第三三四話 凍結と崩壊
厄災級アルラウネの下腹部へ、しかと突き刺した冷気の魔創剣。
するとその効果は劇的で、正しく瞬く間の内に大きな変化が生じたのである。
アルラウネの体はあまりに巨大で、剣を突き立てたそこも私から見ればただの緑色をした壁のようなものであり、イマイチそれが生き物であるという実感すら伴わないほどであった。
のだが、しかし。
魔創剣を突き刺した瞬間、その緑の壁は一面がものの見事に凍結し、その質感を確かに変じさせたのだ。
アルラウネは、本来であれば人型のモンスターだ。
今対峙しているこの厄災級とて、もっとちゃんとした成長を遂げたなら、ずっと綺麗な姿をしていたのかも知れない。
未成熟な状態で強制的に成長を中断させられた現状に於いては、正しくモンスター然とした歪な人型の怪物って姿かたちをしているわけだけれど。
しかし実際、間近でお肌の感じを目の当たりにした感想としては、色こそ緑色ではあるものの、確かに人のそれに近い肌の質感をしていたわけで。
あまりの大きさに壁面のようにすら感じるそれではあったけれど、剣を突き立てた感触というのはなかなかに生々しくもあった。
故にこそ、魔創剣によりそれが凍結した様子というのは尚のこと衝撃的で。
柄を握る手に感じたのは、人肌を刺したと言うには実際不自然な手応えではあったけれど、しかしそれが忽ちガッチガチに凍りつく感触というのは一層奇妙であった。
見た目には正直、凍っているのかどうかというのは分かりにくいのだけれど、頭上より降ってくる奴の悲鳴と、パキパキという体が凄まじい勢いで凍りついていく音というのはイヤに耳に付き、しかもこれみよがしに殴る蹴る斬るの暴行を加えまくるイクシスさんたちの苛烈さが、一層状況を凄惨なものへと変えていた。
さながら断末魔のように悲痛な声を上げながら、尚も抵抗を続けるアルラウネ。
凍りつく体は持ち前の超再生能力でなんとか保とうと試みているようだけれど、再生と解凍は別問題のようで。
結果、凍った部位は自ら砕いて削るという暴挙に出てまで、体を再構築させようとする。が、未だ腹に突き刺したままの魔創剣は容赦なくその体をどんどん凍らせ続け。
ならばと凍結の原因たる私を排除しに掛かるアルラウネだったが、それは見事にイクシスさんたちが妨害してみせた。
「勝機パワ!!」
「押し切るぞ!!」
「了解!!」
私は魔創剣へ一層大量の魔力を流し込み、凍結の勢いに拍車をかけた。
全身が凍りついてしまえば、如何な厄災級とていよいよ抵抗するすべもなくイクシスさんたちの手で滅ぼされてしまうだろう。
そうと分かっていればこそ、アルラウネは死物狂いの抵抗を見せた。
『ぐ、やっぱりとんでもない抵抗ね! 私一人じゃ流石に凍らせるなんて無理だったわ……!』
『融合してることと、イクシスさんたちの攻撃でMNDの抵抗力が大分下がってるおかげだね!』
凍結というのも、謂うなれば立派な状態異常の一つである。
しかし他者の体に直接影響を及ぼすような、それこそ状態異常等を扱う術に於いては、基本的に相手の抵抗力が働き上手く行かない場合が殆どだ。ステータスで言うMNDの値が、この抵抗力を現している。
しかしながら状態異常と一口に言っても様々で、例えばウィルス性の病気なんかはMNDによる抵抗を受けたりはしない。
なぜなら、MNDが抵抗の対象とするのは魔力由来の事象に対してだから。
今回の凍結の場合、体内にメチャクチャ冷たい剣をぶっ刺されて、物理的に凍らされるって働きに対してはMNDは無力だ。が、魔創剣の効果により体内に冷気を走らせようという働きには抵抗が生じている。
そしてこの後者の働きがなければ、到底厄災級アルラウネの全身を凍らすだなんて芸当は不可能であると言えるだろう。
当然奴のMNDは破格であり、通常であったなら幾ら強力な魔創剣を突き刺してみたところで、ここまで顕著な凍結効果など望むべくもなかった。
が、イクシスさんとサラステラさんにゴリゴリとダメージを負わされ続けた結果、それに伴い奴のMNDは低下していることが、私の諸々のスキルで感知できていた。
なればこその凍結である。
正直な話、ピカピカのハイパーモードとなっている今のイクシスさんたちからは、キャラクター操作実行中の私ですら足元にも及ばないような、とてつもない力が感じられた。
真っ当な方法で加勢してみたところで、多分均衡を崩すほどの追い風を吹かせることは出来なかっただろう。
だけどこの凍結という方法でなら、十分にアルラウネを追い詰められると踏んだのだ。
そして、目論見はまんまとハマり。
「こぉぉぉおおれぇぇえええええ!!」
「パワァァァアアアアアア!!」
「ぜぇええええええええええええ!!」
皆が全力を振り絞った結果、いよいよアルラウネの再生速度は決定的なほどの遅れをきたし、形勢を一気に傾かせたのだった。
とうとう肩口まで凍結が回れば、腕先はもう動くことはなくだらりと下がり、呆気なく指の先まで凍りついてしまった。
そうなれば奴に成すすべなど残されておらず。
天を裂くほどの悲鳴とともに、ついぞ厄災級アルラウネはあまりに巨大な氷像へと成り果てたのだった。
そして、そんな氷像の天辺。アルラウネの頭の上にひょいと登ったイクシスさんは、鮮やかな金色に輝く剣を振りかざすと、それを勢いよくアルラウネの頭へ突き刺した。
すると、灼輝によるアルラウネの消滅が始まり、頭から順に金色の光がアルラウネの氷像を消滅させていったのである。
巻き込まれてはたまらないので、私は魔創剣をズボッと引き抜くと素早くその場を飛び退き、サラステラさんの隣で氷像が消滅していく様子を眺めた。
それが済むまでは、勿論油断などしない。
だからこそ、一度キャラクター操作を解除しておく。制限時間の浪費を避けるためだ。
一瞬意識が暗転した後、問題なく元の体に戻った私。
すると途端に、キャラクター操作に伴う反動で酷い倦怠感に襲われる。
私としては既に慣れたものだが、初めてこれを経験するリリは顔を青くし、足元がおぼつかない様子だった。
しかもMPをかなり使ってしまったことから、その消耗も手伝って随分体調が悪そうである。
それを横目に私がさっさと裏技でMP補充を行えば、ものすごく恨めしげな目で睨まれてしまった。
私はそっとストレージからMP回復薬を取り出すと、リリとついでにサラステラさんにも差し出しておいた。果たしてどの程度足しになるかは分からないが、まぁ気休めにでもなればいいと思って。一応手持ちの中で最も高価で強力な回復薬なので、焼け石に水なんてことはないと信じたい。
一言礼を言ってそれを受け取りグビグビ飲み始めた二人と一緒に、どんどん消滅していくアルラウネの姿を眺めながら、誰にともなく問うてみる。
「これで、終わったのかな……?」
「パワ……分からないパワ。まだ油断はしちゃダメパワ」
「花人形たちの方は……まだ暴れてるみたいね」
リリの言うとおり、マップを見ても遠くを見渡しても、未だ花人形たちの健在を確認することが出来た。
アルラウネを倒したからと言って、奴らの活動が止まることはない、ということなのだろうか?
それとも……アルラウネは、まだ滅んでいないということだろうか?
マップを見た限り、確かにアルラウネを示すアイコンは未だ消えておらず、それはつまりまだアルラウネが死んでいないことを意味しているわけで。
しかしイクシスさんの灼輝が氷像を消滅させてしまえば、恐らくこれも消えてくれるはずである。
それまではまだ何とも言えないのが現状ではあるが、氷像さえ消滅してしまえば状況は大きく動くことになるはずだ。
逆にもしもアイコンが消えなければ、アルラウネはまだ奥の手を隠している可能性が濃厚となるだろう。
「うーん、今のうちに他に打てる手って無いかな……?」
「あんたは黙って見てることも出来ないわけ?」
「気持ちは分かるパワ。だけど変に氷像を砕いて、破片から復活なんてされたらそれこそ最悪パワ!」
「た、確かに。黙って消滅するのを見守ってるのが、結果としてベターなのか……むむぅ」
いつもは脳筋代表のようなサラステラさんの真っ当な言に、納得を覚えた私。
チャンスが有れば畳み掛けるのが私のスタイル故か、はたまた花人形たちへの対処を皆に任せてきてしまったからか、妙に落ち着かない気持ちを感じながらも、私はいよいよアルラウネの人型部分が全て消滅していくさまをしかと見届けたのだった。
そして、灼輝がいよいよ私たちの立っているズングリした茎部分に至ろうとした、その時である。
突如、突き上げるような振動が私たちは疎か戦場の全てを襲い、まるで大地の慟哭が如き地響きとともにそれは起こったのである。
「ぐっ、足元が!」
『皆、退け! コイツから降りるんだ!』
「何なのよ!?」
「パワッ」
アルラウネは、茎の部分含めてしかと凍りついていた。それは確かだ。
凍結は蔓のあまねく、根の大本にまで至り、アルラウネは完全に活動を停止しているように思えた。
事実、花人形たちのリポップが停止しているように見えるのだ。今マップを見ても、地中から新たに花人形の反応が現れる様子はなく、加えて暴れていた根の活動も止んでいる。
このことから、少なくともアルラウネ本体からの供給が絶たれているのは間違いないだろう。
ところが、である。
突如生じたこの揺れを引き起こしているのは、どうにもこの凍りついたアルラウネの茎部分のようなのだ。
事実人型部分は既に、イクシスさんにより綺麗に消し去られてしまい、今は影も形もない状態である。
だと言うのに、マップ上にあるアルラウネの反応は未だ消えておらず、そして奴が黒い塵へ還る気配もない。
奴はまだ、生きているということだ。
私たちはイクシスさんの指示に従い、急ぎその場を離れた。
高さにして二〇メートルはくだらない、無数の太い蔓を束ねてできたような巨大な茎部から飛び降り、距離をとってから成り行きを眺めた。
イクシスさんの灼輝は未だ氷山の如きそれを上から順に消滅させていっているけれど、既にその氷山は自壊を始めていたのである。
だが、到底派手に崩壊しておしまい、だなんてことにはきっとならないだろうと、この場の誰もが予感していた。
しかしかと言って、何が起こるとも言い切れず。推移を見守ることだけが、今の私達に出来ることだったのである。
私はマップウィンドウに目をやり、思わず眉根にシワを作る。
アルラウネの反応を見れば、異変の中核がどこにあるかくらい掴めるのではないか、と期待したのだけれど。
しかし厄災級を示す巨大なアイコンは如何にも大味で、具体的な情報を得るには至らなかったのである。
見て取れるのはただ、この辺一体を示す独特の特殊アイコンが健在であるという事実くらいのもので。
詳しいことは、我が目で直接確かめる他ないと。そういうことなのだろう。
すると、次の瞬間だった。
ぞわりと確かに、何か強烈な気配を私は感じ、とっさにそこを注視したのだが。
流石と言うべきか、その時には既にイクシスさんによる魔法が天空より正確にその位置を貫いており、さながら大きな隕石でも落下したかのような余波が私たちのいる場所を含めた周囲へ広がったのだった。
流石に余波だけで大怪我を負うような人なんかは居ないだろうけれど、それでも相当の衝撃波が魔法の落下地点より放射状に広がった。
その中心となったそこには果たして、どれだけの破壊力が加わったことか。流石イクシスさんと言うべき、とんでもない威力の魔法である。
だが、だというのに。
「まだ死んでない……!」
「! 何か飛び出したわよ!!」
「パワ……ッ」
隅々まで凍結し、氷山の如く変貌したアルラウネの残骸。
しかし崩壊するその中より、勢いよく飛び出した一つの影は、高らかに飛び上がると自由落下のままに私たちの目の前に降り立ったのである。
そうして現れたのは果たして、不気味な人型のモンスターであった。
夥しいほどの威圧感と殺気を振り撒き、奴は私たちを睨みつける。
厄災級アルラウネの第三形態、といったところだろうか。
どうやら決着は、まだついていないらしい。




