第二八九話 スーパーヨロイくん
オレ姉の創作武器が、少なくとも私には有用なものであるってことを証明するべく、場所をゴルドウ氏宅の広い裏庭に移し、先ずはそこで演武を披露してみせることになった私。
しかしながら、演武なんてものはこれまで一度も経験したことがなかったため、正直何をどうして良いかさっぱり分からない。
っていうか、そもそも演武ってどういうものなのさ!? 指標となるような知識すら曖昧なんですけど!
でも、オレ姉のためにもここで退くわけには行かない。
弱気をどうにか抑え込んで、裏庭に移動する道すがら、一先ず仲間たちに問う。
「演武って、何したら良いの?」
一瞬、ああやっぱり知らないか。と言った些かの呆れめいた感情がちらほら飛んでくるが、無視である。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥の精神は、この世界に来てからすっかり身に馴染んだ教訓の一つだ。
すると早速皆から返事が返ってくる。
「武術の『型』を披露することをそう呼んだりする」
「予め打ち合わせた手順通りに、擬似的な模擬戦を演じることもそう呼ばれていた気がします!」
「魅せるための試合、というのもそれに類するな」
「アーツスキルです! アーツスキルを披露するだけでも、極端な話演武と呼べます!」
「まぁ無難なところで、仮想の敵をイメージしてシャドーを行ったら良いんじゃないか?」
というような意見が寄せられた。
それならまぁ、何となくやれそうな気がしてくるが。
「なるほどなぁ……ちなみにオレ姉からは何かないの?」
「そうだねぇ。実際武器の威力を見せつけるようなパフォーマンスを取り入れたら、良いアピールにはなると思うよ」
威力を見せつける……何かを斬ってみせたり、とかかな?
そうなると、斬ってもいい分かりやすく頑丈な何かが欲しいところだけれど。
そうこうしている内に、裏庭へとやって来た私たち。
するとどうしたことか、思いがけずギャラリーが存在していることに気づく。
下は十代前半の子から、上は小さいおっさんまで。十人近くの人が集まり、これから始まる催しを楽しみにしている様子。
彼らは一体何者だろうかとオレ姉に尋ねてみたところ。
「ああ、あいつらは私の兄弟弟子たちだよ。殆どのやつがここで、住み込みで修行に打ち込んでるんだ」
とのこと。さながら大家族である。
だが見たところドワーフだけでなく、オレ姉のような人間族も混ざっている模様。
ゴルドウ氏は、もしやとても器の大きな人なのかも知れない。
まぁしかし、それはそれ、これはこれ。
創作武器の凄さってものは、私がきっちり証明して見せなくちゃならない。
そして二度と、オレ姉の作るそれらをバカになんてさせるものか!
と、ここでオレ姉の兄弟弟子たちの中から、一際好奇心の強そうな子らが三人ほどこちらへ駆け寄ってきた。
「オレ姉! その人たちが何か見せてくれるの?」
「演武って聞いたー」
「ヨロイくんに傷の一つも付けられるかな?」
オレ姉の仲介もあって、簡単に名乗る私たち。
人懐っこそうな三人は、何れも一五歳にも満たない子どもたちのようだった。
ただ、ドワーフの彼は年齢の割に多少老けて見えたけれど。
まぁそれはさておき。
「ヨロイくんって?」
「ああ、アレのことだよ」
そう言ってオレ姉が視線で指した先には、何だかやたら頑丈そうな鎧を来た、一体のマネキンがあった。
しっかりと地面に固定されているらしく、ちょっとやそっとの衝撃を加えたくらいじゃ微動だにしないのではなかろうか。
「ヨロイくんは、師匠手ずから打った上等なヨロイを身に纏っているからね。あれに傷をつけられるような武器を目指して、私を含めた弟子たちは日々精進してるってわけさ」
「ほえぇ……ってことは、私がアレに攻撃しても?」
「ああ。寧ろ良いパフォーマンスになるだろうね」
オレ姉や子供らの許可も得たことで、演武で行う内容が固まってきた。
きっと舞姫なら、どんな鎧にだって傷の一つや二つ付けられると私は信じている。
しかし、逆にあの鎧にあっけなく弾かれたんじゃ、マイナスイメージは免れ得ないだろう。全力でやらねば。
いやしかし、大事なのは舞姫の性能を見せつけることだから、私自身が張り切りすぎてもダメなのか。
魔力調律を駆使したアーツスキルでなんとかなるかとも思ったけど、それは止しておくとしよう。
そんなこんなであれこれ考えていると、いつの間にやら姿を消していたゴルドウ氏が、大きな木箱を抱えて出てきた。
そうして彼は弟子たちに手伝うよう声をかけると、ヨロイくんのもとへ行き、何やら作業をし始めたのである。
どうするつもりかと観察していると、彼らはヨロイくんの着ている鎧を脱がし、そして箱から取り出した別の鎧を手際良く皆で着せ始めたではないか。
そうして作業が済んだ頃、そこに立っていたのは先程よりなお頑丈そうな鎧を身に纏った、スーパーヨロイくんであった。
「ふふん。どうじゃ? こいつにもし、傷の一つも付けることが出来たのなら、少なくともお前さんはその舞姫とやらを扱いこなせていると、認めてやらんでもない」
そのように、不敵に言ってのけるゴルドウ氏。
一見挑発的ではあるけれど、しかし心眼が見通す彼の内には、寧ろ期待のような感情が見て取れた。
舞姫の性能に心躍っている……というのとも少し違う。一体彼が何を考えているのかまでは、広く浅い心眼では分からないまでも、期待しているというのならば応えるまで。
ようやっと場も整い、私は徐に皆の前に出て、振り返り軽く一礼。ついでにヨロイくんにも一礼。
そうしてもう一度皆に向き直ると、一先ず前口上でも述べておくことにする。
「えー、どうも。鏡花水月のミコトです」
取り敢えず名乗りを行うと、演舞を始める前に舞姫がどういう武器かの説明から行っていく。
舞姫は四本の剣からなる、特殊な武器だ。
一本一本であったなら、確かにソードマスタリーの恩恵を受けることは叶うだろう。けれどそれだけでは、この武器の真の力は引き出せない。
私は早速説明を交えながら、舞姫を四本十字の形で組み合わせ、さながら風車の如き形を作ってみせた。柄尻でガッチリ組み合ったそれは、非常に癖の強い歪な武器に見えることだろう。
現にゴルドウ氏側の皆からは、これってどうやって振るうものなの? というような疑問が上がってきた。
そこで私は早速、万能マスタリーの力を借り実演して見せる。
基本は回転。くるくると、それこそ風車のように舞姫を回しながら、曲芸じみた動きでそれを操って見せれば、皆からは感嘆の声が漏れ聞こえてきた。
更に、動きを止めること無く舞姫の組み合わせを四本一組から、二本二組みの状態にして振るって見せたり、三本一組+一本で振るって見せたりと、基本的な動きを披露した。
すると皆からは、さながら路上パフォーマンスでも目の当たりにしたような驚きが上がったが、さりとてそれは所詮曲芸の類いと変わりなく。
訓練さえすれば、へんてこな武器だろうと形だけは操ることが出来るものだ。
武器の力を引き出せているかは、やはり実際ヨロイくんを斬りつけて見せるのが一番わかり易い。
皆の目にも、それを急かすような色が見え始めた頃。
「でももう少し待って欲しい。もう一つ紹介したい、舞姫のすごい能力があるんだ」
そう言って私は、舞姫の持つ特殊能力を発動してみせたのである。
先ず見せるのは【飛翔】の力。武器が自在に宙を飛ぶという稀有な特殊能力だが、これを態々四本それぞれに持たせてある。
これを実現するためには、イクシスさんの協力が不可欠だった。
彼女は高位の【鑑定】を持っており、そのおかげで飛翔の特殊能力を宿す希少素材を四本分揃えることが出来た。
それを素材として打たれたのが、この舞姫たちなのである。
この時点で既に、舞姫の特異性というのは際立っており、ゴルドウさんはおろか弟子の子たちも盛大に驚いているようだった。
さて。
しかしこの舞姫には更に、真骨頂とでも言うべき火力の肝となる能力が存在する。
だがそれは、妖精師匠たちの技術である【付与】を駆使して実現させた、反則級の代物。果たしてこの場で見せて良いものか、迷いどころではある。
そこで先ずは、付与の力を使わぬ素の状態でヨロイくんを斬ってみることにした。
現在は最強装備を身に着けたままなので、火力としても十分なものが出るはずだ。
正直堅いと分かり切っているものを斬りつけるだなんて、刃が傷むだけなので普通なら絶対やらないことなんだけど。
しかし傷んだところで、私なら損傷した武具を再生させることも容易である。
「それじゃ、行きますよ」
一つ掛け声を上げると、私は空中にて四本の舞姫を合体させ、そして超高速にて回転させ始めた。
空気を切り裂き、凄まじい音を発する舞姫。何なら空気摩擦だけで刃が熱を帯びるほどの回転速度だ。
その迫力に、ギャラリーたちがたまらずドン引きする中、私は某気○斬よろしくそれを放ち、軌道を操作。
狙い過たず、ヨロイくんに襲いかかった舞姫は。
ギュムワンッ!! という、何とも身の毛もよだちそうな金属を断ち切る音を一瞬だけ響かせ、ヨロイくんを通過。派手に飛び散った火花は、さながら血飛沫のようにすら見えた。
ブーメランのような弧を描く軌道で、回転速度を落としながら私のもとへ戻ってくると、合体を解いて静かに私の周囲へ浮かぶのだった。
斯くして舞姫による強襲を受けたヨロイくんはといえば、肩口からバッサリと切断され見るも無残な姿となり、斜めに切り落とされた半身が悲しげに地面へ転がっていたのである。
誰もが言葉を失う。なんと言っていいか分からないらしい。
それを成した私としては、付与の力を使うまでもなくヨロイくんを斬れて、一安心というところなのだけれど。
しかしやっぱり多少刃に負担が行ったらしく、早速足具のアルアノイレが持つ再生の特殊能力を駆使して武器を再生しているところだ。程なくして新品同様の状態に戻る舞姫であった。
そして、そんな何とも言えない沈黙を破ったのは、私に課題を出した張本人であるゴルドウさんその人であり。
述べた言葉はと言うと。
「じゃ、邪道じゃ! こんなの邪道じゃん!?」
であった。
そしてこれには、思わず職人組の皆(オレ姉を除く)が同意の念を浮かべずにはいられなかった。
何せ彼らが日夜努力して制作しているのは、冒険者等の戦士たちが手ずから振るい、モンスターと戦うための武具である。
だというのに今のは何事かと。さながら回転ノコギリのようにヨロイくんを切断した舞姫を、邪道呼ばわりしたくなる気持ちは理解の範疇にあったということだろう。
しかしなればこそ、その一言を皮切りにオレ姉とゴルドウ氏の口喧嘩が再燃したのは当然の流れである。
ともあれ、私の演武が無事に終了したことに変わりはなく。まぁ演武と呼べるようなものが出来たかは非常に怪しいところではあるけれど、舞姫の凄さはみんなに伝わったっぽいのでそれで良しとしておこう。




