第三三六話 アレをしながらコレをする
まだ確証があるわけではない。
けれど決して低くはない可能性として、第三形態と目される厄災級アルラウネの成れの果て。
一般的な人種族と比較して、おおよそ倍程の大きさに落ち着いた奴はしかし、その身にとんでもない爆弾を仕込んでいるかも知れないのだ。弱体化したと侮ることは許されないだろう。
というか、当の奴自身そのものが爆弾である可能性すら考えられる。
下手な刺激を与えては、この辺り一帯を更地に変えてしまうほどの大きな被害を出しかねない。
いやらしいのが、そんな危険性があるようにも思えるが、杞憂かも知れないという確証の無さだ。
爆発の可能性がある以上、私たちからは迂闊に手出しが出来なくなってしまう。
反面、向こうはやりたい放題だ。このままではワンサイドゲームという展開にすらなりかねない。
そんな厄災級アルラウネは、現在上空より自由落下を続けており、私は時間稼ぎがてらある程度奴が下まで落ちてきたら、再びスペースゲートで高空に送るという無限落下を強いている状態である。
幸いだったのが、どうやらアルラウネには飛行する能力が無いようで。地に落ちるまでは碌な身動きが取れない様子。
これみよがしに私は裏技でMPを補充しながら、延々とスペースゲートを作っては奴の滞空時間をひたすらに引き伸ばし続けた。
そのように暇を稼ぎながら、皆と対策を話し合おうとイクシスさんたちに声を掛けた、そんな矢先のことだった。
思いがけぬ悪い知らせが、仲間たちからの通話により齎されたのは。
その内容はというと。
『大変です! 花人形全てが花巨人に変化しました!!』
『ヤバイよ、全然戦力が足りない!!』
『我々はともかく、他の者達は今にも押しつぶされそうだぞ!!』
『こいつらが爆発することを知らない人も、多分たくさんいる』
『広域治癒を行います! ですがMPの消費が大きいため、長くは持ちませんよ!』
『とにかく全力で処理に当たるしかありません! 少しでも被害を抑えなければ!』
という、切羽詰まったものだった。
とっさに遠くを見渡せば、そこには溢れかえった花巨人たちが大暴れし、群がる冒険者達を蹴散らしている光景が広がっていたのである。
更には、案の定戦場の一角からは巨大な火柱が上がった。数秒遅れてこちらにも爆音と幾らかの衝撃が届き、その威力をしかと知らしめる。
心眼には、そこかしこから恐怖と混乱が感じられ、現場は既に阿鼻叫喚の坩堝となりかけているようだ。
これを受け、私たちも忽ち顔を青くする。
恐らく花人形たちの変化は、ダンジョンクリア時同様、アルラウネの第二形態撃破に伴うものなのだろう。
しかもである。
上空で無限落下を続けているアルラウネに、新たな動きがあった。
奴は唐突にその背より、自身の体の大きさを優に上回るような大輪の花を咲かせたのだ。
それは見覚えのある花だった。
三つ目のダンジョンで戦った、無数の緑の獣たちが背負っていたそれや、花巨人たちが頭に咲かせているそれを一層毒々しくアレンジしたような、そんな赤紫の花。
それを目にし、私の背にはゾッと怖気が走った。
あの花が意味するもの。それは即ち、花粉だ。
しかも恐らくだが、花巨人の振りまくそれよりもなお恐ろしい花粉が撒き散らされるのではないかと。そう強く予感したのである。
月下の夜天にて振りまかれるそれを、目視で捉えることは出来ない。
だが、被害者が出てからその効果が判明したというのでは、手遅れなのだ。何故ならその頃にはきっと、同様の被害を被った者が相当数出ているはずだから。
「リリ手伝って! イクシスさんも!!」
「花粉の拡散を止めるのね!」
「なるほど、風魔法だな!」
話が早くて助かった。私たちは素早く風魔法を上空へ向けて展開すると、奴の花粉が広がらぬよう風魔法にて吸引を行ったのである。結界が解除された際に一度経験した作業なので、連携は殊の外すんなりと成功。
今回はイクシスさんの力もあり、その効果は広域に及んだ。
広い空域の花粉を継続して吸引し続ける魔法である。少なくとも奴が自由落下を続けている間は、有効に働いてくれるはずだ。
これにより花粉の拡散を妨げることは出来たけれど、現状が受け身であることに変わりはなく。しかもこの状態がいつまでも保てるわけではない。
と、そんな状況の中提案を述べたのはイクシスさんだった。
「奴が爆発するというのなら、私の【隔離障壁】が使えないだろうか?」
「そうパワ! 先輩の障壁はあらゆる攻撃を遮断するはずパワ!」
「! 確かに、それなら奴の爆発を無効化出来るかも」
「でも、勇者の障壁って魔王の攻撃で割られたことがあるって話じゃなかったかしら? アルラウネは厄災級で、しかも爆発は最後の手段よ。耐えきれるの?」
「う。」
「君はよくそんな事知ってるぱわね!」
『リリエラは意外と勇者大好きっ子なんですよ』
「う、うるさいわね! あんたは広域治癒に集中してなさいよ!」
通話を介して飛んできた聖女さんによる暴露に、顔を真赤にするリリ。
それはともかく、彼女の言うことはどうやら的を射ていたようで、指摘されたイクシスさんは当時のことでも思い出したのか苦い顔をしていた。
「二重三重に張ることって出来ないの?」
「出来なくはないが、全力で張った一枚の障壁も、半分の力で張った二枚もぶっちゃけ大差はないぞ?」
「な、なるほど」
「それは一枚の障壁にそれだけの力を込められる、先輩特有の理屈パワ」
『面白そうな話をしていますね! 私も混ぜてください!!』
「はいはい、ソフィアさんは戦闘に集中してね」
ことスキルの話題に関しては黙っていられないソフィアさんが、辛抱出来ずに口を挟んでくるけれど、彼女は今も大増殖した花巨人を相手に大わらわしている最中である。
今回は目の前の戦闘に集中してもらうとして、さっさと話を前に進めることに。
「うーん……あ。ミコトちゃんに覚えてもらうという方法があるか! それなら二重に隔離障壁を展開出来る!」
「わ、私今スペースゲートの管理でちょっと手が離せないんだけど」
「パワ。ミコトちゃん、今更凡人ぶったってダメパワ。とりあえず試すだけ試すパワ!」
「勇者イクシスの障壁……!」
イクシスさんの口から飛び出した思いがけないアイデアに、私は思わず仮面の下で渋い顔をする。
もしこれがもっと時間のある時だったなら、むしろ私の方から頼み込んででも習得させてもらっていたところだろうけれど。
しかし今は、上空で無限落下を続けるアルラウネに対し、繰り返しスペースゲートを仕掛けなくちゃならないっていう役割を担っているのだ。
アルラウネは賢しいことに、どうにか無限落下から逃れようと両手足を大きく広げ、風を捕えて落下位置をずらそうと試みてくる。
しかも背中の巨大な花は空気抵抗も激しいようで、それを上手く操ることにより大きく空中移動を可能としていた。
これに対応してスペースゲートを展開するというのは、なかなかに集中力の要る芸当であり、はっきり言ってこの状態で新しいスキルを習得しろとか言われても無理ゲーであった。
が。無理ゲーならばこそ燃える。私はそういうタイプのゲーマーだ。
まぁ限度もあるのだけれど、今回は周りの期待もある。何より、成功すれば強力な手札を得ることが出来るというのは非常に大きい。
であれば、やらない理由はないだろう。
私はぐっと弱音を飲み込み、意気込みを吐き出した。
「成功したらご褒美頂戴!」
「あんた、勇者のスキルに飽き足らずなんてことを!」
「ふははは! いいぞ、隔離障壁を見事覚えられたなら、私のコレクションから何か譲ってやろうじゃないか!」
「先輩がコレクションを引き合いに出すなんて……想像以上に難しいことなのかも知れんパワ!」
「ありがと、それなら頑張れる!」
言ってみるものである。
俄然やる気の出た私は、上空のアルラウネを遠視のスキルでしかと注視しながらも、早速イクシスさんに教えを請うた。
と言ってもやることは単純で、目の前でスキルをしばらく見せてもらい、それと照らし合わせながら魔力調律を行うだけなのだが。
しかしこれがなかなかどうして、大変なのだ。
魔力の形をある程度綺麗に真似ることで、スキルというのはツルッと発動したりする。のだけれど、その真似というのが厄介で。
それは例えば声真似のようであり、ポーズを真似るようでもあり、絵や粘土で贋作を作る作業のようでもある。
それが簡単で単純なスキルだったなら、それほど苦労することなく再現も可能なのだけれど、高度なスキルであればある程実現は難しいのだ。
ただ、真似の他にスキルを覚える方法はもう幾つかあって。
例えば地道に努力して経験を積んだり、スキルオーブに頼ってみたり、既存のスキルから派生させたりなど、この世界の人なら誰でも出来る一般的なやり方。
少し変わり種で、『こんなスキルを覚えたい!』と強く、なるべく具体的なイメージを持って魔力をこねたり、それっぽい経験を繰り返していると、適正次第では該当するスキルが生えてきたりもする。
今回は、その応用も交えて効率的な習得を目指そうと思い至った。
「さぁミコトちゃん。前にも見せたと思うが、これが隔離障壁だぞ!」
そう言って早速イクシスさんはわざわざ私の目の前にやってきて、自身をくるむ球体状の障壁を展開してみせたのである。
早速私はそれを【叡視】のスキルで観察し、その仕組を看破する。
……なるほど、わからん。
アルラウネに注意を向けながらの、散漫な意識のまま観察するのが悪いのか、それとも単に難解すぎるのか。
私に分かったのは、隔離障壁とはどうやら『世界を隔てる壁』を生成するスキルであるらしい、ということ。
この『世界』が果たして『次元』なのか『時空』なのか『空間』なのか、はたまた『概念』なのか、というのはいまいち漠然としていて掴みきれなかったけれど、とどのつまり隔離障壁の真髄とは『超えられない境界線を引く』ってことにあるんじゃないかと。そう感じた。
ならばまずは、このイメージを強く思い描くことで、スキルを習得しやすい下地とする。
早速魔力調律を試してみたところ、何だか魔力の形が自然ととある形に導かれているような、不思議な手応えを感じた。どうやら効果はあったみたいだ。
そうなれば後はいつものように、お手本を観察しながらディテールを整えていくだけである。
「む……む……ぅぅ……」
「苦戦してるみたいね」
「だが大したものだ。アルラウネへの対処には相変わらず狂いがない」
「っていうか実際、あれだけ離れた対象に魔法を当てるとか、それだけで正気を疑う難易度のはずパワ」
「ぐぬぬ、私だってそのくらい……!」
流石は勇者のスキルと言うだけあり、習得難易度は相当に高かった。
が、大体アルラウネの落下三回分くらいだろうか。とっ散らかりそうな集中力をどうにかこうにか掻き集めて、魔力調律を繰り返すことしばらく。
「お」
「む!」
「うそぉ」
「パワァ!」
どうにか、イクシスさんと同じような障壁を展開させることに成功したのだった。
晴れて無事、【隔離障壁】習得である。




