第二九九話 モントレと罠
「呆気なく片付いてしまった……」
勢い勇んでモンスター相手に突っ込んだ私たちだったけれど。
結果だけ見てみれば、物の一分足らずで決着が付いてしまった。
ざっくり振り返るに、ストーンゴーレムの方はオルカとクラウが手慣れた調子で一方的に瞬殺していたし、ラヴァスライムに対する私とチーナさんも、魔法でえいやってしたらあっという間だった。
今回の課題はMPの節約ということなので、MPを最高の効率で運用できるように魔力調律を駆使しての一撃は凄まじく、私の水魔法は一瞬でスライムの溶岩ボディをただの岩に変えてしまった。
そうなればあとは近づいて砕くことも可能であり、それを担当したのがチーナさんである。
駆けていって、掴んで、壁に叩きつける。
それだけだった。次の瞬間には黒い塵へ変わった二体のラヴァスライム。
もっと混沌とした戦闘を想像していた手前、誰の胸中にも居た堪れない感情が滲んでいる。
「これじゃ、ちょっと訓練にはなりません……」
チーナさんの尤もな一言がとどめとなり、次はもっと数が集まっているモンスターにエンカウントを仕掛けようと決まったのだった。
各自がドロップアイテムを回収してPTストレージに収納する中、オルカが早速マップを見ながらモンスターの反応に目星をつけていく。
だが、五体以上で纏まって行動しているモンスターの群れというのはなかなか無く、困った顔をしていた。
「仕方ないから、誘導して集めよう」
結局、そのような提案を述べた彼女。
本来ならそういう作戦って、こう、モンスターを一網打尽にできる罠を仕掛けてから行うようなものなのだろうけれど。
しかし今回は、群れがいないから作ってしまおうというとんでもない考えの元実行しようというのだ。正直、良い冒険者は真似しちゃ駄目だぞ案件である。
というか。
「それなら一度、試してみたいことがあるんだけど!」
「何かアイデアがあるの?」
「あ、モンスターをおびき寄せる作戦とかじゃなくて。おびき寄せたモンスターを、一網打尽にする罠っていうのを試してみたいなって」
「む。今回の戦闘訓練とは趣旨が異なってしまうが、しかし戦術としては有効そうだな。それに良い経験にもなりそうではある」
「ミコト様のご提案とあらば、ココロに否やは御座いません!」
「そうですね、多くのモンスターに追われた際などには、有効な戦術でしょう。一度実践しておくことで、今後の役に立つかも知れませんね」
ということで、私の思いつきにより急遽トラップ企画が催されることが決まった。
内容は至極単純で、どうにかしてモンスターを誘導し、トラップを仕掛けた部屋まで連れてくる。
誘導に成功したら、トラップを駆使してモンスターたちを一網打尽にする。生き残りは普通に狩る、と言った人の悪知恵を駆使した戦法となっている。
「となると、問題は二点だな」
「誘導方法と、罠の内容」
「オルカが一体一体個別で連れてきたんじゃ、確かに効率も悪いし、何より罠によっては発動タイミングも重要だもんね」
「複数体のモンスターを一気に引き寄せる方法……美味しそうな餌を用意する、とかでしょうか?」
「モンスターは基本的に食事を必要としませんが、代わりにMPを糧として生きている説があります。であれば、美味しそうなMPを用意する……ですか」
「な、なんだか想像がつきませんね……」
大規模なモンスターの群れ……美味しそうなMP……。
美味しそうなMPについてはちょっと分からないけれど、大規模な群れというのであれば、心当たりが一つある。
以前、ダンジョンの中で私はモンスタートレインに遭遇したことがあった。
先頭を走っていたのは、仲間を失い単身で走るボロボロのお姉さんだったっけ。まさに死物狂いって感じだった。
もしかすると彼女には、モンスターたちを引き寄せる何かがあったってことだろうか……? 当時は単純に、行く先々でモンスターに遭遇しては逃走を繰り返し、走り続けている内にいつの間にか彼女を追う数が膨れ上がったものと考えていたのだけれど。
何にしても、エンカウントしては逃げるを繰り返し、多くのモンスターを引き連れて走るという所謂モンスタートレイン、略してモントレを利用すれば、トラップ部屋までの誘導は何とかなりそうである。
あとはその、モンスターが好みそうなMPっていうのが分かれば尚良さそうだけど。しかしあくまで仮説だし、眉唾のような気もする。
もしかすると、魔力調律でそういった類のMP……っていうか魔力のカタチを再現出来たりするのかな?
だとすると、モンスターからのヘイト管理に役立ちそうな技術である。研究のし甲斐はありそうだ。まぁ、今はやらないけど。
「取り敢えず、擬似的なモントレを起こすのが一番確実じゃないかと思うんだけど、どうかな?」
「ふむ……本来なら、それは非常に危険な行為ですから、大反対しているところですが。しかしマップスキルがある我々ならば話は異なりますね」
「行き当りばったりの逃走ではなく、狙っただけエンカウントでき、しかも引き連れたモンスターを一網打尽にする算段を立てた上で臨むのだからな。正しい意味でのモンスタートレインとは根本からして異なるわけだ」
「行けそうな気がする」
「そうなると、次は罠をどうするかですね」
「お、多くのモンスターを一気に倒せるのなら、それ程MPの消耗を気にする必要もなさそうです。寧ろお釣りが来る戦果です……!」
罠に関しては、どうやらMPを好きに使って良いそうだ。であれば、あんな事こんな事やり放題である。
私たちは皆一様に悪い顔をして、エゲツないトラップのアイデアをあれこれと出し合った。
何せ魔法を駆使すれば、どんな荒唐無稽の罠だっておおよそ実現できてしまうのだ。そんなの、想像が捗るに決まっている。
それにしても、こういう話になるといよいよ皆の嗜虐性というものが垣間見えて、なんだかゾクゾクしてしまう。もしかして私、マゾっ気でもあるんだろうか?
皆一様に妙なテンションになって、思いがけず話し合いは盛り上がったのだった。
とは言え初っ端からあまりひねくれた罠を仕掛けるのも恐い。
万が一大規模な討ち漏らしが出たり、罠が上手く発動しなかったりしたら大変だ。
その場合、最悪無責任にもダンジョンからの緊急脱出を余儀なくされるかも知れない。それは、真っ当な冒険者にあるまじき大失態である。
なので、今回は確実性を重視しつつ、殺傷能力に秀でた二重三重のトラップを念入りに仕掛けるという、手堅いもので挑むことが決まったのである。
★
オルカが通路を、軽やかに疾走する。
その背後には、かれこれ二〇体ほどのモンスターがワラワラと追走しており、モンスタートレインの様相を成していた。
思ったよりあっさりとモンスターの列というのは増えていくもので、美味しそうなMP説というのはもしかすると勘違いだったかと思えるような盛況ぶりである。
オルカの逃走ルートに関しては、私たちが逐一マップを見ながら、ゴール地点より通話にて指示を飛ばしている。マップと通話を駆使すればこその、延いては私たちだからこそ出来るダンジョン攻略の特殊なスタイルと言えるかも知れない。
そうしてやがて、オルカがいよいよトラップ部屋へ飛び込めば、雪崩込むように彼女を追いかけていたモンスターたちが部屋の中へ殺到したわけだが。
出口が一つしかないこの部屋は、本来なら逃げ込んだ時点で詰み。モンスターたちに圧殺されて終わりのはずだった。
しかし、どういうわけか彼らが一心不乱に列をなしてまで追いかけたオルカは、いつの間にか行方をくらませており見当たらない。
どころか、最後の一体が部屋へ飛び込んだその瞬間、出入り口は分厚い壁にて封鎖されたのである。
「トラップ部屋の基本は、先ず閉じ込めることにあり、だな」
「オルカ、お疲れ様。ケガはない?」
「大丈夫。良いジョギングになった」
「全く危なげのない逃げっぷりでした。流石オルカ様です!」
「それではミコトさん、早速仕掛けましょう」
「ドキドキしますね……!」
別室にて、マップを頼りにモニターしていた私たち。
オルカはPTストレージ経由で難なくこちらと合流を果たすと、ほっと一息ついている。
さて、いよいよ仕込んだ罠を発動させる時が来た。
予め、幾重もの魔法をホールド状態にて維持しているので、私としてはまさに手ぐすねを引いて待っている心持ちだったのだ。
本来魔法を死角となる場所にて発動させることは、とても高度な技術であると知られている。私がそれを難なくこなせるのは、きっと万能マスタリーによる恩恵が大きいのだろう。
まして、別の部屋に魔法を送りつけるなど、普通の魔法使いには無理な話と言って相違ないはずだ。
けれど、例外もある。
今回のように魔法を発動させる場所を予め決めて、ホールド状態にしておけば、そのまま別部屋に移動しようと問題なく発動できるというわけだ。
勿論これにも限界はあるし、技量の足りない魔法使いはそもホールドという技術自体使えなかったり、ホールドに厳しい時間制限があったり、一個しか仕掛けられなかったり、ホールドしたままあまり距離を移動できなかったりするが。
幸い私の場合はそれらに悩まされることはなかった。
なので、存分に好き放題出来るというわけだ。
尚、部屋の封鎖に関してはチーナさんが担当してくれた。彼女も地魔法に関してはなかなかに長けているようで、別部屋であるこの場所からでもホールドしていたロックウォールを無事に発動できたようだ。
「それじゃ、まずは一発目行くよ!」
トラップ部屋と言ったら、先ずは天井が落ちてくるっていうアレをやらねばなるまい。
地魔法にて地形を操作し、部屋の天井を下へ下へと伸ばしていった。
これには頑丈な岩ダンジョンのモンスターたちと言えど、脱落するものが続出し、天井が床にまで到達する頃には、その内の八割程がマップ上よりその反応を消したのである。転じて、ドロップアイテムを示す反応が同数出現する。
逆に生き残ったのは何者かと言えば、体の柔軟なラヴァスライムや、必死に防御を固めて辛うじて原型をとどめている特別硬いモンスターたちであった。
「それじゃ続いて、第二弾発動!」
トラップ部屋と言えば、やっぱり水攻めだよね!
ということで、ほぼほぼ残った隙間もないこの部屋の、床から突如水が湧き始めて部屋を満たしていった。
天井が低いということは、少ない水量で事足りるということでもある。節約だ。
あれよあれよと余った空間の全てを水が満たしてしまえば、案の定ラヴァスライムは一溜まりもなくその体を岩へと変質させ、いよいよ絶体絶命の憂き目を見た。
尚、防御を固めていた他のモンスターたちにはあまり効果がなかったのか、水の中で尚健在である。
「では、そろそろ仕上げかな。三発目!」
やっぱり罠と言ったら、爆弾なんだよなぁ。
というわけで、三発目として用意したのは爆裂魔法であった。
トラップ部屋の床にはそれが幾つも仕込んである。一発の強力な爆発ではなく、まんべんなくその威力をモンスターたちに行き渡らせるためであった。
私がホールドを解けば、その途端遠くで地響きめいた音が轟いた。
それに応じるように、ぱっと残りのモンスターたちの反応が消え去る。
が、爆発元より最も遠くに位置していた頑丈なモンスターが一体、未だにしぶとく生き残っているようだ。
今ので罠は使い尽くしてしまい、あとは直接乗り込んで叩く手はずになっているのだけれど。
しかし、たった一体取り逃すだなんて、如何にも気持ちが悪い。どうにかなんとかならないだろうかと私は逡巡し、一つの小さな閃きを得た。
徐にマップを操作し、生き残ったそのモンスターにマーカーをくっつける。
そして。
「【爆ぜろ】」
改変した詠唱を一つ、ボソリと唱えてみる。用いたのは先程ホールドして使った爆裂魔法と同一のものである。
本来なら、違う部屋にいるそのモンスターめがけてなど、流石に無理な話だろう。
だが。
「!? ミ、ミコトさん、いま何を……?」
「モンスターの反応が、消えた」
「爆発音も追加で聞こえたな」
「ま、まさかミコト様、ここから魔法をお放ちになられたのですか!?」
「い、いやいや、流石にありえませんよ!」
皆の顔色が急変する。
ここまでは思惑通り、罠の発動に応じてごっそり消えたモンスターの反応を見て、Sっ気をにじませたニヤニヤ顔を浮かべていた面々が、転じて驚きに目を丸くしたのだ。
そして、それを実行した当人である私もまた。
「で、出来ちゃった……」
驚きを禁じ得なかったのである。
あ、あわわ、次で三〇〇話ってマジです……?




