第二八四話 という夢を見たんだ
陽の光を凝縮した白光の柱は、狙い過たずリリを囲った岩の円柱をしかと貫いた。
ただでさえ尋常ならざる熱量の照射に加え、岩壁に封じられた柱の内部は凄絶な温度に達しているはずだ。
それを裏付けるように、岩の柱は瞬く間に赤へ変色し、その一部は早くも溶け始めており、頑強な円柱は徐々に原型を失っていった。
リリが相手でなければ、おいそれとは使えないコンボである。
これだけの威力ならば、流石に彼女の強固な障壁だって無事では済むまい。
っていうか、あれ? もし本当に障壁が破れたとしたら、一瞬であの中で燃え尽きちゃうんじゃ……。
などと僅かに不安を覚えつつも、それが杞憂であることはマップウィンドウや心眼が教えてくれている。
リリの反応は、あの極光の中に於いてなお健在。
流石に肝を冷やしたのか、焦った様子で守りに集中しているらしい。
もしこれで相手がモンスターとかだったら、ここで一気に畳み掛けるところなのだが。
しかしそれで万が一リリの障壁が破れてしまっては、彼女を殺してしまうことになるだろう。それはいけない。
でもこのままだとあの灼熱の中から、何ら痛痒の一つもなく彼女が生還してくることは明らか。
「なら、次は……」
一先ず裏技にてMPを補充し、新たな手を打つ。
全方位を灼熱に囲われたリリは現在、自身をまるっと覆うような障壁を展開し守りを固めているに違いない。
ならば、身動きを取れない今がチャンスである。
先ずは魔力調律により、とある魔法を最高の効率で使用できるよう調整し、直ぐに発動する。
用いたのは空間と空間を繋げる魔法、【スペースゲート】だ。
従来これは私の視界内の範囲にしか使用できなかったが、魔力調律を行うことでその制限は消え去り、自由度が飛躍的に上昇している。
これを駆使して、リリの障壁内部、その脇腹へ密着するようにゲートを開通させ、くすぐり攻撃を行った。
私の手元には、丁度手が通る程度の小さな空間の穴が生じ、その向こうにはリリの素肌がある。何と服の中にゲートを繋げているわけだ。
ここに剣でもぶっ刺そうものなら、それはそれは大変なことになるだろうけれど、勿論そのような暴挙には出ない。
代わりに、くすぐりなのだ。
今集中を切らせば、一瞬で丸焼きにされるというリリの状況。強力な障壁を維持し続けなくてはならないため、身動きがとれない。
そこへ、集中を乱すようなくすぐりを仕掛けることで、彼女に消耗を強いろうという作戦である。
彼女の脇腹を、さわさわと指先で優しく引っ掻いてやれば、ゲートの向こうからはリリのなんとも言えない悲鳴じみた声が漏れ聞こえてくる。
瞬間、障壁が揺らいだのか、彼女からとんでもない焦りの感情が伝わってきた。肌にもじんわりと汗が滲む。
どうやら、脇腹が弱いらしい。
「ここがええのんかーここがー」
「な、何よ、あんた何してんのよ!? やめっ、ふぎゃぁははははは!!」
それからしばらく、私のくすぐり攻撃は続いた。
リリはなす術もなく、くすぐりという名の拷問に耐え続け、楽しげな笑い声とは反比例してその内心にとんでもない怒りを蓄積させていったのだった。
そうしてたっぷり数十秒。いつしか光の柱も消え、リリにも幾らかの余裕が出てきたタイミングで手を引っ込め、ゲートを閉じた私。
赤熱し、一部が溶岩と化した岩柱の中で、彼女の怒りはその熱量にすら勝るほどに煮え滾っている。
次の瞬間、ドシュンと岩柱の天辺から勢いよく何かが飛び出したかと思えば、それは障壁を身に纏ったリリであった。
なんとその手には魔創剣が握られており、凄まじい眼光で周囲を睥睨している。っていうか普通に空中浮遊している。
叡視で見た感じ、どうやら強力な風魔法に物を言わせて、強引に空を飛んでいるらしい。魔法に長けた者の特権、と言ったところだろうか。
しかし、いくらキレてみせたところで相変わらず私の姿は捕捉できない。
それがまた一層彼女を苛立たせ、とうとう見境なくその魔創剣をぶん回し始めたではないか。
今回は風魔法で生成された剣のようで、彼女が一度それを振るえば、尋常ならざる規模の破壊が生じた。
振るった剣の延長線上にある大地に刻まれるのは、さながら抉り取ったかのような巨大な傷跡である。
それが怒り任せに乱雑に振るわれるものだから、もはや地形は滅茶苦茶だ。下手な鉄砲何とやら、とでも言いたげである。
しかし、そんな大雑把な攻撃につかまる私ではない。
うっかり掠りでもすれば、それだけで大怪我は免れないような乱撃が降り注ぐ中、私はひぃひぃ言いながら次の一手を打った。
先程得た気づき。即ち、テレポートと併用して魔法を発動すれば、退避と魔法攻撃を同時に行えるのでは? という戦法を早速試してたのである。
すると案の定、私が直前まで居た場所には集中的にリリの攻撃が降り注ぎ、地面をこれでもかと言うほど抉りまくっていた。
リリは私の生成する魔力の気配をよく察知してくる。ブチギレてる割に、凄まじい集中力だ。反応も速い。
けれど彼女が察知しているのは、私がテレポートを使用する際に生じさせる魔力の気配であり、彼女がそれに気づいて魔法を放っている頃には残念ながら、既に私はテレポートにて移動を終えているという寸法だ。
加えて、どうせ魔力の気配を察知されるのならそれに乗じ、別の仕込みを行うこともやぶさかではなく。
斯くしてテレポートと同時に仕掛けた魔法は、リリを中心に『空間』を固定するという、スペースゲート同様の空間魔法である。
名を【ロック】という、名前も効果もシンプルなものだが、故にこそ使いやすい魔法だ。消耗は大きいけど。
リリ当人はMNDによる抵抗で固定の対象外になってしまいはするが、空間に作用するというこの魔法の特性上、彼女の障壁すら障害にはなりえない。
彼女の外皮一枚隔てた外側は、『あらゆる変化を無効化し状態を維持する』という力が働いているため、当人は空中の只中にありながら地中に生き埋めにされたような、奇妙な錯覚を覚えているかも知れない。
呼吸もままならず、光も目に届かない。無論音も聞こえないし、体はコンクリートで固められたようにピクリとも動かない。
対象を拘束するのに、うってつけの魔法であると言える。が、空間魔法自体が珍しいそうなので、リリはもしかすると自身の身に何が起きたのかすら理解できていないのではないだろうか。現に、憤怒から再び困惑へと、その内心は急速に移り変わっている。
魔創剣なんてものをぶん回す彼女をこれ以上放置も出来ない。
彼女が冷静さを取り戻す前に、一気に勝負を決めにかかる。
いくぞ! 今、必勝のぉ!
「【ミコトぱーんち】!」
改変詠唱とともに発動したのは、ロックの部分解除とスペースゲートの開通。そして身体強化にグーパンの衝撃を強化するアーツスキルだ。
そうして腰を入れて突き出した私の拳は、見事スペースゲートの向こうにあるリリの下顎を捉え、彼女の脳をグラングランに揺らしたのであった。
無敵に思えた障壁も、流石に肌に密着するほどのゼロ距離に開いた空間トンネルには対応できなかったようだ。
まぁ、それを可能にするためにこそ、彼女の動きを縛ったのだけれどね。動き回っている相手にゼロ距離トンネルは無理なので。
その結果、身動きも取れぬまま白目を剥いた彼女はそのまま失神。その瞬間、魔創剣もしゅんと消え去り、彼女の戦闘不能を裏付ける一助と化した。
斯くして、物騒極まりないリリの無力化に成功したのである。
見事に気絶している彼女を空間固定より開放し、中空より落下する前にテレポートにて救助。
重力魔法で軽くした彼女を小脇に抱えて皆のもとに戻れば、念の為リリに呼びかけるなどして状態を確かめたソフィアさんが、静かに決闘の終わりを告げた。
「リリエリリエラさん、戦闘不能。この勝負、ミコトさんの勝ちです」
「ふぅ、恐ろしい相手だった」
「いや、それより恐ろしいのはミコトだと思うが……」
「テレポートと空間魔法は、ただただズルい」
「流石ミコト様です!!」
「【閃断】を使えばもっと楽に勝てたのでは?」
「流石にできないからっ!」
などと、ワイワイ騒ぐ私たちの傍らで、放心したように暫し立ち尽くしていたのはアグネムちゃんである。
だが、そんな彼女の肩をぽんと叩く者があった。ココロちゃんである。
それから二人で何やら語り合っていたようだが、あまり良い予感がしないのでそっとしておくことに。
と、そんな具合で決闘は幕を下ろし、私たちは未だ白目を剥いたまま目覚めぬリリを連れて、イクシス邸へ戻ったのだった。
★
「思ってた決闘とちがーーーーう!!」
「うるさっ」
イクシス邸の談話室にて、アグネムちゃんやレッカを交え私たちが楽しくおしゃべりをしていると、ドタバタとそこへ駆けつけ開口一番、リリがそのように叫んだのだ。どうやら無事に目が覚めたようで何よりである。
しかし、『思ってた決闘と違う』とはどういう意味だろう?
「どうしたのさリリ。あ、もしかして何か嫌な夢でも見た?」
「リリエラちゃん、子供じゃないんですからそんなことで大騒ぎしないでよ。迷惑だよ」
「夢……そう、夢……よね。確かにあんなのが現実なわけないもの」
「? ちなみに、どんな夢だったんだ?」
クラウが興味本位で訊けば、彼女は疲れたようにドカリとソファへ腰を下ろし、それを語り始めた。
曰く、私と決闘をした夢を見たと。なのに戦闘が始まるなり私の姿は消え、終始見えない相手と戦い続けたのだとか。
しかも見たことも聞いたこともない魔法が幾つも飛んできて、挙げ句脇腹をくすぐられたり、時間を止められたり、最後にはわけも分からず気絶させられたり。
皆が苦笑気味にその話に相槌を打てば、勢いの出てきた彼女はついに立ち上がり、言うのだ。
「そうよ、決闘って言ったらもっとこう、力と力、技と技、本気と本気をぶつけ合って、魂で語らう! そういうものであるべきでしょう!?」
「おお! 分かる、分かるぞ! 剣を交えることで育まれる絆というものも、また存在するんだよなぁ」
「そうそれよ!! だって言うのに、バカ仮面ときたらわけの分からないことばかりして……私が望んでいた決闘は、あんなデタラメなものじゃなかった!」
「そうだな。ミコトはデタラメだよな」
「まったくよ……はぁ。まぁ、所詮夢の中の話だけどね……悪かったわよ。寝ぼけて騒いだりして」
「ふふ、気にすることはないさ」
などと調子を合わせて、ノリノリのクラウ。どうやらリリの掲げる理想の決闘像というものに甚く共感したらしい。
そしてリリはリリで、先程の決闘を夢の出来事として片付けようとしているし。これではもう一戦する流れにすらなりかねない。
「待って待って、夢じゃないから! リアルだからそれ!」
「は? 何言ってんのよあんた。夢の中で偶然私を倒したからって、それで勝ったことにしようってんじゃないでしょうねぅごっふ!!」
と、案の定噛み付いてきた彼女の鳩尾に、アグネムちゃんの強烈な頭突きが突き刺さる。
いつにも増して強烈な一撃であった。一瞬また白目を剥いたリリは、そのまま仰向けにノックダウンだ。が、流石に意識が飛ぶようなことはない。
しばらく呼吸が出来ずのた打ち回っていた彼女だったが、ようやっと悶絶の波が引いてワナワナと震えつつ、頭突きをくれたアグネムちゃんを床に崩れたまま睨みあげる。
が、アグネムちゃんの纏う異様な迫力に気圧され、言葉を詰まらせた。
そんなリリへ、逆にアグネムちゃんがいやに低いトーンで言うのだ。
「ミコト様にあれだけ見事に敗れておいて、それを夢の中の出来事にしようだなんて、リリエラちゃんの頭の中はお花畑かなにかなのかな? あまつさえ、ミコト様になんて口の利き方……ねぇ、ちょっと表に出ようか?」
「な、な、なによぉ! じゃぁ、あの決闘が現実の出来事だっていうの? そんなワケないじゃない! あんなの人間の動きじゃない!」
「そう、だからミコト様は偉大なんだよリリエラちゃん!!」
「ひぃ! な、なんなのよぉ」
あっ。
案の定、ココロちゃんによる布教活動の影響をモロに受けたらしいアグネムちゃん。
さながら狂信者の如き雰囲気を纏いリリへ説教を始める彼女は、ココロちゃん二号と呼ぶに相応しい盲信っぷりを発揮している。勘弁して欲しい。
結局リリが、決闘を夢ではなく現実のものと受け入れた上で敗北を認めるまで、アグネムちゃんによる説教は続いたのだった。




