第三四七話 囮
厄災級アルラウネが、ヒステリックを起こしている。
その胸には痛々しい大穴を空け、先程まで私の居た位置へ向けて今もせっせと魔法をしこたま撃ち込み続けているのが現状だ。
端的に言って、隙だらけである。
この機に乗じて、イクシスさんとレラおばあちゃんは何やら大技の仕込みをし始めたようだけれど。
「それ大丈夫なの? また吸収されたりしない?」
『安心してくれ、今回は痛痒の見込める聖属性だ。今度こそ奴にとどめを刺してやる!』
『おばあちゃんがどっさりブーストを掛けてあげるからね。制御を失敗するとアルラウネどころかこの辺り一帯が消滅しちゃうわよ』
「サラッととんでもないこと言ってる!!」
『そこは信用してもらう他無いな。制御には自信があるんだ、任せてくれ!』
その様に自信を漲らせるイクシスさん。
それに想定以上に長引き、被害も出してしまったこの戦いを今度こそ幕引きにしたいと。そういう強い想いも見て取れる。
レラおばあちゃんにしても、そのゆったりとした声音に反し、ここで奴を仕留め切るという強い意志が見て取れた。
ならば私も、もうひと頑張りせねばなるまい。
と思った矢先である。
まだイクシスさんたちの準備も途中であるというのに、ヒステリックアルラウネがようやっと正気に戻る兆候を見せたのだ。心眼大活躍である。
怒り任せに私を木っ端微塵にすべく、オーバーキル上等と言わんばかりに魔法を投げつけ続けた奴だったけれど、ようやっとその怒りも衰えを見せた。
このままではイクシスさんたちの方に注意が向いてしまい、大技の準備が台無しにされかねない。
ならばこの局面、時間稼ぎに適役なのは私をおいて他にないだろう。
「それじゃ私は、奴の気を引きつけておくよ」
『! ミコトちゃん、危険だ!』
『そうよ、そんなにくたびれてるのに』
「テレポート使うから大丈夫だよ。それより大技、バッチリ決めてよね」
そう言い残し、私は再度テレポートのスキルにて転移を行った。
飛んだ先は、もうもうと立ち上る土煙のさなか。即ち、アルラウネが散々に魔法を打ち込んだ『さっきまで私が立っていた場所』である。
魔法の乱射を止め、そろそろ粉々になった私の死体でも拝んでやろうかという嗜虐心から、土煙を風魔法にて一気に吹き散らすアルラウネ。
するとどうだ。煙の退いた先に見つけたのは、無傷なままの私の姿である。
困惑、戸惑い、疑問。それらが一瞬にして奴の思考を曇らせ、そして癇癪を再発させる。
自らの胸に大穴を空けた、憎き敵を許さない。今なお治まらぬ耐え難い苦痛を齎した、この脅威を確実に滅ぼす。
奴からはそのような濃密な殺気が発せられ、それは更に強力な魔法という形で行使された。
再び始まったのは、怒涛の弾幕。殺意の雨。撃滅の嵐である。
目の敵のように私を殺そうとするアルラウネだけれど、その様にキレ散らかしてでも居なければ、胸の痛みに耐えられない。気を抜けば集中力は霧散し、戦闘の継続などままならないという、そんな切迫した心中すら心眼は読み取ってしまった。
無論私は、再び始まった魔法による絨毯爆撃をテレポートにてやり過ごし、遠目から暴れ狂うアルラウネの姿を眺めているわけだが。
そこでふと疑問に思ったのだ。
実体を持たない、謂うなればエネルギー体のような謎の状態に至った奴が、一体全体何故に痛みを覚えているのだろうかと。
胸の穴が未だ塞がる気配すら見せないのは、果たしてどういうわけなのだろうかと。
そして私は奴に対し、結局の所何をしてしまったのだろうか、とも。
もしもアレを意図的に再現できたなら、それはひょっとして強力な武器になるのかも知れない。
けれど、何せ必死だったのだ。正直自分が何をやらかしたのかなんて、ようやっと一息ついている今にしてもきちんと分析、把握することが出来ないほどにはテンパっていた。
私はじっと己の左手を見て、先程の感覚に思いを馳せる。
思い出しただけで怖気の走るようなそれは、喩えるなら自らのパーソナルスペースをこの上なく侵害されているような、そういう感覚に近いだろうか。それをもっと過激に、濃縮したような。とんでもない不快感だった。
自分ではない誰かが、直接自分の中に入り込み、混ざり込もうとしている。そんな感覚。
だから私はそれを、必死になって阻止した。結局の所それだけの話だ。
しかしそれがどうしたわけか、気づけば奴の胸に大穴を空けていたというのだから、私としてはさっぱり理解が追いつかない。
左手をグーパーしながら感覚を確かめる。
メチャクチャ怠い。指先一つ動かすだけで、とんでもない倦怠感が背筋を這うようだ。
それでも、自分の中に異物が混ざっている感覚というのは無い。ちゃんと全部排出できたことは間違いないだろう。
しかし、きっと【吸収】を再び試みたなら、同じ結果が待っているであろうことは想像に難くない。
あれは確かにアルラウネへ大ダメージを与えた。
だが出来れば、もう一回はやりたくないなと。
そんな事を考えていた、その時だった。
「────────ッッッ!!」
「!?」
それは、声にならぬ声。慟哭か、咆哮か。
何れにせよ、アルラウネが天へ向かい吠えたのである。
どうやら魔法を繰り出し続けている内に、一人でハイになったらしい。
見れば、奴の体内にあった魔力……というかMPが、何だか目減りしているように見える。
無尽蔵とも思えたそれに、底が見えてきた感じか。奴自身それを自覚したのかも知れない。ゆえにこそ苛立って吠えたか。
しかし、どうやら荒れた感情任せに吠えただけ、というわけではないらしく。それに伴って大きな変化が見られた。
突如メリメリと、奴の肩甲骨に当たる部分から歪な白い枝が伸び始めたのである。
さながら骨の翼が如き様相のそれは、しかし羽ばたく要素などは持ち得ぬようで。
忽ち無数に枝分かれすると、あっという間に葉の無い大樹のような出で立ちを示してみせた。
そして。
その枝先よりアルラウネは、『何か』を吸収し始めたのだ。
それは多分、奴が大地や他の生き物から吸っていた何かと同質のものなのだろう。
もしかすると私が先程奴から吸い取った生命力(仮)とも、同じものなのかも知れない。
そしてそれこそが、奴を厄災級たらしめる力の源なのかも。
仮にそうだとするなら、あの吸収はすぐに止めさせねば、また面倒なことになってしまう。
何より、大地のみならず大気からもそれを吸い取ってしまっては、一体どんな影響があるか分かったものではない。
それに失った力の補充をしようという意図は、心眼でしかと見て取れるのだ。それを許せば、イクシスさんたちの準備している大技で仕留めきれない可能性すら出てきてしまうかも。
妨害を行わぬ手はないだろう。奴の目論見を止めるのだ。
しかし問題は、どうやってそれを成すのかということ。
それこそイクシスさんたちは手が離せない状態にあり、助けを呼ぼうにもオルカたちだって今は手一杯だろう。
頼りになるのはサラステラさんだけど、それはあっちの戦場でも同じこと。不用意に引っこ抜いては、また被害の拡大を招きかねない。
となると。
「気は乗らないけど、やるしか無いか……!」
偶然にも奴の胸に穴を空けたあの技を、今この場でモノにする。それがきっと最適解だ。
心身ともに疲労は重く、チャンスは一度。それ以降はきっと行動不能に陥る気がする。
そうなったならおとなしく、サラステラさんを呼び寄せてなんとかしてもらうとして。
場にそぐわない低戦力の私が出来る、この戦場に於ける最後の足掻き。
気合を入れて臨むとしよう。
そうと決めたなら急ぎ思考を加速させる。動きの鈍い頭に無理やり活を入れる。
アルラウネとの距離はざっと数キロも離れており、こちらに気づく気配はない。時間に猶予こそ無いけれど、思考に没頭するだけの隙はある。
取り急ぎ振り返るべきは、先程の状況だ。
舞姫は現在、未だワイヤーを柄尻にぶら下げた状態でストレージに入れてある。
これを介し、奴から件の『生命力(仮)』を吸い上げることは可能だ。実績もある。
けれど、それを直接自分の体に取り込んでしまうと、先程の二の舞になってしまうだろう。
何者かに自身が侵食されるようなあの感じ。出来れば二度と味わいたくない。
ので、それを避けるための対策を用意しなくちゃならない。
幸い、一度体験したことで『生命力(仮)コントロール』の感覚はまだ覚えている。
これを上手く駆使すれば、多分さっきより上手くあのエネルギーを操ることが出来るはずだ。
そこで役立ちそうなのは……。
私は、首につけたチョーカーを外し、考える。
これはあの得体の知れないエネルギーを、私が利用可能なエネルギーに変換して貯めておくための、外部器官として作った即席の魔道具……いや、妖精の技術を用いているので秘密道具か。
要するにエネルギータンクである。
先程は結局これを活用する暇もなく、左手の中で侵入しようとしてくるエネルギーを堰き止め、排斥してしまったのだった。それ故まるで出番はなかったのだけれど。
「これを改造するか……グローブとかに作り変えてみようかな」
ワイヤーを掴む左手。なら、その手を保護するためのグローブとして加工しておけば、ワイヤーから直接エネルギータンクへ生命力(仮)を流し込み、受け皿とすることが出来るはず。
それが成功したなら、後は生命力コントロールでそれを弾き出し、奴にぶつけてやるだけ。自分が利用可能なエネルギーに変換する、だなんて案は一旦取り下げである。
更に細かなことに関しては、これが成功してから考えるとして。
今はともかく、この雑なプランの成功に全力を注ぐのみ。
早速ストレージより取り出した素材とチョーカーを、クラフトスキルやら何やらでこねこねして弄くり、ぱぱっとグローブを完成させた。念の為右手の分も。
そうしたら、すぐさま次の行動に移る。
テレポートにてまたも奴の背後に素早く位置取ったなら、ストレージより取り出した四本の舞姫を放ち、即座に奴の体内へ侵入させたのである。
今回は気を引いてくれるイクシスさんたちが取り込み中であるため、私一人でどうにか立ち回らなくちゃならない。
案の定すぐに異変に気づいたアルラウネは、親の仇でも見つけたような鋭い視線で私を捉え、猛烈な魔法の一斉放射にて応じてきた。
ここで困ったことが一点。
舞姫は既に【吸収】を始めており、奴の生命力はワイヤーを伝って私の手元へ向かってきているわけだが。
果たしてこれのせいか、テレポートが阻害されて回避行動が取れないことに気づいたのだ。
だが、一応は予期していたことである。心臓は早鐘を打つが、対処法は考えていたため行動に淀みはない。
私は握っていたワイヤーを一旦手放すと、覚えたての隔離障壁にて急ぎ身を守った。
更に念のため、スペースゲートを駆使して距離を取っておく。
すると案の定、奴は眼下に生じた隔離障壁をどうにかぶち破ろうと躍起になったのだ。
自分の放つ魔法が強力すぎて私の気配を見失ってしまうというのは、何とも間抜けな話ではあるけれど。ともあれおかげで私は奴から逃れることが出来た。
だが安心などはしていられない。っていうかちょっと困った。
舞姫は依然として奴の体内。
そしてワイヤーは奴の魔法に巻き込まれ、中程から千切られてしまったようなのだ。
これではワイヤーを駆使してのエネルギー吸い上げは無理か。
「想定してたとは言え、嫌な展開だね……でも、こうなったらやるしか無いか」
私は先程こしらえたばかりのグローブを纏った自らの両手を一瞥し。そして【吸収】の術をそこへ付加した。
舞姫を駆使した間接的な吸収が失敗するのなら、もう直接臨む他ないだろう。
このグローブを直接奴の体内に突っ込み、生命力を吸い上げ、それを使ってあの翼が如き枝を根本から破壊する。
かなり乱暴ではあるけれど、随分回転の鈍った頭で紡げたのは、そんなヤケクソめいたプランがやっとだったのだ。
そしてやることが決まっているのなら、迷っちゃダメだ。迷いは成功率を下げてしまうから。
一先ず失ったMPを裏技にて素早く補充し、覚悟を決める。
「よし……やるぞっ」
そうして自らに合図を告げると、私は目前にスペースゲートを展開し、その中へ腕を突っ込むのだった。
今日も誤字報告ありがとうございます!
皆様が私にとっての赤ペ◯先生です! ありがたやぁ~




