第三〇二話 三〇階層
明けて翌日。
既に数日同じことを繰り返しているため、最早ルーティンと化しつつある朝の合流過程。
イクシス邸よりチーナさんの動きをマップで把握し、頃合いを見てワープで飛び、カンカンの外で合流。
彼女を連れて岩のダンジョンへこれまたワープで飛んだら、フロアスキップを駆使して現在の最深攻略階層へ転移する。
斯くして訪れたるは、岩のダンジョン二九階層。その出口に当たる部分である。
即ち、階段を降りればいよいよ三〇階層というところ。
こういったキリの良い階層には、特別な仕掛けが施されていることがよくある。
例えば強力なフロアボスが出現したり、特別良いアイテムが隠されていたり、凶悪な罠が仕込んであったりなど。
どのように特別かは行ってみないことには分からないものの、気合を入れて臨まねばならない階層となっている……場合がある。
そう、逆になんでもない普通の階層であるという場合だって、そう珍しいことではない。
だが念のため、他の階層よりは警戒感を強くして当たったほうが良いのは間違いないだろう。
それと分かっていればこそ、皆の表情も何時になく引き締まったものだった。
「っていうか、フロアの出口にも転移できるんですね……ならもしかして、わざわざダンジョン内を歩いて探索する必要がないのでは……!?」
「む。チーナさん、なかなか良い指摘をしますね」
私が緊張の面持ちで下り階段を眺めていると、それを他所にチーナさんがボソリとすごい表情でそんなことを言いだした。
当然スキル大好きソフィアさんが反応を示すが、彼女に驚いた様子はない。
なぜなら当然、チーナさんが述べた発想は私たちにもあり、既に検証がなされているためである。
「残念だけど、そういうわけには行かないみたいなんだ。フロア出口に転移するためには、一度私自身か、マップを共有してる仲間が直接訪れている必要があるみたいでね」
「あ、そうなんですね……いえ、寧ろ安心しました。本当にそれが可能だった場合、ミコトさんは実質ダンジョンの最深部まで一瞬で移動できる事になっちゃいますから……」
「ですがチーナさん。恐ろしいことに『今のところは』という但し書きが付いてしまうのが、ミコトさんの素晴らしいところなんですよ!」
「え、えぇ……? じゃぁ、将来的には出来るようになるってことですか?!」
「出来るようになるかも知れないし、そんなことはないかも知れない。それがミコト」
オルカがそのように締めくくれば、ウンウンと頷きで同意を示すその他の面々。
呆気にとられるチーナさんは、何とも言えない表情でこちらを見てくるのだけれど、別に私が悪いことをしているわけじゃないんだからそんな目で見ないで欲しい。
というか流石にそんな、ダンジョン攻略の根底を揺るがすような事にはならないと思うんだけどな。
ゲームのようなこの世界だからこそ、ゲーム性を崩壊させる仕様が実装されているとは考えにくい。なんていうのは、偏ったものの見方なのだろうか。
ともあれ、如何な私の持つへんてこスキルといえど、そこまで無茶苦茶ではないはずである。
「期待されてるのか呆れられてるのか知らないけど、きっとそんなことにはならないよ。それより、用意が出来たのならさっさと進もう」
私がそのように促せば、皆も気持ちを切り替えて階段へと向き直る。
階段降りてすぐ何かがあるというわけでもなし、私たちは多少の緊張を覚えながらも、誰からともなく早速下へと伸びる石造りの階段を降り始めたのだった。
洞窟然としたこのダンジョンに於いて、唯一人工物っぽいのがこの階段である。
ダンジョンによっては階段ではなく、普通に坂道だったり転移の魔法陣が用いられていたり、エレベーターがあったり、縦穴を飛び降りる仕様だったりと、実は様々なパターンがあるようで。
それで言うとこの階段式は最もポピュラーな様式の一つである。
そう言えば以前本で読んだのだけれど、どこかのダンジョン研究者は、階段やダンジョンの形から、そのダンジョンに出現するモンスターやダンジョンボスの種類、ダンジョン自体の構造に得られるお宝の傾向など、様々なことが予測できる! と謳ったらしい。
実際はどうか知らないけれど、もしかすると何らかの傾向とかはあるのかも知れない。眉唾な気もするけどね。
石の感触を靴裏に感じながら、皆で黙々と階段を下っていると、やがて次のフロアへ降り立つことが出来た。
そして、気づく。
「これ……ボスフロアだね」
「マップを見るに、間違いないな」
「と言うか、これまでと違って人工物っぽい作りをしてます!」
ココロちゃんの言うように、そこはさながら洞窟と古代遺跡が融合したような、これまでの階層とは明らかに異なる様相を呈していたのである。
足元には朽ちた石畳がチラホラと顔を覗かせていたり、至るところに古めかしい石柱が立っていたり。
何とも古代ロマンを感じさせる、洞窟遺跡とでも言うべき有様であった。
こういうのを見ると、つい「こんなの一体誰が作ったんだろう?」なんて疑問が浮かんでくる。
そう考えると、私たちはダンジョンのことについて実のところ、あまり良く分かっていないんだよね。
これが本当に人工物なのか、それともダンジョンがそれっぽい造形をどこかで覚え、再現しているのか。
何れにせよ憶測にしかならないのだけれど、ともあれダンジョンがモンスターの巣窟であるということだけは間違いない。そしてダンジョンからはお宝を得られるということも。
野蛮な考えかも知れないけれど、ダンジョンがそういう仕組みである以上、私たち冒険者が挑む理由には十分なのだ。
とまぁ、それはさておき。
「さて、どうしようか」
「カンカンに近いダンジョンは、無闇に踏破すると鉱石素材の供給に影響を及ぼすって話だった」
「このダンジョンからはここに至るまで、多くの鉱石を得ることが出来ましたからね。手に負えないということもないでしょうし、残しておいても問題はないかと」
「ですね。ミコト様のあの術があれば、どんなに硬いモンスターでも関係なしですし!」
「だが、厄介なダンジョンであることも確かだな。ボスがどんな奴かは知らないが、もしメガポロック以上に頑丈な手合だとすると、生半可な冒険者では手に負えないだろう」
クラウの言葉に、皆がふむと考え込む。
確かにここまで戦ってきた感じ、求められる火力の高さというのは相当なものだった。
もしかするとこの三〇階層に至るためには、かなりの実力が必要なのかも知れない。
が、そもそも論で言うと……。
「そう言えば私、他の冒険者にどのくらいの火力が出せるのか、とかよく知らないや」
「私もソロが長かったからな、言われてみると他所の冒険者の力量というのは把握していないな」
「ココロもそんな感じです」
「私はたまに臨時で誰かと組むこともあったけど、この間までCランクだったからB以上の実力には疎い」
と、私を含め、大体ボッチで過ごしていた面々のコメントがこれである。
その点、元冒険者ギルドの受付嬢であり、かつては特級クラスまで自力で上り詰めた凄腕冒険者であるソフィアさんは違う。
それにチーナさんも、私たちに比べたなら余程真っ当な冒険者道を歩んできたと見え、こちらを呆れたような目で見ていた。
どうやら二人とも、一般的な冒険者の実力基準というものはきちんと把握しているようで。
「チーナさん。彼女たちを見てどう思います?」
とソフィアさんが問えば、問われたチーナさんは何とも言えない難しい表情を作って答える。
「私の知ってるAランクPTの中に、皆さんのようなダンジョン攻略をなさる人はいませんし、火力一つとっても並外れていると思います」
「……と、言われてもねぇ」
全然実感が湧いてこない。
だって先日の闘技大会では、すごいAランクの人とかたくさん見たわけだし、それに比べると私たちが特別高い火力を有しているだなんていうのは、贔屓目を疑いたくなるような意見だった。
確かにココロちゃんのパワーがすごいのは間違いないだろう。ステータスだってSTRが100を突破しているのだから、実質的な超越者である。
とは言え、オルカはこの間まで火力不足で悩んでいたし、クラウはすごい必殺技を持っていて聖剣使いだけれど、基本うちの盾役だし。私は魔力調律でブーストを掛けられるけど、基本的には器用貧乏な所あるし。
ソフィアさんはまぁ、押しも押されぬ特級冒険者だから例外としても、それらを鑑みるに他の冒険者達と比べてすごいとは、果たして言えるのかどうか。
「それじゃぁチーナさんは、他の冒険者じゃこのダンジョンを攻略できず、何れここはモリモリ育って手がつけられなくなる……って言いたいの?」
「あぅ、えっと……そうですね。余程腕利きの冒険者がカンカンを訪れたなら分かりませんが、そうでなければこの階層にまで到れる冒険者は向こう何年と現れないかもです」
「その間にダンジョンの成長やボスの進化が起こらないとも限らない、か」
「だけど、かと言ってボスを倒して帰っちゃうのもそれはそれで問題なんですよね?」
「面倒」
「我々がもっと普通の冒険者であったなら、『折角ここまで来たのだから、ボス討伐を果たそう!』と単純な判断が出来たかも知れませんが。如何せん我々は一瞬でこの階層と外とを行き来できてしまいますからね」
「私たちが今、どうしてもボスへ挑む理由は薄いってわけだね」
いざとなった場合、私たちならすぐにでもここへやって来て、ボスへ挑むことが出来る。
だから、私たちにはボスを倒して帰りたいという望みもなければ、そうするべき理由もない。
しかしとは言え、チーナさんからすると少し事情が異なる。
「それは皆さんが再度カンカンを、このダンジョンを訪れてボスを討伐してくださるというのなら、私も安心してここで引き返せますけど……しかしそうでないのなら、私にとっては故郷を脅かすかも知れない脅威を、むざむざと放置していくことになります……」
「確かにそれはそう。チーナの立場からすると、三〇階層にも及ぶこのダンジョンは踏破して帰ったほうが安心なのは間違いない」
「そうだな。我々が再度ここを訪れる保証など、現状存在しないわけだしな」
「私たちも冒険者であれば、この先どんな思いがけぬトラブルで身動きを封じられないとも限りません」
「むー、鉱石資源の確保を取るか、安全を取るか。難しい問題ですー」
ダンジョンを長らく放置していると、中に巣食うモンスターはどんどん強くなっていく。
ただ、以前読んだ本によれば、無尽蔵にというわけではないそうで。成長限界というものは存在するらしい。
が、それが一体どこにあるのかは、実際育ってみないことには分からず、限界まで育つようなダンジョンは得てして並の冒険者では手がつけられないものとなってしまう。
そうなるといよいよ特級ランク冒険者のお仕事になるわけだが、彼らを動かすためには何せ高いお金がかかるらしい。
しかもダンジョン攻略ともなると、如何な特級といえど最深階層まで潜るのに時間も掛かるし、罠などで命を落とすリスクもある。場合によってはボスに敗北する可能性だって。
それらを考慮すると、フィールドに出現した強力なモンスターの討伐なんかより遥かに膨大なお金が請求されたりするのだ。
何とも世知辛い話ではあるが、もし本当にこのダンジョンを攻略できる人がずっと現れぬまま放置された場合、いつかは特級冒険者を雇う羽目になるだろう。
それでは、折角の鉱石素材も『買って仕入れたほうがまだ安く付いた』という事になりかねない。
安牌を取るなら、間違いなく今回ここでボスを仕留めて帰ったほうが良いのだ。
「ふむ……まぁ何にせよ、取り敢えずボスの顔を拝んでから決めない? ボス部屋に入らなければ、戦闘にはならないだろうし。幸いここのダンジョンボスは予めボスが待ち構えてるタイプみたいだしね」
「そうだな。それでもし御しやすい相手だったなら、我々でなくとも倒せる冒険者は現れるだろう」
「何より、情報を持ち帰るだけでも意味がある」
ボス部屋の仕様にも幾つかのパターンが有り、中には挑戦者が部屋の中に入り、扉が固く閉ざされてからようやっとボスが出現するというものもある。
だが今回は先にダンジョンボスが室内で待ち構えているというタイプのボス部屋らしい。偵察がしやすい部類のやつだ。
ならばと早々に話は決まり、一先ず私たちは一本道を歩んでボス部屋の前までやって来たのだった。
そびえ立つ大きな石の扉を前に、私たちは一つ視線を交わすと、少しだけそれを押し開いた。
そうしてこっそりと中を覗けば、そこに鎮座していたのは……。
「あれは……巨大な、岩……?」
「なんだか見覚えがある」
「っていうか、大きすぎです!」
「おいおい、まさか……」
「これは厄介ですね」
そこにあったのは……いや、居たのは、高さにして優に五メートルは超える巨大な岩であった。
天然の岩にしては嫌に丸く、その形状には覚えのある私たち。色は黒灰色と、これまで見たそれらとはまた趣が異なっていたが、きっと間違いない。
そして、それを裏付けるようにチーナさんが言うのだ。
「あれはまさか……ギガポロック!!」
ここに来て、一番硬そうなやつの登場である。




