第二九二話 飛んで舞姫
現在時刻、午前九時頃。
ようやっと朝日から温かみを感じつつ、私たちはせっせとモンスター狩りに励んでいた。
今回の目的はフレイムアイビスを見つけ、倒し、そのドロップ素材を回収することにあるのだけれど、それと同時に私は舞姫を使った戦闘をチーナさんへ見せつけなくてはならない。
何せこれは、そもそもがオレ姉の作る創作武器の価値を示すための課題なのだから。
そのため先程から延々と、マップを頼りにモンスターを見つけては、ターゲットでないにも関わらず積極的に襲いかかり、舞姫でもってバッサバッサと斬り倒しているところであった。
戦闘を長引かせるような真似は避け、得意の奇襲で一気に仕留めるスタイルであるため、チーナさんはおろかココロちゃんが何をする暇もなく、彼女らが捕捉する頃には既に倒れ黒い塵へと還るモンスターたち。
おかげでドロップアイテムばかりが溜まっていく。かさばって仕方がない。
普段ならストレージにしまうところだけど、チーナさんの目がある手前そういうわけにも行かない。
なので、予め用意してきた大きなリュックに、片っ端からそれらを詰め込んでいくわけだ。
一応マジックバッグの類も所持してはいるのだけれど、今回は一般的な冒険者の苦労を知るのに良い機会でもあるため、敢えて苦労を買ってみた次第である。
力持ちのココロちゃんが張り切って担いでくれてはいるけれど、流石に小柄な彼女へすべて押し付けては申し訳ないし、チーナさんから見たら印象も悪いだろう。
ということで私も自分のリュックにドロップアイテムを回収するわけだけれど。
「はぁ……」
「どど、どうかされましたかミコト様!? 顔色が優れませんよ!?」
「あわわ、もしやその武器を振るい続けたことでお疲れなんじゃ?! さっきから、凄まじい活躍ですもん!」
「ああいや、それは平気なんだけど。モンスターを倒す度にリュックが重くなるのが難儀でね。もう戦いたくないでござるー」
そのように内心を吐露すると、思わずと言った具合に苦笑を漏らすココロちゃんとチーナさん。
しかし実際、ストレージを持たない普通の冒険者というのは、こういった苦労も抱えて活動しているのだなと改めて思い知らされる。
持ち運べるアイテムの容量には限りがあり、それよりなお問題なのが重量なのだ。
特にこんな、歩きにくい山道ではことさら注意の要る話で、荷物が重ければ思いがけずバランスを崩しやすくもなる。それに一番はやはり、疲労が溜まりやすいことだ。
体力的な疲労はもとより、筋肉の疲労もあっては思いがけないケガに繋がろうというもの。
ずっしりとした荷物の重さを背に受けながら、私は慎重な足運びでもって山道を歩き、そしてまた一体舞姫にてモンスターを仕留めたのである。
すると、何だか虚無を湛えた目で私の戦闘を眺め続けていたチーナさんがボソリと言うのだ。
「私の知ってる戦闘と違います……」
「え。私たちの知ってる戦闘は、概ねこんな感じだけど」
「ですね。長引いたら負け、みたいなところはあります」
「私、一応戦闘補助もするつもりでご一緒してるんですけど……」
「荷物持ってもらえて、かなり助かってるよ」
「ココロもまだまだ持てますからね!」
「あはは……」
舞姫を用いた私の戦闘は、至ってシンプルだ。
マップウィンドウでモンスターを捕捉する。対象に気づかれぬよう舞姫を飛ばす。急所を刺したり斬ったりして、可能なら一撃で仕留める。タフな相手だったら、ダメージに怯んでいるところを畳み掛けて終える。
こうして考えると、舞姫は正面からのガチンコ戦闘にも強いけれど、奇襲にも秀でた優れた武器なんだなぁとその利便性に有り難みを感じる。
やっぱりオレ姉の創作武器はすごいのだ。きっとチーナさんも、それをよく理解したことだろう。
そんなこんなでかれこれ一時間以上もモンスターを狩り続けていたところ、不意に私の足元に伸びる影からニョッキリと、オルカの生首が現れる。
その異様な光景に、「ひぃっ!?」と大仰に仰け反って顔を青くするチーナさんだけれど、私とココロちゃんは特に驚くでもなく。
「あ、オルカ。何か進展あった?」
「お疲れさまですオルカ様」
「みんなもお疲れ様。ミコト、こちらでターゲットを見つけた」
「! でかした! これで荷物が重くなっていく憂鬱から開放される……!」
要件だけ伝えたオルカは、またヌッと影の中に沈み、何事もなかったかのように姿をくらませた。
彼女のスキル、【影渡】によるものだが、そもニンジャという彼女のジョブ自体が相当に珍しいものだそうで、当然初めて目の辺りにした謎スキルに驚愕を隠しきれないチーナさんは、今のは一体何なんですかとしばらく騒いでいた。
すっかりおじいちゃん譲りの人見知りも軟化したようで何よりだけれど、この反応を見るに、どうやらオルカもあまり人前でスキルを使うべきではないのかも知れない。
縛りプレイ仲間の誕生かな? やっぱり苦楽を共にしてこその仲間なんだよなぁ。
なんて内心で喜びつつ、オルカの指定した場所へ向かうふりをしながら、マップを頼りに正確なポイントへ移動する私とココロちゃん。
私たちの淀みない足取りに、些か不思議そうにしているチーナさんだが、これと言って何かを問うてくるでもなくせっせと後に付いてきた。
そうしてしばらく歩けば、物陰に身を潜めているオルカたち三人と無事に合流を果たすことがかなった。
ターゲットであるフレイムアイビスからは、かなり距離を置いて監視を続けているらしく、こちらの気配を感づかれるようなことはない。
岩陰からそっと顔を出し、【遠視】のスキルでマップに付けられたマーカーの指すポイントを確認してみれば、確かにここまで見たことのない鳥型のモンスターを見つけることが出来た。
「お、あれかー。チーナさん、あのモンスターで合ってるかな?」
「えっと……ごめんなさい。遠すぎて全然見えません」
「大丈夫ですよミコトさん。私が保証します」
と、チーナさんに代わりそのように述べたのはソフィアさんだった。
なんでも、彼女は以前にフレイムアイビスと戦った経験があるそうで、見間違えたりはしないと言う。
元受付嬢でもある彼女がそう言うのならば、きっと間違いはないだろう。
フレイムアイビスは全身を綺麗な白い炎に覆われた、鳥型のモンスターである。目の周りと翼の先、それに足が赤いのが特徴的だ。
それらの外見的特徴を挙げれば、チーナさんからもそれで間違いないというお墨付きをもらった。
ならば早速仕留めてしまおうと、舞姫を構えた私だったが。
しかしここでソフィアさんから、待ったの声がかかった。
「ミコトさん。フレイムアイビスは物理無効の特性を持つモンスターですから、舞姫の攻撃は通じませんよ」
「えっ」
ソフィアさんの言に、ついっと視線をチーナさんへ向けてみたところ。
彼女は盛大に目を泳がせ、しどろもどろになった。
「えっと、その……」
「ゴルドウさんには、あれを舞姫で仕留めるよう言われたんだけど……」
「ご、ごめんなさい……きっと、ヨロイくんを斬られたのがよっぽど悔しかったんだと思います」
「大人げない」
「フォークでスープを掬えというようなものじゃないか」
「これは要抗議案件ですね!」
「オレネさんにチクってしまいましょう」
と、口々に不満を口にする面々。
私もまた一つ溜息をつくと、已む無しとばかりに一つ手札を切ることにした。
即ち、付与にて追加した特殊能力の一つを用いようというわけである。
世の中には、珍しくはあるけれど特殊能力を複数秘めた装備アイテムというのも存在しているわけだし、そのように誤魔化せばバレはすまい。
というわけで早速、私は舞姫を四本合体させ風車型へ。
そしてそこへ、四本が内の一本に込めた、水の力を発動する。
舞姫最大の特徴は、なんと言っても合体する機構にあるのだが。合体したのに四本が四本ともバラバラの個性しか発揮出来ないのでは、ただ柄尻をくっつけただけのへんてこ武器でしか無い。
そこで師匠たちに相談しながら、私は舞姫製作時にとある仕込みを行ったのだ。
それが、合体時に四本の内一本の付与能力を発動した際、四本全てはそれに準じた力を発揮する、という仕様だ。
つまり、今この大きな手裏剣は、四本が四本とも水の力を有する属性剣へと変じているわけである。
剣身にはたちまち鋭き流水が纏わりついて、うっかり触れようものなら肉をごっそり削り取られてしまうだろう。
この状態の舞姫なら、フレイムアイビスにも十分に有効な攻撃を加えることが出来るはずだ。
私は演武の時同様、早速ぎゅるんと空中にて舞姫を高速回転させると、躊躇いもなく彼方のターゲットへ向けて放った。
あんな速度で回転させたのでは、剣が纏った水など遠心力ではね飛ばされようものだが、勿論それでは使い物にならないため、設計時に工夫はしてある。
剣身が水を纏うのは、基本的に刃が停止ないし、ゆっくり動いている時か、或いは剣身が何かしらへ触れる瞬間に限定してある。
後は、使い手の意思に反応して任意のタイミングで、という感じだ。
なので、高速回転させると水が飛び散って大変! なんてことにはならないように出来ているわけだ。
超速回転しながら飛翔した舞姫は、凄まじい速度でもってフレイムアイビスへ迫った。
が、流石に物騒な風切り音を発しながら迫る脅威に対し、鈍感であるはずもなく。
素早く危機を察知した奴は、とまり木代わりに踏んづけていた岩を蹴飛ばして鋭く飛び立つと、これまた凄まじい素早さでもって逃亡を始めた。
「お、速い。でも、舞姫のほうがもっと速い!」
フレイムアイビスは確かに、驚異的な素早さを誇っていた。
けれど、奴が鳥である限り、どうあってもそこは大気との兼ね合いで飛行には制限がかかるのだ。
対する舞姫を飛ばしているのは、【飛翔】という原理のよく分からない特殊能力である。
確かに空気抵抗だなんだという制限がないわけではないけれど、完全装着を持つ私はそれらをある程度力技でねじ伏せることが出来るわけで。
きっと、航空力学とかその辺りを専攻している人がこの光景を見たら、頭を抱えるんじゃないだろうか。
謂わば、UFOのようなわけの分からない動きでもってフレイムアイビスへぐんぐん迫った舞姫は、とうとう奴を捉えてしまった。
大空の最中に於いて、水を纏った舞姫の刃は回転の数だけ執拗に奴の体を斬りつけながら、呆気ないほど一瞬でその体を両断してしまったのだ。
「よし、当たった」
「え、えぇ……」
後ろからチーナさんの困惑したような声が聞こえるけれど、内心は半信半疑の模様。
何せ距離が遠いため、目を凝らしても小さな点が動いているようにしか見えないのだ。
なので、何がどうなったのかよく分からないというのが正直なところらしく。
しかし目の良いソフィアさんや、私と同じく遠視の出来るオルカは違う。
「流石ですね、ミコトさん」
「ドロップを回収してくる」
「あ、うん。よろしくー」
ということで、オルカはニンジャらしくその場からシュバッと消え、フレイムアイビスの落下地点へ向かって行った。
討たれたターゲットは落下中に塵と化して消え去り、ドロップは上空から自由落下。
あわや地面にぶつかって破損の危機もあったが、そこはオルカが無事にキャッチしてくれたようだ。
役目を終えた舞姫は、シュルリと私のもとへ戻ってくると、そのまま私の携える四つの鞘へ収まった。
チーナさんは奇妙なものでも見るような目で、その一部始終を観察していたが、いよいよオルカが今回の目当てであるアイビスルビーを手に戻ってくると、ようやく事実を受け入れる気になったのか、ぎこちない笑顔でこういったのである。
「と、討伐成功、おめでとうございます……」




