第三〇四話 リーダー代行
今回はダンジョンボス攻略を見送ることとし、来た道を引き返して二九階層まで戻ってきた私たち。
時刻はまだ午前一〇時にも満たず、帰るのには些か早いと感じていた。
そこで、この階層にて今しばらく狩りを続け、儲けを増やしてやろうと画策したのだが。
丁度良いので、私から一つ提案を述べることにした。
「今からダンジョンを出るまでの間、チーナさんにリーダー代行をやってもらおうと思うんだけど、どうかな?」
唐突な私の意見に、皆は一様になるほどと納得顔を見せる。
というのも、このダンジョンにやって来たのは依頼を受けてのことだった。ここで鉱石素材を確保してきて欲しいという内容の依頼である。
しかしその依頼の内容には、チーナさんの同行も含まれていたのだ。
これを機に自らを鍛え直したいという彼女は、殊更『判断力』という面でコンプレックスめいたものを感じているようだった。
所属していたPTのメンバーに依存しきって、周りの指示を聞くばかりだったチーナさん。しかし肝心要であったそのPTが解散してしまった。
その結果、自身で状況を見て判断するという能力が未発達のまま過ごしてしまったと、今更になって後悔しているそうで。
あまつさえ、そのことで手痛い失敗をやらかしたとさえ彼女は語った。
なのでここでは、そんな彼女に自ら考え、判断する機会というのを意識的に与えてきた私たち。
これから行おうというのは、謂わばその仕上げのようなものだ。
リーダーの代行を担うことにより、チーナさんは普段よりも余程多くのことを考え、そして相応に重たい責任を背負うことにもなるだろう。
しかしこの数日で私たちの能力もある程度把握した彼女は、手持ちに十分な情報を既に有しているはず。
更には、この階層に於いての狩りは既に経験済みであり、全種類への対し方というのも把握している状態である。
後は、きちんと無難な状況判断さえ出来れば、大きな危険に苛まれることもないだろう。
「ってことで、どうかな?」
「え、えっと……はい。やらせてください!」
「お手並み拝見」
「まぁ、問題があれば指摘するから気軽にやってみてくれ」
「メンバーの意見を聞くのもリーダーにとって大切な資質と言えますからね」
「ミコト様のスキルによる補助もありますから、危険は少ないはずです。どーんと行きましょう!」
皆の承諾も得たところで、改めて「よ、よろしくおねがいしますっ!」と勢いよくお辞儀を一つ。
そんな彼女に率いられてのフロア探索……いや、フロア徘徊が始まった。何せ既に二九階層フロアは隅々まで探索が済んでいるのだ。
知った道をぐるぐる歩き回るという意味では、徘徊、或いはお散歩とでも表するべき何かなのだろう。
しかしながら突如不慣れな役をこなすことになったチーナさんは、早くも緊張した様子であたふたしつつ。
けれど一先ずとばかりに口を開いた。
「そ、それでは皆さん、まずはその、チーム分けをしたいと思うのです!」
「ミコト様と同じチームが良いです!」
「私も」
「私もです」
「わ、私だって!」
「こらこら、早速チーナさんを困らせない」
「あわわ……」
斯くして、前途多難なチーナリーダーによる二九階層での狩りが開始されたのであった。
そしてそれは、お昼を過ぎてなお続いたのである。
★
時刻は一五時を過ぎ、二九階層入り口にてようやっと一息つく私たち。
特にリーダーを務めたチーナさんのくたびれっぷりは目に見えるほどで、ことある毎に頭がパンクしかけている彼女は余程気苦労を背負いやすい性格をしているようだ。
そんな彼女はよろしくない顔色のまま、さりとてその役割をまっとうするべく私たちに向き直り、口を開いた。
「皆さん、今回の狩り……いえ、ダンジョン攻略はこの当たりで引き上げようと思うのですが。いかがでしょう?」
「む。時間的にはまだ些か早いと思うが」
「体力的にもまだ余裕がありますよ!」
「えっと、いえ、その、今回の依頼目標は既に今朝の時点で達成されています。なら、報告のために工房へ立ち寄る時間が必要かと思ったのですけど……」
「確かにその通り」
オルカの肯定に、ほっと胸を撫で下ろすチーナさん。
けれどどうしても全員の意見を聞き出さないと、心配のタネがつきない彼女は私とソフィアさんにも水を向けてきた。
「お二人はいかがでしょう?」
「はい、妥当な判断かと。リーダー代行もお疲れのようですしね」
「あぅ、め、面目次第もございません……」
「誰だって慣れないことをすれば疲れるものだよ。私も異論はないし、狩りの成果も十分だと思う」
そう言って同意を示せば、彼女はコクリと頷き。
そして唐突に、がっと私へしがみついてきた。
「それではミコトさん、早く出ましょう! 直ちにこのダンジョンを脱出して、私をリーダー代行から解放してください……!」
「そんなに嫌だったの!?」
涙目の彼女を見て、思い返される今日のハイライトシーン。
初っ端からチーム分けで揉め、無駄に時間を使い涙目だったチーナさん。
チームを分けたら分けたで、通話先からあれこれと情報が飛んできてテンパるチーナさん。
仲間に指示を出すのが苦手で、結局戦闘では自分で突っ込んでいってしまうチーナさん。
結果、仲間のサポートに助けられ、反省してしょんぼりするチーナさん。
皆に意見を求めるだけ求めて、それらが割れた時に優柔不断を見せるチーナさん。
別行動中のチームが心配で、ことある毎に状況を伺うチーナさん。
移動中も自分なりにチームワークのパターンを必死に考えて、一生懸命提案してくるチーナさん。
などなど。
ドワーフ女性の特徴なのか、見た目はちっこい彼女が頑張る姿というのには、度々胸を打たれる思いだった。
総じて苦労症の気がある彼女の、もうお家に帰る宣言を受け、私たちは速やかにダンジョン入り口までフロアスキップにて転移したのだった。
転移先には、重そうに戦利品を抱えた冒険者の姿がちらほらあり、まだ早い時間にも関わらず人の気配はまばらにあった。
何せカンカンから足を運びやすい、鉱石が取れるダンジョンの一つがここである。所謂人気のダンジョンに当たるため、タイミングが悪ければこうして他の冒険者を見かけることもあるわけで。
しかし例によって、魔法で透明化している私たちの姿を見つけられる人はいない。
とは言え気配なんかで怪しまれないとも限らないため、私たちはただちにワープにていつもの、カンカン近くの人目につかない物陰まで飛ぶのだった。
そうして今度こそ人目がないことを確認し、透明化を解除すると。
直後、ようやっと肩の荷を降ろせたとばかりにその場にへたり込んだチーナさん。
他の面々も、ふぅとそれぞれにため息をこぼす。やはり転移直後に他の冒険者と遭遇すると、気づかれてはいないと知りながらも緊張してしまうのだ。
そうして皆がだらりと気を抜く中、しかしオルカだけはしっかりと周囲を伺い、場合によっては即座に動いてくれる。
というのも、一応ここもまだ町の外だ。たまにそこらを徘徊しているモンスターと鉢合うことがあるわけで。
決まってそうしたエンカウントに逸早く対応するのが、オルカなのである。
そんな彼女も、周囲に脅威がないことを確認すると、ようやっと肩の力を抜いた。
それを確認し、私はチーナさんへ声をかける。
「お疲れ様チーナさん」
「あ、はい。どうも……ミコトさんも皆さんも、お疲れさまでした」
そう返す彼女は、少しモジモジしながら徐に立ち上がると、居住まいを正して問うてくる。
「あの、今日の私、どうでしたか……? 皆さんにご迷惑とかおかけしませんでした?」
その問に、私たちは少し逡巡して各々に短い感想を返していく。
「興味深かった。ミコト以外の指示で動くっていうのは、普段とは違う意図の汲み取り方が求められるから、いつもと違う発想が得られたり」
「それはココロも感じました! それにチーナさんが、色んな所に気を配ってくださっていたのも印象的でした!」
「そうだな。だが、気を張りすぎているとも言える。考えることが多すぎて、優先順位がメチャクチャになっている……そんな感じがしたな」
「良くも悪くも気を使いすぎるのがチーナさんの特徴、ですね。ただ、周囲の意見をなんとか取り入れようという姿勢は良かったと思います」
「チーナさんは、自分で思うほど周りが見えてないわけじゃないと思うんだ。寧ろよく見えすぎてるからこそ、判断に困る傾向があるっていうか。クラウの言うように、優先順位を意識することと、余分な考えを切り捨てる思い切りの良さ、なんかが身につけば、きっと優れた状況判断を下せるようになるはずだよ」
緊張の面持ちで私たちの感想をしかと聞いた彼女は、口の中で小さく「優先順位と切り捨て……」と反芻し、不意にバッと顔をあげると、「貴重なご意見、ありがとうございます!」と言って頭を下げたのだった。
何か手応えのようなものを得たのだろう。彼女の瞳には、何時になく強い光が宿っているように見えた。
どうやら、この依頼に同行しただけの価値を感じられたようで、私たちとしてもホッとしている。
そうして皆でざっくり今日の振り返りなんかをしながら、カンカンの町へ向かうのだった。
ゴルドウさんの工房へ着いたのは、午後四時を過ぎてからのことだった。
チーナさんにより、そのまま例の如く応接室まで通された私たち。
淹れてもらったお茶を頂きながら暫しくつろいでいる間に、チーナさんはパタパタとゴルドウさんを呼びに工房の方へ。
すると、当の工房主である彼よりも先に顔を見せたのは、今日も今日とて修行に勤しんでいたオレ姉だった。一足先に労を労いに来てくれたらしい。
「みんな、お疲れ様だったね。どうだった? 良いのは取れたかい?」
「オレ姉もお疲れ様。鉱物の良し悪しはいまいちよく分かんないけど、取り敢えず量は結構取れたよ」
「そりゃいいね。余ったら私にも分けとくれよ!」
「余ったらねー」
なんて軽口を叩きあっていると、遅れてゴルドウさんのお出ましである。
相変わらず大きな体で窮屈そうに入口の扉を潜ると、乗っしりと私たちの対面へ腰を下ろした。無闇に迫力のある人だ。
私は隣に腰掛けるソフィアさんへちらりと目配せ。
仮面越しにも関わらず、それを察した彼女は小さく頷きで返事をすると、いよいよ交渉が始まる。
さて、私たちが取りすぎた鉱石素材は、どのくらい引き取ってもらえるのか。交渉担当ソフィアさんの腕の見せ所である。




