第三一〇話 偵察作戦
突如出現した、『厄災級モンスター』と呼ばれる超常的な脅威。
多くの冒険者が力を合わせて対応するべきそれは、私から見ればさながらレイドボスのようであった。
しかし、こと現実である世界に現れたレイドボスというのは、如何にも悪夢めいていて。
ゲームのように死に戻りが出来るわけでもなし。これに挑むということは、文字通り命懸けの戦いとなるわけだ。
勇者として、早速これに対応するべく動こうというイクシスさん。
さりとて流石の彼女も、厄災級が相手となれば無事に済むという保証は無く。
これを受け、ならば自分も行くと言い出したのは、その娘であり、私たちの仲間でもあるクラウだった。
この発言により、イクシス邸小会議室の空気はいよいよ張り詰めたのである。
「クラウ。お前を連れて行く気はない」
「連れて行ってもらわずとも結構。勝手に協力させてもらうまでだ」
と、早速母娘で言い合いが始まる中、私たちは私たちでどうしたものかと逡巡した。
が、まぁ深刻な話でこそあれ、悩むべきことかと言えばそうでもない。
少なくとも、私の答えは簡潔だった。
「クラウが行くっていうのなら、私も行くけど」
「ミコトが行くなら私も」
「同じくです」
「そうなりますね」
「なっ!?」
これに虚を突かれたのは、クラウだった。
よもや自分の言い出したことが、自分の身一つで済む話だなどと本当に思っていたのだろうか? いや、思っていたようだ。
なるほど、これを水臭いっていうんだな。
「何を驚いてるのさ。そりゃ、大事な仲間が危険に飛び込もうっていうんなら、一緒に飛び込んで一緒に帰って来ようって考えるのは当たり前じゃん」
「ミコト……」
「そういうこと」
「クラウ様のバトルジャンキーっぷりは筋金入りですからね。こうなる予感はしてました」
「まぁ、我々ならばたとえ相手が厄災級だろうと、生還自体は難しくもないでしょう」
なんて、言ってはみたものの。
しかし実際のところ、私は未だその厄災級とやらがどの程度の脅威なのか、というのを話に聞いたばかりであり、今回出現したとされるそいつに関してはどんなモンスターなのかも殆ど分かっていない。
山程もある巨大な植物系モンスターだとか言う話だけれど、それ以上のことは未だ不明なのだ。
なので、さして臆すこともなくこんなクサいことを飄々と言えるわけなのだけれど。
しかしかつて、魔王を討った勇者イクシスさんだけは、険しい表情のままであった。
私たちの考えが甘いと。これから赴くのは、死地に足るだけの危険性を孕んだ、修羅場なのだと。心眼が読み解くその心情は、強く物語っているようだった。
とは言え。
「イクシスさん、まぁそんな顔しないでよ。私たちの逃げ足については理解してるでしょ?」
「だが……」
「それに『大事な仲間』の中には勿論、イクシスさんだって含まれてるんだし。私たちがセットで付いてくるのは前提に含めておいてもらわないと」
「!」
私の言と皆の決心を宿した表情に、二の句を飲み込むイクシスさん。
「それにイクシスさん自身、まだ心が決まっていないように見えるよ」
「……?」
「クラウや私たちを絶対に巻き込みたくないって気持ちと、そもそもまだ情報が不足していて、敵の脅威度さえ未知数。だからこそ判断に困ってる、っていう冷静な思考。それが、そんな強張った顔をしながらも私たちを強く突っ撥ねられないでいる理由……かな?」
「はぁ……厄介なものだな、心眼とは」
「いやいや、このくらいは考えれば察しのつくことだよ。私の洞察力を心眼の手柄にされては面白くないなぁ」
なんておどけて見せれば、ようやっと表情をいくらか和らげ、苦笑を漏らすイクシスさん。
張り詰めていた空気も、少しは弛緩を見せた。
「まぁ、そうだな。ミコトちゃんの言うとおり、情報が圧倒的に不足しているのが現状だ。正直なところを言ってしまえば、皆の力が必要になるかも知れない、という予感がないわけでもない。だが……」
「母上、それならば先ずは情報を集めに行けばいいだろう。うちにはそれに適した人材が三名ほど居るからな、任せて欲しい」
「三名? オルカちゃんと、ソフィア殿の【技能鏡】……あとは、ミコトちゃんのマップか?」
「む。イクシス様、どうやらまだまだミコト様を侮っていらっしゃるようですね!」
「ミコトには、秘密道具がある」
「秘密道具……おお、確かにそうだった!」
「偵察用の秘密道具でしたら、既に幾つかストレージ内にしまってありましたね」
「ご要望とあらば、もっと適したものを用意できると思うよ」
無ければ作るの精神である。私にもいつの間にか、クリエイター脳が芽生えてきたのかな。
早速私たちはストレージ内から偵察用の秘密道具を取り出し、長机の上に並べて作戦を練り始める。
所謂偵察作戦ってやつだ。何にせよまずは敵がどんなものかを見定め、その脅威度や特徴、それに攻略法を見極めていかなくちゃならない。
そのためには、如何に多くの情報を集められるかが鍵となってくるわけで。
私たちは急ぎ、情報収集の算段を練り上げ、速やかにそれを実行に移したのだった。
★
勇者イクシス号、緊急発進。スクランブルってやつだ。
目的地であるノドカーノは大陸の西にあり、しかも外れの方ということもあってなかなかの距離がある。
一応通信魔道具の類いはこの世界にもあり、ギルドなんかにはそれが配備されていて緊急連絡のやり取りなんかに用いられるらしい。ただ、高価な上に燃費が悪く、常用化はまだ先になりそうだとか。
ともあれ、これのおかげで厄災級と思しきモンスターの出現情報が、遠く離れたグランリィスのギルドにまで早くも届いており、イクシスさんの耳にも入ったわけだが。
仮にこれが手紙なんかでの情報伝達だった場合、一体どれだけの時間が掛かったことか。
半月か、一ヶ月か。或いはもっとか。
そんな、通常の移動手段では呆れるほど時間を食うような距離を、イクシスさんはあっという間に埋めていく。
思い返すとこの大陸、実は私が想像しているそれよりずっと広いんじゃないかと思えた。
イクシスさんは私を背負って空を駆けることで、容易く音の早さを超えていくわけだけれど。要はマッハである。
時速にすると約一二二五キロ以上……だったっけ?
そんな速度で飛び回っているっていうのに、目的地に至るまではまずまずの時間が掛かることもあって。
それって要は、四半刻も飛べば六〇〇キロ以上も移動できるってことだ。目的地の距離がそれだけ離れているってことでもある。
私たちが居を置いているこの国、デッケーゾはその名の通り大国だと聞くけれど、この国の他にも大陸内には幾つも国が存在しているらしいし、それだけの広さがあるってことでもある。
何ともスケールの大きな話であり、こういった部分でも改めて、ここは別の世界なんだなぁと思い知らされる気がした。
いつかこうして空を飛びながら、世界一周なんてことを行うのも面白いかも知れない。
まぁ、この世界が丸い星として存在しているのならば、という前提での話だけどね。
さて、考え事をしている間に国境を飛び越え、いよいよ目的であるノドカーノのパトって町がそろそろ見えてきそうなところにまで飛んできた私たち。
イクシスさんに警戒を呼びかければ、速度は一気に落ち、注意深く辺りを見回しながらの進行となる。
何せ空から見渡しているわけなので、見晴らしはこの上なく良い。目視でマップがサーチ出来る以上の距離を捉えられるのだから、高いところから見渡すという原始的な行動も存外バカには出来ないなと思った。
「さて、それじゃぁ秘密道具の出番だね」
「ああ、頼んだ」
イクシスさんの背に跨がり、ストレージより取り出したるは一見ただの双眼鏡である。
だがその実、霞んで見えないような場所さえもクリアに見通すための、空から偵察するのに便利な秘密道具であった。
当然望遠機能もしっかりしており、私はそれを駆使して彼方を窺い見た。
すると。
「うわ……あれかぁ」
「見えたのか?」
「うん。方角はこっち。距離はもうちょっとあるから、慎重に高い位置から近づいてみよう。出来ればマップに捉えたい」
「了解だ」
マップスキルの良いところは、サーチ範囲に高さの概念もきちんと組み込まれているところである。
私を中心にしたサーチ範囲が球体状に広がり、絶えず監視を続けてくれている。
そのため、現状半径八キロが限界であるマップのサーチ範囲ならば、おおよそ八千メートルの上空からサーチを試みることで、安全な距離を保ちつつ目標を捉えることが出来る、という小技が使えるわけだ。
問題となるのはそれだけ高く飛び上がれるのかという点だけであり、幸いにして私たちにはそれが可能だった。
狙い通り、対象に発見されること無く無事にサーチ範囲へ件のモンスターを捉えることが出来た私たち。
一先ず上空にホバリングした状態で、双眼鏡をイクシスさんへ渡した。
それを介して目標の姿をしかと捉えた彼女は、無言で厳しい雰囲気を発する。
そして言うのだ。
「恐らく間違いない……厄災級だ」
「どういうモンスターか分かる?」
「そうだな……見覚えがある気はするが……」
「ふむ……取り敢えず、カメラをばら撒いて一回帰ろうか」
「ああ」
イクシスさんの了解も得て、私は早速ストレージから小型の羽つきカメラを二〇機ほど取り出すと、空へ放った。
次にイクシスさんが双眼鏡にて、対象をロックオン。これにて羽つきたちに監視対象を覚えさせることが出来たはずだ。
早速散開し、厄災級の監視を開始したそれらを確認すると、私は早速通話を駆使して連絡を取る。
「どう? 見えてる?」
『バッチリ。今映った』
「了解。それじゃ一度戻るね」
相手はオルカ。彼女を始めとした他のメンバーたちは、現状まだイクシス邸に残り待機している状態だった。
羽つきにて捉えた映像は、闘技祭の時のライブ映像よろしくイクシス邸にて確認することが出来るようになっている。
正常な動作も確かめられたところで、私とイクシスさんは早速ワープにてイクシス邸の小会議室に直接転移で戻ったのだった。
すると、模様替えの成された小会議室の壁には、羽つきから送られてくる二〇もの映像が、プロジェクターを介してぎっしり並び投影されており、厄災級のその姿をしかと映し出していたのである。
小会議室の中は既に空気が張り詰めており、待機メンバーたちは既にそれらの映像を睨むように眺めていた。
事前情報のとおり、それは山程大きな体躯を持つ、青々とした植物だった。
天辺には巨大な蕾を一つ携え、無数の蔓はうねうねと触手が如くうねっている。
足元の緑も、近くの山も、緑の眠る季節とは言えあまりに生気がなく。奴がそれらから命を吸い取っているのだろうと、察するのはあまりに容易かった。
「これが、厄災級……!」
捨て置けば、瞬く間に山々は枯れ、多くの生き物が死に絶えるだろう。
そしてもし、それらの現象が奴の『食事』によるものだとしたら、まだ成長の段階にあるとも考えられた。
そうと察すればこそ、私たちは直ちに席につき、対策を話し合うのだった。




