第三三一話 総力戦
四つ目のダンジョン。その主を見事討伐したイクシスさんとサラステラさんは、それからさして間を置くでもなく通話で一言『ストレージに入る。取り出しをよろしく頼む』とだけ告げると、休憩の暇すら惜しんで自分たちをPTストレージ内へ放り込んだのだ。
そんな二人をストレージより取り出したのは、障壁の解除された厄災級の最も近くに位置取っていた聖女さんである。
斯くしてダンジョンの奥深くより出た彼女らは、私たちが花人形相手にてんやわんやしている間に厄災級のもとへ突っ込んで行き、いつの間にやら戦闘を開始していた模様。
そんな二人と相対するは、厄災級アルラウネである。
幾重にも存在した繭、或いは卵の如き障壁の中より姿を見せたのは、案の定変貌を遂げたそれだった。
先ず目を引くのは、相も変わらず山のように巨大なそのシルエットだ。
ただし、姿形で言えば大きな変化が見られた。
天を衝く巨木のように縦に長かった茎部分は、随分と低く太くなり、ずんぐりと変容している。
それに伴い、それこそ大樹が如く太い蔓だか触手だかを幾本もウネウネとうねらせ、何人の接近をも許さぬ構えだ。
しかしそれより何より注目するべきは、そう。
蕾だ。蕾が開花しているのである。
大輪の花は鮮やかに赤く、目に見えるほど濃厚な花粉を元気に振り撒いているではないか。
そしてそんな巨大な花からは、とんでもなく巨大な女性の上半身が生えている。正しく、アルラウネの象徴とでも言うべきそれだ。
緑の肌をした、スレンダーな女性……いや、スレンダーどころじゃない。
人間の容姿に照らし合わせて考えるなら、精々が十代前半。ともすれば幼女とすら呼べるような体格。
そして骨が浮き出るほどに痩せ細った、酷く心許ない肉付き。
体の形成も何だか歪で、顔はお世辞にも美人と呼べるものではなかった。
つまるところ、私たちの予想は見事的中したということだろう。
アルラウネの有様を見るに、明らかな栄養不足。或いは未成熟と言うべきか。
恐らくその力に於いても、本来のそれとは比べるべくもないほど貧弱なはずだ。
通常ではあり得ない速度でダンジョン攻略を果たしたことにより、厄災級アルラウネは本来あるべき姿になりそこねた。要はそういうことなのだと思う。
そう、私たちの目論見通りに。
そんな貧弱な様子のアルラウネへ、しかし情けも容赦もなく躍り掛って行くのは勇者イクシスさんと、英雄サラステラさんだ。
一刻も早く決着を付けるべく、怒涛の攻撃がアルラウネを襲う。
とは言えアルラウネも一筋縄で行く相手ではなく。
そも蕾の段階からして、彼のモンスターは相当な耐久力を有していた。それこそあの二人の火力に耐えてしまうほどにタフだったのだ。
それが、未成熟とは言え変貌を遂げた今の状態で、損なわれているはずもなく。
「やっぱりなかなか押し切れないみたいだね……」
『あんなヒョロいくせに、とんでもない再生力よ。このデカい花人形なんて比較にならないくらい』
その様に言ったのはリリで、彼女は花巨人相手に手を焼いている様子だった。
何せ核である種を潰せば、その瞬間大爆発を引き起こすのだ。
盾で身を守ったクラウに、それでも負傷を追わせるほどの凄まじい爆発。
リリだけならどうということはないのかも知れないが、周囲へ及ぶ被害を考えると、おいそれと手出しできない難敵であった。
しかしかと言って、放っておいてもそれはそれで厄介。他の花人形に比べ、圧倒的なスペックを誇る花巨人が冒険者達の中に突っ込んでいこうものなら、阿鼻叫喚の惨事が起こることは目に見えていた。
故に私たち鏡花水月や蒼穹の地平の面々、それに他の冒険者達の中でも秀でて実力のある者は、積極的に花巨人の相手をしているわけで。
私もまた、イクシスさんたちの方を気にしながらも、花巨人を相手に立ち回っているのが現状であった。
ところが、そんな風に気を散らしていたことが災いしてか、不意に左足首に強い圧迫感を感じる私。
とっさに目を向ければ、地中より植物で編まれた手が生え、私の足首を掴んでいるではないか。
すぐさまそれを切り払うも、晒してしまった隙は大きく。
気づけば周囲を取り囲み、飛びかかってくる花人形の群れや、槍のように迫る太い根。そして花巨人の豪腕。
遠隔魔法を駆使して立ち回っていた私が、余程邪魔だったと見える。殺意マシマシの集団攻撃に、テレポートで距離でも取ろうかと考えていた、その時だった。
「ぜあっ!!」
「せぇい!!」
気合一閃。
花人形らを一気に蹴散らし、的確に最寄りの脅威を排除してくれた二つの影は、続けざまに大立ち回りを披露してみせた。
私も直ぐに調子を合わせ、包囲網を逆に一網打尽とすることが叶ったのである。花巨人に関しては一先ず重力と風魔法でぶっ飛ばしておいた。
「ごめん二人とも、助かった!」
「ミコト、集中しなくちゃダメだよ!」
「イクシス様たちが気になるのは分かりますけどね」
「め、面目ない……」
私の窮地に颯爽と駆けつけてくれた二人の人物。
それは、今回の作戦に於いてずっとモニタリングやオペレーターを担当してくれていたレッカとチーナさんであった。
いよいよ総力戦の様相を呈した戦場を見て、居ても立ってもいられなくなった二人はイクシスさんたち同様、PTストレージ経由の疑似転移でもってこの場にやってきていたのだ。
どうやらただでさえ遠隔魔法を行使するべくマップや遠くの様子に注意を払いがちな私が、加えてイクシスさんたちの方に注意を持っていかれていると察し、二人していつの間にやら私の近くに陣取って警戒してくれていたらしい。
こういうところが、私の経験の浅さを証明しているわけだ。反省し、学びとしなくては申し訳が立たない。
「一先ず反省は後回し。私たちがミコトのガードにつくから!」
「その分ミコトさんは、遠くの敵をまとめてぶっ飛ばしちゃってください!」
「はは、心強いなぁ。了解!」
近くの敵に関してはレッカとチーナさんが見事に捌いてくれる。
二人の背を頼もしく思いながら、私はマップを確認しつつ、敵影の濃密な場所を狙い次々に範囲魔法を打ち込んでいったのである。
これまでは近くの敵にも注意を払う必要があったため、どうしたって手数は制限されていた。並列思考の片方を近距離警戒に当てていたのだ。
しかし二人がそれを請け負ってくれている現状、私は並列思考をフルに駆使して、一層苛烈に戦場へ魔法をばら撒けるわけで。
戦場のあっちこっちで落雷や竜巻、爆発や濁流などが頻発。
多くの花人形を刈ることに成功したのである。
『まるで世界の終わりのような光景だね……』
『裏技があればこそ出来る大盤振る舞い。流石私の嫁です!』
『ふん、わ、私にだってそのくらい……』
『ミコト様の手にかかれば、天変地異の一つや二つお手の物です!』
『やはり天使様……!』
なんてつぶやきが通話越しに飛び交っているけれど、無視である。
それに、数を減らすことは出来ても、未だ尽きること無く花人形たちは地面より這い出続けているわけで。根っこも元気にニョッキニョキ。花巨人に至っては、どう仕留めて良いかもまだ判然としない有様だった。
また、奮闘しているのは当然私たちだけではなく、控えていた冒険者たちもまた死物狂いで植物たちと派手にぶつかり合っている模様。
そんな彼らにとって、最も恐れるべきはやはり花粉の存在のようで。
状態異常から身を守るための魔法や薬などは限りがあるらしく、どうしても劣勢を強いられている様子。
上手く風上に位置取ったり、風魔法を駆使して花粉の飛ぶ方向を誘導したりして被害を最小限にとどめているようだけれど、それでも完全というわけには行かず。
特に遠距離戦の術に乏しい人たちは、間近で花粉の影響を受け、顔色を青くし早々に治療を要する事態となっていた。
流石に私たちが幾ら奮戦してみたところで、数が違いすぎるのだ。
それに私たちだって、そうバカスカ花人形たちを駆逐できるわけでもない。
奴ら一体一体が、それなりの力を有し暴れまわっているのだ。それを無双し蹴散らすというのなら、相応の消耗が強いられるわけで。
戦闘開始から早くも二時間近くが経とうとしている現在、裏技を持つ私はともかく、他の面々には流石に疲労の色が見え始めていた。
特にMPを主軸に高い火力をぶん回す蒼穹の地平は、継戦能力に些かの難があり、MPの残量が次第に心もとなくなっている様子。
逆に鏡花水月はMPよりスタミナで戦う娘が多いため、まだまだ元気に戦場を駆け回っている。
状態異常対策のディズィーズガードは、遠隔魔法にて何度か掛け直しているためまだまだ大丈夫そうだし、いい加減花巨人への対処方法も見えてきた。
花巨人は、心臓部に存在する種をどうにか抉り出し、隔離することで対処することが出来る。
もしくは敢えて半径百メートル外の遠距離から種を射抜くという方法もある。敢えて爆発させ、付近の敵諸共処理するやり方だ。
ただ、花巨人の種はもとより、花人形も根も、氷漬けにするなどして動きを封じ放置しておくと、やがては自ら枯れてリスポーンすることが分かった。
リスポーンされてしまうと、その分だけアルラウネは大地より多くの養分を吸い上げてしまい、死の土地が広がってしまう。
なので出来れば倒すのではなく、捕縛で時間を稼ぎ、イクシスさんたちがアルラウネを倒すのを待ちたかったのだけれど、どうやらそうも行かないらしく。
というかそのイクシスさんたちも、戦闘開始からやがて一時間ほどが経つが、未だに厄災級アルラウネを仕留められずに居るらしい。
度々一帯を揺るがすような、凄まじい衝撃がアルラウネのもとより生じるのだけれど、どうやらあの二人による攻撃が原因のようで。
しかしそんな凄まじい技を受けて尚、驚くべき再生能力を駆使し現状を維持し続けているアルラウネ。
奴の再生にもきっと、膨大なエネルギーが用いられているはず。
つまり奴がその身を癒やせば癒やすだけ、死の土地は加速度的に広がっていくわけだから、イクシスさんたちの焦りも一入だ。
『くそ、やはり我々だけの力では一歩及ばないのか……!』
『パワ……こんな時、あの人さえいてくれたら……』
そんな、何時になく弱気な二人のつぶやきが、通話を介して届いてくる。
やはり厄災級を仕留めるには後一押が足りないようだ。
「イクシスさん、それならいっそ総攻撃を掛けてみる? あと一歩で押し切れるのなら、それでどうにかなるかも」
『む、それはそうかも知れないが、ミコトちゃんたちがその場を離れては総崩れになりかねないぞ』
『確かにそれはそうですね。現状のパワーバランスは非常に危ういものです』
『だが手をこまねいていてはジリ貧だ!』
『アレはどうなのよ? 前言ってた【キャラクター操作】だっけ? 強力な技なんでしょ?』
「確かに……消耗は激しいけど、ここが使いどころかも知れない」
『だとしたら誰を使うの?』
『ここはやはり、火力を重視するべきです!』
『それなら……』
各々目の前の敵と苛烈な戦闘を繰り広げながらも、交わされる緊急通話会議。
斯くして現状を打ち破るべく、イチかバチかの切り札が仕込まれたのである。
厄災戦もいよいよ佳境。果たしてアルラウネ討伐は成るのか……。
肝を冷やしながら、私は早速行動に移るのだった。




