第三二四話 ボス攻略戦開始
翌日。
午前中の内に三つ目のダンジョンを、五〇層に至るまで速やかに攻略した私たち合同班は、予想通りそこがボスフロアであることを認めた上で、直ちにイクシスさんたちのサポートへと移行した。
既に四二階層にまで至っていた彼女らの攻略速度は驚異的だったけれど、私たちの手伝いが加わることでそれは一層加速することになる。
重力軽減を乗りこなしたイクシスさんたちの移動速度でフロアを駆け巡れば、あっという間に下り階段を見つけ到達してしまう。
なので私たちサポート組は彼女らがフロア出口に到達するまでの間に、協力してマップ埋めを行うという作業を繰り返したわけだ。
結果、時計の針が午後一時を指す頃には四つ目のダンジョンも無事、五〇階層までの到達を成すに至ったわけで。
そしてこのダンジョンもまた、五〇階層目がボスフロアであることを確認することも出来た。
斯くして一先ずお昼休憩を挟むべく、皆で拠点へ引き上げたところ、ふと誰も彼もが些か座った目をしているのに気づく。
「何々みんな、どうしたの?」
と問うてみれば、ある者は難しい顔をしたり、ある者はため息をついたり、ある者は達観してみたり、そしてある者は恍惚とした表情をしていたりと、皆内心に複雑な感情を抱えているようだった。
「なんか……私の知ってるダンジョン攻略と違うっていうか……」
疲れたようにリリがそう呟けば、まるでそれが総意であるかのように皆がウンウンと頷いた。
冒険者歴の長い者ほどその言葉に深く同調し、脳筋代表のようなサラステラさんですら遠い目をしている始末。
まぁでも、攻略がスムーズなことは良いことなのだ。
「何にせよ、これで午後からはボス戦に移れるね! しっかり栄養と休憩を取って戦いに備えないと!」
そのように私が促せば、皆はそれぞれ言いたいことを呑み込んだ風に気持ちを切り替え、誰からともなく食堂へ向かったのだった。
★
昼食を頂いて程よくお腹を満たし、休息もしっかり取って時刻は午後二時過ぎ。
各々出発準備を整えた私たちは今、最後の段取り確認を行っているところだった。
イクシスさんが代表で厄災級攻略までの流れをおさらいする。
「これより我々はボス攻略へ取り掛かる。私とサラにて二つ目のダンジョンボスを、鏡花水月並びに蒼穹の地平の合同班にて三つ目のダンジョンボスをそれぞれ撃破し、済み次第私たちは四つ目のダンジョンボス攻略へ。合同班は速やかにダンジョンを脱出後、現地の戦力と協力してボス討伐により生じる異変への対応に当たってもらう」
「現場の方々への根回しは、皆さんがお昼を摂っている間に済ませておきました」
「既に増援も到着してるから、戦力も大分整ってると思って良いはずだよ」
昼食前に、モニタリング担当のチーナさんとレッカは例の怪しい集団コスを行った状態で、私とともに現地へ飛んだ。
そこで事前にボス討伐をこれより行うことと、それに伴い何かしらの異変が生じるであろうことを予め伝えてある。
勇者の遣いということで二人の言葉はさして疑われるでもなく信じてもらうことが叶い、異変への備えも思いつく限りのことはやれたはずである。
「ミコトちゃんたちはPT合同でボスに当たるわけだが、打ち合わせ等の準備は大丈夫か?」
「うん。それに関してはさっき話し合いを済ませておいたし、あとは実際合わせてみないと何ともって感じかな」
「そうか。普段と勝手が異なるだろうから、十分に注意してくれ」
斯くしてイクシスさんによるおさらいと事前注意等は済み、細々とした曖昧な部分を二つ三つ確認したなら、いよいよ行動開始である。
「それではミコトちゃん、よろしく頼む!」
「了解。ワープ発動!」
まずは打ち合わせ通り、イクシスさんたちを二つ目のダンジョン最深部へと運ぶ。
ワープに続きフロアスキップを用いれば、一秒と掛からずボスフロア入り口にまで到着である。
洞窟の中に作られた古めかしい遺跡然とした景色は、ダンジョンのボスフロアとして比較的スタンダードなデザインだ。しかしそれ故に、転移が成功したことが一目で分かろうというもの。
であればこそ、イクシスさんとサラステラさんは数歩歩み出てこちらへ振り返ると、軽く礼を言ってくる。
「……ありがとうミコトちゃん」
「ぱわ、本当に助かるぱわ!」
「それが私の役目だからね。それじゃ二人とも、ご武運を!」
「ああ、そちらもな!」
小さくそんなやり取りをしたあと、私は通話で皆にひと声かけてから自らをPTストレージに収納した。
すると次の瞬間には、誰かにPTストレージから取り出してもらえたのだろう。イクシス邸の小会議室に戻っていた私。
まだMPには余裕はあるが、石橋を叩く意味も込めてこまめに裏技で補給しておく。
ものの数秒で済む話なので、それを行いながら皆の様子を伺えば、既に出発準備は万全らしく。
ちゃっちゃとMPを全快した私は、早速そんな彼女らに確認を取る。
「それじゃ、三つ目のダンジョンボスフロアへ飛ぶけど、みんな準備はいい? お手洗いは済ませた? 忘れ物はない?」
そのように問えば、冗談と受け取られたのかクスリという小さな笑い声が返ってきた。どうやら余計な心配だったらしい。
「オッケー、それじゃ行くよ。ワープ! そしてフロアスキップ!」
そうして次の瞬間には、私たちもイクシスさんたち同様、古めかしい遺跡のような景色の入り口に立っていたのだった。
三つ目のダンジョン第五〇階層、ボスフロア。
私たちはこれから、この先に鎮座するダンジョンボスと戦うことになる。
が、その前に。
「さて、それじゃぁ始めようか」
「先ずは情報収集。私たちの出番」
「斥候班はボスの情報を集めたら、PTストレージでボス部屋を脱出。得た情報を元に皆で対策を練って、万全を期してから仕掛ける作戦ですね」
「はぁ……これまた常識はずれのボス攻略よね」
「ボスによっては、偵察を許さないものもありますからね。ボス部屋に閉じ込めてきたり、部屋に入らないと出現しなかったり」
「安全のためならセオリーなんて二の次三の次なのです!」
というわけで、まずは様子見がてらボスにちょっかいを掛ける斥候班を派遣することに。
事前の話し合いにて編成は済んでおり、オルカ・ココロちゃん・クオさんの三人がこの役目を任されている。
オルカとクオさんは両PTの斥候役なので適役として、そこに加えてのココロちゃんはヒーラーであり、抜群の生命力を持ち合わせていることから選ばれた。これで万が一の事態が起こっても、大抵は何とかなるはず。
そも、どうせボス部屋から出れるのなら、全員で向かっても良いのでは? という案も打ち合わせ時には勿論あったのだけれど、何せ今回は合同PTである。初見のボスを相手に一時撤退の判断が鈍る可能性を危惧し、今回は斥候班に任せることとしたわけだ。
私なんかは慎重派なため、万が一ボス部屋内でストレージが機能しない、なんて可能性を危惧したりもしたのだけれど、だとしたら偵察そのものが破綻をきたしてしまう。
であれば尚の事、リスクを小さくする意味でも少数を送り込もうということになり、PTストレージのスキル主たる私は密かに胃をキリキリと痛めている。
フロアスキップを持つ私こそが斥候に適役だとも手を上げたのだけれど、「それこそミコトに何かあっては作戦が総崩れになる」ということで却下されてしまった。
もっと良い手があるんじゃないかと、もやもやしたものを抱えながらも、結局代案を用意することは叶わず。話し合いの場はあれよあれよと過ぎ去ったのだ。
「それじゃ、早速行ってくる」
「みんな、気をつけてね」
「大丈夫ですミコト様、お任せください!」
「こんな楽な仕事があって良いのかなぁ」
そんな具合に三人を見送ると、私たちは早速ストレージからプロジェクターを取り出し起動させた。
オルカには既に彼女愛用と言っても過言じゃない、ハンディカムカメラを持たせてあるため、そこから送られてくる映像をこのプロジェクターで拾い、ダンジョンの壁面に投影するのだ。
これにて、斥候班が目の当たりにしたものをこちらでも見ることが出来るという寸法だ。
尚、この映像はイクシス邸の方にも送られているため、レッカたちも同じく映像を確認することが出来るはずである。
また、これらの道具はすべてイクシスさん秘蔵のアーティファクトということにしてある。今のところはそれで納得してもらえているが、勘の鋭いクオさんは些かの疑問を抱いているようで。相変わらずなかなか油断ならない人だ。
こちらの用意が整ったのとほぼ同時に、オルカたちから『今からボス部屋に進入する』という通話が届いた。
プロジェクターからも音が出るため、通話とは声がダブって聞こえたが、そこは仕方がない。
ただ、通話は当人の声しか拾わないのに対し、マイクは当然環境音もバッチリ拾ってくれる。何が起こっているか分かりやすいのは、通話より映像に乗った音だろう。
反面、爆音の中でも会話が可能であるというのが通話の利点とも言えるため、そこは臨機応変に使い分けたいところ。
そうして皆で映像を注視していると、予告通り大きなボス部屋の入り口をゆっくりと潜っていくココロちゃんとクオさんの背中が見えた。オルカもそれに続き、彼女らの背を追うようにボス部屋へ入っていく。
そうして三人が広大な空間の只中へ歩みを進めること少し。
突如、ゴゴゴと鈍い音が響いた。オルカのカメラが背後を振り向けば、案の定扉が閉まっていく様子が見える。
どうやら今回はボスへの挑戦者を閉じ込めるタイプらしく、次にこの扉が開くのは挑戦者が居なくなった時になるのだろう。
その『居なくなる』が果たして、挑戦者のボス討伐達成を意味するのか、はたまた敗北と死亡を意味するのか。
つまるところ本来であれば、後戻りの出来ないデスゲームの開始を意味するわけだ。
が、私たちがその土俵に上がるようなことはない。この有利をしっかりと活かし、十全に対策を打たせてもらうとしよう。
オルカのカメラは閉まる扉の様子もほどほどに確かめると、すぐさま広大な部屋の中を見回し始めた。
軽くサッカーグラウンド程はある空間の中、規則正しく伸びるのは古めかしい石柱と高い壁。足元には朽ち掛けた石畳が敷かれている。
しかし肝心のボスは、未だ以って姿を表さぬままであった。
マップを見ても、ボスの反応は見つからない。が、これはボスが不在であるということではなく。
ボス部屋に入ってから少しして、ようやっと姿を表すタイプのダンジョンボスというのは結構居るのだ。演出なのか作戦なのかは知らないが、そういう場合は得てして部屋の扉が固く閉ざされたりする。
そう、今回が正にそれだ。その事実を裏付けるように、奴の反応は唐突に発生したのである。
「ボスの反応、地中から!」
そのように通話で皆に伝えれば、すぐさま警戒態勢に入る彼女たち。
マップの便利なところは、地中に潜むなどして姿の見えないモンスターでも、こうやって的確に位置を把握できるところである。
するとマップに捉えたとおり、古い石畳を割りながら地中より出るものがあった。
それはやはりと言うべきか植物系のモンスターであり、緑色の肌をした獣のような見た目をしていた。
背には大きな花を背負い、体格は細身。手足は長く、如何にも素早そうな印象を受ける。
大きさは尻尾を除いても人より大きく、しかし一つ目のダンジョンでイクシスさんたちの戦った巨人に比べれば全然小さい。精々が大型の獣程度だろうか。
それが、たった一体。
正直なところ、あまり脅威には感じられなかった。何ならそれより強そうな野良モンスターは結構見かけたりする。
ともすればあっさり倒せちゃうんじゃないかと、私がそんな印象を抱いている傍らで、皆の視線は険しい。
そして私にも、その理由は分かる。だからこそ本気で侮るような真似なんて出来ようはずもない。
「警戒するべきは状態異常、かな?」
「そうね。そうじゃないとするなら、別の厄介な能力を持ってる可能性もあるけど」
「何にせよ、やり難い手合に当たってしまったようだな」
皆が険しい表情で映像を見据える中、早速クオさんが様子見の初撃を試みる。
果たして、奴はどう反応するのか。張り詰める空気の中、クオさんの『魔道銃』が弾を吐き出すのだった。




