第三二七話 足並み調整
第二次偵察が終わり、初見殺しめいたダンジョンボスの手の内というものがようやっと把握できた。
ボスフロア入り口にて斥候班をストレージより取り出し合流を果たせば、早速対策会議を行う私たち。
同じくストレージより取り出したテーブルと椅子を並べ、簡易会議室をでっち上げての話し合いである。
せっせと聖女さんがお茶を用意してくれる中、着席した皆がしきりに意見を述べていく。
ダンジョンボスである緑の獣。奴の……というか奴らの得意とする戦法は、二つの強力な武器により構成されていることが判った。
一つは状態異常を引き起こす花粉。
もう一つは圧倒的な数である。
数により花粉は強化され、花粉が強化されれば数で押し切りやすくなる。正に相乗効果とでも評すべき戦法であり、シンプルに面倒且つ厄介な相手だと言える。
問題はそんな相手にどう対処したものか、という事なのだが。
「どうもこうもないわよ。全部ぶっ倒せばいいじゃない!」
「うむ、そのとおりだな」
「ココロがんばります!」
と脳筋組が騒ぐ一方で。
「状態異常への対策は問題なかった」
「花粉のサンプルは回収してきたから、分析すれば状態異常の内容は判るよ」
「先程減らした数は、次回補填されるのか。そも無限に湧くのか、上限数があるのか……先ずはその辺りを突き止めなければなりませんね」
「各個体にコアがあるそうですし、やっぱり上限数は存在するんじゃないですか?」
「となると殲滅を目標とした持久戦ですか。ならばそれに適した陣形を組んで当たるべきでしょう」
と、ちゃんとした対策も打たれつつある。
ところが、そんな話し合いを行っている最中のことであった。
『連絡です。皆さん、勇者チームが二つ目のダンジョン攻略を達成しました。これに伴い地上では新たな異変が起こり始めています』
不意に通話を介し、チーナさんからの連絡が私たちに届いたのだ。
続いてレッカが詳細を述べる。
『今回の異変は、根っこだね。地面から太い根っこが無数に突き出して、地上の冒険者達を襲い始めたんだ。すごく硬いみたいで、しかもかなりの再生速度を持ってるみたい。みんな手を焼いてるよ、被害も少しずつ増えてる』
この知らせに、焦燥を覚える私たち。
慎重に、安全にと戦略を練っている内に、無敵の戦力を誇るイクシスさんたちは早くも二つ目のダンジョン攻略を終えてしまった。
これでは足並みが揃わず、計画に支障が出かねない。
こちらも急いでボスを倒さなければ、という急く気持ちが皆の心中に芽生えたのである。
とは言えそこは長けた冒険者たち。焦れば思わぬ失敗を招くと分かっていればこそ、敢えて取り乱すことはなく。
「ぐぬぬー! 私たちも負けていられないわよ! ほらもうみんなで突っ込んで全部灰にすればそれで片が付くって分かったんだし、チンタラしてないで特攻よ特攻!!」
ああ、約一名短気な彼女は例外だったみたいだ。
ガタッと席を立ち、皆を煽り立てるリリ。
しかしその頭にボゴンと聖女さんの長杖が振り下ろされれば、大きなたんこぶを作りテーブルに突っ伏す彼女。痛そうである。
「すみません、うちのイノシシ娘が」
「まぁ、彼女の言うことも分かるぞ。実際我々は一刻も早くボス討伐を果たし、地上の戦力に合流せねばならないわけだ」
「ですね。手をこまねいていたら不利になる一方です」
「実際問題、状態異常に関しては脅威じゃないことが分かってるんだし、後はあの数をどうするかが問題だね」
「持久戦型の陣形ですか。でしたらMPが幾らでも回復できるミコトさんが鍵になりそうですね」
「……あ。良いこと思いついた」
リリに感化された、というわけでこそ無いけれど、確かに急くべき状況であるというのもまた事実である。
差し当たって先ずイクシスさんたちには、少しばかり休憩を取ってもらうことにする。
私たちがボスに挑んでいる間、戦場の方に出てもらうって手がないわけでもないけれど、その場合彼女らの消耗も然ることながら、万一勇者が地上に居るということが周りの人たちに感づかれたなら、『では一体ダンジョン攻略を行っているのは誰なんだ?』とか何とか、面倒な混乱が起こりかねない。
なので、歯がゆいとは思うけれど彼女たちには少しばかり休んでいてもらい、良きタイミングで四つ目のダンジョンボスへ挑んでもらうことに。
そのために私は、ストレージ経由でその場を一旦離脱。イクシスさんたちの方に合流すると、二人を四つ目のダンジョン最深階層にまで転移させておいた。
その後皆のもとに戻り、手早く諸々の打ち合わせを終えると、第二次偵察メンバーの補給が済んだのを確認してから早速出発することにしたのである。
私発案の秘策を携えて。
★
長い一本道の先、でんと聳える大きな石造りの扉はボス部屋と通路を隔てるそれである。
押せば思いの外簡単に開くが、一度挑戦者がこれを潜れば扉は固く閉ざされ、挑戦者が部屋の中より消えるかボスを討ち果たすまで開くことはない。
尚、一見ただの石造りに見えるこの扉だが、当然そんなはずもなく。
ボスに挑むような秀でた力を持つ冒険者を閉じ込めるだけあり、その頑強さは本物である。しかも、破損したところで忽ち復元されてしまうという自動修復機能付き。
ダンジョンボスへの挑戦というのは、本来そういうデッド・オア・アライブ的な覚悟を胸に行われるものであり、謂うなればこの扉は生死を分かつ境界線のようなものなのだ。
なので本来、これをひょいひょい跨いで良いはずはない、らしいのだけれど。
「んじゃ、プラン通り行くよ。みんなディズィーズガードは行き渡ってるよね?」
一応確認を取れば、皆からは肯定を告げる返事が返ってきた。
これで状態異常は無効化出来る。後は圧倒的な敵の数を如何にして凌ぐかという点だけが問題だ。
ボス部屋に足を踏み入れた私たちは今、早速ボスモンスターである緑の獣が現れるのを待っているところである。
すると既知のとおり、まずは最初の一体が地中より現れ顔を出した。
そこを、オルカの放った矢が貫く。見事にコアを捉えた一撃だった。
どうやら奴らのコアの位置は一律であり、既にその場所は皆に情報共有が成されている。
奴の喉元。そこにコアはあり、これを破壊できれば一撃で仕留めることは可能だ。
とは言えただでさえ素早く身軽な緑の獣。加えて状態異常を付与してくるという厄介な特性上、これを成すのは容易いことではない。
マップにてどこから現れるのかが分かっていればこそ、こうも簡単に最初の一体を仕留めることが出来るのだろう。
が、これは所詮ただの様子見に過ぎない。或いは挑戦者を油断させるための罠だろうか。
一体目の獣が黒い塵に変わって数瞬後、地の底、壁の中、天井の上にブワッと一斉に生じるは夥しい程の敵の反応。その何れもがボスモンスターを示す特有のアイコンだというのだから、マップ上で見るそれはなかなかに奇妙な有様である。
これに対し、私たちもまた事前打ち合わせ通りの陣形を整える。
敵は壁も天井も関係なしに湧き出てくる。とは言えしっかり障壁なりなんなりで対策を打っておけば、虚を突かれるようなこともない。それは先程リリが証明してくれたことでもある。
そのため、私たちが陣取るのは部屋の隅っこである。
しかも、天井の。
獣たちは非常に身軽で素早く、壁や天井だって這い回るような挙動が可能ではある。が、かと言って重力の影響を受けないわけではない。自重だってそれなりにある。
しかし対する私たちには重力魔法があるのだ。
であれば、天井の隅っこに障壁と足場を張り、そこに籠城すればそれだけで手の届きづらい強ポジションの完成である。
遠距離攻撃が得意な組は、ここからひたすらスキルなり魔法なりを撃ちまくる。それだけで獣たちに大きな打撃を与える事ができるはずだ。
加えて近接戦闘を得意とする組は、接近する敵の対処、及び余裕があれば突っ込んで獣を蹴散らして貰う予定となっている。
そういうわけで、獣たちが湧いてくるより前に急ぎ所定の位置についた私たち。
幸い部屋の隅は角ばっており、おあつらえ向きに三つの辺が交わる角っこが存在した。なのでそこまで飛び上がって陣取り、障壁をこしらえたなら籠城態勢はバッチリである。
直後だった。
ドバっと一斉に緑の獣が、床から壁から天井から、どんどんわらわらと気味の悪いほどに湧いて現れたのは。
しかしそう来ると分かっていればこそ、私たちに動揺などあるはずもなく。
寧ろ、先制を決めるのはこちらである。
「いくよ!」
「「「「応!」」」」
掛け声とともに、殲滅戦の幕は切って落とされた。
ソフィアさんの魔法が大味に敵を消滅させていき、私の範囲魔法がせっせと敵を氷漬けにしていく。
ココロちゃんとオルカが怒涛の如く駆け抜け敵を蹴散らせば、クラウは重力魔法の力で壁や天井を足場に、近づいてくる獣を片っ端から斬り裂いた。
皆、奥の手こそ控えているものの、開幕直後からの全力戦闘である。スタミナ管理もへったくれもない。
全力で駆け、全力で武器やスキル、魔法を振るい、手当たりしだいに緑の獣を屠っていった。
しかしそれも已む無いことで、相手は量産型とは言えダンジョンボス。一個体それぞれが、四九階層に出現するモンスターに比肩するほどのスペックを有するのだから、手を抜いて当たれるはずもないのだ。
それでもこうしてバカスカ数を減らすことが出来ている理由としては、コアの位置が知れていることや、個体差が希薄であるため想定外が起こりにくいことなどが挙げられる。
しかし何より一番は、皆の奮闘があればこそ、というところだろう。
その甲斐あって、次々に獣を黒い塵へ還していく私たち。
順調である。この調子を維持できれば、そう掛からず殲滅は完了するだろう。
だが、当然こんなペースがいつまでも続くはずはない。私はともかく、他のみんなには無論MPにもスタミナにも限界があるのだから。
が、当然それも織り込み済みであり。
「よしよし、確実に敵の数は目減りしてるね」
『ちょっと、いつまで待たせるのよ! 暇なんだけど!』
「ああはいはい、それじゃそろそろ替わってもらおうかな」
『待ってました。出番ですね!』
『我々も負けていられません。全力で行きますよ』
『こういう集団戦、専門外なんだけどなぁ』
そのように、通話を介して蒼穹の地平メンバーとやり取りを交わせば、その直後戦況に大きな変化が訪れるのだった。
奮戦していた鏡花水月の面々が突如、その場から姿を消したのだ。まぁ私は依然として障壁内に籠城中だけど。
そうしてそれと入れ替わるように、姿を現した者たちがあった。
即ちそれこそが、蒼穹の地平の四人である。
そう。私の考えた秘策とは、ある意味非常にシンプルで、しかし他の人たちじゃきっと真似できないような禁じ手。
即ち、『交代で休憩を取りながらボスを殲滅しちゃおう作戦!』であった。
鏡花水月に替わり、蒼穹の地平による大暴れが……始まる。
うわ、クリスマスやんけ!
メリクリです! そして皆さん良いお年をー!
あ、年内更新まだあります。




