第三一一話 草人形
私が急遽制作した、自在な空撮が可能な羽つき小型カメラ。
ベースとなる師匠たちの作品があればこそ、ちゃっちゃとアレンジ作製の叶った秘密道具である。
二〇機にも及ぶそれらは滞りなく機能し、現場からリアルタイムの映像を送ってくれている。
私たちは現在イクシス邸会議室にてそれらの映像を睨みながら、現状の確認、情報の整理、対策の立案などの話し合いを行っていた。
そこで先ず一つ、ソフィアさんから有力な情報が飛び出す。
「このモンスター……アルラウネに似ていますね」
「アルラウネって言うと、人型の植物系モンスターでお馴染みのアレ?」
「人型……には見えないな」
「いや、確かに似ている。たまに居るんだ、戦って勝てぬと悟るなり、蕾に身を包んで地中に潜るやつが。コイツの蕾、どこかで見覚えがあると思ったが……確かにアルラウネのそれとそっくりだな」
というソフィアさんとイクシスさんによる言葉から、彼の厄災級がアルラウネに類するものである可能性が濃厚となった。
しかしアルラウネと言えば、私は見たことがないのだけれど、植物系モンスターの中でかなり強力な部類に入るのではなかったか。
「アルラウネは地魔法、植物魔法を得意とし、且つ植物を自らの手足が如く操るスキルも有しています。また、強力な再生力や生命力も特徴的です。弱点としては植物系全般がそうであるように、火に弱いはずですが。果たしてそれが厄災級に当てはまるかは不明ですね」
「それに、通常とは異なる際立って厄介な能力を持っている可能性も高いです。純粋にステータスが異常発達しただけの個体だとは考え難いかと」
「なるほど……まずはその辺の見極めが必要だろうね」
ソフィアさんがアルラウネの特徴を論えば、補足するようにココロちゃんが危惧を述べた。
そも『厄災級』なんていうのは人が勝手にそう呼んでいるだけで、奴がその認定を受けるかどうかは問題ではないんだ。
少なくともマップに特殊なアイコンが現れた時点で、あの巨大なアルラウネらしきモンスターが通常の個体でないことは確定していると考えていいだろう。
ならばココロちゃんの指摘どおり、通常種とは異なる恐ろしい能力を持っていたとて何ら不思議ではないわけだ。
「それなら取り敢えず私がもう一度現地に飛んで、この前発見した『遠隔魔法』で反応を見てこようか? アレなら比較的安全に検証実験が出来ると思うんだけど」
「待ってミコト、既に対応に当たってる冒険者がちらほら居るみたい。ほら、そこに映ってる」
「あれは……何と戦っているんだ? 見覚えのないモンスターだが」
「よく見たら、土の中から湧いてきてるみたいです! もしかして、奴の仕業なんでしょうか?」
「恐らくはそうだろうな。強力なモンスターの中には、下位のモンスターを使役するものもある。或いは自ら『子』を生み出すものなんかも居るな」
「何れにせよ、彼の厄災級が持つ特殊なスキルである可能性は高いでしょうね。ミコトさん、彼らの戦いをもう少し詳しく観察できませんか?」
「はいはい、ちょっと待ってね」
ソフィアさんの要望に応えるべく、私が操作したのはマウス型の秘密道具だった。っていうか、その用途はまさにマウスそのものなのだが。あ、ネズミではなく、PCなんかを操作する際に用いられるアレである。
これは現在映像を投影してくれているプロジェクターと紐付いた、所謂無線マウスであり、長机の天板の上を滑らせてやれば投影スクリーンの上をポインターがすいっと走ってくれる。
私には何とも馴染み深い感覚なのだけれど、皆からすればそれだけで小さな驚きを感じる現象であったらしく。
存外『映像に干渉する』という感覚に馴染みのない者には、マウスポインターが動くだけのことですら新鮮な驚き足り得るのだと、私は寧ろそこにこそ驚いたものだ。
まぁそれはいいとして。
ポインターを操作し、二〇ある映像の中から現地で戦っている冒険者を捉えたものをピックアップ。
映像を一時停止し、冒険者にポインターを合わせると、カチカチッとダブルクリックした。
するとどうだ。件の映像を届けてくれていたカメラは、被写体を巨大アルラウネから冒険者の男性へと切り替えたのである。
即ち今の操作は、羽つきカメラに捉えさせたい被写体を変更させるためのものであった。
これにより羽つきの一機は次の指示を受けるまで、延々と彼の姿を盗撮し続けるはずである。
「はい、これでよく見えるかな」
「あ、ありがとうございます……」
「はぁ……会議室にいながらにして……」
「母上、それは今更というものだ」
「それより見て、この人火を使ってる」
オルカの言葉に、皆は件の映像を注視した。
すると確かに、彼は剣に炎を纏わせ斬りつけるという、所謂『属性スキル』を行使して敵と対峙していたのである。
対するはクラウに「見たことがない」と言わしめた謎のモンスター。
全身緑色の、植物で編まれた歪な人形という風体をした不気味なそいつは、しかし存外鋭い動きで冒険者の男へ襲いかかる。
彼の振るった炎の剣を、ガッと左腕で受け食い込ませるも、しかしその炎が奴の体に燃え広がるようなことはなく。
空いた逆の腕を鋭い針のように変形させた奴は、素早い刺突で彼の胸に穴を穿たんとした。
けれどなんとか転がるようにそれを避けた彼。そのままもつれるように草人形と斬り合いを演じ、苦労してようやっと一体を仕留めることに成功した。
が、休む間もなく次の一体がすぐさま彼へ襲いかかり、苦虫を噛み潰したような表情で彼はこれに応戦。
誰の目にも劣勢は明らかだった。
冒険者と思しき彼の背後にチラチラ移る他の同業者たちも、状況は似たりよったりで、巨大アルラウネに使役されていると思しき人形たちにすら手を焼いている様子が見て取れたのである。
もともとがあまり強いモンスターのいないノドカーノという土地柄、冒険者のレベルというのもどうやらそれ程高くはないらしい。
が、だとしても草人形がただの雑魚ではないということは分かった。
それに、火を用いても劇的な効果は期待できそうにない、ということも。
「想像以上に状況は切迫してそうだね……」
「ケガ人も既に出てるみたい。治療の手が足りてないかも」
「こうしては居られない、直ぐに向かおう!」
「でも、まだ情報を集めている段階です。碌に対策を練れていませんよ!」
「巨大アルラウネの手の内も、今見せているものだけというはずもないでしょう。準備もなく飛び込めば、痛い目を見ます」
「だが!」
「まぁ落ち着け、クラウ」
焦れるように立ち上がるクラウを制したのは、イクシスさんだった。
彼女はふむと改めて映像に目をやり、少し何かを探したかと思うと、不意に「お」と小さく声をこぼした。
そして私に言うのだ。
「ミコトちゃん、その右端の映像だ。そこにほら、ちらっと小さく人が映り込むだろう? そいつをしっかり映してほしいんだが」
「んん? ちょっと待ってね。ええと……」
イクシスさんから寄せられた要望に応えるべく、マウスポインターを指示された映像に合わせ、ドラッグ操作でカメラの向きを動かしてみる。
すると確かに、遠くに人影が見えるではないか。かなりの暴れっぷりである。ドカンドカンと土煙が上がっていて、なかなか豪快な戦いぶりが見て取れた。
その人物をダブルクリックすれば、早速羽つきはその人の姿を捉えるべく動き始めた。
カメラは件の人物に寄っていき、直ぐに彼女の容姿が明らかとなった。
おばあさんである。
身の丈に合わぬ大斧を携え、嵐のように猛威を振るう彼女はしかし、きれいな白髪と重ねた年を感じさせる顔の皺から見て分かるように、紛うことなき還暦をとっくに過ぎているであろうおばあさんであった。
ああいや、こんな事を言ったらココロちゃんやソフィアさんに睨まれかねないか。年齢はこの世界であまり意味のあるカウントではないのかも知れない。
ともあれ、ぱっと見た限りとても戦えそうな人には思えないおばあさんが、巨大な斧を片手に大暴れしているのだ。
しかもそれだけではない。
よくよく見てみれば、それと似たような光景がチラホラとそこかしこで見て取れた。
若い人でも、一線を退いたであろう渋いおじさんや、恰幅のいいおばちゃんという高い年齢層。
件のおばあさんよろしく、老齢の大先輩方の活躍だってめざましいものだった。
「な……?!」
「言っただろう。あの国には引退した元冒険者たちが多く住んでいると。あの人たちが居れば、そう安々と戦線を崩されはしないさ」
「す、すごいですね。現役の方たちより余程強いですよ!」
「あの国がそれだけ平和だってこと」
「とは言え、こうした緊急事態への脆さは否めないようですが」
確かに大先輩方に比べると、若い冒険者達の苦戦ぶりは顕著であり、きっと彼らだけでは戦線を維持することなどままならなかったことだろう。
しかしその大先輩方の活躍により、今すぐ巨大アルラウネの被害が拡大するという心配は薄そうである。
そうと分かったからか、クラウは一つ息をつくと席に座り直し、話し合いの続きを促した。
「すまない、気が急いてしまっていたようだ。しかしこう言ってはなんだが、先輩方は既に一線を退いた身。今はいいかも知れないが、スタミナの面では懸念が残る」
「それはまぁ、否めないだろうな。だからこそ今、彼らが頑張ってくれている内にしっかりと作戦を立てるんだ」
「増援が到着するのには、それなりに時間が掛かりそうだね。あの草人形は無尽蔵に湧いて出てくるみたいだし、このままじゃジリ貧だと思う」
「増援が来たところで、ノドカーノ国内からのものでは果たして戦力としてどれほど機能するものか……」
「そもそもギルドや国が戦力を派遣するのには、相応の手続きを踏まねばなりませんし。それに準備や移動時間を考えると……」
「今戦ってる人たちは、程なくして撤退を余儀なくされる。そうなったら厄災級は好き勝手暴れることになるはず」
「本格的な討伐作戦は、かなりの被害が出たあとから、ってことになるわけか……」
現状、速やかに奴を討つための『数』を用意することは難しいらしいことが分かった。
しかしそれでは、その準備が整うまでに想像を絶する被害が出てしまう。
豊かな自然は枯れ、生き物はあの草人形や巨大アルラウネ手ずから蹂躙され尽くすことだろう。
奴と対峙出来るだけの準備が整う頃には、果たしてどれ程の命が失われていることか……。
と、その時だった。
「! 皆さん、先程の冒険者さんが……!」
ココロちゃんがそう叫び、皆の視線が映像の一つへ急ぎ向けられる。
するとそこに映し出されていたのは、先程草人形に苦戦していた冒険者の男性が、とうとう肩の付け根を貫かれているシーンだった。
だが、彼の身に起きている異常はそれに留まらない。
草人形が針のように鋭く変形させた右腕は、彼の肩を穿つなり更に変化し始めたのである。
男は痛みと恐怖に悲鳴を上げたけれど、それも僅かの間のこと。
彼の体は忽ちの内に、それこそ枯れ木が如く干からびてしまったのだ。
肌は土のような色に変色し、全身から水分という水分が一瞬で抜かれたかのような変貌を遂げ、骨と皮だけになった彼は無残に地面へ打ち捨てられてしまった。
さながらミイラである。当然、生きているはずもない。
彼を殺した草人形は、不意に踵を返すと親と思しき巨大アルラウネのもとへ帰っていくではないか。
誰もがそれを見て、予感した。
「養分を……集めてる……?!」
山を枯らしたのも、あの草人形を放ったのも、もしかすると自らの糧となる養分を集める為なのかも知れない。
それに養分を求める動機なら、簡単に察しがつく。あの蕾だ。
太く長い茎の上。さながら頭部のように、そこに鎮座している大きな大きな一つの蕾。
これを咲かせるために養分を集めているとするなら、いよいよ拙いことになる。
「奴はまだ、成長途中……!」
「拙いぞ! だとするなら、戦力が揃うのを待っていたのでは、いよいよ手がつけられなくなりかねない!」
ただでさえこの世界に於いて文字通りの厄災たる、厄災級モンスター。
それが出現した場所もまた、どうやら最悪だったようだ。奴の特性も相まって、このままでは想像を絶する被害を齎しかねない。
私たちは顔を青くしながら、いよいよなりふり構っている場合ではないことを認めたのだった。




