第三三〇話 高速フラグ回収
地中に存在する反応も合わせたなら、その総数はひょっとすると五千にも及ぶだろうか。
それだけの花人形が、各々様々な状態異常を引き起こす花粉を振り撒きながら暴れているのだ。
イクシスさんにより張られた結界内部は、それらの脅威を詰め込んだ巨大な爆弾めいてすらあった。
この結界が破れたなら、花人形による物理的な破壊もそうだが、それ以上に先ず花粉による間接的被害が甚大なものとなるだろう。
幸い私たちは魔法で身を守ってはいるが、結界の外に控える冒険者たちの全てをカバーするだなんて芸当は流石に無理である。数が多すぎる。
そこで私は、皆が花人形を間引くべく奮闘する最中、一時戦線を離脱。
結界外で冒険者達が設置している仮拠点へと転移した。
チーナさんやレッカの働きにより、この陣営を取りまとめているであろう人物や作戦司令部等には既にマーカーがつけられているため、私が目指したのはそこである。
作戦司令部なんて言っても、野外に設けられた大きなテントであり、外には見張りが二人ほど立っているだけ。
人目につくのも困りものなので、私はそのテント内へ直接ワープで乗り込んだ。
すると体よく、実力の有りそうな冒険者や、騎士然とした甲冑を身に纏う貴族っぽい人らが難しい顔でテーブル上の地図を囲い話し合いをしている最中ではないか。
突如現れた私に対し、ぎょっとする面々。
当然ながら一瞬物々しい空気が漂うも、直ぐに黒ずくめに仮面という容姿から『勇者に協力してる怪しい集団』であると当たりをつけたらしく、実際そのように確認の問が投げかけられた。
「その突如現れては消える能力……勇者殿の協力者とお見受けするが、相違ないか?」
「はい。突然の来訪、不躾は承知の上ですが、緊急なのでご容赦願いたい」
「緊急か。それはもしや、草人形共の変化に関することだろうか?」
「ええ。実は──」
誰何の問答も手短に、私は早速、三つのダンジョンを既に攻略し、四つ目の攻略もまもなく終わることを彼らへ告げた。草人形の変化や根の出現などは、それに伴うものであるとも。
そして結界がいよいよ限界に達しようとしており、程なくして花人形たちが解き放たれるであろうことについても、しかと予告しておく。
「花人形は、浴びれば状態異常を引き起こすような花粉を常に振り撒いています。既に結界内にはそれが満ちており、結界が壊れたなら……」
「その花粉が周辺一帯へ広まってしまう、と」
「はい」
「ふむ、してその状態異常の内容とは如何なるものか?」
「……あっ。少々お待ちを……」
問われ、私は内心盛大に焦りを覚えた。
というのも、私たちは魔法で状態異常から身を守っているため、肝心の『花粉が一帯どんな症状を引き起こすのか』という点に関してはよく分かっていないのだ。
どうしたものかと大慌てしながら、縋るような思いで通話を仲間たちへ繋いだ。
遮音魔法を身に纏えば、私が通話で話している声が聞かれるようなことはない。のだが、念の為テントの隅っこにこっそり移動する。男たちの視線が痛い。
「助けて誰か! ヘルプ! へループ!」
『どうしたのミコト?!』
『緊急事態ですか!!』
「ああごめん、訊きたいことがあるだけなんだけど。花粉による状態異常がどんなものか、詳しく分かる人いないかな?」
『あー、そういう事なら任せて』
「クオさん!」
状態異常の専門家であるらしい、蒼穹の地平で斥候を受け持つクオさん。
私は早速彼女にアレヤコレヤと花粉の恐ろしさについて聞かされ、顔を青くした。
曰くココロちゃんが緑の獣により被った軽度の麻痺だなんていうのは本当に軽い症状で、花粉を浴び続ければ麻痺はどんどん重くなり、加えてHPを徐々に削る毒や五感への障害、出血に混乱、昏倒などなど。
聞けば聞くほどヤバいものであり、私だけでなくそれを聞いていた他のメンバーたちからもドン引きする声が上がった。
『そそ、そういうことは先に言っておきなさいよ! うっかりディズィーズガードが消えたらどうすんのよ?!』
『魔法で治療できるんですよね? ね?!』
『と、とにかくミコト、花粉の危険性についてはしかと彼らに伝えておいてくれ。対策が不十分なようなら、最悪逃げてもらった方がまだいい!』
「わ、わかった」
情報も得られたことで、早速通話と遮音の魔法を切った私は、こほんと小さく咳払い。
皆の注意を改めて集めてから、仮面の下で口を開いた。
そうして花粉の危険性について、今仕入れたばかりの情報を手早く、けれど努めて丁寧に語って聞かせたところ、偉そうな男たちが揃って顔を顰め青くした。
が、当然半信半疑もあり。
「そ、それは本当なのか?! 本当だとしたら、碌な戦いにすらならんじゃないか!」
「ともかく、急ぎ確認を取れ! 結界外に湧いた人形と交戦した者が幾らか居るはずだろう!」
「それが本当なら、風向きが重要になってくる……くそ、作戦を見直さねば……」
などと、にわかに騒がしくなったテント内。
何にせよ、これで伝えるべきことは伝えた。情報があれば余計な被害も出にくくはなるはずだろう。
彼らの働きに期待しながら、私はそっとワープにてその場を離脱。再び結界内の最前線へと舞い戻ったのだった。
結界と、厄災級をくるむ障壁が消滅したのは、時間にしてそれから僅か一時間後のことだった。
★
『連絡です! 勇者チームが四つ目のダンジョンボス討伐を果たしました!』
通話を介して聞こえたチーナさんの声に振り返れば、正に厄災級の纏う障壁がついに消滅していく光景が目に入った。
いよいよ厄災級アルラウネ本体の、変貌を遂げたであろう姿が見えるかと目を凝らしたのも束の間。
『まずい、結界がもうダメみたい』
というオルカの声に、無理やり意識を引き戻されてしまう。
タイミングは非常に拙いもので、四つ目のボスが討たれたということは即ち、もう一段階何らかの異変が起こり得るということでもある。
さらに、結界内に充満した花粉が外に漏れ出すということも意味しており、既に警告こそ済ませはしたものの、結界外に控える冒険者たちが花粉に対してどれほどの対策を打てたかは未知数である。これを放っておいては相当な被害は免れないだろう。
なので。
「リリ! ソフィアさん!」
『分かってるわよ!』
『お任せください』
私とリリ、そしてソフィアさんで協力し風魔法を行使。
結界内の花粉を一つ所に吸い寄せ、一斉拡散を封じ込めるという処置を行った。
更に集めたそれを重力魔法でギュッと固めて花粉の塊を作り、後はストレージにでも放り込んでおけば大惨事は一先ず回避できたと見ていいだろう。
とは言え、花人形たちは依然として花粉を撒きながら暴れているため、所詮一時凌ぎにしかならないのは明白。
加えて四体目のダンジョンボスを討伐した影響だろう、異変が始まった。
それは丁度クラウの真後ろより、地面を派手に突き破り現れた。
大きさにして花人形の悠に三倍はある、巨大な花人形。花巨人とでも呼ぶべきそいつがのっそりと立ち上がり、そしてクラウにあっさり首を撥ねられたのである。
『な、何なんだコイツは!』
「斬ってから言うセリフじゃないよ……」
『待って、他でもちらほら出現してるみたい』
オルカの指摘どおり、周囲を見渡せば確かに、巨大な人影がにょきにょきと地面より生えて出てくるところが見て取れた。
花人形の数に比べると、出現率はおおよそ数百分の一くらいか。
脅威度の程としては、クラウにあっさり斬り捨てられる程度であるため、そこまで警戒するような相手でもない……かと思いきや。
『む、切った首が生え変わっただと!?』
というクラウの驚きの声に再度視線を向ければ、首を切り落とされ倒れたはずの花巨人が、再び起き上がっているところだった。
しかも彼女の言うとおり、首は急速にメリメリと新たに生えてきており、あっという間に元通りになってしまった。
驚くべき再生力である。だが、当然奴が回復するのを鏡花水月に属するクラウがぼんやり見ているはずもなく。
たとえ相手が変身中だろうと、口上を述べているところだろうと、隙さえあれば襲いかかる。そんな私たちの理念に基づき、何ら遠慮なく聖剣を振るって掛かったのであった。
結果、次は四肢を切り落とされ、またも地に倒れ伏す花巨人。流石にちょっと哀れである。
しかし尚もクラウに容赦はなく。どうせまだ再生するのだろうと当たりをつけ、ならばそれが出来ぬよう徹底的に切り刻み、可能なら確殺する方法を編み出してやるくらいの気概でせっせと巨人の解体を行っていった。
するとその甲斐があったのか。
『む、これは……』
「何か見つかった?」
『ああ。心臓の辺りに何やら、種らしきものがあるな。突き刺してみるぞ』
「爆発するかも。十分気をつけてね」
『はっはっは、まさか』
チュドン。
直後である。クラウの居た場所から、盛大な火柱が上がったのは。
「ク、クラーーーウ!!」
『……だだ、大丈夫だ。鏡花水月の盾役は伊達じゃない』
と、少し間があったが、どうやら彼女は爆発を受けても耐えきったらしく。
些か震えた声で『盾がなければ危なかった……』などというつぶやきを漏らしていた。
そんな彼女のもとへは急ぎココロちゃんが駆けつけ、すぐさま傷の手当を行ってくれたけれど。
しかしとんでもない事実が判明したものである。
花巨人はただでさえ通常個体の三倍、大きさで言えば五メートル前後もあろうというのに、それに加えて呆れるほどの再生能力と、極めつけが心臓部にある種を壊すと爆発するという特性。
流石に爆発した花巨人に再生する気配はないようだけれど、爆発の規模は決して小さいものではない。
見たところ半径一〇〇メートル圏内には凄まじい爆風が及び、敵味方問わず盛大に被害を撒き散らしているようだ。
突風は爆心地を中心に遍くものを吹き飛ばし、同時に襲いかかる熱波は、枯れた草木を一瞬で灰に変えてしまうほどの熱量を孕んでいた。
クラウはアレを間近で受けて、よくぞ無事だったものである。
そんな、恐ろしい花巨人があっちこっちに出現しては、手近な人間めがけ躍り掛っていくではないか。巨体にそぐわぬ軽やかな身のこなしは、それだけでステータスの高さを裏付けるには十分だ。
加えて通常の花人形たちも一層勢いづき、こころなしかウネウネと元気にうねる根もそのたくましさを増したように見える。
厄災級本体だけでなく、どうやら有象無象らにしてもいよいよ最終決戦への準備を終えたということらしい。
ここまで取り巻きに力を与えたのだから、本体はその分弱っていて欲しいものである。
そんな期待を寄せながら、相変わらずマップを介した遠隔魔法をばら撒きつつ、視線を厄災級の座す方へと向けてみる。
するとそこでは既に、イクシスさんとサラステラさんの大暴れする光景が展開されていたのだった。




