第三二五話 花粉
この世界にも、実は銃というものが存在している。
その名を『魔道銃』といい、文字通り一種の魔道具である。
あまり詳しいことは知らないのだけど、取り敢えず高価であるとは聞いた。私も一時は入手を考えていたけれど、諸々の事情により断念したわけで、その事情の一つがお値段であったことは言わずもがなというやつだ。
生前の世界にあった火薬を用いた銃器とは異なり、魔道銃に用いられるのは魔法である。
基本的な仕組みとしては、風魔法を駆使して勢いよく弾を発射するってものらしい。
そのため銃声が比較的小さいのも特徴的だ。何なら静音性を売りにしている魔道銃っていうのもある。
かと思えば、爆裂魔法を用いた威力重視でメチャクチャうるさいものも存在するとかしないとか。
また、銃弾の方にも魔法を込めることが出来るとかいう話もあったっけ。
通常の魔道銃は、普通に鉛だか何だかの弾を打ち出して終わりという代物らしいけど、魔法を込めた弾は着弾時に追加で魔法ダメージを対象に与えることが出来るとかで、非常に強力なものなのだと。
この技術が相まって、魔道銃は強力な武器として認知されてはいるのだけれど。
ただ、その魔法弾に関してはどうやら一癖あるらしく。
魔法を込めるのにはそれ専用の弾と、銃を扱う人自身にもそれ用のスキルが求められるそうだ。
更には燃費もあまり良くはなく、魔石の交換もちょくちょく行わなくちゃならない。
弾代も掛かるし、メンテナンスの手間も要る。
そうした理由から、一流の使い手が用いれば強力な武器ではあるけれど、気軽に手を出すには敷居の高い代物、というのが魔道銃の一般的な評価となっている。
それと個人的な観点から言えば、魔道銃は所詮弾を打ち出すだけの武器なので、ステータス補正が据え置きなのだ。
弓のように弦を引くような、力を加える作業もない。ただトリガーを引くだけの武器故にステータス補正は殆ど無く、私の【完全装着】とは相性がよろしくないのである。
その点もまた、私が魔道銃を手に取らなかった理由となっている。
ただ、もしもしっかりとしたステータス補正を備えた銃があるのなら……是非使ってみたい武器ではある。
さて、そんな魔道銃なのだが。
なんと蒼穹の地平のクオさん、彼女はその使い手であるらしい。
チャキッと構えられたそれは、所謂ハンドガンの類で。
早撃ちよろしく瞬時にパスンと撃ち出された弾は、石畳を割って地中より現れた緑の獣へ見事突き刺さったではないか。
五〇メートルはある彼我の距離を、瞬き一つにも満たない間に詰めて穿つ。やはり弾丸とは恐ろしいものだ。
それにしても、よもや登場から早々にダメージを負うとは想定外だったのか、緑の獣は左肩に弾を受けて小さな悲鳴を漏らした。
が、クオさんは容赦がない。引き金を引く指は一度や二度それを成した程度で満足しなかったようで。
目まぐるしいほどに銃口より繰り返し吐き出された弾丸は、次々に獣へと襲い掛かっていった。
続けざまに体を穿たれ、さりとて緑の獣は大きなダメージを負ったようにも見えない。
それでも痛みを嫌ったのか、すぐさま奴は行動を起こした。回避である。
強靭な手足を駆使し、ぐっと床を突き飛ばせば、目にも留まらぬ速度でその場から飛び退く緑の獣。
ばかりか、床は疎か壁や柱、果ては天井までもを自在に足場として跳ね回る奴は、不規則な軌道でもってオルカたちを翻弄したのである。
これには流石に狙いが定まらず、引き金を引けないクオさん。
「思ってた以上に素早い相手みたいだね……」
「範囲系の魔法を使えば対処出来るわよ」
なんて、映像を見ながら奴の動きに対しての雑感を述べたのも束の間。
現場では素早い獣を睨んでいたクオさんが、不意にピクリと眉を顰めた。そして唐突に声を張る。
『! まずい。みんな一度退くよ!』
『は、はい!』
『了解』
どうやら何かに感づいたらしいクオさんの一声で、すぐさまPTストレージに入った三人。
突然の出来事に、一層面食らったのは待機組である私たちの方だ。
どうやら映像越しでは分からない何かが起こったらしいけど、詳しいことは当人たちに直接尋ねてみる他ないだろう。
映像の途絶えたプロジェクターを尻目に、一先ず退避は滞りなく成功したことに内心で安堵しつつ、早速PTストレージ内から彼女たち三人を取り出した。
すると、ストレージから出るなり小さくよろめくココロちゃん。
とっさにその肩をオルカが支えた。
「すみません……うぅ、少し体が痺れます……」
「……敵はやはり状態異常を操るタイプだったようですね」
「二人は平気なのか?」
「私は平気。状態異常への耐性があるから」
「同じく」
オルカとクオさんは問題ないようだけれど、ココロちゃんには治療が必要なようである。
しかしそこはヒーラーでもある彼女。自らの治癒魔法にてあっさり症状を消し去ってしまった。
私がほっと胸を撫で下ろしている横で、早速リリが問う。
「何か攻撃を受けたの? 映像を見ていた限り、そんなふうには見えなかったけど」
「……多分花粉だね。奴の背にある花から、状態異常を引き起こす花粉がばら撒かれてるんだと思う」
「私も同じ意見。それに、目にも見えないし匂いもしなかったから、かなり厄介」
「ですね。しかも今回は麻痺でしたけど、それだけとは限りませんし。もしかすると強力な毒を持っている可能性もあります」
とどのつまり、非常に察知しにくい花粉を介し、敵に状態異常を付与するというのが奴のやり方のようである。
しかもココロちゃんの言うように、奴の操る状態異常が麻痺だけとも限らない。というか、毒系は間違いなく持っていると私は予想している。
なにせあの素早さである。きっと敵を状態異常に掛け、自らは逃げ回ることで勝手に相手が弱るのを待つというのが奴の常套手段なのではないかと。
しかしそうだとすると、不自然な点もあり。
「普通、こんな五〇階層にまで至るような冒険者PTなら、優秀なヒーラーや回復手段なんかは必ず備えているものだよね。だとすると、ダンジョンボスが解除可能な状態異常だけを戦略の主軸に置いていると考えるのは、なんだか腑に落ちないんだけど……どうかな?」
と皆に意見を求めてみれば、一先ず納得する声が返ってきた。
「それはそうですね。天使様の仰るとおり、腕のたつヒーラーであれば状態異常を治す魔法など当然のように備えているものです。私も、ココロさんも例外ではありません」
「そうでなくとも、冒険者たるもの状態異常に対応するための治療薬は備えておくものだしね」
「斯く言う我々とて、ストレージの中にはたらふく薬品を溜め込んでいるしな。そう考えるとたしかに厄介な敵ではあるが、ダンジョンボスと言うには張り合いが感じられないな」
「隠し玉がある、と考えるべきでしょうね」
とは言え、その隠し玉が如何様なものなのかというのは、今の所情報が不足しており推測すら成り立たない状態である。
顔を突き合わせ皆で悩んでいると、オルカから「もう一度偵察に行ってこようか?」との声が上がった。
確かにそれも一つの手ではある。状態異常対策を打って臨めば、隠し玉だか奥の手だかを引っ張り出すことが可能かも知れない。
「ふむ……因みに、状態異常から味方を護れるスキルとか、誰か使えたりしないかな?」
「ココロ使えますよ!」
「天使様、私も出来ます。それにクオもですね」
「状態異常に関しては、一応専門だからね」
「お。それじゃ良い機会だし、やり方教えてもらっても良い?」
と問うてみると、てっきりそれを掛けた状態で二度目の偵察を行う流れになると考えていた面々が首を傾げた。
が、鏡花水月メンバーは慣れたもので。
「なら私たちはその間、第二次斥候班の編成でも行っておくか。因みに私は盾役として立候補するぞ!」
とクラウを中心に話が始まった。
それを横目にしながら、先ずリリが呆れたように言う。
「あんたねぇ、やり方を教えてとか何バカ言ってるのよ。適性やジョブに由来するスキルなんだから、教わってどうこうなるもんじゃないのよ」
「え、うーん。じゃぁ一回使って見せてくれるだけでも良いよ。勝手に覚えるから」
「はぁ??」
形の良い眉を八の字にして、まるで困った子を見るような目を向けてくるリリ。
そんな顔をされても、私だって困るんだけどな……。
すると横からココロちゃんが助け舟を出してくれた。
「ミコト様、それでは不肖このココロが披露させていただきますね!」
と、早速件の魔法を実演して見せてくれる彼女。
聖魔法に属するそれは、聖職者に芽生えるマジックアーツスキルの類いだそうで。これに関しては様々な魔法を使いこなすリリをもってしても習得できないと言う。
ココロちゃんが静かにそれを発動すると、彼女の身の回りの空気が局所的に浄化されているような、清らかな力場の発生が感じられた。
私はその様を、【叡視】のスキルでしかと観察し、【魔力感知】にて魔力のカタチをしっかり覚え込んだ。
「なるほどなるほど……ええと、こんな感じで……?」
そうしたらすぐに、魔力調律で自らの魔力をこねくり回し、ココロちゃんの示してくれたカタチを真似ていく。
すると……。
「お、できたできた! できてるよね? っていうか魔法の名前聞きそびれてたけど、これなんていうマジックアーツなの?」
「【ディズィーズガード】ですミコト様」
「おお、かっこいいね。あ、スキル欄にもちゃんと追加されたみたい」
「おめでとうございます! 新スキル獲得ですね!」
「ふ、流石私の嫁です」
なんてココロちゃんやソフィアさんと内輪ノリをやらかしていると、それを黙って見ていたリリたちは、目を点にして静かに首を傾げるのだった。




