第三四話 実戦披露
草原でソフィアさんを交えての野営から一夜明け。
私達は野営の後片付けを行った後、西の森へと足を踏み入れていた。
そう、以前私とオルカがドレッドノートと戦った、あの森である。
目的は何かといえば、ここに生息するという狼型のモンスター、フォレストウルフの素材を集めて来る、という依頼の遂行と、後は余った時間で出来るだけドロップアイテムを収集することだ。勿論、ギルドで買い取ってもらい、より多くの儲けを出すために。
正直この場所にはいい印象がないため、進んで来たい場所ではないのだけれど、そろそろこの辺りのモンスターとも戦闘経験を積んでおきたいと思い、こうして足を運んだわけだ。
私だって、着実に実力をつけて来ていると思う。だけどまだ心もとないのも事実。
同じ相手と戦って、ある程度反復訓練を行うのも大事ではあるが、当然それだけじゃ一定以上は強くなれないからね。適度に手応えを感じ続ける必要があるわけさ。そのためにはあまり好き嫌いも言っていられない。
それに、この場所を選んだのにはもう一つ理由があって。
「オルカ、後方に敵の反応」
「うん……これは、フォレストウルフだね。私が行ってくる」
「ココロちゃんは十時方向に何か来てるから、警戒をお願い」
「承知しました!」
「私はおとなしく正面を警戒しておこう。ソフィアさんは、離れないでくださいね」
「はぁ……はぁ……なんですかミコトさん、テキパキと仲間に指示を出して、すっかりリーダーしてるじゃないですか。それにそのスキル、はぁ……はぁ……」
「あの、そのハァハァ言うのやめてもらっていいですか?」
ソフィアさんはやたらハァハァ言っているけど、これ森歩きで息が上がってるわけじゃなくて、私の【マップウィンドウ】を実戦披露してるせいで興奮してるだけなんだよね。実際足取りとか、全然危なげないし。
そしてソフィアさんが興味津々のマップウィンドウだけど、これは地形の把握と索敵に特化した便利スキルで、モンスターを赤いマーカーで表示してくれるのだ。
因みに味方は緑、その他が黄色として表示されるらしい。黄色は今のところ、人間相手にしか反応しないみたいだけどね。
マップはステータスウィンドウなんかと同様、ウィンドウとして表示でき、意識するとウィンドウの位置や大きさを変えられる他、地図自体の拡大縮小も可能というSFチックな代物。
今のところ効果範囲は、私を中心に半径二百メートルの円形で表示されている。
尚、一度通った場所は地図として記録され、いつでも確認できるため、歩くのが楽しくて仕方がない今日このごろである。
「っと、見えてきましたね」
「! あれは、ブルーベアじゃないですか! ミコトさん一人では手に余るのでは?」
「まぁ、そうかも知れませんけど。でも、二人が戻るまでの時間稼ぎくらいなら、問題はありませんよ。それに指示だけ飛ばしてたって、私の経験にはなりませんからね」
マップでは、モンスターの種類まで判別することは出来ない。そこはオルカに頼ることで情報の精度を上げることにしているんだけど、今は生憎とフォレストウルフを獲りに行ってもらっているから、自力で凌ぐほか無い。
それにしても以前倒したのは、このブルーベアの特殊個体。特異種と呼ばれる、大分ヤバい奴だったんだけど、あの修羅場をくぐった今なら通常種が可愛く見えてくるな。
さながら、某狩猟ゲームで青い熊さんを見かけたようなものだ。実際ちょっと似てるしね。
ブルーベアは鼻をスンスン動かし、しきりに辺りをうかがっている。私達は木陰に身を潜めているが、存在は感知されているのだろう。
だが、未だ姿は発見できていないようだ。アドバンテージはこちらにある。
私にもアーツスキルがあれば、一撃かましてやれるところなんだけどね。生憎とそんなものはないのだ。
私はソフィアさんから離れ、ゆっくりと木陰を伝ってブルーベアへ接近していく。近づけば近づくだけ、奴はこちらの位置を正確に把握することだろう。
相手の様子をうかがいつつ、慎重に間合いを測る。こちらの位置をどれくらい掴んでいるのかも、その仕草から当たりをつけつつ、最適な距離感を探り、そして一気にしかけた。
これにより、私からのアプローチに対するブルーベアの反応は、とても予想しやすいものとなる。
距離がありすぎると、相手に考える余裕を与えてしまう。近すぎると私の位置を正確に把握されてしまい、優位性を持っていかれてしまう。なので、間合いは重要なのだ。
果たして私の仕掛けたタイミングは完璧だった。クマは私の登場に一瞬驚き、そして満足に考えて反応を返すだけの余裕がない。取れるのは、半ば脊髄反射的な応対のみとなる。
そうであるならば、ブルーベアの挙動から強気なのか弱気なのかを見ておくと、更に予想が正確になる。
このブルーベアは、強気なクマだ。
私を見つけるなり、怯むこと無く腕を振り上げてきた。
来ると分かっているなら、見切るのも容易い。
私は努めてギリギリで回避する。変に余裕のある回避を行えば、次の行動への繋ぎを許してしまいかねないから。
だから私は、なるべくギリギリのタイミングで攻撃を捌く。
振り切られた腕。次は私のターンだ。
次の相手の動きを誘導するための斬撃を、舞姫を用いて行った。マスタリーの導きにより、私の動きには迷いも淀みもない。ブルーベアの鼻っ柱を引っ掻いてやった。
これにより、自慢の嗅覚はその性能を著しく低下させる。
勢いのまま傍らをすり抜け、再び木陰へと滑り込んだ。クマは痛みに仰け反り、怒りに声を上げた。
これもまた、予想の範疇。とは言え目的は時間稼ぎ。変に攻めすぎることはしない。
足元から適当な枯れ枝を拾い上げ、明後日の方向へ放り投げる。がさりとそいつが藪を揺らした。
頭に血の上ったブルーベアは、勇み足でそちらへ突っ込んでいく。
だが。
「仕上げはよろしく」
返事は、行動にて示された。
突然ブルーベアがドサリと崩れ落ちると、あっけなく塵になって消えていったのだ。
事情を知らねば何事かと目を剥くような光景だけれど、私のマップウィンドウは凄まじい速度で近づいてくる緑のマーカーをしっかりと捉えていた。
つまりは、私の頼れる相棒の手柄である。
「ピアースバレット、やっぱり便利」
「流石だね、オルカ」
頭上から音も無く降りてきたオルカは、木の上からピアースバレットを用いてブルーベアのコアを射抜いたらしい。
ブルーベア程度なら、十数メートル距離があっても貫通してしまうのか。強力だなぁ。
なんて、私達が互いの労をねぎらい合っていると、おずおずとソフィアさんが木陰から顔を出し、遠くからはココロちゃんがドタドタと駆け戻ってきた。
「ご無事ですかミコト様!」
「大丈夫だよー。ココロちゃんの方はどうだった?」
「その素材は、ジャイアントボア?」
「はい、私あまり走り回るのは得意ではないため、ちょっとだけ手間取ってしまいました」
「ココロちゃんの走り方は、地面を蹴っての直線移動だからね。森の中だと苦労するか」
「これもまた、訓練の一環」
「仰る通りです。ココロ、精進します!」
ココロちゃんが抱えてきたのは大きな牙と魔石。ジャイアントボアと呼ばれる、でっかいイノシシ型のモンスターがドロップする素材アイテムだ。
これがまた、その図体に似合わず直線移動はとても速い。ココロちゃんもまた、その怪力で足を動かしているものだから、走り始めるとなめらかなカーブが描けない。稲妻のような曲がり方をするのだ。
結果、素早い相手とはあまり相性の良くないココロちゃん。ボアはあまり小回りがきかないため、それほど時間はかからなかったようだが、速度特化の相手だともう少し手間取ったかも知れない。
なんて、私達が感想を言い合っていると、ソフィアさんが会話に加わってくる。
「これは、皆さんの評価を上方修正しなくてはなりませんね。スキルの扱いもさることながら、連携も個々の実力も私の想定を超えていました。はなまるです」
「まぁ、地道な訓練の賜物ですね。私以外はもともと熟練の冒険者ですし」
「それを言うなら、ミコトの成長がおかしい」
「そうですよ! 自分が冒険者になりたての頃を思い返すと、なんだか哀しくなってしまう程です。けれどだからこそ、ミコト様はすごいのです!」
「まぁ、これもスキルあってのことなんだけどね」
「いえ、スキルを巧みに使いこなすのも一つの才能です。それは誇っていいことですよ」
なんだか妙におだてられて、変な居心地の悪さを感じてしまう。勿論嫌ってわけじゃないけども。
なんてやり取りをしていると、突然オルカが構えた。異変を察し、全員が即座に警戒する。
「なにかポップする。気をつけて」
「了解」
この世界のモンスターは、何もない空間から突然産み落とされる。それこそゲームでモンスターがポップするのと同じように。その仕組は未だ解明されておらず、けれど同エリア内でモンスターが倒されると、補填されるように新たにモンスターが生まれると言われている。
もしかすると今ポップしようとしているこれも、私達がモンスターを狩ったことで生じた現象なのかも知れない。
そうして少し見ていると、モンスターが死んでちりになるのとは逆に、サラサラとした白い粒子が集まり、形を成し、そして一体のモンスターを誕生させた。
「……って、ウサギ?」
「「「ラックラビ!?」」」
「え? え?」
私以外の皆が声を揃え、驚きを声に出した。かと思えば、オルカとココロちゃんが凄まじい勢いで、今発生したばかりのそのちょっとでかいウサギへ襲いかかったではないか。
私は完全にタイミングを逸し、出遅れてしまった。が、これで片はついただろうと眺めていると、何とウサギは二人の攻撃をひらりと回避し、そして恐ろしい速度で逃亡したのだ。
「くっ、ミコト! 私を使って!」
「え、あ、はいっ」
言われるがままに、私はオルカへと【キャラクター操作】の申請を飛ばす。
と同時に彼女へ駆け出し、同じくこちらへ駆けてきたオルカと手を触れさせ、スキルを発動させた。
私の体はオルカの中へと吸い込まれ、一瞬で融合を果たす。私の意識は刹那の暗転の後、覚醒。
オルカの体を自らのそれとして操る。
(ミコト、弓でアイツを射抜いて)
「り、了解!」
即座に腰に携えた折りたたみ式の弓を取り出し、矢をつがえて狙いを絞る。
アーツスキルを準備し、矢を解き放った。
「行け、サイレント・ロア!」
目にも留まらぬ疾さで飛び出した矢は、しかし風切り音すら纏わず目標のウサギめがけて飛翔した。
ウサギは感づいたのだろうか。右に左にとステップを踏みつつ走るが、しかして不可解なことに、矢はその後ろを蛇行し、追い続けた。
アーツスキル、サイレント・ロアの特徴は、消音と追尾、そして飛距離の延長と威力補正だ。
その分、使用にはなかなかのMP消費が伴うため、オルカにとっては切り札の一つと言っていいだろう。
そうして間もなく、追尾の矢は願い違わずラックラビの小さなコアを見事に射抜き、一撃で仕留めて見せた。音がないため、オルカの目じゃないとそれを認めるのも叶わなかったことだろう。
しかし彼女の目を介することでそれを見届ける事が出来た私は、消耗を抑えるべくすぐにキャラクター操作のスキルを解除した。
傍目には、一瞬のことだったと思う。突然私が消え、オルカが銀髪になり、矢を一射放ってから、元に戻ったと。
オルカから分離した私は、一瞬の浮遊感の後に訪れる自らの身体の重みと、些かの疲労感にため息をついた。
「ふぅ……それで。あいつは何だったの? みんな急に血相変えてさ。危険なモンスターか何か?」
「ううん。危険ではない。寧ろ、幸運を運ぶ幻のモンスターって言われてる」
「ほほぉ、そういうのもいるんだね」
要ははぐれメ○ル的なレアモンスターってことらしい。
経験値が手に入るわけではないだろうし、だったら何を得られるというのだろう? やっぱりドロップが貴重品、とかだろうか。
「お見事ですミコト様! あのラックラビを一撃で仕留めてしまわれるとは」
「え、ココロちゃんには仕留めるところが見えたの? 結構距離あったけど」
「いいえ。ですがミコト様が外すなんてありえませんから!」
「ああ、うん。どうも」
「それよりも、ドロップの回収に向かいましょう。横取りされてはかないませんからね」
ソフィアさんの一声で、皆が頷き歩き出す。私もつられて頷いたけど、一体何がドロップしたっていうんだろう?
ドキドキしながら、私達はラックラビとやらが倒れた場所へ急ぐのだった。