第三二二話 攻略レース
イクシスさんとサラステラさんの手により、攻略の成された一つ目のダンジョン。
そのボスフロアは五〇階層目に存在していた。
であることからして、他三つのダンジョンに於いてもそれと同等の深度が予測される。
無論、確証があるわけではない。脈絡もなくボスフロアの存在する階層に差異があったとて、別に不思議な話でもないのだから。ともあれ、目安程度にはなるだろう。
現在の攻略状況は、私たち鏡花水月の挑む二つ目のダンジョンが今、四六階層にまで至っており、他方で蒼穹の地平は三つ目のダンジョンを二二階層まで潜っている。
こうして比べてみると、私の使うスキルってダンジョン攻略に大きく貢献できてるんだなと、分かりやすく実感できる稀有な機会に思えた。
これまでは比較対象というのが存在しなかったため、なかなか新鮮な気持ちである。
とは言え、負けず嫌いのリリには散々ズルいズルいと文句を言われているわけだけれど。
他方でイクシスさんたちは四つ目のダンジョン攻略に当たっており、既に八階層を突破している。単純に足が速く、スタミナがあり、そして何よりモンスターを物ともしないという強さもある。加えてPTストレージ経由の移動まで使いこなせば、その攻略速度は私たちすらも凌駕するものであった。
生きた伝説というのはやはり伊達ではないということだ。
斯くして攻略は順調に進んでいるのだけれど、唯一にして最大の問題はモンスターの強さである。
はっきり言って、純粋な実力面だけで言えば私たち鏡花水月が攻略組の中で最も劣っていると言えるだろう。
レジェンド組は言うに及ばず別格として、リリたちの個々の力も相当に高い。
純粋にステータスだけを比べたら、勝負になるのはソフィアさんやココロちゃんくらいのものだろう。
私やオルカは変則的なタイプだし、能力値より戦術で戦うタイプだ。
クラウは平均して非常に高水準の能力値を有しているが、逆に大きくこれに特化しているということはなく。ステータスだけなら蒼穹の地平には一歩及ばないものであった。
みんな潜在能力で言えば、決して引けを取るとは思わないのだけれど、いかんせんうちのPTメンバーは元ソロ冒険者ばかりである。ソロはどうしても無茶がしにくく、それ故成長が遅い傾向にあるらしい。
もしも私たちがもっと早くに出会い、PTを組んでいたとしたら、きっと今頃は蒼穹の地平にだって負けない力を得ていたことだろう。
まぁ、負け惜しみはともかくとして。
四六階層にまで来るとモンスターの力も凄まじく、うっかりエンカウントしようものなら苦戦は免れ得ない相手ばかりだった。
なので普段よりルート選択は慎重に行い、極力エンカウントを避けるように進行を続けているため、進めば進むだけ攻略の速度というのは低下してしまっていた。
とは言え、ルート選びさえ慎重に行えば滞るようなこともなく。各チーム総じて順調に攻略を進めて行ったのである。
★
ダンジョン攻略に着手してから早数日。
時刻はまだ午前中、一一時手前頃。私たちはとうとう二つ目のダンジョンの五〇階層にまで至っていた。
石造りの階段を下りきれば、そこはこれまでの階層と違いやけに古めかしく遺跡めいていて。
何よりマップを確認してみれば一目瞭然である。
皆に視線をやれば、小さな頷きとともに肯定が返ってきた。
一本道の先に巨大な部屋が一つ。それだけのシンプルな構造。それに何より、下りの階段が存在していない。
この特徴的なフロアの造りは間違いないだろう。
「ボスフロア……!」
「やっぱりここも五〇階層目がそうだった」
「ということは、残り二つのダンジョンも同じでしょうか?」
「その可能性が高くなったのは確かだな」
「ともかく、一先ずここがゴールです。通話で連絡後、他のチームの補助に向かいましょう」
五〇階層と言えば、流石に長かった。駆け足でやってきたとは言え、達成感もなかなかのものだ。
が、感慨に浸っている時間さえ惜しいのが今の状況である。
早速通話を介して皆にボスフロア到達の報を入れれば、皆からは一頻り労いの言葉をもらえた。
しかしそれも程々に、早速本題へ。
「進捗はどんな感じ? どっちの手伝いに行こうか」
『こっちは今二一階層だな』
『私たちは二六階層……ぐぬぬ』
『流石勇者様チーム、とてつもない進行速度ですね!』
『マップがあればこそぱわー!』
『どうやら鏡花水月の力を借りるのは、こっちになりそうだね』
『ミコト様と共闘!!』
「にぎやか……」
「話は決まったな」
というわけで、私たちはリリたち蒼穹の地平を補助するべく合流することになった。
しかし彼女らは現在、私たちがそうしてきたようにPTを二つに分けてフロアを走っているらしい。
そうなると私たちもまた、二手に分かれて彼女らと合流するべきか、はたまた別チームとして混ざるべきか悩ましいところではある。
すると、どうやらフロアの攻略状況は既に下り階段もマップ内に捉えており、今はマップ埋めチームと階段に向かうチームで手分けして行動しているらしく、現フロア踏破まで秒読み段階なのだそうだ。
であれば、私たちは次の階層から合流したほうが都合がいいだろうということになり、少しだけ時間が浮くことに。
「それなら一度拠点に返って、少し休憩しないか?」
「休めるときに休む。それも冒険者の重要な仕事です」
「体が資本ですからねー」
「異議なし」
「んじゃ、そういうことだから。ストレージ経由でそっちに戻るね」
『はいはい、いつでもどうぞー』
『はわわ、それじゃお茶の用意をお願いしないと!』
通話越しにレッカが了解の返事をすれば、少し慌てたようなチーナさんの声も聞こえてきた。
そうして私たちはPTストレージに自らを収納することで、ダンジョン最深部よりイクシス邸への帰還を果たしたのである。
レッカも慣れたもので、私たちをストレージより取り出すと、今更驚くでもなく気さくに「おかえりー」とはにかんだ。
他方でチーナさんは、控えている使用人さんにお茶の用意を頼んでくれているところである。
ダンジョン最深部とこの小会議室が、実質数秒で行き来できるというのだから、冷静に考えると確かにヤバい話ではあるのかな。
まぁ、気にしたら負け、考えたら負け。そういう類のやつってことで。
それから半刻弱くらいだろうか。今のうちに用を足したり、お茶を飲んでくつろいだりしていると、リリたちの攻略状況をマップでモニタリングしていたチーナさんが教えてくれた。
「皆さん、そろそろ蒼穹の地平が次の階層に進みそうです。間もなく通話も掛かって来る頃かと」
「お、了解。次は二七階層だっけ」
「そのくらいならまだ、エンカウントしても対応できますね!」
「それより素通りが一番効率的」
「それはオルカの隠密性があればこそ容易いだけなんだぞ?」
「? 天井を走れば見つかっても通り抜けられるけど」
「ああ、オルカさんも大分常識からかけ離れてしまってますね……」
なんてやり取りをしていると、予測通り早速リリたちから次の階層へ進んだとの知らせが届いた。
私たちはこれを受けるなり、早速PTストレージを経由して彼女たちとの合流を果たす。
ストレージ内の時間は停止しているため、体感時間としてはゼロ秒。本来の転移と大差ない感覚である。
早速私たちはダンジョン内の様子と、蒼穹の地平の面々を一通り眺め、彼女らが些か疲れた顔をしていることに気づいた。
しかし心眼を通して見れば、皆多少なりと悔しげな感情を胸に抱いていることが分かったため、あまり余計なことは言わないでおく。
思えば私たち鏡花水月と彼女ら蒼穹の地平は、ほとんど同じタイミングで今回のダンジョン攻略を始めたのだったか。
だと言うのに、私たちは既にボスフロアに至っており、それからここへ手伝いにやって来たというのだから、悔しく感じるのも仕方のないことなのかも知れない。
まぁ約一名、純粋に嬉しそうな娘も居るけど。
すると早速、件の娘であるアグネムちゃんが声を弾ませ問いかけてきた。
「お疲れさまです皆さん! 早速ですけど、どんな感じで攻略を進めましょうか? 手分けですか? 共闘ですか?」
「あんた、そんなに元気ならもっと気合い入れて走りなさいよ! っていうか悔しがりなさいよ! 私たちこれでも特級冒険者なのよ!? それを攻略速度で圧倒されて、あまつさえ補助を受けるとか……っ」
「リリエラ、競争ではないのですから。それに今回ばかりは相手がおかしいのです」
「そのおかしいの、是非体験させてほしいんだけど。良いかな?」
と、ちゃっかり要求してくるクオさん。
最初はえらく警戒していた彼女も、今は随分軟化したものである。
が、多分彼女はリリ並みに負けず嫌いなんだろう。私たちがどんな手段を用いて攻略を進めたのか、実際体験してみないことには納得できないという、そんな強い気持ちが垣間見えた。
無論、手伝いにやって来たのだから蒼穹の地平のみんなにも、私の魔法は掛けるつもりでいた。望むところというやつである。
「もちろんだよ。出発準備が整い次第体験してもらうつもりだから。それよりマップ埋めの効率化を考えて、鏡花水月も二手に分かれて別行動での参加を予定してきたんだけど。それで問題はないかな?」
「そうね、即席で混合チームを組むよりそのほうが良いと思うわ」
リリの同意も得られたということで、このフロア以降の攻略はそれぞれのPTを二チームずつに分けた、計四チームの編成で当たることに。
その内容はと言うと、蒼穹の地平はリリ・アグネムちゃんチームとクオさん・聖女さんチーム。
私たちの方は、オルカ・クラウ・ココロちゃんチームと、ソフィアさん・私のチームという構成である。
今しがた階層を降りてきたばかりの蒼穹の地平なので、少し休憩を挟んでいくかと問うてみたところ、不要であると突っ撥ねられてしまった。どうせやがてお昼だし、時間も惜しいと。
少し心配には思うけれど、ともあれ彼女たちだって素人ではない。っていうか何なら私なんかよりずっと先輩だ。そんな彼女らがそう言うのだから、その判断を尊重することに。
「それじゃ、早速重力魔法を掛けるよ。みんな抵抗しないようにねー」
というわけで、皆の同意を得るなり魔法を駆使し、彼女たちに掛かる重力を普段の半分にした。
既に慣れている鏡花水月のみんなは、口元をニヨニヨさせながら彼女らのリアクションを眺める。
一方で重力魔法初体験となる蒼穹の地平の四人は。
「ふぁ……っ?! な、何よこれ!!」
「すす、すごいです! 本当に体が羽みたいに軽いですミコト様!!」
「ゆ、油断すると天に召されてしまいそうですね、気を確かに持たなくては……」
「ああ、これはズルい……納得した」
という、四者四様の反応を見せてくれたのだった。
他方で次は私たちの番。
仲間たちにもちゃっちゃと同じく重力魔法を掛けるのだけれど、鏡花水月の重力は二分の一ではなく、六分の一である。
ここまで軽いと体捌きに重大な影響が出てしまうため、相当な慣れが必要なのだけれど、私たちは既に適応済みであった。
すると、見た目にも明らかに軽さが異なる私たちに、早くも目ざとく気づいたリリが文句をつけてくる。
「ちょっと、あんたたちの方がなんか軽そうじゃない! 何よ、同じ条件にしなさいよ!」
「え、別にいいけど……慣れない内から六分の一は結構酔うらしいよ?」
「酔いますね!」
「まぁ、そうだな」
「黒歴史製造魔法」
「私は、何をとまでは言いませんが、盛大にぶちまけましたからね……」
「う……でも、不公平だし」
「そうまで言うなら取り敢えず、リリだけ体験してみようか」
そんなこんなで、不満げなリリには魔法をかけ直し、早速三つ目のダンジョン第二七階層の攻略が始まったのであった。




