第三二〇話 怪しげな協力者
厄災級アルラウネ本体へ至るには、どうやら四つあるダンジョン全てを攻略し、奴を守る障壁を消滅させる必要があることが判明した。
ようやっと一つ目のダンジョン攻略に成功した喜びも束の間、確かに障壁の一部は消滅が確認できたものの、それと連動するように奴の使役する草人形が強化されるという、デメリットもまた生じてしまった。
どうにかイクシスさんとリリによる魔法で奴らを封じ込めることには成功したものの、現在はその草人形が無限に湧いてくるものなのか、それとも上限数が存在するものなのか、という検証を行っているところである。
現地から届く映像には、大規模に張られたドーム状の結界内にて、今もゾンビが如く地中より草人形がにょきにょき生え出てくる光景が続いている。
だが、確実にその頻度は減少傾向にあり。
「この調子だと、そろそろ勢いが止まりそうだね」
「ああ。どうやら数に限界はあるようだ」
私の言葉にクラウが同意を示す。他の面々からも、特にそれを否定するような声は上がらなかった。
朗報である。なにせ厄介な草人形ではあるけれど、しかし上限数が限られているというのならまだ御しやすいとも言えるだろう。
早速皆から草人形対策に関するアイデアを募ってみれば、チラホラと意見が挙がった。
「今そうしているように、閉じ込めておけば被害は出ない」
「出てくるたびに倒してたんじゃ切りがない上に、アイツらを生成した分厄災級は地中から養分を吸い上げるんでしょう? なら確かに封じ込めが一番だわ」
「それならば如何にして現状を維持できるか、が問題でしょうか?」
「いや、現状を維持したとて次のダンジョンを攻略した際起こる変化に対応できないのでは、結局破綻をきたしてしまうだろう。その対策が必要だ」
「それもですけど、ダンジョンの入口って結界内にありますよね? これだと今ダンジョンに潜ってる冒険者の方々って、非常に危険な状態なのでは……」
「今の所、草人形がダンジョンに入る様子は見て取れませんね」
「ということは、もしかするとダンジョンの出口付近で足止めを食らってる冒険者が既にいるかも知れないパワ」
「彼らの脱出に関しても考えないといけないみたいだね。何せ貴重な戦力だし」
「特に攻略の済んだ一つ目のダンジョンに関しては、潜っていた方々も既に引き返しているはずです。優先度は高いかと」
という具合に、問題がポンポコと飛び出してきて溜息の一つも零れそうな有様である。
そうして暫く話し合いを行っていると、不意に現地のイクシスさんから通話が届いた。
どうやら退避した冒険者さんたちとのコンタクトに成功し、幾らかの情報を得ることが出来たらしい。
曰く、増援が明日には到着する見込みであるらしい。
また、彼らの疲労は大きく、食料も不足しているそうだ。
それと、力のある人はその多くがダンジョンに潜ってしまっており、安否が不明であるとのこと。
総じて現状、闇雲に私たちがダンジョン攻略を進めたとしても、被害はそれなりに大きく出てしまうことだろう。
しかし増援の見込みはあり、明日には到着するかもという情報は有り難かった。
結界は大規模に張られており、草人形の殆どを封じ込めることには成功している。
とは言え、中には結界の外側に出現する草人形というのも偶にあり、これには結局対処が求められるわけだ。
イクシスさんもやがてダンジョン攻略を再開することになるわけだし、草人形の対処に関しては外の戦力に頼れるのならそれに越したことはない。
「鍵となるのはやっぱりイクシスさんかな。一先ずダンジョン内で足止めを食らってる冒険者さんたちを連れ出すのなら、イクシスさんの手を借りるのが一番確実だと思う」
『ああ、任せてくれ。それと炊き出しを行いたいんだが、ストレージ経由で物資を送ってくれないだろうか』
「すぐに用意しよう。母上も今日は出ずっぱりなんだ、無理はしないでくれ」
『クラウ……ああ。ありがとう』
イクシスさんの要請を受け、早速パタパタと小会議室を出ていくクラウ。手伝いますとココロちゃんもついていった。
そんな二人の背を見送りながら、話題は如何にしてダンジョン内の冒険者達を連れ出すかという話になっていくわけだが。
話し合ってみると、これが存外難しいことが分かってくる。
「ダンジョン内で冒険者が散らばっていると、一気に連れ出すのは困難」
「どうにかして集めなくちゃならないってことだね」
「彼らは彼らで消耗している可能性は高いでしょう」
「ダンジョン内でどこに居るともわからない複数の冒険者たちに、今すぐ攻略を中止して引き返せって言って回るんですか? 結構な大仕事ですよ……」
「マップを駆使すれば見つけること自体は難しくないんだけどね。問題は、普通に話しかけたんじゃ確実に怪しまれるってことだよ」
「個別に接触するだけなら問題ないでしょうけれど、後に彼らが合流し情報交換などを行えば当然、我々という神出鬼没の存在が認知されてしまうでしょうね」
「緊急事態なんだし、最悪強引にでも押し通すべきなんじゃない?」
「いい考えがあるパワ。全員殴って気絶させてダンジョンから運び出せば良いパワ!」
『サラ、お前……』
「いや、でも存外悪くない考えかも……」
サラステラさんの脳筋な提案は、一見メチャクチャなものに思えた。
が、よくよく考えてみたら妙案なのかも知れない。まぁ殴って気絶させるかはともかく、どうにかして眠ってもらい、その間に連れ出してしまうというのは有りなんじゃないだろうか。
だが当然、そこには大きな問題が一つ横たわっているわけで。
「そんなことしたら、いよいよ私たち不審者じゃない! もう怪しいとかいうレベルじゃなくなるわよ!」
「うん、そこで提案なんだけどさ。みんな……装備枠に余裕ってある?」
私は仮面の下でニヤリと笑い、皆に今しがた思いついたアイデアを提案したのだった。
★
時刻は日付をそろそろ跨ごうという頃。
草木も眠ると言うにはまだ早い時間帯だが、厄災級のせいですっかり生気の根絶やしにされたこの場所に、今や鳴き声を上げる虫や鳥の気配などありはせず。
耳朶を震わすのは風や焚き火の音と、人の話し声くらいのもの。
このような深夜にも拘らず、屯する人の数は三〇〇人近い。
その何れもが冒険者や戦士たちであり、誰しもが精悍な顔つきをしている。
彼らが揃って見つめる先にあるのは、彼の勇者がこしらえたあまりに巨大な結界であり、その中に蠢く無数の草人形たちであった。
だが、彼らの視線が集うのは更にその先。蠢く草人形たちの向こう側にこそ有り。
そして待ちわびたそれは唐突に、派手な予兆とともにやって来た。四度目になるその光景だが、しかし否応なく皆からワッと歓声が上がる。
草人形を閉じ込める障壁の向こう側で、突如起こったそれは実に痛快な出来事であった。
千にも及ぶか、或いはそれ以上居るやも知れない凶暴な草人形たち。
それらがさながら突風に吹き散らかされた木の葉の山のように、乱暴に宙を舞ったのだ。
障壁を隔てているせいで、彼らには音の一つも届きはしないのだけれど、しかし戦う者たちである彼らには、恐らくそれが風魔法によるものだろうという予想はついていた。
強力無比な風魔法により、あれ程手を焼いた草人形たちが容易く吹き飛ばされる。
それを痛快と言わずして何としようか。
そして、それを成した者は結界の奥より悠々たる歩みでもってこちらへやって来ている。
その背後には、ダンジョン攻略に向かった強者達を引き連れて。
先頭を征くのは、そう。勇者イクシスその人だった。彼女は数多の草人形らを掻き分けながら、既にダンジョンに潜ったまま音沙汰のない冒険者達を連れ戻しに向かってくれたのだ。
既に三度、勇者はダンジョンへ潜っていた者たちを連れ戻してくれた。
そして此度で四度目。ダンジョンの数も四。即ち彼女は全てのダンジョンより、潜ったまま戻れずに居た冒険者達を救出してくれたわけだ。
確かにダンジョンへ向かった彼らであれば、草人形を圧倒するだけの力はあった。が、当然限度は有り。
結界内は今や草人形の坩堝。一度足を踏み入れれば数に殺されてしまう。
ゆえにこそ、勇者が動いたのである。
波のように押し寄せる草人形の群れを、しかし容易く吹き飛ばしてみせるその様は正に圧巻。大英雄の勇姿には何ら尾ひれの介在を許さぬと、いっそ見せつけるようですらあり。
やがて結界の一部に穴を作り、冒険者たちをそこから連れ出した彼女は、最後の一人が脱出したのを確認するなり自らも結界を出て、丁寧に穴を塞ぎ直し、彼らとともに皆と合流を果たしたのだった。
皆に讃え迎えられた勇者イクシスだったが、しかし彼女の背後に控える幾つかの怪しい姿は誰の目にも引っかかった。
そこには数名、静かに佇む不気味な風体をした者たちがあったのだ。
顔はそれぞれ仮面に遮られており、頭の先から足元までを黒いローブにて覆い隠す、ともすれば気味悪くすら見える者たち。
称賛や感謝の声が上がる中、不意に誰かが勇者へ問うた。後ろに居る、その人たちは何者なのかと。
するとそれに連鎖するように、ダンジョンへ潜っていた者たちからも興味深い話が聞こえてくる。
曰く、その黒子が如き者たちはダンジョンの只中にあった彼らの前に突如現れたと。
しかし黒子を目の当たりにした直後から、一時意識を失ったのだとも言う。
そうして目覚めてみれば、どうしたことかダンジョンの入口前に冒険者や元冒険者の全員が集められており、そこには勇者イクシスの姿もあったのだと。
奇妙で気味の悪い話に、皆の歓声も少しずつ落ち着いていく中、それを認めてようやっと勇者の口から返答があった。
それによると。
「『彼ら』は私の協力者たちだ。見てくれはまぁ怪しいが、ダンジョンに散らばる者たちを集めるのに一役買ってくれた」
その言葉に皆が驚きを示すと、勇者は黒子らに振り返り言う。
「皆ご苦労だった。戻っていてくれ」
そう簡単に指示を告げれば、黒子たちは一礼を返し、そして。
パッと、その場から忽ち消えてみせたのである。
いよいよ皆に動揺が走るが、しかし同時に誰もがこう思いもした。
「流石、勇者様が協力者と言うだけはある」と。
そも神秘性の高いスキルが当然のように用いられる世界。その中でも勇者というのはとびきり規格外の存在だ。
これらを傘に着ることで黒子たちは、「勇者の関係者ならそんな事もできるんだ」という、目撃者たちからの納得を得ることに成功したわけだ。
斯くして黒子たちのことは、その異様さの割にサラリと流され、ダンジョンより連れ戻された冒険者や戦士たちには食事と休息が与えられた。
イクシスはこちらに増援が到着し次第、ダンジョン攻略に取り掛かると宣言。
皆には草人形の見張りと対処に専念してほしいと頼み、その後どこかへ姿を消したのである。
きっと、あの黒子と同じように消えたのだろうと。誰もが漠然とそう思った。
この日の出来事を切っ掛けに、『勇者は瞬間移動を使う』という新たな逸話が彼女の英雄譚に書き加えられることとなったのだが、それはまだ先の話である。




