第三〇話 ケジメ
明けて翌朝。些かの寝不足を感じながら、身支度を整えた私達は、食堂で朝食を頂いた後、冒険者ギルドへ三人で向かった。
昨夜話し合った結果、なにはともあれ実力を伸ばすことが優先であると判断したためだ。
私はココロちゃんに宣言した通り、もしも彼女が暴走した時、余裕で抑え込めるほどの力を得なくちゃならない。
そうでなくとも、ダンジョンにはどんな危険が待っているとも分からないのだ。戦力強化はどの道必要なことである。
更に言えば、私達の目指している鏡の試練は、自身の幻影と対峙する場所。
もしかしたらココロちゃんの幻影は、相当危険な形で顕現する可能性も低くないのだし、準備は万全にしておきたい。
とは言えできるだけ早くこの問題を解決して、ココロちゃんを安心させたいって思いもある。ダラダラと準備ばかりもしていられない。
そんなこんなで、それならば手っ取り早く力をつけるにはどうすればいいか、と考えてみた。
私にとってそれは、より強力な装備を手に入れ、身に着ければ概ね解決する話。
しかし良い装備を手に入れるには、当然お金がかかるわけで。
ついでに言えば、装備でステータスだけ上げてみたところで、技術がないのではパワーレベリングの弊害に直撃するようなものだ。
戦闘経験というのも、なるべく多く積んでおくべきだと思った。
結果として、とにかくたくさん依頼をこなしてお金を稼ぎ、装備を新調してダンジョンアタック! という流れで行くことになったのだ。
また、その過程でスキルの訓練も欠かさない。いや寧ろ、スキルを強化することこそ近道だと言えるのだ。
アイテムストレージのレベルアップに成功すれば、きっと収容可能アイテム数の上限も引き上げられるだろうし、副次的に新たな機能が付く可能性もある。
そうなれば、より多くのアイテムを持ち運べることになり、アイテム納品数が一気に増えることになる。効率的にお金が稼げるというわけだ。
てなわけで、私達はソフィアさんとカウンター越しに対峙しているわけだけれど。
「ココロさんには、昨日の件でお話がありますので、後ほど奥へお願いします」
「あ……はい」
どうやら昨日の大暴れに関して、ギルドに話が回っていたらしく、ココロちゃんは一緒に来られないらしい。
宿屋にギルドスタッフの人が来て、わざわざ出頭命令だなんて大仰なことを告げていったから、実は朝からソワソワしっぱなしだった。
すっかり一緒に行動することが日常になっていたので、困惑を禁じえない。
「すみません、ミコト様。今日のところはご一緒できそうにありません。ココロのことはお気になさらず、お仕事頑張ってきてください」
「……ソフィアさん、それなら私も関係者なんですけど、ご一緒できませんか?」
「ミコト様!?」
「そうですか……分かりました。それではココロさんと一緒にこちらへどうぞ」
ココロちゃん一人に責任を追わせることは出来ないよね。そもそも私が絡まれたことが原因なんだし。
それにしても、これからってタイミングで出鼻をくじかれた気分だ。
漫画やアニメだと、街中でアホみたいに器物損壊しまくっても、なんとなくスルーされてたりするのにね。まぁ、リアルでそういうわけにも行かないか。
私とココロちゃんはソフィアさんに先導され、またまたいつもの個室へ。
そこには何やらお役所の人だとか、衛兵の偉い人だとかがおり、根掘り葉掘り事情を聞かれてしまった。
因みにオルカは、一緒に部屋に入ろうとしたところで締め出されてしまった。閉ざされていく扉の隙間から見えた彼女は、捨てられた子犬のような目、というのを見事に再現していた。くっ、後でいっぱいよしよししなくちゃ。
そんなこんなで事情聴取は行われ、話の流れで私も素顔を見せるようにと言われたのだけれど、そこでココロちゃんがやたらドスをきかせて「ミコト様に変な気を起こしたなら、私の中の鬼がどうなるか分かりませんので、どうか弁えてくださいね?」と予防線を引いてくれた。
彼らは顔を青くしていたが、私が仮面を外すとその反応は案の定であり、危うくココロちゃんの大爆発を招くところだった。
それから話を聞かれたり聞かされたりして数時間。
話すべき内容と、話さざるべき内容の精査には内心苦労したものの、どうにか無難な受け答えは出来たと思う。そこはココロちゃんも同様だった。
そうして結局解放されたのは午後になってのことであり、ココロちゃんはかなりの額の損害賠償だの慰謝料だのを請求されていたが、ぽんと払ってしまった。流石Aランクは違う……。
部屋から出ると、オルカがしっぽを振って駆けてくる。たまらん! 間髪入れずに、いっぱいよしよししておいた。
「それにしても、思いがけず時間を食ってしまったね」
「流石に今から依頼を受けると、泊りがけになる」
「すみません、ココロのせいで……」
「それは言いっこなしだよ。同席したいって言ったのは私だしさ。とりあえず今日のところは、訓練場でスキル訓練でもして帰ろうか」
「その前に、腹ごしらえ」
「ココロもお腹ペコペコです」
時刻は、昼食をいただくには遅い時間帯。私達は空腹を満たすべく、飲食スペースでテーブルを一つ陣取るのだった。
昼食を済ませた後は、いつものように訓練場でのスキル研究、及び訓練だ。
先日話した通り、オルカは貫通力のあるスキルの習得を目指してあれこれ試しているし、ココロちゃんは既に【体術マスタリー】を習得しているオルカにアドバイスを貰いつつ、徒手空拳でシャドーをこなしていた。流石に彼女とスパーリングをしようという猛者はいないらしく、ココロちゃんがそこら辺で体を動かしていた冒険者に相手を頼んでも、他を当たってくださいと皆逃げていく。
仕方がないから私が相手を申し出たのだけれど、無理です他を当たってくださいと振られてしまった。ある意味ココロちゃんと同じ悲しみを感じている。
振られたので、私は私の訓練を行うことにした。
良い装備を得るにはお金を稼ぐ必要があり、お金を稼ぐのに最も役立つのが、アイテムストレージである。
アイテムストレージの容量が増えれば、その分儲けも増えると言っても過言じゃない。ということで、備品倉庫にて片っ端から武器や防具を収納しては元の通りに取り出し、ということをとにかく高速でひたすらに繰り返す訓練をした。最近はそんなことをずっとやっているもので、今や出し入れの速度は尋常ではないと自負しているほどである。
そんな具合で、すっかり日が暮れるまで私達は鍛錬に励み、各々が何とはなしに手応えを感じるようになった。
私達は一区切りついたタイミングで合流し、帰り支度を始めた。
尚、いつの間にかちゃっかりソフィアさんも加わって、例の本への収納をマスターしようと奮闘していた。また怒られるんじゃないかこの人……。
まだお仕事が残っているソフィアさんに別れを告げ、三人で星空のもと歩いて帰る。
夕空の余韻をわずかに残した空は、何処か郷愁を誘うようだ。私達は胸に去来する漠然とした寂しさを、互いの存在で填めながら、足並みをそろえていつもの道を行く。
今日の成果なんかを話し合いながら、ふと会話が途切れたタイミングで、私は一つ話題を振った。
「ところでさ、オルカ。私が、ココロちゃんを鏡花水月に加入させたいって言ったら、どう思う?」
「! え、あ、ミコト様……!?」
「もちろん、歓迎する。戦力的にも、人格的にも、全然問題ない」
「ってことだけど、ココロちゃんはどう思う?」
「え、え、あ……っ」
「……って、なんで泣くの!」
「ココロは、泣き虫だね」
「ずみまぜぇん……」
ココロちゃんはえぐえぐと涙を拭い、鼻をすすり、突然の話をしっかり噛み締めているようだった。
そうして訥々と心情を吐露する。
「今まで、そんなお誘いを頂いたことなんて無かったものですから、嬉しくて……けれど、ココロはそのお話を受けるわけにはいきません」
「!……それは、どうして?」
「私は、私の中の化け物を何とかしない限り、胸を張れないのです。胸を張って、お二人と肩を並べることが出来ません」
「それが、ココロの譲れない部分?」
「はい。ですから、ココロは……」
文字通り、泣く泣くと言った体でココロちゃんは、足を止め肩を震わせながら私達を見つめた。
遅れて私とオルカも足を止め、ココロちゃんの視線を受け止める。強い決意を秘めた目だった。
なるほど、言わんとしていることはよく分かった。さしづめ、鬼のことで迷惑を掛けるとでも思っているのだろう。負い目のある関係では、対等な仲間にはなれない、とか。
「そっか。それならますます頑張らないとね、鬼退治」
「うん。鬼さえなんとかすれば、Aランク冒険者ゲット」
「うちにはヒーラーがいないからね。これは逃せないね!」
「火力も申し分ない」
「あ、あの、お二人とも……」
ココロちゃんが所在なさげに私達の顔を見比べ、戸惑ったように言葉を挟んでくる。
「自分で言うのもなんですが、ココロは厄介者です。今回もご迷惑をお掛けしましたし、PTを組んでしまえば連帯責任を問われることもあるかも知れません。これまで通り、勝手に私がお供する、という形が無難だと、ココロは思うのです……」
小さくなって、そんな事を言うココロちゃん。
私はオルカと顔を見合わせ、一つため息をついた。
「それなら、鬼をみんなで何とか出来たら、その時はPTに入ってくれる?」
「鬼の一件が片付けば、問題はなくなるはず」
「それは……そうかも、知れませんけど」
「それにもう既に、ココロちゃんとのチームワークも出来上がりつつあるしね」
「それともココロは、私達と一緒は……イヤ?」
「そ、そんな事ありません‼ あり得ませんっ‼ 私だって、出来ることなら一緒に……一緒にいたいです。お二人と一緒に冒険したいです!」
ぎゅっと拳を握り、大きな声でそう叫ぶココロちゃん。
再度私とオルカは顔を見合わせ、笑った。
「よかった。聞きたかった言葉が聞けたね」
「これで、心置きなく励める」
「あぅぅ……本当に、ココロなんかのために、どうしてこんな……」
「言ったじゃん。ココロちゃんは私の命の恩人で、友達だから。一緒ならきっと楽しいよ」
「私にとっても、ミコトに続いての、二人目の友達。一緒なら、辛いことも乗り越えられる」
「う……うぅぅ……」
またも泣き出したココロちゃんを、オルカと二人で宥め、ゆっくりと帰り道の続きを歩いた。
「……わ、私、がんばります。鏡花水月の一員になるために、何がなんでも鬼退治を成功させてみせます!」
斯くして、予定から一日足踏みすることにはなったけれど、私達は鏡のダンジョンに挑むべく準備に動き始めたのだった。
そこに何らかの手がかりないし、手立てがあると信じて。