」
「大丈夫です、ココロが目を光らせておきますので!」
ぐっと胸の前で両拳を握り、そのように宣言するココロちゃん。
しかし当の私は、寝ていたって勝手にスキルや魔法の訓練を繰り返すように出来ているわけだし、こうしている今だってこっそりあれこれやっていたりする。
特に遠隔魔法を覚えてからというもの、これまでは出来なかった大規模魔法の継続訓練が可能となったので、イクシス邸上空高くでは様々な魔法がひっきりなしに繰り返し乱発されているわけだけれど。
これがバレたらドクターストップの対象にされてしまうのだろうか? 注意しなくてはなるまい。
「そんな! それではこの後【吸収】の実践を楽しみにしていた私のワクワクはどうなるんですか!」
「胸の内にしまっておいてください」
「それは無理です! 私のスキル愛が、この胸にとどめておけるほど小さいはずがないでしょう!!」
「知りませんよ……天使様を大事に思うのであれば、我慢してください」
突発的に聖女さんVSソフィアさんという珍しい構図が成り立ち、ワイワイと騒ぎ始める二人。
すると聖女さんに加勢するココロちゃんとアグネムちゃん。私を気遣っての言葉が胸にしみる。
対してソフィアさんの背を押すリリと、好奇心に負けたイクシスさん、クラウ、サラステラさん。余程吸収が気になるらしい。
私たちが戻るまでは、優雅に食後のお茶を楽しんでいたはずの面々が、打って変わってなんとも姦しい事である。
そんな様子を一歩引いた位置から眺めていると、不意に傍らへそっとやってきたのはオルカだった。
彼女は気遣わしげに眉尻を下げると、私の手を取って一先ず席に座らせた。
「ありがと、オルカ」
「ううん。病み上がりなんだから、当然のこと」
こういうところなんだよなぁ! 流石である。
そうして口論に決着がつくのを暫し待てば、結局正論で殴り続けた聖女さんチームに軍配が上がり、吸収の実践お披露目に関してはまたの機会にということになった。
がその代わり、更に詳しい情報や、使用した時の感覚についてなど、様々なことを根掘り葉掘り訊かれることとなったのである。
斯くして皆での考察は捗り、結局『多用は避けるべき奥の手』という位置づけに落ち着いてしまった。
恐らく件の生命力(仮)のコントロールには、魔力の他に、それこそ私自身の生命力(仮)を利用ないし消耗している可能性が高い、とかなんとかで。
衰弱はその結果ではないだろうか、という推測が成ったためである。
そうして皆が皆興味深そうな顔をしていたけれど、ともあれ吸収についての話はそれで一旦の収束を見たのだった。




