第三三三話 押し込むための一手
誰もが死力を尽さんと、自らの敵へぶつかっていく戦場の最奥。イクシスさんとサラステラさんによる怒涛の攻撃もまた、熾烈を極めていた。
しかし厄災級アルラウネを仕留めるには、もう一押しが足りない。
そこでこの現状を打破すべく、切り札を切ることを決めた私たち。
既に手筈は整っており、急遽組まれた段取りとしてはまず、イクシスさんとサラステラさんによる攻撃でもってアルラウネを追い詰めていき、ここぞという場面で件の切り札を切ることが予定されている。
その時が訪れるまでは、その切り札担当である私はこれまで同様戦線が崩壊せぬよう、せっせと遠隔魔法をばら撒いて花人形や根っこ、それに花巨人の行動阻害等へ全力を傾けていた。
機を窺うべく、遠視のスキルを駆使してイクシスさんたちの様子を先程までよりもよく観察しているのだけれど、まぁその様子は凄絶の一言に尽きた。
果たして何のスキルに依るものなのか、イクシスさんもサラステラさんも普段の姿とはまるで異なる、不思議な衣装に身を包んでいるし、金色の輝きを全身に纏ってもいる。
正にハイパーモードとか、ファイナルフォームとか、そういう類の凄みを感じさせるその姿で厄災級アルラウネをフルボッコにしているのだ。
それはもう、可哀想なくらいの光景である。
曲がりなりにも厄災級アルラウネが人の、しかも女性の姿をしているからそんな感情が頭を出すのかも知れないが、しかしイクシスさんたちには何ら容赦がなく。
必死に守りを固めるアルラウネに、数多の剣筋が閃き、無数の拳撃が突き刺さる。
それら一つ一つがきっと、そこいらのボス級モンスターを容易く屠るような威力を有しているだろうことは想像に難くなく、それを滅多矢鱈に浴びせられているアルラウネは、如何な厄災級と言えど反撃の暇をまるで見いだせない様子であった。
けれど驚くべきは、それでも尚アルラウネが原型を留め、今も健在だという事実である。
イクシスさんたちによると、どうやら奴の再生力というのは残存HPの減少に伴い爆発的に上昇するらしく、どうしても一定ラインから先を押し込めず、奴の再生速度が上回ってしまうのだと。
どこかにあるはずのコアの位置も不明で、流石のオルカもこれは見つけられないとお手上げ状態。
そも厄災級に、そんな明確な弱点があるのかすら怪しいところではある。
ともあれ、そういった理由からイクシスさんたちの狙いはHPを削り切ることらしいのだが、それが手詰まりになりつつあるため困っているわけだ。
故にこそ私の、私たちの出番というわけなのだけれど。
「か、火力の桁が違いすぎる……あんなのに私が加わったとして、本当に意味なんてあるのかな……」
などと、急に不安が押し寄せてきた。
何せ金ピカフォームのイクシスさんとサラステラさんと来たら、これまで私たちに見せた力量の軽く数十倍はあるような、凄まじい威力の攻撃を繰り出し続けているわけで。文字通りの桁違いである。
そんな所に私が加勢に入ったとして、一体どの程度役に立てるのか。そこに一抹の懸念があった。
こんなことならせめて、ダンジョンのお宝部屋を漁ってから来るんだったと今更ながらに後悔を覚える。
私の【完全装着】は装備アイテムの持つステータス補正を、そのまま自身のステータスに上乗せすることが出来るのだ。
つまり、より良い装備が手に入れば、戦闘技術はともかくステータスだけは凄まじく強化できるっていう。
だと言うのに、私の所持している武器は精々がAランク冒険者の扱う程度のものであり、正直イクシスさんたちに交ざって活躍できるような力は発揮できない。
勿論【キャラクター操作】を用いての戦闘になるのだから、実際はもっと高いステータスを発揮できはするのだけれど、それでも二人の能力は圧倒的だ。
急げば今からでもダンジョンの宝箱を覗きに行けないだろうか? 厄災級と深い関係のあるダンジョン産のアイテムなら、きっと強力な装備の一つや二つ入っているだろう。しかも五〇階層もあったわけだし。
体よくそれを装備出来れば、きっと十分な火力を確保できるはず。
などと内心で慌てふためいていると、しかし残念ながらそんな時間はなかったようで。
『ぐっ、そろそろ奴の再生速度に攻撃が追いつかなくなる! ミコトちゃん準備を頼む!』
『パワァ! 頼りにしてるパワ!!』
「り、了解!」
イクシスさんたちのとてつもない乱撃に晒された厄災級アルラウネは、肉体の至る部分を欠損させながら、太い蔓を幾重にも重ねて身を守る壁を形成。
彼女らの言うようにその再生力は凄まじく、損傷を負った端から元通りに修復してしまうため、実質とんでもなく硬いのと変わらないわけだ。
その再生力と来たら、イクシスさんの必殺技である灼輝の剣による攻撃さえ上回るほどであった。
灼輝の剣は、斬った断面から徐々に侵食するように、灼輝が対象を滅していくというエゲツない技である。
だと言うのに、滅された部分はたちまち復元し、やがて灼輝すら消し去ってしまうほどの回復を見せたのだ。
それでも強引に蔓の壁をぶち抜いて断続的に本体へ攻撃を通すことで、奴に体を癒やす暇を与えず、どうにか拮抗状態を成立させているイクシスさんたち。
というか、ある程度HPが回復すると蔓の壁は再生力を大きく落としてしまうため、その瞬間攻撃が通るようになる、というべきか。
見た感じ明らかに、HPゲージの残量がイエローとレッドを行ったり来たりしているような状態と言えるだろう。
だとすると厄災級アルラウネのHPは残り三割か二割……或いは残り一割を切ってレッドゲージが点滅してる可能性もあるか。
正に、もう一押しという感じなのは間違いないようだ。
そんな様子を私は、彼女らの後方から観察していた。二人の声を受け、急ぎテレポートで飛んできたのである。
そしてすかさず裏技でMPを補充しつつ、短く通話を飛ばした。
「リリ!」
『! 出番ね!』
そう。今回力と体を貸してもらうのは、リリことリリエリリエラ。
百剣千魔という二つ名を持つ、押しも押されぬ特級冒険者であり、超越者だ。
諸々の事情で今まで彼女へキャラクター操作を試したことはなかったのだけれど、現状においてリリの火力こそが必要であると確信している。
故に私は、呼びかけに応えてすぐさま自らPTストレージに入った彼女を取り出し、傍らに立たせた。
すると普段はプライドが高く自信家の彼女も、目の前で繰り広げられるイクシスさんたちのラッシュに思わず息を呑んだ。
その胸中には不安が湧き出し、何時になく頼りなさげな視線をこちらに向けてくる。
言いたいことも、その気持ちもよく分かった。
本当に自分たちが何かの役に立つのだろうか、という弱気が顔を出しているのだろう。
だが、ことここに至っては怯んだところで仕方がない。
「リリ、準備は良い?」
「も、勿論。いつでも良いわよ!」
私が一声掛けると、リリは頭をのぞかせた己の弱気を、無理やり強がりで踏んづけ押し込んだ。
そうして力強く頷きを返した彼女へ、私は早速キャラクター操作の申請を飛ばしたのである。
するとリリの目の前には、私に一時体を貸すことを許可するかと問う専用ウィンドウが出現したはずだ。
彼女はぱっとそこへ視線を走らせると、僅かの躊躇いの後指を動かす。
どうやらちゃんと『許可』を選択してくれたらしい。
これに伴い、直ちにスキルが発動する。キャラクター操作のスキルが。
私の体は装備ごと白銀の光の粒子となり解け、意識は一瞬暗転した。
そうして次に視界が灯った時、それは私の視界であってリリの視界でもあったわけだ。
即ち、私はリリへ融合を果たし、リリの目で視認を行っている。無論目だけでなく、自分の体の代わりにリリの体を自らのものとして動かせるのである。
制限時間は最大で一〇分間。一秒たりとも無駄には出来ない。
ぶっつけ本番だったけど、一先ず成功して安堵する私。
可能性としては、イクシスさんを相手にした時みたいにキャラクター操作が掛けられないって事態も一応考えていたんだ。
だから、成功したことにホッと安堵しながら、手早く体の具合と魔力の具合を確かめていく。
すると、そんな私を他所に頭だか心だかに直接響く声がある。リリのものだ。
『わ、わ、わっ本当に体乗っ取られちゃったわ! 私今、バカ仮面と一つになってるってこと?! すごいすごいすごい!』
と、大はしゃぎである。
体の操作権限はないものの、リリもちゃんと視界が捉えているものを見れるし、その他の感覚、つまり五感も共有している。
そうして無邪気にはしゃぐ彼女を微笑ましく思いながらも、一方で体や魔力の具合の良さに驚いている私も居た。
身体能力は、流石にクラウやオルカ、ココロちゃんのようなゴリゴリの近接戦士には僅かに及ばないまでも、しかし十分過ぎるほどには動かしやすい。
けれどそれより特筆するべきはやはり魔力についてだろう。
「すごいな、これがリリの魔力のカタチ……ものすごく鮮やかな感じがする。さながらゲーミング魔力!」
『……? よく分かんないけど、褒められてる気はあんまりしないわね。っていうかあんたの感情も今は筒抜けよ! 茶化してんでしょ! そうなんでしょ?! っていうかこれ聞こえてんの??』
「ああうん、聞こえてるよ」
なんて、呑気なやり取りをしている場合ではない。
確認もほどほどに、私は早速行動に移ることとした。
現在私の立ち位置は、イクシスさんたちの後方三〇メートルほどにあり、既にアルラウネのズングリとした茎だか下半身だかの上に位置している。
その形状は植木鉢をひっくり返したようであり、中心部分からは花巨人なんかより尚巨大なアルラウネの上半身が聳え立っている。
彷彿とさせるのはイクシスさんたちの倒した一つ目のダンジョンボスだろうか。あれも上半身だけ人の形をした巨人だったが、形状としてはそれに似ているように思う。
ただやはり、こちらのほうが更に巨大だが。何せ上半身だけで高層建築を思わせるほどのサイズ感なのだ。
その迫力たるや凄まじいの一言に尽きる……のだが。
そんな巨体が災いしてか、現在はイクシスさんとサラステラさんによるバカみたいな超火力を余すこと無く受け続けている有様である。
必死に蔓の壁で防御してはいるものの、まるで反撃するだけの余裕がないといった様子だ。
しかしやはりダメージが一定以上蓄積すると、再生力が爆発的に上昇するらしく、そのせいで今も尚持ち堪え続けていた。
私達の役目は、その均衡を崩すことにある。
「よし……出し惜しみは無しだよ。【魔創剣】!!」
『何よこれ、とんでもない出力じゃない!』
「直接叩き込む!!」
魔創剣は、魔法剣士の奥義に位置するスキルだ。
剣身のない柄だけの剣に、魔法で創造した剣身を顕現させ振るうというのがその概要なのだけれど、剣身を維持するためには凄まじい集中力が必要であり、しかも出力が上がれば上がるだけそれも比例して困難なものとなる。
リリと私の力を合わせた魔創剣ともなれば、その出力はとてつもないものであり、剣身を維持するだけでもとんでもない難易度となっている。
が、制御にはリリも協力してくれているようで、どうにか魔創剣の体を保ったままそれを構え、私はアルラウネへ向けて疾走したのである。
用いるのは氷の魔法。
完璧な制御により、外部には何ら影響を見せない無色透明な刃は、しかしその内に膨大な冷気を内包した尋常ならざる代物となっている。
有り余るステータスに物を言わせて一気に接近する私へ、しかし厄災級アルラウネは当然のように反応を示し、目前には行く手を遮る極太の蔓が鞭のように迫った。
が、冷気の魔創剣を一つ振るえば、行く手を遮るそれは容易く斬り払うことが出来た。
恐るべくは、斬った蔓の切断面から氷結の連鎖が生じ、蔓の根本へと火のついた導火線の如くどんどん凍てついていくその様である。
慌てたようにアルラウネは自らその蔓を切り離し、被害が本体に及ぶのを避けたが、当の魔創剣を握る私は既にその本体に肉薄するほど接近しており。
呼応するようにイクシスさんとサラステラさんの攻撃もまた苛烈さを増していた。
そして。
ドス、と。
色のない魔創剣は今深々と、奴の下腹部へ確かに突き刺さったのである。
おあ!? 元旦じゃないですか!!
新年あけましておめでとうございます! カノエカノトです。
話数も三三三話とゾロ目ですし、なんだかラッキーな予感がしますねぇ。
今年も皆様に楽しんでいただけるよう、地道に更新頑張りますゆえ、どうぞ宜しくお願い申し上げます!




