第三三九話 届かぬ手
イクシスさんたちのえげつない必殺技が今、正に発動までの秒読みに入ったこの段階で唐突に齎されたのは、花巨人による被害がいよいよ甚大なものになったという悪報だった。
しかも奴らの内幾らかが、私たちを妨害しようとこちらへ向かって来ているらしいという情報も。
マップを見れば確かに、アルラウネの危機と察知してのことだろうか、次々にこちらへ向かってくる花巨人たちの反応を認めることが出来た。
これらを受け、気づけば私の眉間にはシワが寄っており、気持ちが急くのを自覚していた。
花巨人に関してはまぁ、それほどの脅威ではない。
が、他の冒険者や戦士たちの被った被害というのが心配だ。
マップを見ても惨状は明らかであり、胸の奥より湧き上がってくる焦燥感に身を焦がされているような、そんな錯覚すら感じてしまう。
こういう、何事もなければ平和に過ごせていた人たちが、唐突に大きな流れに巻き込まれて命を落とすっていうのは、なんだか酷く遣る瀬無い気持ちになる。
それはもしかすると私が、交通事故に巻き込まれて死んだっていう生前の終わりを覚えているからこそ、なのかも知れないが。
ともかく、まるで命運が気まぐれに途絶えたように零れていく命っていうのは、あまりに居た堪れなく思う。
そしてこの戦場には、正にそういった具合に命を落としてしまった人が沢山いる。
厄災級っていう、突発的に降って湧いたようなモンスターさえ現れなければ、彼らは長閑な国で平和に暮らせていたんだ。
それを、目の前のコイツがメチャクチャにした。
早急に事態を収束させるべく、手を尽くしている私たちだけれど、それでも大きな被害が出てしまったことには心が傷む。
どうしたら少しでも多くの人が助かるのだろうかと、否応なしに考えてしまう。
ともかく今出来ることは、一秒でも早く厄災級にとどめを刺して、花巨人の殲滅に私たちも加わることだろう。
それはイクシスさんたちも当然理解しており、だからこそ急いて不完全なまま必殺技を放とうという様子はなく。
十分な溜めが完了するまでのその数秒を、歯を食いしばって待ったのである。
「っていうかそれ、オーバーキルにならない?!」
焦る気持ちとは裏腹に、私の口は別の懸念を吐き出していた。
見る見る内に想像を絶するような滅殺スキルが形を成していく最中、いよいよ私はその一撃に隔離障壁が耐えられないのではないか、と不安を覚えたのである。
一応イクシスさんの展開した障壁の外側に、私も隔離障壁を張って二重の体を成り立たせはしたものの、どうにも心配になって仕方がない。
しかし、それに対する二人の回答は。
「だがこれくらいしなければ、奴は滅びないかも知れないだろう! この機は逃せない!」
「やらずに後悔するより、やってから後悔するパワ!」
「本当に大丈夫? ねぇそれ本当に大丈夫?!」
などと言っている間に、いよいよと言うべきか、はたまたとうとうと言うべきか、二人の必殺スキルは十分なチャージを終えてしまい。
彼女ら自身先程の悪報に気持ちが焦っているのかも知れない。完全に殺る気スイッチが入ってしまっており、私の言葉は上滑りしていくだけだった。
そして。
「さぁミコトちゃん、ゲートを開けてくれ!」
「歯を食いしばって熱に耐えるパワァ!」
「ぐ……ええいままよ!!」
私自身、切迫した状況に背を押される形で、言われるがままスペースゲートを再度繋いでしまったのだ。
今も明々と灼炎の燃え盛る隔離障壁内部と、イクシスさんたちの目前。それぞれに生じたのは、空間を切り取ったように開いた一対の穴。
その瞬間だった。イクシスさんたちの前に生じた穴からは、膨大な熱量を孕んだ火炎が一気に吹き出し、イクシスさんとサラステラさんを容赦なく飲み込んだのである。
だが、二人はそれをこらえた。歯を食いしばって、本当に耐えているのだ。
「ぐぎぎ、あぢっ、あぢっ」
「パワァアアアア!!」
熱いじゃ済まないと思うんですけど!
なんて驚嘆する私とリリを他所に、二人はいよいよ必殺技を同時に繰り出した。
イクシスさんのそれは、頭上に掲げたまばゆい金色の球。それをブンとゲートの中に放り込んだのである。
一方のサラステラさんは、胸の前にこしらえたバレーボールほどの大きさをした半透明の光球を、ふんぬと殴りつけてゲートの中へ打ち込んだ。
そしてすかさずゲートを閉じる私。
直後であった。
ビキビキビキッと、イクシスさんの張った隔離障壁に無数の罅が走り、瞬く間に崩壊していくではないか。
更には私の張った隔離障壁にも、ずんと凄まじい衝撃が走り、私はとっさに障壁の維持に全力を傾けることとなった。
頼みの綱であるイクシスさんはと言えば、しかし必殺スキルを放った反動からか、身に纏うピカピカも消えて通常イクシスさんに戻ってしまっている。サラステラさんも同様だ。
急ぎ崩壊しかけの隔離障壁を立て直そうと力を注ぐ彼女。しかし、なかなか障壁の修復は捗らず、苦しい状況に追いやられてしまった。
自分たちの技の威力が強すぎて、というのはなんとも笑えない冗談めいてはいるが、もしもここで障壁が壊れようものなら、それこそとんでもない大破壊を周囲にばら撒きかねないのである。そうなれば冗談で済むはずもない。なんとしても気張って障壁を維持し続ける必要があった。
しかしながら問題は、ここまでの無茶をしてまで滅しに掛かったアルラウネの存在である。
果たして無事に倒せたのかと言えば、しかし。
「ぐぅ……嘘でしょ、まだ気配がある……!!」
「バカな……どれだけタフだと言うんだっ」
「だけど明らかに弱ってるパワ! すぐにでも消えそうな弱々しい気配パワ!」
そう。サラステラさんの言うとおり、砕けかけた障壁の中から感じられる厄災級アルラウネの気配は、既に極めて弱々しく、風前の灯が如し。
されど、奴の放つ殺気はそれに反比例するかのように煮え滾っており、ともすればそれだけで心を挫かれそうになるほどの悍ましいものがあった。
だからこそ私は、強烈に嫌な予感を覚えたのである。
「やばっ、自爆──」
そしてそれは案の定、現実のものとなった。
奴が最後の切り札を切ったのだ。即ちそれは、命と引換えに齎される凄絶な大爆発を意味し。
刹那、隔離障壁を中心に辺り一帯を染め上げるような白が、夜の闇をあまねく塗り潰したのであった。
★
時は少し遡って、ミコトとリリエラの抜けた戦場。
そこでは広域殲滅の要を担っていた二人の穴埋めをするべく、彼女らの仲間たちが獅子奮迅の活躍を見せていた。
また、状態異常を引き起こす花粉の対処も継続が必要であり、それを担うソフィアの戦力は否応なく低下していて、どう取り繕おうとも深刻な人手不足に喘ぐ状況を抜け出せないのが現状である。
ただでさえ力で劣る冒険者たちは、迫る花人形へ必死に食らいつき。
花巨人へは鏡花水月や蒼穹の地平、それとチーナやレッカらが扮する『怪しい集団』が優先的に対処することで、ジリ貧ではあるもののなんとか現状を保っていた。
ところが。
山のように巨大なアルラウネが勇者イクシスの灼輝により消滅した、その直後に異変は起こった。
未だ多くの花人形が跋扈する戦場において、それら花人形たちの全てが突如巨大化を始めたのである。
そうして見る見る内に、花人形の姿は一つとして無くなった。奴らは一体残らず花巨人へとその姿を変じさせたのだ。
当然、戦況は一気に傾いた。
猛威を振るう花巨人の迫りくる様は、さながら押し寄せる津波のようですらあった。
しかもである。奴らは花人形などよりも大量の花粉を振り撒くのだ。
風の流れを魔法にて操作し、どうにか被害を最小に抑え込んでいたソフィアも、流石にこれには対応し切れなかった。
花粉により様々な不調を被る者たちが続出し、そんな状態であって尚戦闘を強いられる。
ただでさえ劣勢を強いられていた戦場は、たちまち緑の巨人たちによる蹂躙を受けたのだ。
絶望的な状況の中。さりとて戦士たちは懸命に戦った。
彼らには守るべきものがあり、引けぬ理由があったから。
勿論中には逃げ出す者もあったし、絶望に心が折れる者もあった。
それでも多くの戦士たちはひたむきに、巨人たちの群れへと立ち向かったのである。
そんな彼らの心を未だ支え続けたのはやはり、勇者の存在だ。
勇者が厄災級本体と交戦している。
もしもこの場を逃げ出したなら、巨人たちが次に矛先を向ける先は何処か。勇者か、はたまた自分たちの後ろ、未だ奴らの被害が及ばぬ地へ攻め入られるのか。
何れにしてもそれを許すわけにはいかなかった。
だからこそ、彼らは死力を尽くして戦ったのだ。
そんな戦士たちに混ざって、大暴れする一団があった。
勇者の協力者を名乗る、黒ずくめに仮面をつけた怪しげな集団だ。
ことここに至っては、奴らの爆発するという習性すら逆手に取り、むしろ誘爆を誘っての立ち回りを行い始めた彼女たち。
オルカの巧みなヘイト管理が冴え、鬼の力を開放したココロの怪力が軽々と巨人たちを放り投げていく。
クラウは聖剣に強い光を漲らせ、多くの戦士たちを救った。
そしてソフィアは、花粉の被害を抑えるべく風魔法を行使しながらも、オルカが巧みに誘導した花巨人たちの一体を狙い、得意の【閃断】にて胸部の種を破壊した。
結果、巻き起こる大爆発。誘爆に次ぐ誘爆。
他方でリリを除く蒼穹の地平の彼女らも負けてはおらず。
聖女クリスティアの広域回復は、傷つき倒れた多くの冒険者達の命を救い、ともすれば立ち上がる気力すら与えた。
アグネムの操る【負荷】の魔法は多くの巨人らの足を止め、そしてそんな花巨人たちはどういうわけか次々に立ち枯れを起こしていった。
恐るべきクオのスキルによる成果である。
状態異常のスペシャリストであるクオは、奴らにとって致命的な異常を齎す効果を生み出したのだ。
用いられたスキルは【個毒】。対象に指定した相手に最も効く毒を生成し、自らの武器に付加するという効果を持つ。
付加した武器にて敵を状態異常に掛ければ掛けるだけ、生成される毒の効果は対象にとって致命的なものへ変質していく。
斯くして花人形や花巨人を攻撃し続けた結果、とうとう彼女の生み出す毒は、奴らを一撃で枯らすまでに至ったのである。
そうなればいよいよ無双の始まりであり、クオの振り回す魔道銃より吐き出された弾丸は、次々に多くの花巨人たちを枯らしていったのだ。
とは言え、枯れ始めてすぐに力尽きるのかと言えば、そういうわけではない。枯れ始めても暫くは、しぶとく暴れ続けるのである。
だが自慢の再生力はほぼ機能しなくなるため、脅威度としては確実に低下しており。
そこへ躍り掛ったのはミコトのガードから外れたレッカとチーナであった。
彼女らは軽やかに戦場を駆け、見事な遊撃を果たしたのである。
手負いの戦士があれば、すかさず助けに入り。枯れかけの巨人を見つけたなら、素早くその四肢を斬り飛ばした。
しかし、そんな彼女らの活躍があって尚、花巨人たちの勢いは凄まじく。その雪崩の如き質量はあまりに抗い難かった。
通話から聞こえるミコトたちの声に、向こうの状況はおおよそ把握できていた。手が離せる状態にないことも。
時折軽口を挟んだりもしたが、完全に空元気である。そうでもしなければ目の前の苦境に、心が折れそうですらあった。
心身ともに摩耗を強いられた彼女らの、その仮面に覆われた素顔は一様に苦しげであり、切望するのは一秒でも早いアルラウネの打倒。
そのためにも、彼女らは渾身の力を振るい続けたのだ。
さりとて、とうとう花巨人たちの手は戦士たちが本部を置いている仮設テント群にまで伸び、壊滅的な打撃を及ぼしてしまった。
たまらずチーナたちが状況を通話にて報告する。
限界だった。全力を振り絞って戦っても、どれだけ目の前の巨人を屠っても、それでも手の届かぬ場所で被害が続出してしまう。
戦線が破綻しているのだ。自分たちだけが無事でも、これでは敗北と何ら変わらない。
皮肉なことに、マップを確認できる彼女らにはそれが痛いほどによく分かってしまった。
ことさら、正義感の強いクラウは泣いていた。
背に傷ついた戦士を庇い、泣きながら戦っていた。自身の無力を嘆いた。
「もういい! せめてあんただけでも逃げてくれ……っ」
そんな声を背に受け、彼女は激情のままに輝く聖剣を振り下ろした。
その時である。
戦場に、奇跡が起こったのは。




