第三五話 棚からぼたもち
唐突にポップした、ラックラビというモンスター。
ちょっとでかいだけのウサギにしか見えなかったそいつは、しかし尋常ならざる逃げ足で駆け去ってしまった。
急遽オルカを操作することで、なんとか逃げ切られる前に仕留めることには成功した。
そうして皆でドロップ品の回収を行ったのだけれど。
「む? これがラックラビのドロップアイテム?」
「そう。これが、スキルオーブ」
「ス、スキルオーブ!?」
赴いた現場には、思いがけず希少な品が転がっていたのだった。
「そうですミコト様。しかもスキルオーブには二種類あって、通常のスキルオーブは使用者のスキルレベルを、どれか一つ引き上げてくれるというものなんですが……」
「通常ではないスキルオーブなんてのもあるの?」
「ミコトが持ってるそれが、まさにそう」
「ああ、道理で……」
私が拾い上げたスキルオーブは、確かに薄っすらと虹色の輝きをまとっており、いかにもレアアイテムって感じのオーラを滲ませていた。
そして問題のあの人へちらりと視線を向けてみれば。
案の定、オルカに羽交い締めにされ、ココロちゃんに立ち塞がられているソフィアさん。血の涙でも流さんばかりの壮絶な表情で、こちらに羨望のそれと評するにはあまりに苛烈な視線を寄越してくる。
「それで、これの効果って?」
「はい。使用すると、何らかの新しいスキルを獲得できるという効果があります」
「わぁ、そりゃソフィアさんがそうなるわけだ」
「買います! 買い取らせてください‼ いくらですか? 全財産までなら出せますが!?」
「ソフィア、落ち着いて」
完全に目がくらんでる。これは彼女にとってあまりにも刺激が強すぎるらしい。
だが、それも仕方がないくらい貴重なアイテムだということだ。そりゃオルカやココロちゃんが、ウサギごときに目の色を変えて飛びかかるわけだ。
「これは収拾がつきそうにないね。いっそさっさと使ってしまうべきかも知れない。私には過ぎた品だし、オルカとココロちゃんどっちが使う?」
「!? な、何をおっしゃっているのですかミコト様、ココロにその様な資格はありません!」
「私は、別にスキルに困ってない。ミコトに使って欲しい」
「いえ、そこは是非私に‼」
「ごめん、ソフィアさんは却下です」
これはちょっと困った。
確かにラックラビを仕留めたのは私とオルカだけど、オルカはスキルに困っていないと言う。確かにオルカのスキルは、やたら多い。
なんでも出来るけど決め手に欠ける、というのを長年悩みにしてきただけあって、彼女は本当に多才だ。それ故に今は取り急ぎスキルを増やそうとは思わないらしい。
そして私も、確かに興味こそあるけれど、そもそもスキルオーブはおろかラックラビの情報すら知らなかったのだ。
コレは、そんな奴がおいそれと使うには、些か希少価値が高過ぎる品だと思う。なので流石に、ハイそうですかとは行かないだろう。
となるとココロちゃんに使ってもらうか、ソフィアさんに売りつけるかという話になるのだろうけれど。
新しいスキルを手に入れる機会を、お金になんて替えるべきじゃないと思うんだよなぁ。
「ソフィアさん、一応質問させて欲しいんですけど。ソフィアさんだったらこのスキルオーブを譲ってくれと言われて、いくらで売ります?」
「ぐほぉ、そ、その質問は、反則ですよ……売れるわけがないじゃないですか」
「なるほど。では売るのはなしということで」
「そんなぁ……‼」
見事に墓穴を掘ってくれたソフィアさん。こうなると残る選択肢は一つだけだ。
私はココロちゃんに視線を向ける。すると彼女は何かを察し、ビクリと肩を震わせた。
「というわけで、ココロちゃんが使うんだよ!」
「な、何が『というわけ』なんですか!? ココロはまだPTメンバーでもありませんし、ラックラビには指一本触れることが出来なかったのですよ。頂けるはずがありません!」
「む、やけに強い語気で嫌がるね」
「それに、スキルオーブで得られるスキルは、その内容を選ぶことが出来ないんです。ですからもしもまた【狂化】のようなスキルが出たらと思うと、正直ココロは怖いのです……」
「それは……確かにそうか。なら、この件は保留にしておくしか無いかな」
「ミコトが使えば、私は満足」
「ココロもです!」
「ぐぅ……私も、まぁミコトさんが使うのであれば文句は言いません。その代わり、どんなスキルを得たか教えてくださいね!」
「ちょっと、私が使う流れ作るのやめてくれませんかね!」
話がなんだか、変な方向に流れてしまった。
そりゃありがたい話だとは思う。私だって出来ることなら、「え? いいんですかい? それじゃぁありがたく使わせて貰っちまいますよ! うっへっへ」なんて三下ムーブをかましたいものだ。
でも、染み付いた日本人の魂がそれを許さないんだよなぁ。海外の人にはなかなか理解されないやつ。
それに、こういうのってフラグ臭がするんだよね。いよいよどうにもならないって状況に陥った時、オーブを使って形勢逆転の強力スキルをゲット! みたいな生存フラグの匂いがさ。流石にフィクションに毒され過ぎかな?
確かにそういう可能性もあるとは思う。その反面、そういうスキルを手に入れることが出来るのなら、もっと早くに手に入れておいて、使いこなせる状態に持っていっておいたほうがより安全だっただろう! なんで土壇場まで放置しておくんだよ! っていうメタなツッコミをした生前の記憶が頭を過ぎってもいる。
そもそもモンスターとリアルファイトを行うこんな世界で、危機的状況に陥ることがまずダメなんだよな。それを思えば、出来るだけスキルや戦力を充実させておくのは必要なことであるとも思う。
考えれば考えるほど、使わない理由が消えていくな。
「……わかったよ。今回は有り難く、みんなの厚意に甘えさせてもらうことにする。でも、次はないからね!」
「そういうのはいいですから早く使ってください。そして結果を教えてください」
「あ、はい」
ソフィアさんのなかなかドライなツッコミに急かされ、私は手の中のオーブに視線を落とした。
こんなので本当に、新たなスキルを獲得できるものなの? スキルレベルを上げるのにさえ、私がどれだけ苦労したか。あまつさえ、新しくスキルを得るのなんて試行錯誤の連続だった。それがアイテム一つでお手軽に、というのはいかにも釈然としないのだけれど。
とは言え試しもせずにあーだこーだ考えていても仕方がない、か。
「じゃ、行きます……って、使い方知らないんですけどね」
「そう言えば、私も知らない」
「ココロも知りません。何せとてつもない希少アイテムですから」
「えぇぇ……」
曰く、ラックラビの逃げ足と回避能力は抜群に高く、相当に優れた能力の持ち主でなければ狩ること自体叶わないと言う。まして虹色のスキルオーブはレアドロップであるため、幻のアイテムとさえ呼ばれているとか。
加えて眉唾ものの情報ではあるが、ラックラビは逃亡に成功すると勝手に消えてしまう性質があるとかで、一度逃げたラックラビを再び目撃した者は、これまで誰もいないとすら言われているのだと。
それほどの希少アイテムだから、使い方を知っている人なんてそういるものでもなく。
自ずと、皆の視線が専門家の方へと向かう。
するとソフィアさんがまた嬉しそうに、無表情ドヤ顔を披露してやれやれと肩をすくめてみせた。わざとらしくため息までついて。う、うざい。
「仕方がありませんねぇ、私に貸してみてください。使い方を説明しますので」
「ソフィア、そういう詐欺まがいは良くない。自分が使う気満々でしょう」
「ソフィアさん……」
「う。な、何のことですか? 私はわかりやすく説明するために、少し実演を交えようと思っただけですが?」
「目が泳いでますよ。一応訊きますけど、スキルオーブって何度も使えるものなんですか?」
「…………」
「黙るんじゃない!」
だ、ダメだこの人、昨日の報告会からこっち、スキル三昧だったせいでタガが外れてる! 受付嬢をやってる時のクールなソフィアさんは、今や見る影もないんだけど!
なんて困惑していると、構わずソフィアさんはオーブの使い方を説明してくれた。
「使い方は簡単です。オーブを持って、これを使用します! と強く念じる。それだけです」
「それ、実演の必要ありました?」
「い、いいから早く使ってください」
開き直って顔を赤くするソフィアさんに促され、私はオーブを胸元まで持ち上げ、気持ちを集中する。
「……行きます」
虹色のオーブに、新たなスキルを授けてくださいと祈ってみる。
するとどうだ、オーブが一際強く虹色の光を放ち、そしてパリンと砕けたではないか。
砕けたオーブは美しい光の欠片となり、私の胸元へ吸い込まれた。
別にポカポカするとか、寒気を感じるとか、そういう体調の変化はなかったけれど、代わりにスキルを新たに習得した時特有の、なんだかよく分からないけど、何か新しいことが出来る気がする! という漠然とした感覚を覚えた。
「ミコト、どう?」
「待ってね、今ステータスを確認して……あった。これかな」
ステータス欄にあった見知らぬスキル名に、私は堪らず胸を躍らせる。
それはそうだ。私はゲーマーであり、冒険者だもの。なんだか棚からぼた餅で実感は薄いけれど、それでも新しいスキルを覚えたのだと思えば心も弾むというもの。
「ど、どういうスキルなんですか!? 危険でなければ、早速使って見せてください!」
「あ、はいはい。それじゃぁ早速……【換装】」
唱えると、例のごとく新たなウィンドウが視界に表示された。のだが、どういうわけか空欄だ。
私は首を傾げつつ、おずおずとその空欄に指を伸ばした。ウィンドウは念じるだけでも反応してくれるが、実際指で操作することも出来るため、ある種の脊髄反射のようなものだ。
それは私の指先がそっと、ウィンドウに触れたその瞬間だった。
「! ミコト!?」
「ミコト様!?」
「むむ!? これは、何事ですか!?」
「え? なに? ほぁ!?」
私は、深い森の中で唐突に、素っ裸になってしまった。道理で急に涼しくなったと思ったら!
いや、厳密に言うと完全に全裸ではない。腰に下げていたウエストバッグだけ残っている。なんてニッチな……。
何事かと思い、急ぎ表示されているウィンドウを確認してみると、そこには私が今まで装備していた装備品一式の名前が、全て羅列されていた。
もしやと思い、私は再度ウィンドウをタッチしてみる。すると――。
「お、やっぱり」
「も、戻った……?」
「何が起こっているのですか!?」
「むぅ……早着替え系のスキル、ですか? またおかしなものを」
「まぁ、当たらずとも遠からず、かな」
一瞬で、私の服も装備も元通りの状態に戻り、晴れて私は痴女の汚名をいただかずに済んだ、と思いたい。
これにより、この【換装】というスキルのあらましと使い方が分かった。
ゲームなんかでよくある、編成の記録機能。あれと同じようなものだと考えられる。
「多分、私の身につけている物の中で、装備と認められるものを専用スロットに格納するスキル、だと思う。スロットを選択すると、恐らくスロットの内容と現在身に着けている装備とを丸ごと入れ替える仕様なんだろうね。実際、スロット内に私の装備内容がしっかり記載されていたのを確認できたから。そして今はまた、空欄に戻っている」
「お、お着替えに便利そうなスキルですね、ミコト様」
「違う。ココロ、これはミコトにとってとても便利なスキル」
「そうですね。装備の性能がステータスを決めるミコトさんにとって、装備一式を瞬時に切り替えられるということは……」
「はっ! 戦況に合わせて、適した装備、ステータスに切り替えることが出来る……‼ す、すごいですミコト様‼」
「これは、思わぬ当たりを引いてしまったかなー」
万能マスタリーのおかげで武器も防具も装飾品も、何だって使えこなせてしまう私は、それこそ自由に装備をカスタマイズすることが出来る。
これまではお金もなかったことだし、舞姫を主力に場当たり的な装備を集めてきただけだったんだけど、この換装ってスキルを使いこなせば、どんな状況にも対応し得る万能性を備えることが出来るってわけだ。気分はスト○イクガン○ムだね!
丁度スロットの数も三つだし。レベルが上がればスロットの数も増えるのかな? 期待が膨らむね。
そんなこんなで、思わぬ拾い物をした私ではあったが、その後は浮足立つでもなく順調に狩りを行い、依頼達成分の素材を無事に集め終えた後は、優秀過ぎる荷物持ちであるソフィアさんの活躍に期待して、時間と体力の許す限りひたすら狩りを続けたのだった。
くたくたで森を出て、平原にて更に野営で一泊した翌日、私達はのんびりとアルカルドの街へ戻ったのである。




