第三四一話 魔女の力
空を見上げるとそこには、魔女が浮かんでいた。
黒いローブにつばの大きなトンガリ帽子。残念ながら箒に跨っているわけでこそ無いけれど、代わりに長杖の上に腰掛けている姿は、正しく絵に描いたような魔女そのものであった。
遠視で見るにどうやらおばあさんのようで、これまた如何にもって感じがする。
そしてどうやらそんな彼女のことを、イクシスさんたちは知っているようで。
それどころか……。
『ま、まさかあの人は……!』
『え。リリも知ってるの?』
『むしろ何であんたは知らないのよ!?』
という、リリまでもがご存知な様子。
つまるところいつものアレだ。私だけ知らない異世界有名人シリーズ。
だが、今回ばかりはちょっと切羽詰まっているので、恥を忍んで聞こう。
「あの人は?」
「レラおばあちゃんだ」
「……は?」
「レラおばあちゃんぱわ」
「ええと……」
レラおばあちゃんという人らしい。
あ。そう言えば前イクシスさんが、この国には知り合いがいるって言ってたけど、もしかしてあの人のこと……?
いや、今は推測をしていてる時間も惜しいか。
「ごめん、キャラクター操作の限界が近いんだ。もうちょっと詳しく簡潔に情報をください」
「! おお、そうだったな。とりあえずキャラクター操作はもう解除しても大丈夫だぞ!」
「そうぱわ! レラおばあちゃんさえ来てくれたのなら、後は何とでもなるぱわ!」
「? そんなにすごい人なの? まぁ、二人がそう言うのなら……」
イマイチ状況は飲み込めないまでも、ともかくこのままだと時間切れで私もリリも行動不能になってしまう。っていうか意識が飛んでしまう。
私はイクシスさんの言に従い、直ぐにキャラクター操作を解除した。
一瞬の意識の暗転。
そして襲い来る、凄まじい虚脱感。思わずその場に膝をついてしまった。
傍らでは踏ん張りが利かないのか、リリがパサパサの地面にへばりつくように倒れている。
「う……ぐぉ……なによこれぇ、指一本動かすのもしんどいじゃない……!」
「反動、だよ。休めば問題なく、治るから、安心して」
私も正直、今すぐにだっておもちゃ屋さんのベッドに潜り込みたい程心身ともに怠くて仕方がないのだけれど、しかし未だ隔離障壁は展開されており、その内側には今も勢いの留まらぬ凄まじい爆発を封じ込めたままなのである。そんな状況で私だけいち抜けた、なんて言えるはずもない。
ただ、持ち直したというイクシスさんの障壁だけで見事に封じ込めは成り立っているため、私の張っている障壁はあくまで不測の事態に備えた予備という意味合いしか無い。
まして、キャラクター操作を解除した今となっては、イクシスさんのそれと比べると大した強度もないのだけれど。
というか、さっきは壊れかけていた隔離障壁が、一体何故に持ち直したばかりか、飛躍的に強化されてすらいるのか。
障壁内部には今も、イクシスさんとサラステラさんがそれぞれに撃ち込んだ必殺技が荒れ狂い、加えて厄災級アルラウネ最後の切り札である大爆発が猛威を奮っている。合わせてとてつもないエネルギーが、はち切れそうなほどパツンパツンに詰まっているはずだっていうのに。
それが一体どうして、イクシスさん一人の力で封じ込めに成功しているのか……。
いや、一人の力ではない……ってことかな?
鍵を握ってるのは明らかにあの、レラおばあちゃんって人だろうし。彼女が何かしたってことかも。
例えば、イクシスさんに代わって隔離障壁を張り直したり……いや、それなら私がそうしているみたいに、外側に張って然るべきか。
だとすると、補強?
それにこの、どこからか湧き上がってくる力。
怠くて体はめちゃくちゃ重いのに、どうしてだか普段よりずっと調子が良いような、酷く矛盾した感じ。
でもこの怠さはキャラクター操作の反動によるものだから、他の人達にとっては純粋に調子が良いだけって状態のはず。
ってことは、あのおばあさんがイクシスさんの調子を良くした? だから隔離障壁が持ち直した。
そうすると、そんな事が出来るのは……。
つらつらと出てきた推測を確かめるように、早速叡視でイクシスさんや自らを確認してみれば、そこには裏付けに足る情報があった。
「何かしらのバフ効果……それもものすごく強力な」
「! 流石ミコトちゃんだな。そう、レラおばあちゃんは最強のバフ使いなんだ」
「『祝福の魔女』って聞いたこと無いぱわ?」
「無いぱわ」
「何で無いのよ……」
バフ。その重要性なら、いちゲーマーとしてよく理解しているつもりだ。
何だったら、バッファーこそが戦力の要を担っていると言えるのではないかとすら思う。
例えば能力強化系のバフだが。もしも『能力を〇〇%アップさせる』という類のバフがこの世界にもあるのなら、それがどれほど凄いことか。
駆け出し冒険者なら、確かにその恩恵は感じにくいだろう。
けれどそれが、超越者級なら。っていうか、イクシスさんやサラステラさんに用いられたなら、一体バフ一つでどれだけのパワーアップを果たすだろう?
逆に『能力を一定値アップさせる』という類のバフならば、その性能如何によっては駆け出し冒険者が一発で超人に大変身である。不利な戦況だって一瞬でひっくり返しかねない。
それくらい、バッファーは有用な役割であり、バフというのは重要なものなのだ。
なんて、バフの素晴らしさに思いを馳せていると。
「っていうかあんた、いい加減通話に出てあげなさいよ」
「あっ」
先程から視界の端に、通話の応答を求めるコールがずっと表示され続けている。
リリの指摘により、なんやかんやですっかり応答しそこねていたことに思い至り、私はすぐさまそれに応えた。
すると、通話向こうから聞こえてきたのは……。
『みごどざまぁ、しんじゃいやでずぅぅぅう』
『うわぁぁ、みごどざまぁああああああ、あとりりえらぢゃぁぁん』
という、ココロちゃんとアグネムちゃんによる大べそであった。
これに顔を引き攣らせたのはリリである。
「なんで私がオマケみたいな扱いなのよ!」
『!! りりえらぢぁ! ぶじなの!?』
『みごどざま! みごどざまは?!』
「大丈夫だよ。イクシスさんとサラステラさんもね」
一先ず無事を告げたところ、ココロちゃんやアグネムちゃんだけでなく他のメンバーからも一様に安堵の声が聞こえた。
その反応から、彼女らもまた誰ひとり倒れることなく健在であることが分かり、私も内心で安堵する。
しかしそれも束の間。早速手短に相互の状況を確認しに掛かった私たち。
すると、向こうは想像以上に酷い状態に陥っていたようで、多数の死傷者が出ていることを今更になって聞かされた。
これには私だけでなく、イクシスさんもリリもサラステラさんも、それぞれが遣る瀬無さに歯噛みする事となった。
とは言え幸い現状は、どういうわけか皆一様に体に力が漲り、戦況を一気にひっくり返してしまったらしい。花巨人も弱体化しているとか。
恐らくレラおばあちゃんのバフの力だろう。戦場へまるっと行き渡らせるとか、とてつもない広範囲バフである。勇者チームに『最強のバッファー』と言わしめる実力は、きっと私の想像を絶するものなのだろう。
それに花巨人たちの弱体化は、十中八九アルラウネの自爆が影響しているのだろう。何せ使役されていたモンスターたちだ。主が倒れたのなら、何らかの影響を受けても不思議ではない。
そうした事態の好転も受け、今は既に掃討戦の体を成しているようで。
これを聞き、居ても立っても居られないとばかりにサラステラさんが声を上げた。
「先輩!」
「ああ。この場はもういい、サラは向こうを手伝ってやってくれ!」
「おまかせパワ!」
「しかたない、わね……なら私も行くわ」
そう言って、フラフラしながら立ち上がったのはリリだ。
当然誰もが大丈夫なのかと問うが、彼女は問題ないと強がってみせる。
「体はバカみたいに重いけど、魔法剣を振り回すくらいなら寝てても出来るしね。形勢が逆転したって言っても、人手は欲しいはずでしょ?」
『それならリリエラちゃんは、私がおんぶしてあげる!』
『それは良いですね。リリエラを装備したアグネムの殲滅力は異常ですからね』
『みんな、巻き込まれないように気をつけておくようにー』
「ひ、人を装備品みたいに言ってんじゃないわよ!」
なんてやり取りをしながら、リリとサラステラさんはすぐさまPTストレージを介して皆の戦う戦場へ疑似転移していった。
他方で、それを見送った私はと言えば、既にこの場から遠隔魔法を飛ばしているわけだが。
「ミコトちゃんは向こうに戻らないのか?」
「まぁね。ここからでも十分花巨人たちは射程範囲内だし、そのレラおばあちゃんって人のバフのおかげで威力も十分出るし。あと動くのしんどいし……」
「はは、相変わらず無茶苦茶だな……」
「それに」
私は、未だ解除せぬまま維持している自分の張った隔離障壁の内側と、マップとを見比べて言う。
「まだ、奴のアイコンが消えてないのが気掛かりだからね」
「……そうだな」
そう。隔離障壁内にイクシスさんたちの必殺技が炸裂しても、自爆を発動し終えた今に至っても、奴の反応は未だ消えずマップ上に残っているのだ。
私にはそれがどうにも不気味に思え、この場を離れる気にはなれなかったのだ。
勿論、ここで何か不測の事態があったとして、私程度の力が何の役に立つとも知れないのだけれど。
それでも、遠隔魔法はここからでも十分届くというのも事実だし、私がこの場にいることで何かの足しになる可能性もあるはずだ。へんてこスキルは伊達じゃない。
イクシスさんも同じく隔離障壁を光除けの壁越しに睨みながら、先程よりグビグビMP回復薬を呷っている。お高いやつで、私が普段愛飲している固定値回復系のものではなく、〇〇%回復系の上級者御用達な高級回復薬である。
それにしても、遮光壁は確かに見事強烈な光を遮り、目に優しい光のみを通してくれてはいるのだけれど、そのおかげで壁は真っ白。隔離障壁の様子なんて目視では僅かも確認できないでいた。
分かるのは気配だとか感覚だとか、そういう曖昧なものばかり。
ゆえにこそ、妙な不気味さが際立って感じられるのだけれど。
すると不意に、イクシスさんの片眉がピクリと動いたのが分かった。
私が彼女に視線を向けると、またも真剣味を濃くした声音で言うのだ。
「まいったな……また障壁に、罅が入ったようだ」
通話はまだ繋がっており、故にこそそのつぶやきを聞いていた皆へ、一斉に緊張が走る。
ああああああ。久しぶりに誤字報告をいただきまして、絶賛悶中であります! ありがとうございます! 嬉し恥ずかしの体現者、カノエカノトです!
最近は投稿前にダブルチェックを心掛けるようにしておりますゆえ、以前よりも誤字は減ったんじゃないかなぁ……? なんて思っていたのですけれど。
誤字報告は過去からもやってくるのですね……随分前の話数から修正点を見つけていただけまして。
この場を借りて御礼を申し上げたいわけですが、活動報告のほうが目にとまりやすいでしょうか? 一応後で書いておこうかな。
ともかく、誤字報告には本当に助けられております。
もし何か見つけちゃったぜぇ、おいおい! なんて方がいらっしゃいましたらば、ページ下部の【誤字報告】よりお知らせいただけると、悶ながら喜びますゆえ。宜しければぜひ!




