第三五〇話 大の字
ぱ。と、目が覚めた。
何時になくスッキリとした目覚めだ。夢の余韻すら無く、それだけぐっすり眠っていたのだろうと直ぐに思い至る。頭も寝起きなのにスムーズに回り始めてる。
体の芯に疲れが残った感じもない。これが若さか……って、前世でも私成人は迎えてなかったんだけどね。
柔らかな布団をかき分けもぞもぞとベッドから降り、顔を洗いに部屋を出る。
寝室の扉を開け、廊下に一歩踏み出そうとすると、たまたま目の前を横切る影が一つ。
宙をぷかぷか浮かぶ、寝ぼけ眼の妖精。モチャコだった。
私の師匠であり、友達でもある彼女。なのだが。
「おは」
「ひぃっ!」
「え……??」
どういうわけか彼女は、私の顔を見るなり大仰に驚き仰け反ってみせたではないか。おはようすら言わせてくれない。
寝ぼけ眼もどこへやら。血相を変えて、廊下の向こうへ飛び去っていくモチャコ。
その背を首を傾げながら見送った私は、どうせ後で顔を合わせるのだからと後回しにし、洗面所へと向かった。
諸々の朝支度を整え、作業部屋へ向かった私。
近頃は厄災級の件が忙しく、ほとんど修行に当てる時間もなかった。待機時間にこっそり自主練をやるのが精々だったくらいだ。
しかしそんな切羽詰まった状態も昨日までのこと。
というか、昨日は最後の辺り意識が殆ど無くて、あまり覚えていない。
ただ、自らの至らなさを痛感したことだけはよく覚えている。
それに関しては今一度、きちんと考える時間や機会が必要だろう。後で仲間のみんなに話を聞いてもらおうかな。
ともかく、今は魔道具作りの修行である。
モチャコたちにも随分心配を掛けてしまったみたいだし、もう大丈夫だってことをちゃんと示さなくちゃね。
そう言えばさっきの、モチャコのあの反応は何だったんだろう? 他の師匠たちも今日は見かけないし。まぁ気配はあるんだけど、何だか避けられてる気がする。
心眼でも、妙に警戒されているような感じが見えるし。
一体どうしたことだろうかと首を傾げながら、作業部屋の扉を開いた。
するとそこには既に、妖精師匠たちの姿がちらほらあり。モチャコはいつもどおり私の作業机の上で待ち構えていた。の、だけれど、何だかやっぱり様子が変だ。
妙に顔を青くさせ、おっかなびっくりとした様子が見える。
しかもそれは彼女だけにあらず。他の師匠たちも、何だか私を遠巻きにしていて。
なんか、妙に居心地が悪いんですけど。
「き、来たねミコト」
「おはよう」
「! お、おぅ」
「?」
何なんだろうか、このギクシャクした感じは。
私はまた首を傾げ、しかし対するモチャコも同じように小首を傾げている。
そして、おずおずと言うのだ。
「ミコト……今日はもしかして、普通ミコト?」
「む。中二病患者に普通とは酷いな! 特別に憧れるお年頃なんですけど。これがクラウなら発狂ものだよ」
「! やっぱり普通ミコトだ! ミコトが直った!」
「人を故障したおもちゃみたいに言うの止めない?」
私の抗議もなんのその、モチャコが嬉しそうにそう声を上げれば、他の師匠たちもホッとしたような、嬉しそうな様子でワラワラと寄ってきた。
そして口々に言うのだ。
「いやー、よかったよかった。直ってよかった」
「やっぱり普通ミコトが一番よね」
「普通が素晴らしい」
「ミコトはずっと普通でいてね!」
「本当だ、普通だ! 普通ミコトに戻ってる!」
泣きそうだ。寄ってたかって師匠たちみんなが私を普通だと言う。
今日は一体何なんだ。明らかにみんなの様子がおかしいんですけど! っていうか、普通じゃないのはむしろ師匠たちなんじゃないの!?
一先ずちゃんと話を聞かねばならぬと感じ、私は小さく咳払いを一つ。
「トイ、ユーグ。ちょっと理解が追いつかないんだけど、この状況について説明してくれない?」
妖精師匠たちの中でも比較的良識のある二名に、現状の解説を求めてみたところ、直ぐに彼女らはひらひらと私の前にやってきて、そして不思議そうな顔をした。
「もしかしてミコトったら、覚えてないのかしら?」
「そうかもねー」
「何の話?」
開口一番飛び出した言葉に、すかさず私が問い返してみたところ。
彼女らはやっぱりかと顔を見合わせ、そして言うのである。
「ミコトってばー、ここ一〇日くらいずっと恐かったんだよー」
「そうそう。あれはまるで夜のミコト。略して『ヨルミコト』ね。ずっと体に魔法を纏っていて、話しかけても素っ気ないんだもの」
「素っ気ないっていうか、感情をどっかに忘れてきちゃった感じ! 修行のときも、作業用おもちゃみたいにずっと静かだし!」
「一〇日……え、ちょっとまって……え? 一〇日??」
彼女らの言に、何となく事の真相がうっすら見えてきて、私はサーっと血の気が引くのを感じた。
それからゆっくりと、一つ一つ確かめるように皆へ話を聞いてみたところ、判明した内容とは。
曰く、今から一〇日前。私はフラフラになって帰ってきて、そのまま寝室に籠もったらしい。
そしてその翌日、彼女たちは奇っ怪なものを見たそうだ。昼頃になりようやっと寝室から出てきた私は、頭に心命珠を載せ、体に魔法を纏わせた状態で宙に浮かび、浮遊したままトイレに向かったと。そんなことが数度あったが、それ以外は相変わらず寝室に籠もりきりだったそうだ。
その次の日も概ねそんな具合で、四日目辺りでようやく普通に歩いて部屋を出てきたらしい。
しかし相変わらずのヨルミコト状態で、感情の起伏も見られなければ、話す内容も最低限。
それでも修行は日がな一日行い、それが終われば寝室に戻る。
その様子は如何にも不気味であり、何より暇さえあれば魔法を撒き散らす様がただただ恐ろしかったと。
そんな状態が昨日までずっと続いていたらしい。
「で、やっと普通のミコトに戻ったからみんな喜んでるってわけ」
「やっぱり普通が一番だねー」
「疲れすぎて故障したのかと思って心配したんだから!」
「えっと……なんか、ごめん」
とどのつまり、私が意識を失っている際発動する【オートプレイ】のスキルが働き、一〇日にも及んで生活を送っていたらしい。
その間、仲間たちはどうしていたのかとか、厄災級の後処理はどうなったのかとか、そのヨルミコトの魔法で実害は出なかったかとか、一気に心配事が湧いてくるのだけれど。
その時だった。
不意に来客を知らせるベルの音が部屋の中に響いたのである。
それはドアベルだなんてアナログなものではなく、当然師匠たちお手製の魔道具由来の音だ。まぁ、発案というか、提案者は私なんだけどね。
音色から、店の裏口を誰かが訪れたのだと分かる。
が、だからこそ不思議に思い、疑問が口をついて出た。
「え、裏口からお客さん?」
「ああ、丁度いいからミコトが出てよ。どうせあの人だし」
「?」
モチャコにそう促され、わけの分からぬまま私は裏口の扉へ向かい、それをおずおずと開いてみた。
するとそこには。
「! 普通のミコトさん!」
「なんなの示し合わせてるの?!」
私の仲間が一人、ハイエルフのソフィアさんが居た。
あと、屋内と屋外の気温差がエグい。っていうか雪降ってる雪! 積もってるし!
なんて思いがけぬ情報量の到来に私が面食らっていると、彼女はガバリと私に抱きついてくる。衣服からしてひんやりしているもんだから、思わず「ひゃっ」と変な声が出てしまった。
「よかった、目が覚めたんですね!」
「ああ、うん。今しがた一〇日も寝てたって聞いて、まだ状況が掴めてないところ」
一先ず彼女を宥めつつ、寒いので屋内へ連れ込む。
と、その前に。頭や肩に薄く雪が乗っかっていたので軽く払ってあげると、嬉しそうに口元を綻ばせるソフィアさん。
うん。黙っていれば可愛い。
そしてそんな彼女と入れ替わるように外へ出た私は、【換装】にて防寒装備を着込むと、無言で積もった雪の中へダイブ。
しっかり大の字を新雪の上につけて、むふーっと満足感を得る。
しかしすぐに身震いして、そそくさとおもちゃ屋さんへ入るのだった。
「何してるんですか」
「え、お約束」
「はぁ……」
ソフィアさんのジト目をスルーしながら、一先ず応接室へと場所を移し、簡単に私が意識を失っていた間の話を聞くことに。
好奇心旺盛な師匠たちも、一部そこに同席した。
皆へ通話で連絡を取ったのは、その後のことだった。
今日も誤字報告ありがとうございます!
適用させていただきました!




