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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第三三二話 幼子と魔女

 ノドカーノは穏やかな国である。

 気候は一年を通して安定しており、冬と夏の寒暖差は然程でもなく。

 故に作物は季節の影響を受けにくい。

 出現するモンスターのレベルも低く、ダンジョンの難易度もまた初心者~中級者に適した程度のものばかり。

 刺激を求める若者にとっては退屈な国であると、いまいち好まれない側面はあるものの、それ以上に歳を重ねた者ほど理想的な移住先として名を論うような、そんな長閑な国。

 それがノドカーノである。


 時は厄災級アルラウネとの戦いが佳境へと差し掛かるより、遡ること数日。

 件の現場より北部に位置するロノの町では、厄災級出現の報に伴い色めきだつ冒険者たちや兵士たちの姿が目立っていた。

 というのも厄災級が暴れているのは、ロノから徒歩で一週間ほどの場所であり、呆けていては瞬く間にこの町も被害を被るであろうことが予測できたためだ。

 どうにかして件の強大なモンスターを討ち果たさなければ、この町は疎かこの国さえ喰い滅ぼされてしまう。

 此度の厄災級は大地を喰らい、動植物を殺し、あらゆる生命を養分にして、より強大に成長していくことが既に冒険者ギルドを介して広く報じられているのだ。

 これを受けて有志の冒険者や国を守る兵士たちなどは、現場へ次々に送り出されており、この町からも相当数の戦士たちが用意の出来たものから次々に出立している。

 彼らの表情は正に死地へ向かう者のそれであり、町中には早くも緊迫感や悲壮感が蔓延し始めている有様だ。


 また、この町は厄災級の出現場所よりそれ程距離が離れていないこともあり、住民たちは取り急ぎ避難の支度を整え、町を離れ始めてもいる。

 さながらキャラバンのような大所帯を組み、それが行列をなして厄災級がいる南側とは真逆、すなわち北へ北へと逃げていくわけだ。

 無論護衛もそれなりについており、野外に跋扈する野良モンスターや盗賊等への備えとした。

 そのようにして避難民の第一陣は早くも町を去っており、現在は第二陣が着々と支度を整えている最中である。


 そんなさなか、町角で一人佇んで泣く女の子の姿があった。

 年の頃はまだ十にも満たない、幼子である。

 道行く人々はしかし、彼女のことを横目に憐れみつつも、今は一分一秒が惜しいとばかりに誰も彼もがその前を横切っていく。

 女の子は誰にすがるでもなく、かと言って不安に竦んだ足が動くでもなく。

 ただただその場に立ち尽くし、わんわんと涙をこぼすことしか出来ないでいた。


 すると不意に、そこへ声を掛けるものが現れる。


「あららあらあら、お嬢ちゃんどうしたの?」


 そのオロオロとした、如何にも人の良さそうな声に女の子が顔を上げると、そこにあったのは優しげなおばあさんの姿だった。

 曲がった背に、深いシワの刻まれた顔、色の落ちた白髪に、しおしおの手は骨ばっていて。その優しげな声にも瑞々しさはない。

 どこからどう見てもおばあちゃんである。それも、女の子には見覚えのないおばあちゃんだった。

 加えて言えば、何とも怪しげな格好をしたおばあちゃんでもある。

 黒いローブを身に纏い、携えた長杖は何の枝なのか、やけに歪な形をしている。頭にはつばの大きなトンガリ帽子が乗っかっていて、か細い肩にはカラスまでとまっていた。

 そんなハロウィンチックな格好の、見知らぬおばあちゃんに突然声を掛けられてしまった女の子は、流石に泣くのも忘れて呆けてしまう。

 そして、絞り出すように問うのだ。


「ま、魔女さん……?」

「…………」


 問に、おばあちゃんは何も答えない。肯定も否定もなく、ただ優しく目を細めたままだ。

 それが何だか不気味に思え、少女がおずおずと一歩後ずさると、不意におばあちゃんが口を開いた。


「お嬢ちゃん、人を見かけで判断しちゃぁいけないよ?」

「ひ、あぅ、ご、ごめんなさい……」


 女の子がとっさにそう謝罪すれば、おばあちゃんはまた如何にもそれらしく、ヒッヒッヒと笑って「ごめんなさい出来てえらいわねぇ」と女の子の頭を優しく撫でた。

 それから改めて、もう一度問いかける。


「お嬢ちゃんはどうしてこんなところで泣いていたのかしら?」

「……ママと、はぐれちゃったの」


 そう言って目を潤ませる女の子に、おやおやそれは困ったねと眉尻を下げたおばあちゃん。

 今にも再び泣き出しそうな彼女の口に、一先ず飴玉を一つ放り込むと、コツンと長い杖で石畳を鳴らし、言うのだ。


「それならおばあちゃんと一緒にママを捜しましょう。ええそれが良いわね、そうしましょ」

「え、あの、え……?」

「さぁさ、先ずはあっちに行ってみましょうか」


 言うなり女の子の手を引いて、杖をつきつつゆっくり歩き出すおばあちゃん。

 傍から見たら不審な光景以外の何物でもないのだけれど、しかし如何せん行き交う人々は彼女らに構っているだけの余裕はなく、しかも見方によっては単純に、老婆が孫娘の手を引いて歩いているというだけにも見える。

 結果として女の子は手を引かれるままに、町の中を連れ回されることとなったのだ。


 幸いだったのは、このおばあちゃんが怪しい見た目にそぐわぬ善性の人だったということか。

 女の子のことを拐かすでもなく、言葉のとおり女の子とともに町中をあっちこっちと、母の姿を求め一緒に捜し歩いたのである。

 すると、あれほど不安がっていた女の子もいつしか涙を引っ込め、一生懸命母の姿を探し、心当たりに思いを馳せ、捜すべき場所に頭を捻り、疲れて重くなる足を頑張って動かし続けたのである。


 されど母親の姿はなかなか見つからず、二人は休憩がてら広場のベンチに腰を下ろした。

 また浮かない表情をする女の子に対し、おばあちゃんはポンと手品のように何もないところからロリポップを一つ取り出してみせると、「はいどうぞ」と笑顔で差し出す。

 女の子は目を丸くしながらも、お礼とともにそれを受け取ると、おっかなびっくり一舐めして味見をし、直ぐに表情をほころばせた。気に入ったようだ。

 そんな彼女の様子に目尻を下げていると、不意に女の子が問いを投げてきた。


「おばあちゃんは、逃げなくていいの?」

「うん? 逃げるって何から逃げるの?」

「? おとなの人たちはみんな、モウダメダーオシマイダーって言ってた。ママは、なにかすっごく怖くてどうしよーもないものがこの町をこわそうとしてるんだって。だから逃げなくちゃダメなんだって」

「そうなの? 道理でみんな忙しないと思ったわ」

「しらなかったの?」

「ええ。なにせ今日、この町にやってきたばかりだもの」


 女の子の話を聞き、ふむと柔らかな表情に一縷の真剣さを差し挟むおばあちゃん。

 しかしそれを敏感に察知したのか、女の子が不安げにこちらを見上げていると気づき、途端にまた表情を柔らかく解いた。


「そう言えばお嬢ちゃんの名前をまだ聞いていなかったわね。おばあちゃんはレラハトラっていうのよ。みんなはレラおばあちゃんって呼ぶわ」

「レラおばあちゃん……わたしはファミュっていうの」

「そう、ファミュちゃんね。大丈夫よファミュちゃん、あなたのママを見つけるまではおばあちゃんも一緒に捜すから」

「ほんと! ありがとうレラおばあちゃん!」

「ヒッヒッヒ、ファミュちゃんはお礼がちゃんと言えてえらいわね」


 そうして、暫しの休憩を挟んだ二人は再び歩き始めた。

 忙しなく逃げる準備をする大人たちを尻目に、あっちこっち。ファミュの家にも勿論訪れたものの、目当ての人物は見つからず。

 それでもめげること無く、二人による母捜しは続いたのである。



 ★



 結局、ファミュの母が見つかったのは捜索から三時間以上も経ってのことだった。

 何せ子供と老人の足だ。町中を歩き回ろうにもいちいち時間がかかってしまい、気づけばそれだけの暇を要していたというわけで。

 母親の姿を見つけたのは、町を出るべく集っている避難民たちの第二陣。その集合場所を目指し向かっている最中のことだった。


 遠くから不意に掛けられた「ファミュ!」という呼声に視線を向ければ、血相を変えて汗だくで駆けてくる女性の姿があった。

 するとそれを認めるなり、ファミュもまたレラおばあちゃんと繋いでいた手を放し、疲れも忘れたように駆けていくではないか。

 その様子からどうやら目的は果たされたのだと悟ったレラおばあちゃんは、優しげな目で親子の再会を見届けたのである。


 その後、ヘコヘコと何度も頭を下げてくる母親をどうにか落ち着かせると、レラおばあちゃんは徐に踵を返した。

 その様子に母娘は首を傾げる。


「あの、避難なさるのなら急がれたほうが……」

「レラおばあちゃんはいっしょに行かないの?」

「ヒッヒ、ちょっと用事を思い出しちゃったの。おばあちゃんのことはいいから、ファミュちゃんたちは急いでお行きなさいな」


 そう言って、相変わらずのんびりとした足取りでその場を後にするレラおばあちゃん。

 ファミュたち母娘はしばしその背を不思議そうに眺めたけれど、避難民第二陣の出発時刻も迫っていることから、やがてその背に小さく一礼だけすると踵を返すのだった。

 そうして第二陣集合場所へ向かう道すがら。


「あの格好、それに『レラおばあちゃん』って、まさか……」

「ママ?」

「……ねぇファミュ。あのおばあちゃんのお名前、なんていうのか聞いた?」

「レラおばあちゃん?」

「そう。レラおばあちゃんのちゃんとしたお名前」

「えっと、レラハ……ハト……??」

「! もしかして、『レラハトラ』?!」

「あ、そう! そんなかんじだった!」


 娘の返事に、目を見開いた母は、思わず再度レラおばあちゃんの去っていった方向へ視線を向けた。

 すると彼女は見たのである。既に遠い向こうの方、見慣れた町並みの中から、ふわふわと小さな影が一つ空へ登っていき、そして彼方へゆっくりと飛んでいくさまを。

 娘のファミュも同じくそれを見つけたようで。「ママ、もしかしてアレってレラおばあちゃん?」と核心を突くような問いを投げてきたのである。

 子供特有の鋭さだろうか。母は苦笑とともに、娘へと返事を返した。


「そうよ。あの方は……かつて勇者様とともに魔王討伐を成し遂げた、勇者PTの一人『祝福の魔女レラハトラ』様。とてもすごい御方なのよ」

「? そーなの?」


 ファミュはよく分からないと言った様子で首を傾げ、母親は再度苦笑をこぼす。

 そうして二人は、遠く南の空へゆっくりと去っていく小さな影を、暫しの間眺め続けたのだった。

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