第三一五話 ぺったんこ
イクシスさんとサラステラさんによるダンジョン攻略は、呆れるほど参考にならなかった。
特にモンスターの強さというのは、映像越しに全くその程度が掴めないという難点を浮き彫りにしている。
というのも、二人して出会うモンスターを片っ端からワンパンで片付けてしまうのだ。これではあまりモンスターの情報に関して期待することは出来そうにない。
かと思いきや。見るべき部分にちゃんと注目さえすれば、拾い上げられる情報というのは意外とあるもので。
取り敢えずモンスターの種類程度なら問題なく認めることが出来るし、多少なりともその身のこなしを確認することが出来るのだから、そこから敵の強さがどの程度かは存外見て取ることが出来、延いてはフロアの危険度もざっくり割り出すことが出来た。
私も一応、そこそこ経験を積んできたからこそ、あーだこーだとダンジョンの脅威度について早速話し合っている仲間たちの会話に混ざることが出来るわけだ。よもやこんなところで自らの成長を実感することになるとは思ってなかったけど。
そうして段々と判明してきたダンジョンの難易度だが、流石は厄災級との関連がほぼ確実視されるダンジョンなだけあり、かなり攻略困難なものであるということが分かってきた。
少なくとも、この国の冒険者では明らかに手に余るようなモンスターが、わんさかと徘徊しているのだ。
こう言っては失礼に当たるが、今ダンジョンに潜っているイクシスさんたち以外の冒険者では、攻略は疎か大した情報を持ち帰ることすら難しいように思えてしまう。
しかもである。未だイクシスさんたちが走っているのは、ダンジョンの五階層目に過ぎず。このダンジョンが果たして何階層まで続くのかだとか、深部のモンスターがどれほどの脅威となるのか、などに関しては依然として未知数であった。
であれば尚の事、草人形に苦戦しているような彼らには荷が勝ちすぎているだろう。
と、ここで血の気の多いクラウから意見が一つ飛び出す。
「なぁ、私たちも他のダンジョンに潜らないか?」
「む。その心は?」
「私たちである程度階層攻略を進めておけば、母上たちが潜るべき階層の数も減るだろう? 余計なタイムロスの削減になる」
「それは、確かにそうかも」
「モンスターの脅威度も、今母上たちが対峙している相手くらいなら、我々でも余力を持って対処できるはずだ」
「そうですね、映像を見る限りそれは間違いないかと」
「それに何より、この役目を担えるのはマップの恩恵を受けられる者に限られる。つまり、我々にしか出来ないことだ!」
そう熱弁するクラウ。
確かに彼女の言うことは尤もだと私も思う。
イクシスさんたちが頑張ってダンジョンを一つ攻略する間に、私たちで他の三つあるダンジョンの浅い階層だけでも踏破しておけば、イクシスさんたちに掛かる余計な手間を省くことが出来、それは間違いなく彼女らへの一助くらいにはなるだろう。
現にモンスターをワンパンで仕留めている彼女らを見るに、今行われているのはダンジョン攻略と言うより、障害物マラソンとでも言うべきものである。
なればこそ、ゴールまでの距離を減らしてあげられるのなら、それに越したことはないように思えた。
しかし。
「それですと、映像のチェックはどうするんですか? ココロたちまでダンジョンに潜ったんじゃ、外の様子が確認できませんよ」
「う」
ココロちゃんの指摘が、クラウの勢いに歯止めをかけた。
確かに私たちの役目は、何も会議室でイクシスさんたちの痛快な快進撃を眺めているだけ、なんてことはなく。
今もダンジョン外を飛び続けている二〇の羽つきカメラが送ってくる、繭に引きこもった巨大アルラウネの様子や、草人形の出現頻度、冒険者たちの動向に、予期せぬ事態の発生や変化などなど、様々な情報を集め、イクシスさんたちにそれらを伝えたり、必要とあらば直接対処に出るための見張りと待機。それが現状、私たちの役目となっている。
それを放り投げてダンジョンに突っ込んでいくというのは、いざという時の対処を大きく鈍らせる結果になりかねないわけだ。
とは言え、クラウの挙げた利点というのも美味しいことに間違いはなく。
出来ることなら両立させたいところではあった。
「むぅ、せめてもっと人手があれば……」
「お。そうか、人手を集めれば良いのか」
「! ミコト様、それって……」
「私たちには、最近知り合った協力者が何人か居るじゃない!」
そう。クラウのつぶやきにより、思い至ったのは最近仲良くなった友人たちの存在。
即ち、レッカやリリ、アグネムちゃん、それにチーナさん。
彼女らなら手を貸してくれそうな気がする。っていうか厄災級が相手なのだし、協力は要請して然るべきなのかも。
特にリリたちって、何だか有名なPTだって話だし。実際めちゃくちゃ強いし。
今の状況には、正にうってつけの人材のように思えた。
ということで、早速皆に考えを告げ、承諾を得てから通話を飛ばしに掛かる。
先ずはレッカからだ。
「レッカ、手伝って!」
『いいよ! ……なにを?』
話が速くて助かる。
次にチーナさん。
「チーナさんヘルプ!」
『うひゃぁ!? 頭の中に突然声が! ……って、ミコトさんでしたか。え、どうかされたんですか?』
ちょっと事情を話したら、快く請け負ってくれた。
そして問題で本命のリリたちだが。
「リリとアグネムちゃん、出番だよ!」
『来ました! ミコト様のお告げです!!』
『……あんた、完全に毒されてるわね……。で、何の話よ?』
彼女らに関しては、一筋縄とは行かなかった。
というのも。
『まぁ、話はわかったわ』
『お任せください! このアグネム、身を粉にしてミコト様に尽くしてみせます!』
「ココロちゃんの影響で凄い悪化してる……」
『ほんとよ、責任取りなさいよね! ……まぁそれはそれとして。協力するのは別に構わないわ。だけど、一つ条件を呑んでくれないかしら』
「? どんな?」
『事が事だもの。うちもPTぐるみで当たりたいのよ』
「ふむ……つまりは、聖女さんとクオさんも一緒じゃないと手伝ってくれない、ってこと?」
『私は一人でもお手伝いします!』
『あんたはちょっと黙ってなさい。まぁ、要はそういうことよ。勿論無理強いをするつもりはないけど、そんなに悪い話じゃないでしょ?』
「むぅ……ちょっと仲間たちと相談してもいい?」
『早くしてよね』
というわけで一旦通話をミュートにし、皆に向き直る。
リリの持ち掛けてきた条件について、早速皆に意見を求めてみたところ。
「面識の薄い相手に事情を明かすのは、やっぱり不安」
「そうですね、ミコト様の身の安全を考えるなら断るべきかも知れません。それに少なくともアグネムちゃんなら間違いなく力になってくれますし!」
「だが、彼の『蒼穹の地平』が助力してくれるというのなら、これほど心強いこともない。面識が全く無いわけでもないのだし、一考の余地はあると思うが」
「そーきゅーのちへー? 双丘の地平……?」
そう言えば、以前アグネムちゃんとリリがじゃれ合ってる時、リリってば『まな板』だっていじられてたっけ。
なら双丘の地平って、つまりリリの二つ名ってこと? リリの双丘が、地平線みたいに平たいっていう。いやでも、百剣千魔とか呼ばれてた気も……。
『あんた今、とんでもなく失礼なこと考えてなかった?』
「ひぇっ! な、なになに?! まだ話し合ってる最中なんですけど?!」
『……そう。邪魔したわね』
そう言ってあっさり通話を切るリリ。何、なんで分かったの?! 新手のエスパーか何かだろうか??
なんて一人であたふたしていると。
「まさかミコト、『蒼穹の地平』を知らないのか……?」
「当人たちと知り合いなのに?」
「いえ、ミコトさんなら有り得ますね。一応解説しておきましょう」
そう言っていつものように、ソフィアさんが生き字引が如く語ってくれたのは、とある有名な冒険者PTのことだった。
リーダーは『百剣千魔』の二つ名を持つリリエリリエラ。多彩な剣技と無数の魔法を凄まじいレベルで操る、万能の魔法剣士。
『聖女』クリスティアは、凄まじい治癒魔法の使い手であり、同時に聖魔法、光魔法のスペシャリストでもあるのだとか。
そしてアグネムちゃんの二つ名は『背負屋』と言うらしい。なんでも特殊な魔法を操るらしく、それ以外にも空間魔法の使い手でもあるらしい。
それから斥候役のクオさんは、状態異常を巧みに操ることで知られ、『静寂』の二つ名を持つと。
そんな彼女らのPT名こそが、『蒼穹の地平』と言うそうだ。
なんでも、結成当初の彼女らが「私たちの前に壁はない。あるのは地平と晴天のみ!」みたいなことを言って決めたとかなんとか。青春である。
っていうか流石ソフィアさん、よくそんなことまで知ってるものだ。
「ほえー……リリたちのPTって、そんな名前だったんだ」
「やっぱり知らなかったみたい」
「さ、流石ミコト様です……! 有名無名にとらわれない器の大きさが素敵です!!」
「ミコトはもうちょっと他の冒険者に興味を持とうな」
「ともかく。彼女らの協力を得られるというのなら、確かに願ってもない機会であることは間違いないでしょう。ただし、聖女クリスティアは教会とも繋がりがありますし、正直あまり情報を与えたい相手ではない、というのもまた事実ですね」
「教会……教会ねぇ……」
スキルや魔法のある世界に於いて、宗教関連が大きな力を持つというのは想像に難くない事だ。
これまではあまりそういった所と縁を持つこと無く活動を続けてきた私たち。
一応と言うべきか、ココロちゃんはシスターなのだけれど、何がどうこじれたのか私のことを神のように崇拝してしまっているため、結果最近は教会には近づく機会すらなかなかない様子。
それがここに来て、聖女とまで呼ばれる人と関わるというのは、確かにちょっと身構えてしまう所ではある。
あまつさえ彼女を介して教会に私の情報なんかが漏れないとも限らないわけだし。
それを思うと、さて……。
『お? 私の出番かな?』
と、一応通話越しにこちらの話が聞こえるようにはしておいたイクシスさんが、これみよがしに声を上げた。
そう言えば聖女さんは、以前イクシスさんに命を救われたことがあるとかなんとかで、強い恩を感じているようだった。
『私なら、一応勇者ということで教会にも顔が利くし、クリスティアちゃんも説得できると思うぞ』
「おお! さすが勇者!」
『まぁ、とは言え断言の出来ることではないからな。その点だけは留意してから最終判断を下してくれ』
ということで、結局の所イクシスさんの心強い言葉が決め手となって、リリたち蒼穹の地平の手を借りることが決まったのだった。




