第二九四話 俺のドリル
ゴルドウ氏とオレ姉による師弟喧嘩も決着を見せ、めでたしめでたしということで私たちも引き上げようとした時。
不意にそれを呼び止めたのは他でもないゴルドウ氏とその孫であるチーナさんだった。
で、そこからなんやかんやあってその翌日。
現在時刻は午前九時頃。私たちはカンカンの冒険者ギルドへやって来ている。
その目的はと言うと。
「はい、これで指名依頼受注の手続きは完了です。良い成果を期待していますね」
と、にこやかに受付嬢さんから送り出され、受付カウンターを後にする。
そう、指名依頼だ。
私たち鏡花水月をわざわざ指名して依頼を出してくれた人が現れたのである。
まぁ、ゴルドウさんなんだけど。
工房を後にしようとした私達を呼び止めたゴルドウさん。その理由が、依頼を受けて欲しいというものだったわけだ。
依頼の内容は、この近隣に存在するダンジョンの深部より、ドロップ素材を入手してきて欲しいというもの。
何でもそのダンジョンには、鉱石素材をドロップする、岩系の魔物が多数出現するのだと言う。
ダンジョンの不思議な点に、『土地柄の影響を受ける』というものがある。
鉱石の多く取れる山岳地帯に出現したダンジョンは、その内部に岩系の魔物が出やすいという、謎の偏りがあるそうだ。
果たしてそれが偶然か必然かは定かじゃないが、ともあれこの辺のダンジョンには大体そういった特徴が見られるし、新たに発生したダンジョンもまたそう言う特徴を備えているとかで。
であればきっと、それはダンジョンがそういう仕組であろうことをまことしやかに仄めかして来るわけだ。
そういったダンジョンに潜り、なるべく深層で良質な鉱石を出来るだけ多く持ち帰ることが、今回私たちへ課せられた依頼の概要となっている。
最低基準値を上回れば達成扱いとなるらしく、設定されたその基準というのは、件のダンジョン深部にて確認されている希少鉱石の一定量確保であった。
しかし通常、ダンジョンから物を持ち帰るとなれば、当然問題となるのが荷物の容量や重量制限である。
そのためより深層で希少性の高い鉱石が手に入るのであれば、そちらを優先して欲しいとの但し書きも添えられていた。
報酬額も何ら文句の出ない値がついており、依頼をこなすこと自体は問題ないのだけれど。
さりとて、無視できない難題が一つ課されている。
それが……。
「あの、皆さん! 今回もよろしくおねがいしますっ」
そう言って深々とお辞儀をしてくるのが、ゴルドウさんの孫娘、チーナさんであった。
本来であるならば、彼女が同行すること自体は何ら問題ない……というか、頼もしい追加戦力であると歓迎するべきところだろう。
何せ彼女はAランクをいただく程の実力ある冒険者だ。
当人曰く、指揮能力には難があるそうだけれど、それ以外は間違いなく優秀なはずである。そうでなくては、Aランクだなんて至れるような高みではないのだから。
しかもチーナさんはまだ二十代だそうで、Aランクに至るには若い部類である。それは相応の勤勉さや才能がなければ成し得ないことだと言える。
そう言う意味ではうちのクラウなんて、ものすごく優秀なのだなと改めて思い知るわけだけれど、それはともかくとして。
チーナさんは確かに十分な実力を持っている。そこに疑いはない。
だけれど、私たちはちょっと普通とは違う冒険者なのだ。
舞姫という武器の特異性や、それを私が自在に操れること、なんていうのはまだまだ序の口であり、へんてこすぎて他人に知られるわけには行かない秘密というものを多く抱えている私たち。っていうか私。
チーナさんにそれを秘匿するとなると、それらの術を封じてのダンジョン攻略となるわけで。
そうすると、先日味わった『倒せば倒すだけ荷物が重くなる苦行』というのをまた堪能することになるだろう。それは、なんとしても勘弁願いたいところである。
であるならば、決断せねばなるまい。
彼女に、私の秘密の一部を明かしてでも楽をするのか、はたまた秘密を守って苦労をするのか。
私たちが選んだのは、前者だった。人間一度楽を覚えると、元の生活には戻れないと言うけれど。どうやらあれは本当らしい。
しかしそのための準備は、昨日の内に入念に行っている。
即ち、チーナさんの審査だ。
そも、彼女が同行することになった理由は、これを機に自らを鍛え直したいという考えによるものだった。
それなら一人で勝手にどうぞ、と言いたくなる気持ちも全く無いわけではないのだけれど、しかし彼女の言い分はそれなりに納得の行くものだった。
曰く、この町でダンジョン深くまで一緒に潜れるような冒険者を探すのは難しく、かと言ってソロでは強いモンスターを相手に腕を磨くことが出来ない。安全性の面から、行動が大きく制限されてしまうと言う。
しかし私たちと一緒なら、戦力も充実しているしピンチに陥ってもリカバリーが利く。ソロで動くよりずっと安全なのだ。
即ち、私たちのダンジョン攻略に同行することが、より強い敵と多く、長く戦うことが出来、良い経験を得られる絶好の機会になるのだと。
同行させてくれるのなら、報酬の分前は要らない。むしろ自分から報酬に色を付けさせてもらうとまで言い出す始末。
そこまでの覚悟があるのならばと、心眼を駆使して彼女が信用に足る人物なのか、しっかり審査させてもらった。
もしダメそうなら、彼女の同行だけ断ればいい話である。心苦しくはあるが、それが身のためというものだ。
ところが審査の結果、どうやら彼女は印象通りの誠実な人であると分かってしまった。
出来れば彼女を置いて行きたかった、というのが本音ではあったのだけれど。どうにもゴルドウ氏がピリピリしているのが恐ろしい。
断ればまた面倒な展開になりそうだし、かと言って連れて行くとなっても心配しそうだ。が、結局はチーナさんが冒険者になることを認めてしまっている彼である。どちらかと言うなら、チーナさんの願いを無下にする方がより怒りそうだと判断を下した私たちは、彼女の同行を認めることにしたのだった。
そんなこんなで、チーナさんとともに早速カンカンを出て目的のダンジョンへと赴く私たち。
今回挑むことになるのは、出現が確認されてから既に十年近くにもなる、結構育ってしまったダンジョンなのだと言う。
手がつけられなくなる前に踏破して欲しいという声と、しかし育ったダンジョンには育ったモンスターが出現するため、ドロップアイテムもより美味しくなるわけで。それが惜しいという声もあり、踏破するべきかどうかは非常に判断の難しい案件となっていた。
それ以前にまぁ、踏破が可能かどうかも問題なのだけれど。
何せ、なかなかに深いダンジョンだそうで。確認されているだけでも二〇階層はあると言う。
普通に攻略を進めたのでは、相当な長期の依頼になりかねない内容だが、まぁ私たちならばそれ程時間も掛からないはずだ。
少なくとも、依頼達成の最低基準を満たす程度なら、一日二日もあれば十分だろう。
ダンジョン入り口に到着したのは、時刻にして午前一〇時前。
チーナさんにはある程度能力を見せると決めたのだから、隠し立てしたところで意味はない。
ということで、ワープを駆使してさっさとダンジョン付近にまで飛んだ私たちは、程なくして目的の入口を発見。
洞窟型のそれは、崖の麓に違和感なく存在している、人一人が通り抜け出来る程度の大きさだった。
クラウを先頭に入り口を潜れば、早速マップウィンドウにダンジョン内マップが表示され、道筋を示してくれる。
通路は軒並み狭く、さながらアリの巣のように入り組んではいるけれど、広さはそれ程でもないようだ。
「全容が見えてますね。これならサクサク行けそうです!」
「その分深いみたいだから、軽く敵の強さを確認したらどんどん潜っていこう」
「え? え?」
ちなみに、チーナさんにステータスやマップなんかは共有していない。
必要に駆られたならばそれも已む無しだが、無くても詰むわけではないのだし、逆に私たちみたいにマップなしでは大きな不便を感じる体になられても問題だろう。
というわけで、必要以上の情報開示は控えるというのが今回の方針である。
それから程なくしてエンカウントしたのは、このダンジョンで最もベーシックなモンスターであるらしい、ポロックであった。
ポロックは一言で言うなら、ひとりでに動くただの岩だ。体当たりで攻撃してくる。大きさには個体差があるが、小さくても一抱えほどのサイズ感はある。
体当たりの勢いは結構なもので、直撃すると簡単に骨折級の怪我を負わされかねない。当たりどころが悪いとシャレでは済まないだろう。
あと、当然ながら硬い。それと重い。
非常にシンプルであり、分かりやすい特徴ではあるのだけれど、しかしその分単純に厄介だ。
何せ物理防御がとにかく高いのだ。バカ正直に武器で襲いかかっては、いずれ得物が壊れてしまうだろう。
なのでこうした岩系のダンジョンは、近接戦を主戦力としている冒険者にとって非常に相性がよろしくないとされている。
そんなポロックを手っ取り早く排除するには、ココロちゃん並みの圧倒的な打撃力を用いるか、或いは。
「【俺のドリルぅっ!!】」
工夫をしなくてはならない。
私が発動したのは、空間魔法にて相手の動きを固定して、そこに地魔法にて生成したドリルを突き刺すという乱暴なコンボ魔法であった。
創造したのは勿論、円錐状のタケノコドリルであり、ゲームやアニメなんかで馴染み深い形状に胸が熱くなる。
流石に一瞬で鋼を生成してドリルをこしらえる、というのはあまりに燃費が悪いためしないが、代わりに硬度をとにかく引き上げた岩製のドリルを駆使している。摩耗しても即座に修復できるのが利点だ。
そんなもので胴体をギュリギュリされたのでは、自慢の硬質ボディも形無しである。
たちまち体に風穴の空いたポロックは敢え無く黒い塵へと還り、鉱物をドロップして消え去った。
そして一連の様子を、呆気にとられて眺めていたチーナさんはと言えば、一先ずただ一言。
「ミコトさんって、魔法も使えたんですね……」
と言って、呆れたように笑った。
ドリルはロマン! ってことで、少々はしゃぎすぎた初戦だったが、その後は粛々と効率を重視し、戦闘を最適化することに努めた。
結果、それぞれがそれぞれの方法で対策を打つ中、私は水の力を発揮した舞姫で切り抜けることにした。
水属性の舞姫はその剣身に水を纏うのだが、その水は常に激しく動いており、刃に触れたものを『削り斬る』という特性を持っている。
実はこの水というのが特殊なもので、製作時にはかなり頭を捻ったものだ。
だって所詮は水だものね。ぶっちゃけた話、水を纏っただけの剣が強いはずがないのだ。しかしそれをどうにか強い力にしたいという一心で、師匠たちといろいろ考えながら作ったのが、この水の舞姫である。
舞姫の生み出す水は、付着した物体を柔らかくする効果を持つ。
その柔らかい部分を強い流水で強引に弾き飛ばし、また軟化させ、弾き飛ばす。
これを凄まじい勢いで繰り返すため、結果として生じるのが『削り斬る』という現象になるわけだ。
勿論、それでは剣身自体が持たないため、その対策もしっかり仕込んである。舞姫自体には、軟化の特性が作用しないように付与を施してあるのだ。
そういうわけで、舞姫は岩の体を持つモンスター程度物ともせず、ズルリと容易く斬り裂いてしまう。
ドリルとは何だったのかと、皆より総ツッコミを受けるが、何と問われればロマンである。固く分厚い岩盤だって、力強く掘り進んでいけるなんて凄いことじゃないか。その一本気な在り方も良い。あと、武器に用いたらえげつないのもとても良い。実用性とか気にしたら負けなのもまた良いんだ。だからこその、ロマンである。
それと余談にはなるが、軟化水とドリルの組み合わせに逸早く着目した師匠たちは、早速それを実用化し、素材回収用の人形たちに持たせているようだ。おかげで穴掘りが滅茶苦茶楽になったと無邪気に喜んでいたっけ。流石である。
そういうわけで、私たちはエンカウントするなり硬いモンスターたちを切り捨て、アイテムをストレージに回収しながらどんどん深くまで潜っていったのである。
それがチーナさんには衝撃的だったらしく、いつからかすっかり口数も減ってしまった。
ちょっと心配になり、声を掛けてみる。
「チーナさん、さっきから静かだけど大丈夫? 疲れた?」
「! ……あ、いえ、その、あの……」
「大丈夫ですチーナさん。分かりますよ。ミコト様の偉大さにお気づきになられて、言葉にならないのですよね!」
「違うと思う」
「だが、全く違うとも言い切れないんだろうな……」
「正常な反応です。何も問題はありません」
そんなこんなであれよあれよと一〇階層を突破。
至極順調である。




