第三二九話 頭がお花畑
直径一〇メートルはくだらない大穴の底、打ち込まれた魔法の残滓とともに、緑色の肉塊が黒い塵へ還っていくのを私たちは確かに認めた。
と同時、マップ上からダンジョンボスの反応が完全に消失したことも。
そう、我々がたった九人でダンジョン攻略を成し遂げた、記念すべき瞬間である。
だというのに。
「やったーかったー」
「…………」
「えっと……そうです、勝ちは勝ちです!」
「天使様の為さることですから、正義は我々にあるのです!」
「はぁ……まぁいいけどさぁ」
と、諸手を挙げて喜ぶ私とは対象的に、浮かない表情の蒼穹の地平メンバー。
一体何が不満だというのか、特にリリの表情ときたら非常に複雑怪奇で、様々な二律背反を無理くり混ぜ合わせたような、形容しがたいものだった。
しかし私の身内である鏡花水月の方はと言うと。
「あーあ、ドロップ回収が少し手間だな」
「全員大きな怪我もなく済んでよかったです!」
「あ、お宝部屋が出てる」
「というか討伐が済んだのならさっさと撤収しましょう」
このさっぱり具合である。
確かに厄介なボスではあったけれど、偵察と対策、それと少しの機転を利かせた甲斐があり、終わってみれば存外苦戦らしい苦戦もなかった。
まぁそれは蒼穹の地平っていう大きな戦力があったればこその成果なのだけれど、ともあれ作戦を組んだ時点でこの結果は想定内である。
であればこそ、こういうやり方に慣れている鏡花水月は、当然の帰結としてすんなり現状を受け入れているわけで。
その温度差にまた困惑する蒼穹の地平だけれど、ともあれソフィアさんの言う通り、事が済んだのならばさっさと引き上げねばならない。
何せここは所詮四つあるダンジョンの三つ目に過ぎず、謂うなればダンジョンボス討伐など通過点でしかないのだから。
と、皆がようやっと思考を切り替えつつあったその時だ。
『連絡です! 地上の草人形にまた変化がありました!』
『あれはもう草じゃないよ、花だよ。花人形だよ!』
そんな知らせが届けられたのは。
通話を介し、そのように述べたのはチーナさんとレッカ。依然として羽つきカメラを駆使しダンジョン外の様子や厄災級の状態をモニタリングしてくれていた彼女らは、どうやら何かしらの異変をまた見つけたらしい。
トリガーとなったのは間違いなく、今しがた討伐したダンジョンボスだろう。
これを打倒したことによる異変が、早くも地上に何らかの影響を齎してしまったようだ。
早速その詳細を尋ねてみると。
『草人形たちの頭から、大きな花が生えて咲いたんだ。凶暴性も上がってるみたい』
『大変です、花人形たちが一斉に結界を攻撃! このままではすぐに崩壊するかも!』
これを受け、先程までの何とも言えない空気はすっかり霧散。
私たちは静かに目配せし合い、次の行動を無言の内に定めた。
確認のため、私が口を開いてみせる。
「どうやらお宝を回収してる暇も無さそうだね」
「そんなのはまた後でやればいいのよ。どうせあんたなら一瞬でしょ?」
「母上たちの方はどうなっている?」
『イクシスさんたちなら、四つ目のダンジョンボスと既に交戦中』
『もうしばらくは掛かるかも知れません』
「勇者様方なら、いつ四体目のダンジョンボスを倒されても不思議ではないでしょう」
そう。イクシスさんたちは、私が既に四つ目のダンジョンへ移送済みである。
どうやら既に休憩を終え、最後のダンジョンボスと戦闘を行っているらしい。
一体どの程度休憩時間を挟んだのかは知らないが、向こうはたった二人でのガチンコ勝負である。私たちのような搦手もなしにボスとの二連戦。
やはりレジェンド組は格が違うということだ。
ともかく、どうやら私たちもここでのんびりしているだけの時間は無さそうである。
「それじゃみんな、着替えようか。あとMPが減ってる人は急いで回復しておいてね!」
「コスプレの時間」
「この『怪しい集団』にも、何かかっこいい名前をつけたいものだ」
「ですね。名前がないのは不便ですし、何より便宜上とは言え自分たちで『怪しい集団』だなんて、いつまでも使いたい仮称じゃないです」
早速各々がストレージやマジックバッグから黒いローブと仮面、それに各種回復薬なんかを取り出し支度を整えながら、話題に上がった『怪しい集団』の名前について簡単な議論が交わされていく。
「『秘密結社ヘンシツシャー』なんてどう?」
「リリエラ、あなたそれ真面目に言ってるんですか……?」
「リリエラは魔法の才能と引き換えに、色々投げ捨てちゃってるからね。仕方ないね」
「どういう意味よ!」
「黒ずくめで仮面をした集団……まるでみんなでミコト様の真似をしてるみたいです。なので『ミコト様を崇める会』とかどうですか!」
「アグネムちゃん、素晴らしいです!!」
「ごめん、却下で」
「「ええー!」」
「やっぱりもっとかっこいいのが良いよな! 少しベタだが『ダークシャドー』とか……」
「クラウは中二病の気があるって前ミコトが言ってた。その意味が少し分かった気がする」
「もう面倒なので『黒子』で良くないですか?」
など、ワイワイと存外白熱したやり取りは続き、結局これという決定案の出ないままこの話は保留となった。
そうこうしながらも皆、支度は手際よく整えており、MP回復薬の効き目が確認できたところで早速私たちはダンジョンを脱出。
九人揃ってダンジョンの入口に姿を現せば、そこは三つ目のダンジョン入り口に当たる場所であり、且つイクシスさんの張った草人形たちを封じ込める巨大な結界の内側でもあった。
故に、それらが直ぐに目に付いたのである。
「あれが、花人形」
「確かに頭に花が咲いてますね」
「あの花、緑の獣が背に生やしていたものとそっくりじゃないか?」
「気をつけてみんな。どうやらあいつらも、状態異常を付与する花粉を振り撒いてるみたいだよ」
「幸いディズィーズガードはまだ切れてないみたいね。バカ仮面、今のうちに掛け直してくれない?」
「それはいいけど、いい加減名前で呼んでってば。っていうか今は全員仮面してるじゃん!」
「な、名前で呼んだらこの格好してる意味がないでしょうが!」
「正論パンチ、だと?!」
「! 皆さん、根が襲ってきます!」
結界の壁面にたかる花人形たちを眺めながらあれこれ言い合っていると、先んじてそれに気づいたソフィアさんの警告が飛び、その直後、地面より突き出してきた太い植物の根が私たちへ襲いかかってきた。
根の太さは、おおよそ五〇センチくらいはあるだろうか。木の根より尚太いそれは、鞭のようにしなり、槍のように刺突を繰り出す。相当に凶暴で厄介な代物だった。
そんな根が結界の内外問わず、至るところで大暴れしている。
現在冒険者たち地上戦力を困らせているのは、即ちコレなのだろう。
とは言え、私たちの手に負えないほどの脅威かと言えばそんなことはなく。
「【閃断】」
とソフィアさんが小さく唱えれば、それだけで根っこは地中深くより断たれ、途端に動きを停止したのであった。
しかしそれも束の間。
「! また動き出した?!」
「どうやら切断面があっという間に繋ぎ直されてしまったみたいですね。尋常ではない生命力です」
「ならば念入りに切り離すまでだ!」
そう言ってクラウが聖剣を振るえば、根は綺麗に中程より切り落とされ、そして直後切断面からはニョロリと白い繊維が伸び、無数のミミズのように蠢いたけれど、流石に落ちた根の先を拾い繋ぐようなことはなく。
代わりに蠢いた繊維は槍の穂先が如く纏まり、新たな根の先端として機能し始めたのである。
「あー、ウニョウニョして気持ち悪いです!」
「取り敢えず、今のうちに【ディズィーズガード】っと」
「まずいな、結界に罅が入り始めたぞ!」
「あのまま外の冒険者達に襲いかかったのでは、きっと相当な被害が出てしまいます!」
「全力で間引くわよ!」
そう言って先陣を切るリリに続き、私たちは総出で花人形の数を一時的にでも減らしに掛かった。
花人形は幾ら倒したところで、補充されるように新たな個体が地中から這い出てくるわけだけれど、とは言え倒せば倒しただけ時間稼ぎにはなる。
延いては、結界が破られるのを遅らせることにも繋がるわけだ。
また結界が破れた際に生じる被害の緩和にも繋がる。
結界面に殺到している花人形たちが、もしもそのままの数と勢いでもって、今も根っことあくせく戦っている冒険者達に殺到したなら、生き残れる者がどれほど居るか。
しかし今のうちに間引きを行っておけば、彼らに襲いかかる花人形の密度も下げることが出来るはず。
そういうわけで、私たちは直ちに結界をなんとか壊そうとしている奴らへ総攻撃を仕掛けたのであった。
一様に結界を殴ったり蹴ったりしている花人形たちは、その殆どが私たちに背を向けている形である。
そんな隙だらけの奴らだけれど、勿論そこへ掛ける慈悲など欠片もなく。
ボス戦の疲労も何のその。大地よりしつこく飛び出し襲ってくる無数の根っこもひっくるめて、薙ぎ倒しに掛かったのだった。
花人形の数は推定三千以上もあり、これもダンジョンを攻略した影響なのか明らかに以前よりその総数を大きく増やしているように見える。
しかも、まだまだ地面よりゾンビが如く湧き出し続けていることから、上限数はもっと上であると考えられた。
『皆さん、厄災級による侵食域の拡大速度が加速しています!』
『ボスを倒した影響か、はたまた花人形のリスポーンのためか……何れにしてもこのままじゃ拙いよ!』
皆の攻撃がごっそりと花人形たちを屠っていくが、それを補うべく厄災級は追加分の生成を繰り返す。
結果、そのために必要なエネルギーというのは大地より吸い上げられ、貪り食われた大地は死の土地へと書き換えられてしまう。
かと言って花人形を放置しては、結界はまもなく破壊され、死傷者を多く出してしまうだろう。
被害の拡大を止めるには、結局のところ厄災級アルラウネ本体を倒す他ないわけだが、奴を守る障壁は随分とその規模を縮小しながらも健在。
空間魔法や転移で障壁内部に侵入できれば良いのだが、障壁に護られている部分はさながら玉ねぎやキャベツのように中身が詰まっているようで、それも叶わず。
障壁を壊そうにも、ダンジョンを三つ攻略し終え、段階的に解除されたこれまでのものに輪をかけ、ギッチギチに折り重ね展開された幾重ものそれは如何にも強固であり、その破壊に手を焼いていては花人形たちへの対処を怠ることになってしまう。
結局私たちが今出来ることと言えば、来たるべきその時を待ちながら、目の前の花人形たちを片っ端から蹴散らすことくらいだった。
そして不意に、それは訪れる。
バギンガシャンと硬質な音を立て、ついに厄災級を守る最後の障壁群が砕け散ったのだ。
とほぼ同時、花人形たちを留めていた結界もまた、派手に崩壊したのである。
厄災級討伐作戦、その最終局面の始まりだ。




