第二九六話 日帰りチーナ
ダンジョン攻略はその後も順調に進んでいった。
時刻はそろそろ午後五時になろうかという頃。
階層が進むにつれてモンスターの強さもドロップアイテムの質も上がっていく。今回の主目的は、岩系モンスターがよくドロップする鉱石素材アイテムの回収にこそある。
当然、質が良ければそれだけ依頼主であるゴルドウさんも喜ぶだろうし、素材が沢山あればその分オレ姉の修行だって捗るだろう。
なので私たちは、段々とエンカウントの回数を意図的に引き上げ、ドロップ回収に勤しむようになっていった。
その結果進行速度は落ちたが、それでもこのダンジョンで今のところ挑戦者の最高到達階層だと言われている二〇階層にまでは降りてくることが出来た。
流石にここまで来るとモンスターの強さも相応に強力で、しっかり味方と連携を取らねば難しい手合が随分と増えてきた。
ゴロンと、また一つ鉱石素材がドロップし、戦闘に決着がつく。
二〇階層に降りてきてから、もう何度目の戦闘だろうか。アイテムウィンドウを表示し、ストレージ内に溜まった素材の量を確認すれば、この階層で得た素材だけでも、恐らく普通の冒険者が荷物として抱えて帰れそうな量は超えているだろうと思われた。
そろそろ一度引き上げる頃合いだろう。
私は皆へ振り返ると、そのように提案を述べた。
「確かに、今日一日の成果としては十分だな」
「そろそろお腹も空いてきた」
「ですね。ココロも異議なしです!」
「明日に疲れを残さないことが大切です」
「ってことで、チーナさんもいいかな?」
「は、はい。それはもちろん……」
そのように返事をするも、やはりどこか気の抜けた様子のチーナさん。
曰く、今日一日で本当に二〇階層まで降りて来られたことが、未だに信じられないらしい。
が、それよりも信じがたいのは。
「それじゃ、外に飛ぶよー。【フロアスキップ】」
ひんやりした洞窟状のダンジョンから、ぱっと景色は一転。
まばたき一つする間に、場所はオレンジ色の空が広がる山岳の只中へ変じていたのである。
本日三度目になるフロアスキップに、やはり頭が追いつかず暫し惚けるチーナさん。
しかしハッと我に返った彼女は、パタパタとダンジョン入り口の角に、先程手ずから積み上げておいた石の形を確認し、改めてプルプル震え始める。っていうか、光学迷彩発動中につき、気配や心眼でしかその様子は捉えられないのだが。
「これ、私が積んでおいた石で間違いありません……ほ、本当に外です……二〇階層から、一瞬で……」
「チーナさん、次はカンカンまでワープしますよー」
「ひぃ!」
ワープに関しても既に説明し、今朝見せても居るため、その暴力的なまでの利便性に怯える彼女。
しかし気にせず、私は透明化している仲間たちとチーナさんを巻き込んで、カンカンの直ぐ側までワープのスキルにて転移を行ったのだった。
またも一瞬で場所が切り替わり、つい一分ちょっと前までダンジョンの二〇階層にいたことが現実だったのかと疑い始めるチーナさん。
或いは、今見ている光景こそが幻覚なのではと、怪しくブツブツつぶやき始める始末。なまじ姿が透明なものだから、いやに気味が悪い声である。
私は光学迷彩の魔法を解除すると、取り敢えず彼女の両頬をつまんで、左右に軽く引っ張ってあげた。
「い、いひゃいれふっ」
「これが夢なら、痛いはずないんじゃない?」
「ぁう……でも、たまにそういう夢もあります」
「う。確かに」
ここが現実だ、なんていう証明は存外難しいもので。
そう言えば以前怪談で聞いたことがある。夢から覚めても夢。また覚めても夢の中で、結局いつまでもそこから抜け出せず、最終的には夢と現実の区別がつかなくなってしまった人の話。
そんなことを言いだしたら、私にとってこの世界こそが到底、生前の常識に当てはめると信じられないような場所なんだ。
とどのつまり、当人がそこを現実だと認識したなら、それがたとえ夢だろうと現実だろうと、当人にとってはリアルってことでいいんじゃないかと、今はそう思っている。
まぁ、チーナさんにとってはまた話が違うのだろうけれど。
「ともかく、今日のところはこれで解散だな」
「最後にもう一度だけ口止めをしておく。チーナ、ミコトの秘密を漏らしたら……」
「ひぇっ、だ、大丈夫です! 誓ってそんなことはしません!! 私が嘘を言っていないのは、ミコトさんになら分かるのですよね?!」
彼女には心眼のことも一応明かしてあるため、上辺だけの言葉で誤魔化しても無駄なことはよく理解している。
それに明日再度顔を合わせた時、万が一秘密を漏らすような行動を取っていたなら、それもすぐに分かる。
それもこれも、それこそ心眼によって彼女が嘘をつくような人ではないと分かっていればこそ明かしたことだし、明かしたことで嘘をつくことが無意味であると知らしめることにもなった。
懸念事項があるとするなら、第三者による無意識下の尋問とか、そういう高度なやつだけど。
例えばチーナさんが全く自覚のないまま秘密を口に出してしまった場合、心眼ではその事実まで読み取ることは困難である。
なので、絶対の安全が約束されたわけではないが。
しかしそこは、仮にも共にダンジョンへ挑んでいる仲間ってことで、信頼する他ないだろう。
他者を疑いすぎることで、却って痛い目を見る、なんていうのは、この世界の童話にだって出てくる定番のお話だからね。
チーナさんへの釘刺しも一応終わったことだし、本日のお仕事はここまでだ。
今日間近で皆の戦闘を目の当たりにしたチーナさんは、特にオルカとソフィアさんを恐れているようで。
もしその気になれば、するりと自分の影から出てきて、背中から心臓を一突き出来てしまうオルカと、問答無用で首を落としてくるソフィアさんだけは、何が何でも絶対に敵に回すまいと言う強い決心と言うか、強迫観念めいたものがその心中には見て取れた。
なんだか、もう既に彼女を追い詰めすぎてる気がして、逆に心配である。
「えっと、今日は衝撃的なもの一杯見せちゃったみたいで、なんかごめんね?」
「うぅ……はい。なんだか、ミコトさんの力に慣れてしまったら、もう普通の冒険者としてやっていけない気がしています」
「「「「わかる」」」」
「えぇ……」
声を揃える皆にげんなりしながらも、しかしよく考えたら私自身、もしも便利スキルの類がある日突然使えなくなったらと思うと、確かに冒険者なんてやってられないと別の生き方を模索し始めるかも知れない。なんて妙な納得を覚えてしまった。
ともあれ、チーナさんを町に送り届けたので、あとは帰るだけである。
「あの、ギルドには寄っていかれないんですか? 今日集めた素材だけでも、依頼達成には十分だと思うんですけど……」
「え。あー、言われてみたらそっか」
なんて、不意にチーナさんから出た指摘に、私たちはふむと考える。
が、既に全員が全員明日もダンジョンに潜るつもりであったため、まだギルドには寄らないことにした。
「っていうか、チーナさんはそれでいいの? ダンジョンのモンスターもようやく歯ごたえが出てきて、これからが訓練に丁度いいレベルだと思うんだけど」
「! そ、そうですね。もちろん明日もご一緒できるのであれば、喜んでお供させていただきます!」
「私も今から腕が鳴るな。明日こそは大暴れしてやるぞ!」
「クラウは今日も十分暴れてた」
「聖剣で硬い敵もサクサク斬ってましたからね。ズルいです!」
「いや、ココロにズルいと言われてもな……」
ココロちゃんこそ、持ち前の膂力でモンスターを瞬殺しまくっていたのだ。流石のクラウも苦い笑いを禁じえない。
オルカは相変わらず的確にコアの位置を見抜いて、ピンポイントに貫通力の高い攻撃を当てて確殺するし、ソフィアさんは無敵の【閃断】で無双している。
そう考えると、チーナさんが頭を抱えるのも分かる気がしてきた。
とは言え二〇階層のモンスターともなれば、一撃で沈まないほどタフだったり、やたら素早かったり、コアの位置が動いたりして、一筋縄では行かなかったわけだけれど。だからこそ、良い経験になる。
「それじゃチーナさん、明日の朝にまたここで」
「あ、はい。詳しい時間などは……」
「それはあんまり考えなくて大丈夫。マーカーくっつけてあるから、チーナさんがここに来たらそのタイミングで飛んでくるよ」
「?? はぁ……まぁ、了解です」
チーナさんにはマップウィンドウにて既にマーカーをくっつけてある。
これにより、遠く離れた場所からでも彼女の居場所を追うことが出来るわけだ。
なので、チーナさんが待ち合わせ場所へやって来たタイミングを見計らって、私たちも拠点からワープでここへ飛んで来れば、無駄にどちらかが待ち惚けすることもない。
マップウィンドウについて詳しくは聞かされていない彼女は、イマイチ理解できていないようだったけれど、ともかく自分が明日の朝この場所を訪れたら、どこからともなく私たちが転移してくるのだろう、ということは分かったらしい。それだけ分かっていれば十分である。
私たちは彼女に別れを告げ、拠点へと帰還したのだった。
★
夕飯とお風呂を終え、おもちゃ屋さんへと戻った私は魔道具作りの修行に取り掛かる。
最近冒険者業を優先しがちで、こちらの修行時間は減少傾向にあるため、師匠たちはなんだか不満げだ。
ちなみにおもちゃ屋さんは現在、バトリオから場所を移してグランリィスの空き地に存在している。
別に私が居着いている場所に合わせてくれる必要はないのだが、そもそもが気まぐれな妖精のすることなので、ミコトが気にすることではないと一蹴されるだけだった。
「で。ミコトは今どこで冒険してるの?」
と、作業の途中不意にモチャコが問うてきた。一緒にいるトイとユーグも興味があるらしい。
しかし「カンカンだよ」なんて言ったところで、師匠たちと認識を共有できることはあまり多くない。
というのも、師匠たちの大まかな情報源は、人の子供たちから聞いた噂話なのである。
そも子どもたちの語る言葉というのは、得てして要領を得ないことが多く。
そんな子供たちが何処から情報を得ているかといえば、精々が身の回りで見聞きした話や、時折訪れる行商人や冒険者といった、外の世界に明るい人による噂話等が主なのだ。
テレビもネットも無く、本ですら庶民にはそうホイホイと買えるものではない。そんな世界なので当然情報の巡りというのは鈍く、子供には尚の事回ってくる知識も少ない。
そしてそんな子供から話を得ている妖精たちが、町の名前だけ出されて「あーあそこかー」だなんてなることは、過去にその町でおもちゃ屋さんを営んだ経験でもなければ、そうそう起こり得ないことだったのだ。
したがって、カンカンについて説明するためには、もっと分かりやすい特徴を挙げる必要があった。
カンカンの町がある場所や、そこがどういう町か。どういう人達が暮らしており、何が盛んかなどなど。
幸い妖精たちは好奇心が強いため、こういった説明には興味津々で耳を傾けてくれる。私としても語り甲斐があるというものだ。
「それで、カンカンにはドワーフが多くてね。職人気質のドワーフはみんな気難しいんだって初めて知ったよ」
「! ドワーフ……ドワーフ……そう言えば、なんか聞き覚えがあるね、ドワーフって響き」
「なになにモチャコー、物忘れー? ドワーフの子なら何度も会ってるじゃーん」
「そうね、お客さんとして色んな場所でたまに見かけるわね」
「うー、そうじゃなくてー、えーと」
そう言って、暫しむんむんと考えていたモチャコだったが、ふと何かに思い至ったのか、ポンと手を打った。
そして言うのだ。
「あ、そうだ。『エルダードワーフ』!」
ここに来て、あまり聞き馴染みのない単語が飛び出したのだった。




