第三三五話 第三形態
人と厄災級モンスターとの戦いは古の時代より続くとされ、気まぐれの様に生じる彼奴らは出現の度に多くの犠牲を強いたという。
いつどこに現れるかも分からず、その脅威度もまちまち。
それこそ先の『魔王』と呼ばれた厄災級モンスターは、世界中より数多の戦士が集い、彼らが力を合わせることでようやっと討ち果たした、規格外の脅威だったとか。
無論、犠牲になった者の数も過去最多となったそうだ。
華々しい勇者イクシスの冒険譚ではあるが、こと魔王戦について誰もが口を重くしてしまうのは、当然のことであると言えた。
世界中の殆どの人間が、直接的、間接的に魔王との戦いには関与しているのだ。軽い話題であるはずもない。
そして此度。
またしても何の脈絡もなく出現した新たな厄災級モンスター。
それはよりにもよって、モンスターやダンジョンの脅威度が低く、故にこそ戦士の育ちにくい穏やかな国、ノドカーノに現れたのである。
ノドカーノはその穏やかな土地柄もあり、引退した冒険者等の多く集う国である。
しかしそれ故に、この国には多くあったのだ。厄災級の脅威を、延いては魔王の恐ろしさをその身で味わった、過去の厄災を知る歴戦の勇士たちが。
魔王の脅威から既に二〇年近くの時が流れ、かつて武器を手に立ち向かった彼らも歳を重ねた。
守るべき家族や友人たちを増やした者は決して少なくなく、そしてそういう者たちほど覚悟を決め、此度の討伐戦へ駆けつけたのである。
我が命にかえてでも守るべきものを守るのだという、正にそれは決死の覚悟であった。
既に埃を被って久しいかつての得物を携え、一途にやって来た者らは決して少なくないのである。
そうして彼らは戦った。
迫りくる無数の草人形たちと。
地より幾らでも這い出て来る、太い鞭のような根と。
恐ろしい花粉を撒き散らす、花人形たちと。
そして見上げるほどに巨大な、花巨人たちと。
ある者は草人形に養分を吸われ、ミイラのように干からびて死んだ。
ある者は根に胸を穿たれ、そのまま地中へ引きずり込まれていった。
ある者は花粉に侵され、藻掻き苦しんで事切れた。
ある者は花巨人に踏み潰され、四肢をあらぬ方向へ曲げて逝った。
過酷に過ぎる戦場。
特に若い者は力も弱く、落命する者も続出した。
それでも歴戦の彼らは思う。
かつての、あの地獄に比べればまだマシだと。
確かに無尽蔵が如く湧いて出る草の怪物たちは、如何にも不気味で悍ましく、ともすれば終わりの見えぬ戦いに心が折れそうにもなる。
だが、かつてのそれはなお酷かった。
誰も彼もが明日を信じられず、いつ誰が命を落とそうと何ら不思議ではない。そんな世だった。
故にこそ、勇者があれ程に輝いたのだ。
彼女は、絶望の世界を終わらせてくれるかも知れない、ただ一つの希望だった。
誰もが彼の大英雄を心の支えにし、歯を食いしばって生きたのだ。
そして彼女は見事、その期待に応えてみせたのである。
全世界から寄せられた希望を、悲願を、その双肩に担ったまま。仲間たちと協力し、魔王討伐という偉業を成し遂げた。
そんな大英雄が、この戦場に現れた。
彼女は一時的とは言え、草人形のほぼ全てを封じ込めたばかりか、出現した四つのダンジョンを僅か数日の内に踏破。
障壁に籠もり、変貌を遂げようとしていた此度の厄災級を見事、不完全な状態で障壁より引きずり出すと、そこに猛攻を仕掛けたのである。
その勇姿に、誰もが力を貰った。
彼女がいれば、きっと勝てる。被害を最小限に抑え込むことが出来る。
そう確信すればこそ、この場に駆けつけた戦士たち全てが死力を尽くして脅威へと立ち向かったのである。
そして彼らの見上げる先、山のように巨大で歪な姿をした未成熟なアルラウネは、金色の光に頭から焼かれ、消滅していった。
これに伴い、花人形たちの再出現も止んだ。根ももう動かない。
誰の目にも明らかな優勢である。ともすれば、厄災級は倒れたと確信した者も少なくはないだろう。
戦士たちは一層心を燃やし、後は残党を片付けるだけだと益々の奮戦を見せた。
しかしその時である。
天より墜ちた星屑の如き火球が、厄災級アルラウネの残骸に直撃したかと思えば、辺り一帯に大の大人をも吹き飛ばすほどの凄まじい衝撃波が広がり、事態の急変を告げたのだ。
既に空の赤みも黒に潰された時刻。
一体何事かと誰もが目を凝らす視線の先。
そこにはもうもうと立ち上る煙と、その腹を明々と照らす劫火があった。
炎は貪るようにアルラウネの残骸を焼いていた。今しがた天より突き刺さった凄絶なる火球は、どうやら我らの敵に引導を渡すべく遣わされたものであると、概ね皆が判断したのも束の間のことである。
起きた変化はそれだけに留まらなかったのだ。
「おい、あそこから今何か飛び出さなかったか?!」
誰かがそう叫んだ。
それから直ぐのことだった。
未だ生き残っていた花人形の全てが、ムクムクと巨大化を始めたのは。
そうしていよいよ始まったのは、阿鼻叫喚の地獄絵図が如き、凄惨な蹂躙劇であった。
★
いつの間にか星のきらめきだした夜天の下。辺りを明々と照らすのは、燃え上がるアルラウネの残骸と、未だピカピカ状態を解除していなかったサラステラさんやイクシスさんの神々しい光くらいのものだった。
特にサラステラさんは私やリリを庇うように一歩前に出て、目の前に突如現れたそいつを睨みつけているところである。
すると、直ぐにそいつの背後へはイクシスさんが空中高くより降り立ち、油断なく剣を構えた。
そんな、人類全体を通してみても間違いなく最強クラスの二人に挟まれ、尚もこちらを睨みつけるそいつは、案の定緑色の肌をしていた。
大きさは人の倍くらい。形状は人と獣を掛け合わせたような異様さがあり、ぱっと見は四足で立つ長髪の女性である。胸が大きい……っていうか裸だ。
ただ、肌も髪色も緑系統の色をしており、とてもただの人だとは思えなかった。
というか、既にその正体には確信がある。
彼女こそが、厄災級アルラウネなのだろう。しかも第三形態とでもいうべき姿だ。
これまでで最も人に近い姿をしている。もしかして会話が可能だったりするのだろうか、と考えてしまうほどには人の形状に近い。
しかしそんな彼女は凄まじい形相でこちらを睨んでおり、心眼で見るに背後のイクシスさんにも相当の殺気をこれでもかとぶつけているようだ。
ただの人間に比べたら、確かに大きい。が、それでも今までの姿と比べればずっと小さく、ともすればパワーダウンしたのではないかと侮ってしまいかねない見た目なのだが、しかし当然油断など出来ようはずもない。
何せこいつは、先程のイクシスさんの魔法を無傷でやり過ごし、ここに現れたのだから。
或いは負った傷をすぐに再生しただけかも知れないが、ともあれ決して気の抜けるような手合でないことは確かだ。
さりとて、こいつが手に負えないほどの強者かというと、多分そんなことはないはず。
何せ第二形態の時同様栄養不足は、ここに至ってもその影響を免れ得ないだろうから。
更には、地面から養分を吸い取る根も今は繋がってはいない。
であれば得意の超再生だって、これまでのように無尽蔵というわけではなくなったはずである。
しかしならばこそ、解せないこともある。
奴はどうしてわざわざ私たちの前に現れたのだろうか?
こちらには散々自身を苦しめた、忌まわしいであろうサラステラさんが居た。空中からはイクシスさんも睨みをきかせていた。
だというのに、地中を伝い逃げるでもなく、どこか別の場所に出るでもなく。
よりによって私たちの目の前に降り立ったのだ。
それが、何とも不気味ではあった。
が、ここで不意にとある閃きが稲妻の如く脳裏を過ぎった。
それは先程、クラウが見せたコントの如き一幕。
そう、超速フラグ回収大爆発事件のそれである。
花巨人の心臓部分に存在した、擬似的なコアと思しき種。
それを刺激したクラウは、直後大爆発に巻き込まれ、あわや大怪我を負うところだったのだ。
幸いにして鏡花水月一頑丈な彼女は、エゲツない大爆発の爆心地にあって尚軽症で済むというビックリ人間っぷりを示してくれたけれど。
しかし、その出来事を踏まえて考えるに……。
「まさかこいつ……アルラウネの、『種』?」
瞬間、事態は動いた。
私の言葉を理解したのか、奴の心中には確かに図星を突かれたような忌々しげな感情の芽生えが見て取れ、その直後である。
奴は強靭な脚力でもって、私へ飛びかかろうとしたのだ。
が、それ以上に素早いのはサラステラさんとイクシスさんである。
さながらコマ落としの如く三者が動き、しかし。
私は彼女らの攻撃が交わるより先に、飛びかかってくるアルラウネを空間魔法にて上空へ送ったのである。
用いたのは【スペースゲート】という、空間と空間を繋ぐ門を生成するためのマジックアーツスキルだ。
アルラウネは勢いそのままに門へ飛び込み、そして上空高くへ投げ出された。
スペースゲートは基本的に、私の視界が届く範囲内にしか生成できない。が、空はどこまでも見渡せる。
私は可能な限りの頭上高くに門の出口を作り、とっさの時間稼ぎに成功したのである。
そして、アルラウネへの対応を空振ったイクシスさんたちに慌てて告げる。
「待って二人とも、奴は多分……下手に刺激するととんでもない大爆発を起こす!!」
「なっ?!」
「パワ!?」
「! そうか、『種』ってそういう……!!」
花巨人ですら、軽く半径一〇〇メートルを焼き払うような凄まじい爆発を起こしたのだ。それがアルラウネ本体のものともなれば、一体どんな被害を出すか分かったものではない。
確かに奴は未成熟かも知れないが、それでもである。
少なくとも、私なんかが巻き込まれては一切助かる見込みなど無いだろう。まぁ、ワープで逃げるなら別だが。
しかし、私や仲間たちは逃げおおすことが出来たとしても、今尚花人形らと戦闘を続けている人たちはどうしようもない。間違いなく全滅である。
アルラウネとの戦闘に集中していたため、花巨人が爆弾を抱えているという情報を聞き逃していた彼女らは、正に寝耳に水とばかりに目を見開くも、花巨人の対処に当たっていたリリは忽ち苦い表情をした。私の言葉に信憑性を見たのだろう。
この情報を受け、どうしたものかと皆で表情を険しくしたのも束の間。
更なる悪い知らせが、通話を介して届いたのである。
それは……。




