第三一二話 パワー参戦
イクシス邸小会議室。時刻は午後も四時を回り、ライブ映像に映る空は夕の気配を匂わせ始めていた。
そんな穏やかな空とは打って変わり、地上に於いては未だ厄災級モンスターと目される巨大なアウラウネと冒険者達とが、現在も尚激しい戦闘を繰り広げていた。
アルラウネ本体は未だ咲かぬ蕾のままであり、冒険者たちに襲いかかっているのは此れの使役している不気味な草人形である。
人の図体ほどもある草人形は、しかし存外機敏な動きを見せ。一度人間に組み付けば『養分』を根こそぎ吸収して、相手をミイラに変えてしまうという悍ましい能力を持ち合わせていた。
そして、吸収した養分はどうやらアルラウネのもとへ届けられ、その糧とされるらしい。
このことから、アルラウネ本体はまだ成長の途中にあることが予想される。
手をこまねいていれば、状況は悪化の一途をたどることが容易く想像できた。
映像越しにそうした分析を行った私たちは、いよいよどのように対策を打つのかという判断を迫られている。
こうなっては悠長に念のいった作戦を組んでいる場合ではない。
場当たり的にはなるだろうけれど、直ちに何かしらのアクションを起こさねば多くの被害が出てしまう。
そして、被害が出れば出るだけ奴の成長は進むものと考えられる。
皆が深刻な顔をする中、静かにイクシスさんが席を立った。
そして言う。
「強襲作戦だ。奴が成長し切る前に、一気に方を付ける!」
現状、巨大アルラウネに対して有効なダメージが通ったという情報はない。
草人形の対応に追われ、そも本体にまで接近できた者すら居ないと言うのが正しいか。
なれば、本体がダメージを負った際にどんな反応が起こるのか。奴はどんな対応を見せるのか。その点は未知数であり、リスキーでもあった。
が、だからといって何もしないわけにも行かないのだ。他に良い案があるわけでもなし。
結局誰からもイクシスさんを留めるような意見は出なかった。
だが。
「母上、サラステラおばさまに協力を仰いではどうだろう?」
「! ふむ、それは……有りだな。以前だったなら、さっぱり居場所の見当すらつかなかったが」
「マーカーをつけておいたので、マップにて位置は把握できますよ」
「よし、今すぐ引っ張ってこよう。ミコトちゃん、ワープは使えそうか?」
「大丈夫。すぐにでも飛べるよ」
「よし、ならば行こう!」
ワープスキルには、基本的に一度でもマップスキルにてサーチした場所にしか転移できないという、お約束の制限が設けられている。
しかしサラステラさんの反応は現在、幸いにも転移可能な圏内に存在しているため、ワープの発動に支障はなかった。
早速私はイクシスさんとクラウを連れて転移を行い、現地へ飛んだのである。
ベタなことに、サラステラさんが居たのは吹雪の吹き付ける雪山だった。
そこで巨大なシロクマを殴り倒して雄叫びを上げている彼女。
猛々しいと言うべきか、彼女らしいと言うべきか。
呆気にとられる私を他所に、イクシスさんとクラウは積雪を踏んづけながら彼女の方へ近づいて行く。
私も数拍遅れてその背に続いた。
すると、早速こちらの気配を感じ取ったのか、バッと振り向くサラステラさん。
そしてイクシスさんの姿を見つけるなり、すぐさま駆け寄ってくるではないか。
「ぱわっ! 先輩じゃないですか! クラウにミコトちゃんも! どうしたんぱわ? ハイキングぱわ?」
「はぁ……一般人は、雪山登山をハイキングとは呼ばない」
「でも先輩は一般人と対極の人ぱわ!」
「…………」
「母上、言い負かされているぞ!」
「ま、負けてないしっ!」
なんて軽い挨拶もほどほどに。
早速厄災級出現の情報と、その対処に手を貸してほしい旨を告げるイクシスさん。
すると途端に目をキラキラと輝かせたサラステラさんは、一も二もなく了承の意を返し、忙しなくキョロキョロし始めた。
「それで、その厄災級はどこぱわ?! あっちぱわ? それともこっちぱわ?!」
「ミコトちゃんがワープで運んでくれるから、取り敢えず落ち着け。あと、雪山に登るのならもうちょっと暖かそうな格好をしろ」
「防寒具は動きにくいだけで、役に立たないからイヤぱわ!」
「私は風邪を引きそうだ……」
「取り敢えずさっさと移動しようか」
相変わらずジャージっぽい服装をしているサラステラさんは、如何にも白雪の吹き付けるこの場所には不相応に思えたけれど、当人は何ら肌寒さの一つも覚えていないようで。
流石、人間離れした肉体を持つ人はひと味もふた味も違うものだと、私なんかは感心を通り過ぎてびっくり人間を見ている気分にさせられた程である。
ともあれ悠長に話している時間もないため、早々に話も切り上げサラステラさん共々イクシス邸へワープで戻ったのだった。
普通の格好で雪山になんて行ったものだから、暖房の温かみが骨身に染みる。
私とクラウは身を寄せ合い、暫し暖房魔道具の前でプルプルと震えていたが、サラステラさんはもとよりイクシスさんも何ら平気な顔をして早速打ち合わせを行っている。
一般人と対極の人というのは、確かに言い得て妙かも知れないと、私は内心で改めて納得を覚えたのだった。
★
時刻は夕方五時を回り、いよいよ私たちは作戦開始に向けてのスタンバイを完了していた。
各々が装備の点検を済ませ、最後に作戦とも言えない作戦の内容確認がイクシスさんから成される。
「現地到着後、私とサラは一気に本体へ強襲を仕掛ける。他の皆は現地で戦っている冒険者たちに加勢し、被害の拡大を食い止めてくれ。また、予期せぬ状況変化には適宜対応。通話での状況報告も綿密にな!」
皆が了解の返事を返せば、それに頷きで応え、そして私へ目配せしてくるイクシスさん。
それを受け、本日数度目になるワープを発動する私。
短いスリーカウント後に転移を行えば、そこは既に前線の最中だった。
先程イクシスさんとともに訪れた時より、確実に被害は広がっている。
踏みしめる地面には、生気の一つも感じられず。山々に並ぶ木々も、突けば簡単に折れるのではないかという程に色あせていて、不思議と巨大アルラウネの侵食を受けた一帯は灰色めいて感じられた。
そんな灰色の領域と、未だ侵食を受けぬ生きた領域の境では、現在も尚多くの冒険者が死物狂いで戦闘を継続しており、懸命に巨大アルラウネの暴挙を妨げている最中であった。
それらを確認する間もなく、転移直後には既に駆け出していた私たち。
特にイクシスさんとサラステラさんは、一直線に彼の巨大な植物へと突っ込んでいく。さながら矢の如く鋭く突き進み、遮る草人形を物ともしない。
ばかりか、駆けただけ加速する二人は、初っ端から必殺級の大技を放つ構えである。
可能であれば一撃で奴を仕留め、この騒動に終止符を打つつもりなのだ。
それが成功するか否かに拘らず、私たち鏡花水月は段取り通り冒険者たちの加勢に動いた。
フィールドは自然豊かな森の中……だった場所。
今は死んだ木々が立ち並ぶ、痛ましい姿にはなっているが、ともあれ障害物は多く視界は利きにくい。しかも空の色はすっかりオレンジで、やがて日も暮れるだろう。
故に、マップが頼りになる。
オルカ、ココロちゃん、クラウ、ソフィアさんがそれぞれに死んだ森を駆け、草人形を次々に屠りつつ窮地の冒険者の手助けを行う中、素早くMPを裏技にて回復した私はマップを見ながら魔法の準備をしていた。
用いるのは先日発見した『遠隔魔法』であり、こうした大規模戦闘に於いては無類の強さを発揮するものと考えられる。
不謹慎かも知れないが、実験も兼ねて準備を進める私。
遠隔魔法の発動条件は、先ずマップスキルのサーチ範囲内であること。しかもマップを共有している仲間のサーチ範囲ではなく、私を中心としたそれである。従って現在は、半径八キロ圏内が私の魔法が届く射程圏となっている。
次に、魔法を放つ場所にはマーカーを立てることが好ましい事も分かっている。
立てなくても発動自体は可能だけれど、威力が大分減衰されてしまうのだ。
そも遠隔魔法という時点で、通常の魔法行使よりある程度威力は下がってしまうのだけれど。マーカーを用いることでその減衰率を随分抑えることが出来るわけだ。
あと、動く的に当てるのは難しいため、マーカーは生き物ではなく場に設置する形で運用する必要もある。
それらルールに則り、私はマップを操作して素早くマーカーを乱立させた。これから魔法がばら撒かれる印として、仲間たちにも分かりやすい目印となるだろう。
そうして狙いが決まったなら、あとは魔法を指定した位置で発動させるのみである。
用いる魔法は映像を分析し、有効であると判明した氷魔法を選択。効果を高めるため、氷を用いる前に水を浴びせてもおく。
「遠隔魔法、発動するよ。巻き込まれないように注意して」
と、通話を介して皆に一報を入れた直後、先ずは水の爆弾をマーカーの位置それぞれへ投下。
すると、八キロ圏内の様々な場所で突如大量の水が爆ぜて、周囲を吹き飛ばすという現象が生じた。
事情を知らない冒険者たちからは、すわ新手の脅威かという強い警戒感が発せられたが、しかし被害に遭ったのが概ね草人形だけであることから、もしや何者かによる支援なのでは? と前向きに受け取ってくれる人もちらほらいたようだ。
が、次の瞬間。
爆発した水は、忽ち氷塊へと変貌を遂げ、うっかり水に巻き込まれた冒険者ともども氷漬けにしてしまったのである。
これはいよいよ敵の仕業かと、メチャクチャに警戒されてしまうのだけれど、私だって狙ってやったわけじゃない。事故である。
まぁ、この世界の人は氷漬けになったくらいじゃ死なないっぽいから、どうか大目に見て欲しいところなのだが。
ともあれ当然、避けそこねた冒険者の人たちなんかよりも、草人形のほうが遥かに大打撃を受けているのは明らかで、味をしめた私はMPを回復しながら、第二波三波と次々に水を撒いては氷漬けにして行ったのだった。
冒険者たちは、水に濡れたら凍らされるとすぐに理解し、忽ち逃げるように下がって行く。
一体何が起こっているのかまでは理解が及んでいないようだけれど、ともあれ草人形には大きな被害が出ていると分かればこそ、これみよがしに状況を利用してやろうという強かさは、流石順応性に長けた冒険者たちである。
凍った草人形を嬉々として砕きに行く者や、氷結に巻き込まれた仲間を助けに行く者など、彼らの対応は迅速だった。
と、その時である。
形容しがたい、それこそ正にと言いたくなるような怪獣めいた叫び声が突如、ビリビリと一帯の空気を震わせたかと思えば。
その直後、オレンジの空のもとに凄まじい爆発が生じたのである。
誰もが弾かれたようにそちらを見つめた。厄災級が頂点にいただく、その蕾こそが音と爆発の出どころであった。
数秒遅れて訪れた爆風の余波に、誰もがよろめいた。それ程までに凄まじい衝撃が、あの蕾に加えられたのだと理解が及ぶなり、それを目にした者は皆歓喜に震えた。
これまでジリ貧の防戦一方を強いられてきた状況。
それをひっくり返してくれる、何者かが現れたのだと。そのように理解したからである。
そう。蕾に攻撃を仕掛けたのは他でもない、人類の希望そのもの。勇者イクシスさんと、邪竜殺しの英雄サラステラさんであった。
この戦いに参加するほとんどの人は、その事実を知りはしない。
さりとて、戦況に大きな変化を齎してくれる何者かの登場は、折れかけていた皆の心におしなべて力を与えたのだ。
しかし。
『ちっ、仕留めきれないか!』
『パワッ、めちゃくちゃ硬いぱわ!』
通話から聞こえてくる声に、私たちは状況を楽観すること無く戦闘を続行したのである。
やっぱりと言うべきか、どうやら一筋縄で行く相手ではないようだ。




